第118話 嵐の前は本当に静かなのか
木崎さんが攫われた次の日の昼頃だった。
「手紙が来たぞ」
「!」
グリムさんが僕のテントに飛び込んできて、僕も慌てて立ち上がる。
「大釜に集まるのじゃ、みんなで見るぞ」
「了解」
言うが早いか僕とグリムさんは大釜に走る。
到着すると、先生と香撫とチアさんが座って待っていた。
一瞬、あれ? 何で木崎さんがいないんだ? みたいな気分になって、気づいて、胸が酸で焼けたように苦しくなる。
「開くぞ」
筒のように丸まったその紙を引っ張り、広げると、そこには日本語が書かれている。
「……僕が読もう。『ありがとう、私は無事、預かった矢はベッドの下』」
紙が短すぎてそれで限界っぽかったが、それでも早速仕込みがあった。
「そっか、僕の矢そんなところに入れてたのか。悪い、見に行ってくる」
「キミ一人じゃ手が足りないだろ、僕も行こう。グリムさんはチアさんに一筆書かせてくれ。妹ちゃんは見張りを頼んだよ」
「はーい」
そして僕は先生と外に出て、木崎さんのテントに向かう。
当然矢なんてあるわけもなく、ただの隠語兼本人確認だ。チアさんに真似されないよう誤魔化しただけで。
「いやあ懐かしいねえ、キミと組むなんていつぶりかな?」
「……例のカルトをつぶした時以来ですよ、あの時は完全に僕が囮でしたけどね」
「ああそうだった。ま、土日の暇つぶしには良かっただろ?」
「大冒険でしたよ」
殺されかけるわ殺されかけるわ殺されかけるわで散々だった。
まさか月曜の朝に大規模集団自殺をやる気満々だとは思わないじゃん。
そのくせ解決して帰ってきたらクラスでは
「片っ端から撃って白状させるだけだから楽だろ~? 流石のチートだね~」
みたいなヌルい反応しかなかったし。
「……でも先生、本当に大丈夫でしょうか?」
「何が?」
「何がって……」
「彼女は大丈夫だよ。とにかく今はこっちさ」
木崎さんのテントの入り口を開けて、先生がためらいなくベッドの下にもぐる。
そしてすぐに戻って、持ってきたのは一冊のノート。
先生が目を通すと、
「……なんだい、当然じゃないか」
そう言って、ぽい、と僕に投げる。
てっきり推理か何かが書いてあると思ったけど、書いてあったのは最初のページにたった一言。
「絶対に解決して」
それだけだった。
ある意味木崎さんらしいと言うか、自分がどうなろうと……それは揺るぎないんだろう。そのまっすぐな精神が、今は本当に腹立たしい。
「当たり前だ! って叫びたくなりますね」
「奇遇だね。僕もだよ」
「それで……どう思います?」
「何が?」
「木崎さんの無事に決まってるじゃないですか。正直今になって不安になってきたって言うか……あっちがチアさんを切り捨てるって可能性はありませんか?」
実際、チアさんを殺した悪しきグリムさん、って構図の方がホームグラウンドでは優位だと思うんだけど。
「その答えは簡単だよ、向こうからしたらそれで僕らが尻尾巻いて逃げたらどうするんだい」
「え?」
「チアさんは殺され、それっきり。勝ち逃げさ。どれだけむごたらしく木崎ちゃんを殺したとしても、せいぜい引き分け。なんならチアさんの敗北はもう大陸中に知らせてあるしね。こっちがチアさんを殺した情報をばらまくことくらい、向こうは想像つくだろうよ」
「……もう情報をばらまいたんですか?」
「いつの世もゴシップはみんな大好きだろ? 商会がエルフの森と契約を切ったって話を聞いてたから、商会に何かしらの情報網はあるだろうと思って声を掛けたら、新聞社のツテを教えてくれたのさ。しかも君らが行った、クレイセン王国のね」
「え?」
「ほら、通信石。ちょうどいいや、ここで見せてあげよう」
そう言うと先生は胸から緑の石を取り出して、何度か光らせると、しばらくして向こうから声。
「はいは〜い、こちら世界醜聞社、スゴンミです〜。噂でもリークでも何でもどうぞ〜」
わりと間の抜けた声だった。
「こちら黒の森、今日の分の約束のネタを売るよ。黒の森の要人は無事、白の森の次期王権継承者候補も無事、だ。あとは好きに書いてくれ」
「ハノイ様の件ですね〜承知しました〜。繰り返しになりますけど、見出しはアレで本当に大丈夫ですか〜?ウチは責任取りませんよ〜?まぁ訴えられても取れる責任なんて無いんですけど」
