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第127話 夜の旅路

 雷と雨が遠ざかって、屋根からは大きな水滴が絶え間なく落ちている。

 夜の馬宿の馬車置き場で、僕らは馬車にここで買った水、食料なんかを積んで、いよいよ出発の時間は近づいていた。

 月明かりが僅かに見える空の下、分厚い暗雲が流れて、小雨がパラパラと音をたてる。


「はぁ……」


 タルを荷台に積んで、一息つく。それにしても、さっきのチアさんの反応は本当に意外だった。


「グリム、靴は新しくしておけ。森に入った時、そういうところも見られるぞ。ああもう爪もこんなに伸びて……」

「あ、後でちゃんとするのじゃ、まだ早いのじゃ」


 見張りと言うことで既に奥で座ってもらってるけど、見た感じではもうすっかり仲良し姉妹だ。

 それを見て僕は、良かったなあ、と思う。


「……どういう風の吹き回しだと思う?」

「何が?」

「あれ」


 香撫が顎で示す先には当然チアさん。


「なんか普通の姉妹って感じ」

「良いことだろ、実際本当に姉妹なんだし」

「……でも、あの村を滅ぼしに来たんでしょ? 許しちゃうの?」

「そりゃ許せるわけないだろ」

「だったら……」

「でも、それは長としてのグリムさんの話だ」

「え?」

「家族としてのグリムさんは、許したいんじゃないかな。第一、チアさんは誰も殺してないよ」

「殺せなかっただけでしょ」

「同じだよ」


 殺せなかったのなら、それで一番いい。あと一歩超えてはいけないラインを超える前にどうにかなって、グリムさんとチアさんが今だけでもこうして『姉妹』ができるなら、それが一番いいと僕は思う。


「……本当にお人よしって言うか……めんどくさいよねお兄ちゃん」

「え?」

「自覚無いの? まあいいけどさ……その、私だって……」


 ああ、と気づいて、僕は妹の頭を撫でてやる。

 回りくどかったけど、ようするにこういうことか。


「よしよし、いつもありがとうな」

「ん……私も、ありがと。こうしてお兄ちゃんと一緒に旅ができるなんて、病院にいたころは思いもよらなかった」

「ああ、そうだな……本当に、この世界に来てよかったよ」

「……木崎さんから聞いてたけど、お兄ちゃんは、帰りたいんだよね」

「え? あ、ああ……」


 木崎さん、そのこと話してたのか……別に良いけど。


「でもそれ、お前がいたからってのが大きいしなあ……」

「え、そうなの?」

「そりゃそうだろ、入院費とか出してもらってたんだぞ」

「待って、お兄ちゃんが帰りたかった理由ってわたしとわたしの入院費!?」

「あのな、タダであんな良い病院にいさせてもらえるわけないだろ。そう言うのをきっちりやるから信頼関係ってのが……」

「待って……わかるけど……わかるけどなんかすごいヤダ……」


 とはいえ……こっちの世界で平和に妹と暮らせるって言うのは本当に大きい。

 向こうの世界に未練がないわけじゃないけど、やっぱり一番いいのは……


「……向こうの世界とこっちの世界、自由に行き来出来たらなあ」

「あー、それが一番いいよねー。っていうか、あのピエロみたいな人に頼めばいいんじゃないの?」

「そういえばアレ今どこだ?」


 なんか最近すっかり忘れてた気がする。

 ぬいぐるみ状態になってからどこにやったっけ?


