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第126話 第三王女は告白する

 嵐に近い雨の音が響く馬宿の食堂で、テーブルの視線を集める女エルフ、チアは、周囲の視線を受けながら、どこか心の中で現実味を感じていなかった。


「そうだな、私が知っている限りで、『赤い牙のキョル』は、一度しか見たことがない。キョルの牧場も隠れ里だしな」


 だからこうして軽々に、森の機密を語れてしまうのだ、と、チアは自嘲する。

 しかしそれでも胸から鉛が抜けたような気の軽さが、何故か全身にしみわたっていく。


「……ちょ待ってー?」


 そこへ羊女が口をはさんで、話が止まった。


「なんだ」

「えらく素直なんだけど……本当?」


 羊女の首は、正義たちに向いている。


「いや、僕らも初めて聞くから嘘かどうかは……」

「わらわもキョルの隠れ里など噂でしか知らぬが……姉様、それは、本当のことなのか?」

「……」


 しばらく、言葉に詰まった。

 しかし何故か口をついて出たのは、


「ああ、本当だよ。森の全ての実りにかけて、嘘なんかついてない。信じてくれ、グリム」

「っ……わかった、信じる」

「森の全ての実りにかけてって……」

「嘘偽りがあれば、今後森に関わる全ての実りを口にできず、森へ一歩も踏み入れることはできない……そういう、覚悟を示す言葉じゃよ」


 ふう、とチアはため息を一つついて、続けた。


「信じて、貰えるかな」

「え、ええ、いいけど……ごめん、なさい。聞かせて」

「ああ、えっとどこまで話したか……ああそうだ、『赤い牙のキョル』は隠れ里にいたと言うことだったな。それでも昔一度だけ、軍部大臣と父に連れられて、一緒に牧場を見に行ったんだ」

「牧場……」

「処刑場とも言う」


 問われてもないのに、情報を垂れ流す。

 何をしているんだろうな、とは思うものの、チアには何故か恐怖も焦りもなかった。


「エルフの森にもそんなものがあるのね」

「犯罪者はどこかしらで処分せねばならんだろう。そちらの王国では街の中央にある広場で八つ裂きにすると聞くが?」

「どうしようもない凶悪犯だけはね」

「そうか。白の森もそういった悪辣な者への最高刑は死刑だが、方法は生き埋めだ」

「……話が違わないかい?」

「そうだ。今のは表向き、実際は、処刑場で獣に食わせるのが最高刑だ」

「趣味悪いね」


 うぇ、と舌を出して香撫が言う。


「……反論はしないが、何も知らない民からしてみれば、『どこか知らないところで誰もがそれと知らず、獣に食われる』と言うのはエルフにとって最も恐ろしい、最悪の罰なんだ。わかってくれると嬉しい」

「な、なんか調子が狂うけど……わかった、ごめんなさい。事情があるのね」

「そう言うことだ。そして処刑用の獣は色々いた。今思えば……はは、あれは一種の余興だな。白の森から集めた犯罪者が口をふさがれ、脚を縛られ、広場の真ん中で叫ぶこともできずに各地から集められた肉食獣に食われていた。幼い私は、《《そういうモノ》》なのだと思いながらも見ていたよ。肝心なシーンでは目をそらしたがね」

「……教育に悪そうだなあ」


 そう正義が呟いて、チアは首を傾げた。

 つくづく、この者たちはエルフと感覚が違うらしいな、と思わされる。


「そうか? 形はどうあれ、王たるものはいつかそれをする立場に着く。教育に悪いというなら、誰が国に巣食う悪辣な因子を間引く? 『悪い教育』を受けた、誰かの上に立つわけでもない、悪い因子を殺すために存在する誰かか?」

「うーん……悪い、うまく反論できないや。忘れて。ゴメン」

「そうか。まあそんなわけで……おそらく今言われている『赤い牙のキョル』は私が見たキョルとおそらく同じだろう。私が見たのは、背丈がだいたいエルフと同じくらいの、赤い肌のキョルだった。恐ろしい数の牙が見えたな。『噛みつき』と呼ばれていて、腕が……こう、短いんだ」

「……ウチに届いてる情報と同じ。赤い肌、牙、短い腕……でも大きさが合わないわ。私たちの手元の資料では、背丈は6メートル近く……ちょっと待って、よく考えたらあなたエルフでしょ、今の、何年前の話?」

「小さいころだったからな、おそらく100年ほど前だ」

「あそう……データが古いんじゃあまり役には立たないわね」


 はーあ、と羊女がため息をついて、テーブルに肘をつく。


「……いくつか聞いていいかい?」

「私にか?」


 せきなに問われて、チアは意外な顔をした。


「ああそうさ。そのキョルが何を食べていたかはわかるかい?」

「何、と言われても……キョルなのだから干し草と……あと虫はいくらでも食べると言われているが、実際に見てはいない」

「ははーん、そういうことかなるほどね。そりゃエルフを食うわけだ」

「ん?」


 顎に指をあてて、せきなは何かに納得したようにうなずく。


「おそらくそのキョルは僕らも知ってる。僕らにだけわかる名前だとは思うけど、『ティラノサウルス』ってやつだ。君たちが知ってるキョルの仲間だけど、肉食だよ。おそらくだが、まず草は食べない」

