第119話 森の地下で思惑は蠢く
精霊王に連れ出された天音が霧の中をしばらく歩かされ、たどり着いたのはどこかの地下室だった。
王族用の脱出路か何かだったのだろうか、霧の中、物置のような小屋に隠されていた階段を降りると別の地下室があり、そこにいたのは先ほどの魔女。
「やぁ、君が『羽を生やす女』か」
そして、今度は男のエルフが一人。
背は高く肌は白く、髪の長いそのエルフは豪奢な椅子から立つと何やらつぶやいて、天音の手の拘束が外れる。
「……貴方は?」
「俺の名はフルメルン、この森の王位継承権所持者だ。
さぁ今日の分を書いてもらおうか。分かっていると思うが、逃げようなどとは考えないほうが良いぞ?」
「……分かってる」
既に天音から気弱な獲物の演技は消えていた。羽ペンを受け取り、促された部屋の隅の小さな机と椅子に座って、小さな紙にさらさらと書く。
書き終えるやいなや乱暴に横から紙を奪われ、フルメルンが訝しげに目を通した。
「お前も読みあげろ。おかしなところはないか?」
そしてそれを魔女に押し付けるように渡す。
「ありがとう、私は無事……問題ないわね」
「結構。全く父上も面倒なことをさせる」
「本当に」
ピィ、とフルメルンが口笛を吹くと、パサパサと羽ばたく青い鳥がその肩に止る。
慣れた手付きでくるりと脚に手紙を巻きつけると、鳥は矢のような速さで外へと飛んでいった。
「さて、もう理解してると思うけど、今からアナタを牢に繋ぐわ」
「……」
煙管をふかして、魔女が笑みを浮かべる。
「……今度は誰に殴られれば良いの?」
天音が真顔でそう返すと、
「おい魔女……キサマ今の状況をわかっているのか!」
「しょうがないじゃない、人質交換なんて知らなかったんだから!」
内緒話のボリュームで、フルメルンと魔女が怒鳴り合う。
その様子を見つめる天音に気づいて、
「……精霊王、拘束して。後ろ手にね」
「御意」
「っ」
一言で光の輪が天音の手首を括って、後ろ手に拘束する。
「脚もよ」
「……」
そして未だに椅子に座っていた天音は、自分の足首が椅子の脚に拘束されるのを感じる。
そうして身動きの取れなくなったところで、顎を掴んで天音の瞳を覗き込んだ。
「……つまらない目。唆られないわ」
「貴女こそ。こそこそとあっちこっちのエルフと組んで何がしたいの?」
「あら、あっちは遊び仲間よ。本命の付き合いはこっち」
ふう、と煙を吐き出して白々しく言う魔女。
「ふん、女ギツネが……」
「褒め言葉をありがと……それで、私が捕まえた私の獲物はどこへ行くのかしら?」
皮肉混じりにそう言うと、それまで腕を組んで壁にもたれていた精霊王が動き、手を挙げた。
「それに関しては私が処遇を預かった」
「あら貴方が?やるじゃない」
「情報を聞き出すつもりが、最早ただのお荷物だからな。ティルティナが要らなそうにしていたところに申し出た」
「あの子本当に頭悪いのね。そこをどう出し抜くかとか考えなさいよ……ま、いいわ、手元に置いたほうが何かと安心だし」
つまらなそうにため息をつく魔女。
「全く……それもこれも父上のせいだ、チアのバカが生きていると分かったなら怒りこそすれ、安堵だと?交換だと!?