「ここですよ、出してくださーい」


 とか思ってたら、どこかから声。

 見ると、荷台の木箱の中から声がする。


「……あれ?なんでそんなところにいるんだ?」

「みなさんが荷物を積むときに巻き込まれたんですよ、ようやく力も戻ってきました」

「あ、そうなんだ、じゃあ出すよ」


 戦力は多いに越したことはない。

 箱を開けて、衣服の隙間からルトゥムをだしてやると、30センチくらいのそいつは大人しく首をつままれて荷台に降り立つ。


「で、力が戻ったって言うのは?」

「あ、それなんですけど」


 ぼふん、と煙が湧いて、晴れると、そこにはバニーガールが立っていた。


「ようやくこの姿に戻れました!」

「ふーん良かったね」


 ステッキをくるくると回してポージングをするが、特にこれといって思うことはない。


「ねぇお兄ちゃん、この人何ができるんだっけ?こっちの世界に連れてきてくれたのは覚えてるけど」

「天使をぬいぐるみとかコインにしてるよな」

「ええ、『変質』と『転移』の魔法ですね。神様がくれたんですよ!」

「あとは?」

「特にないです。あっでも衣装は好きに変えられますよ!」


 明るくニコニコと言い放つ。

 まぁ別に文句言える性能でもないしな。


「ふーん、まあでも恐竜をぬいぐるみに変えてくれるだけでも十分だよ、これからよろしくな」

「えっ私戦闘とかできませんよ?」

「え、でも天使をぬいぐるみにしたりコインにしたりしてるじゃん。謙遜することないさ、これからよろしくな」


 そう言って、僕は手を差し出す。


「いやーすいません、今こうして元の姿に戻ったんで、あと3日くらいあれ使えないんですよ」

「え?」

「消耗が激しくて……あの、なんでそんな目で私を見るんですか?」

「よしわかった、荷物の積み込みを手伝え」

「わ、私中立なんで……さよなら!」


 ぽふん、と煙が湧いて、どこかに逃げやがった。まぁ変なことはしないと思うけど……


「マカ」

「はいはーい、監視しておきますよ。大したことはできないと思いますけどね」


 天井から声がして、とりあえずあっちの片はついた。

 するとそこへ先生がやってきて、


「もう準備は良さそうだね、護衛の馬車にせてもらえるらしいから、君たちは僕と一緒の馬車にしようよ、あの羊ちゃんたちから話も聞きたいしね」


 と言った。

 最もだったので、マカとルトゥムとグリムさんとチアさん、そして馬の部分にジョンソンさんを残して、僕らは一つ後ろの馬車に乗せて貰った。

 木箱を積んだ大型の馬車の奥は暗くがらんとしていて、中にはさっきのリコッペさんとバルバラさん。


「お世話になるよ、よろしくね」

「よろしく」

「よろしくぅー」

「お世話になります」

「……よろしくお願いします」


 軽く挨拶をして、荷台に座る。

 持ち込んだランプをつけると、外からラッパみたいな音がして、規則正しい間隔で馬車が発進していく。


 冷えた空気の満ちた夜の草原には、雲間から注ぐ月明かりが伸びている。

 どうにか道が見えるギリギリの明るさの中を、迷いなく馬車の一団が駆けていた。


「こりゃ速いね、道を知ってるだけあって、世話になったのは正解みたいだ」


 先生がそう言うと、いつの間にかいた鎧の兵士の人が温かい紅茶を出してくれた。


「寒くありませんか?」

「いや大丈夫」

「お二人は?」

「あ、いえ……」

「大丈夫です」


 ……なんか、待遇がいいな。

 僕らが紅茶を飲み干したころ、先生が言った。


「それで、国に着くまで寝てても良いかな?せっかく護衛してもらえるんだ、君らも甘えようじゃないか」

「えっ」


 その言葉にあからさまに表情を変えるリコッペさん。


「ん?なんだい、不都合かな?」

「え〜せっかくだからなんか話しましょうよ〜エルフの森とかすごい気になる〜」


 と、そこへバルバラさんが割り込んできた。

 ……何故か、僕の左隣に。


「ちょっ、なんなんですか!」


 で、僕より先に香撫が抗議した。


「何って、寝転がってるだけだよ?眠いんなら一緒に寝ようよ。それとも不都合?」

「……!」


 そう言ってすり寄ってくるバルバラさんに対して何故か香撫はきっ、と僕を睨みつけてくるが、僕悪いことしてないからな。


「……分かった、じゃあ寝る前にゲームでもしようか。君らが勝ったらお話に付き合うし、僕らが勝ったら静かに寝かせてもらおう」

「いーよー、内容は?」

「せっかく似たようなカップがあることだし、カップ当てゲームでどうだい。伏せたカップの中にこの石を隠して、当てたら勝ちさ。シンプルで良いだろ?」

「いーね。じゃあセンパイ、審判お願いしまーす。そっちは?」

「僕がやるよ」

「え?」

「で、隠すのは正義くんに任せようかな」

「僕……ですか?」

「キミこういうの得意だろ?」


 全くそんなことはないが……あ、そういうことか。


「じゃ、よろしくお願いします。あっち向いてて貰えます?」

「いーよー」


 先生から預かった小石を、早速カップの下に隠して、伏せる。


「どーぞ」

「ん……ふふ、なるほどね」


 眼の前にあるのは、伏せたカップが2つと、そのままのカップが1つ。


「でも騙されないよ、ていっ!」


 そして持ち上げたのは伏せたカップだ。そしてそこには何もなくて、もう1つの方に石があるのを見せる。


「ぐぬぬ……じゃあ今度はアタシが当てる!」

「先生、僕で良いんですか?」

「ああ良いよ」


 そっかー。

 そして次のゲームで真ん中を選んで普通に勝った。


「じゃ、おやすみ」


 もちろんタネ明かしをするまでもない。

 先生が、「ゲームに勝てる人間」をサーチしただけだ。


 ……なんだかなあ。

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