「そうなのか」

「へー……って待って! アンタ何者? 何でそんなことを知ってるの?」

「何って、僕らは『転生者』だからね。僕と、彼と、彼女は名前くらいなら聞いたことのある生き物だよ」


 せきなが自分、正義、香撫の順番で指さして言った。

 そのとたんに目を見開き、魚のようにぱくぱくと口を動かしてからもふもふとした毛並みの頭を抱える。


「ま、待って待って待ってぇ……黒の森に転生者が三人も~? 聞いてない……エルフ達に何が起こってんの……?」

「あ、実は私もそうなんです、『不死の旅人』って聞いたことないですか?」

「はわわわ……」


 ああそう言えば、それをこいつは知らないのか、とチアは思った。

 そしてここまで話が進んで……そう言えば、私の言葉をこいつらはえらく簡単に信じたな、という思考に至り、それが何故か、とても嬉しい、正しいことのように感じてしまった。

 その発端は何だったのか……と、流れる話は上の空に、チアは思う。

 タイミングはきっとあの時、『白の森がどこかの国と戦争している』と実感した、ついさっきだ。

 その時何かが、すとん、と体に去来して……


 ……《《それまで意地を張っていた自分が、あまりにも小さく見えたんだ。》》


「やりましたねーセンパイ! すんごいお手柄ですよ!」

「上の連中がこんな報告書信じてくれるかなぁ……ま、も、もう仕方ない! 私悪くない! とにかく何でもいいからその……ティラノ何とかってキョルの情報、教えて、ください!」

「ああいいよ。知ってる限り話そう」

「良いんですか!?」

「僕らにも、こんなところで足止めされたくない事情があってね。おそらくだけど、矢なんかは効かず、刀もダメージがあるかどうか怪しいな。火を怖がるかもしれないが、それだっていつまでも足止めできる戦法じゃない。君らが困ってるのはそう言うところだろう?」

「く、詳しいですね……」

「ちょっとした推理だよ。そして、弱点もなくはない」

「ええー、本当ですか! 教えて教えて!」


 身を乗り出して、白虎女が目を輝かせてこちらにねだる。

 普段なら軽蔑するほどの単純さに、何故か今も、チアの心は動かない。


「ちょっとバルバラ、アンタそんな簡単に……」

「だったらアタシが勝手に信じて突っ走ったことにしてくださいよー。センパイはアタシの報告に騙されたってことで、ね?」

「アンタ……」

「いやーもうアタシやらかしちゃったし、あと一つくらい追加でいいかなって。センパイ、私こいつら信じますよ。みんな、戦争を止めたいって顔してくれてますもん」

「……わかってるけどさあ! 仕事ってそんな単純じゃないでしょー?」


 ははは、とそこでせきなが笑う。


「気持ちはわかるけど、まあ聞くだけ聞いたらどうだい。多分だけど、キョルの背中には『操縦者』がいるんだろう? そいつはおそらく『長い棒』を持ってるはずさ。そいつを生け捕りにすれば、そのキョルの『操縦方法』がある程度わかるはずだよ」

「その通りだけど、なんでわかるの……」

「キョルではないけど僕らの世界にも似たような戦術はあってね。戦象って言うんだけど。それを参考にしたのさ。まあ長い棒を持ってるなら確定だろうね。そのキョルには、『つついたら止まるツボ』がある。あとはどうにかして……それを聞き出せれば勝機はあるんじゃないかな? それか単純に、敵から『毒』を奪えばいい。毒に限らないけど、最終手段として止める方法くらいは持ってきてるだろう。思い通りに操れるほど、脳の大きい生き物じゃないからね」

「へぇ……」

「おそらく最近交配の方法と生態がわかったってところだろう。数があるなら投入しないわけがないから、まだ準備が整いきらない状態の実戦投入だと思うよ……とまあ、これくらいの情報で、僕らを信用してくれるかな?」


 そう言ってせきなは腕を差し出し、リコッペがそれを受けた。


「え、ええ、ありがとうございます」

「ありがとうね、私の名前であなた達をウチに迎えるから、雷がやんだらウチの馬車で護衛してあげる。夜でも走れるいい子を連れてきてるから一緒に帰ろ」

「かたじけない。では世話になるぞ、バルバラ殿、リコッペ殿」

「ええ、よろしく……」

「じゃ、準備があるから。そっちの準備が終わったら声かけてねー。ばいばい」


 そうして二名とも席を立ち、グリム達は残された。

 特に顔色の変わらないチアに対し、グリムが視線を向ける。


「……どうした? グリム。私の顔に何かついてるか?」

「いいえ……でも姉様、どうして突然、素直に情報を……?」

「……素直、だったか?」

「めっちゃ素直だったよね。ねえお兄ちゃん」

「ああ……なんかあったのか?」


 きっとその場の誰もが思っていたであろうことを問われ、チアは思う。


「何か、か……そうだな、何かあったわけではないが……ああ、悪い、言葉にできないんだ。でもさっき何故か……『こうしなければならない』と思って……情報を吐いた。後悔はしてないよ。嘘もない。戦争が起きたんだなと思って、何故か……」

「……なあんだ、なら話は簡単だよ」

「?」


 穏やかな笑顔で、せきなは告げる。


「君は《《辛かった》》のさ。君の故郷が、戦争を起こしたことがね」


 おかしな話だと、頭ではわかっていた。

 戦争は世の常、歴史上何度でもあったそれに、感情など、ましてやそこに辛い思いなど抱くはずもないと、頭では思っていた。

 けれどその言葉はすっ、とチアの胸に響いて、


「……そっか。そうなんだな」


 一粒だけ、理由のわからない涙を流した。

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