あれがあの勇猛だった父上か!薄汚い黒の森のエルフに負けた役立たずなぞ放っておけば良いものを!肺の病魔が頭に回ったか!」
と、そこへ激昂。
涙すら浮かべて周りに当たり散らす。
「あの役立たずが死ねばとっくに今頃……ああそうだ、良いことを思いついたぞ」
「?」
「女、『チアは既に殺しました』と吐け」
その言葉に、一瞬だけ空気が変わった。
「そうすれば父上も諦めるだろう」
「待ってよ、コレは私が捕まえた獲物よ?勝手に変なこと企まないでよ」
「だからなんだ、それこそ今からそう吐くまでここで好きに嬲ればいいだろう。俺に下等生物を辱める趣味は無いが、お前はそういう性癖だろう?」
バカにした言い草に、ビキビキと血管を浮き上がらせて魔女は口を開いた。
「そう言われて、はいかしこまりましたって事に及ぶと思う?エルフの王子様には品性ってもんが無いのかしらね?」
「は、短命種が品性を語るか生意気な」
「年寄りだからってイキがるんじゃないわよ。第一、私との約束はどうなるの?あのグリムって子の身柄は私のものよ」
その言葉に反応したのは天音だった。
「身柄……?それってどういうこと?次期王位継承者を決めるんじゃないの!?」
「なんだ短命種はバカばかりなのか?そんなものは俺と姉上だけの間で成立するものだ、穢れた森に棄てられたゴミや、その程度のクズに父上から預かった兵を失う役立たずが俺達と並び立とうとするのが不敬だ」
「ちょっと、私の獲物に口が悪いわよ」
「ああそれは悪かった、玩具と言おうか」
「いい加減にして!」
天音が叫び、全員の視線が天音に集まる。
「さっきから聞いてればゴミとか獲物とか何様のつもりよ!グリムは……ぐ……ぇ……」
「あら、よく聞こえないわね?あの獲物が、なあに?どうかしたの?」
「ぁ……かひゅっ……」
縛られた体勢のまま苦しむ様子を見て、魔女は笑う。
そして指をならすと首輪は緩み、天音の肺に空気が流れ込んだ。
「ごほっ、ゴホッ!ひくっ……っ!」
そしてまた指を鳴らし、天音の喉が締まる。
「おい、壊すなよ?」
「そんなヘマはしないわよ。で、何様……って聞いたのよね?」
「うぇ……っ!」
ぐい、と前髪を掴んで、無理矢理顔を上げ、苦しむ顔を愛でるように撫でながら、魔女は笑った。
「教えてあげる。私達は『勝者』なの。だからこうして貴女の言葉を塞げるし、私の獲物がノコノコやってくるのを止められないわ」
「……っ、げほ、おぇ……っ!」
そしてまた指を鳴らす。
何度も何度も決して死なない程度に抑えられた窒息は、死なない運命であるはずの天音の心をハンマーのように殴りつける。
「ねぇ、ごめんなさい、って1回言えば許してあげる。だから言って?ごめんなさい、逆らってすいません、って。たった1回、口にするだけで良いのよ?」
にこにこと笑う魔女の口調はあくまで優しい。しかし彼女は、その暴力がもたらす屈服に取り憑かれた悪魔だ。
「だ……れ……が……!」
顔を真っ赤にして、涙目になってもその瞳から意志は消えない。
恩人にして友人であるグリムをバカにされて、ここで許してはいけないと、天音は意地を張り続ける。
「ふ〜ん、がんばるわねーえらいえらい。大切なお友達のためにあとどこまで頑張れるかしら〜?10秒?1分?それとも……」
ドスッ、とあまりにも軽い音がした。
「ここまで、かしらね?」
魔女がしたのは、あまりにも軽く拳を突き出した、ただそれだけ。
しかしそれだけで残り僅かな空気は絞り出され、目を見開いた天音は、
「うぇ……っ、かは……」
拘束という支えを失って、虚ろな目で地面に倒れた。
「はい、じゃあもうなんて言えば良いかわかるわね?」
「……、」
とろけるような笑顔を浮かべ、魔女は天音に尋ねる。
そして天音は、
「……だ、」
誰が、と拒絶の形に唇を動かして、
「そこまでだ魔女殿。これ以上は、死ぬ。それでは不都合だろう?」
精霊王が、止めた。
空間から音は消えて、しん、と静まり返った地下室に、
「……ふふ、最高……」
ぽつりと声がして、
「ええ、分かったわ、ありがとう精霊王、貴方最高よ!」
無邪気な狂気の塊が、精霊王を褒め称えた。
「……では『これ』は牢に運んでおくとしよう」
「頼んだわね、くれぐれも丁重によ?」
「心得ている」
そう言って天音に触れると、天音ごと精霊王は姿を消し、別の地下室に転移する。
そこにある牢に引きずられるようにして運び込まれた天音はピクリとも動くことなく、仰向けに寝かされたが、
「かは……げほっごほっ!」
跳ねるように意識を取り戻すと、精霊王が扉を閉じた。
「はあ、はぁ……っ!ここは……?」
そして天音が意識を取り戻したのを確認すると、鍵をかけ、無言で消えた。
「……?」
薄れゆく意識の中、誰かが魔女を止めたのは聞こえていた。
しかし状況が読めず、床にへたりこんでキョロキョロとしていたところへ、
「……お久しぶりですね、マスター」
聞き覚えのある、声がした。