清々しいまでにゴシップだな。
「構わないよ、大々的にブチ上げてくれ。号外とかだとなお良いね」
「うぇへへ……分かりました世界中にバラまきましょう!うひー興奮するぅー!」
そう言って通話は切れ、
「何を依頼したんですか?」
と僕は聞いた。
すると先生はぴっ、とこっちを二本の指で指して、
「戦争報道だよ」
そう告げる。
「え?」
「長き圧政に耐えきれず反旗を翻した黒の森と、傲慢さが高じて商会に手を切られた白の森の戦いの開始さ」
「ちょちょちょっと待ってください、大嘘も良いところじゃないですか!」
確かに仲は最悪だけど、あと一月もすれば揃って次期王権を決める程度の認識だったはずだった。
だからこそ木崎さんとチアさんの交換が成り立つわけで、そんなことを依頼する意味がわからない。
「それじゃダメなんだよ、最悪、向こうで木崎ちゃんが暴れた時に何をされても文句は言えない。逆に向こうがこっちに手を回すリソースなんて無いだろう?なんせ、白の森はもうすぐ近隣諸国と揉めるんだから。ハイこれ、君が寝てた間に届いた新聞」
「あそっか」
そうだった。
商会が戦争前に手を引くってことは、この世界視点で、白の森はハシゴを既に外されている。そこがどれだけ戦争しようとあーやっぱりなー、で納得されるだろうし、その中で人質交換が行われることを大々的に報道されれば、世間の注目は一気に集まる。
もちろん万全の安全ではないだろうけど、少しでも木崎さんの生存率が上がるなら僕は大歓迎だ。
「それに……暴れたことにされて冤罪で処刑、なんてこともあり得るからね、情報戦は先手が命さ。これくらいしないと」
「はぁ……」
新聞に目を通すと、シンプルな地図や国旗、背後関係などが描かれたイラストとともに、
【白の森侵攻開始か!?近隣諸国、軍隊展開の兆し!不安な住民の声】
と明らかに憶測で書かれた見出しが踊っていた。その下には商会が武器や食料品の買い取りを呼びかけているから呆れてしまう。
でももはや完全に世界の雰囲気は開戦前夜で、そこへの第一報が、こっちが投げかけた白の森vs黒の森ってなると、興奮混じりの恐怖が襲ってくる。
「てなわけで、ここに世界中の注目を集めて木崎ちゃんを守ろうぜ」
ぽん、と肩を叩いて先生がテントを出ようとする。そこに悪魔が現れて、くすくすと笑い始めた。
――まあ、織り込み済みなんだろうけどな。
こういう時、やっぱり自分は『探偵』なんだろうなって気がして来る。
……タイミングは、今しかないんだろう。
「ねぇ先生、いつからですか?」
「え?」
先生が、僕の背後で足を止める。
「いつから、この状況を読んでたんです?」
どうにかエルフ同士のいざこざで終わらせようとしてたのに、今や大陸を巻き込んだ世界大戦だ。
流石にまさか白の森が他国と戦争しようとするとは思わなかったけど、それだって明らかに今回の報道でタイミングが早まることに違いはない。
もうすぐ近隣諸国と戦争しますよってタイミングのゴシップ、そして僕らがそれを否定するタイミングは、開戦の連鎖が起きた後じゃどこにもない。
……それを、この先生が気づかないわけないからな。
「……あは、気づくかぁ。いつからって言うなら、最初からだよ。君らと再会した時さ」
目の前には悪魔がいて、背後からは悪魔のような声。
「動機は?」
「世界平和……なーんてね。でも良いのかな?僕がこの状況を作ったとして、それを問い詰められる状況じゃないだろう?」
衣擦れの音がして、先生が僕に背後から抱きつく。
確かにそうだ。
今この状況が先生の導いた状況だとして、今更僕らはそれを覆せない。
であれば、言えることは1つしかない。
「仲良くしようぜ、これからもさ」
「……先生も無茶な教え子を持つと苦労しますね」
「えっ……ぎゃふん!」
隙をついて、先生を腰の回転で投げる。
冗談みたいな声がして、仰向けにひっくり返った先生は受け身を取ることもなく笑った。
初めて先生に柔道で勝った気がする。
「なんだよもー……バレてたのか……」
「ええ、なので」
チートのおかげか、先生の理解は早い。木崎さんのいないテントで、僕は先生に左手を突きつけて、
「大人しく、木崎さんと先生の目論見を吐いてください」
そう言った。




