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第117話 白の森のエルフ

 地下室の階段を上り、木の扉を開けて天音が外に出ると、そこは森の中だった。


「……」


 黄緑色の柔らかい芝生はよく手入れされているのか雑草一つなく広がり、道の端々にはおそらくは意図的に残された花が点在している。

 巨大な木の切り株をくりぬいたような『家』があちこちに居並び、黒の森で見たようなテントはどこにもなかった。


 そして最も目を引くのが、その木々の『大きさ』。

 ビルのような太さの白い大樹があちこちに生えて、直立したそれらは枝もなく、ただ太い幹をくり抜かれ、『生えている』というより、もはや巨木の形をした建物が『聳え立っている』と表現した方が近い。

 はるか上方には枝から生えた鮮やかな黄緑色の葉と、霧のような白いもやが漂っており、そのもやと黄緑色の葉のせいなのか、曇り空の日程度の明るさで、おそらくは昼間の現在、神秘的な雰囲気でエルフの里はそこにあった。


「見惚れるのはもういいかしら? じゃあ行くわよ」

「い、行くとは、どちらにでしょうか……」


 天音は首輪につながる縄を引かれながらも、おずおずと尋ねる。


「お父様のところ。行けば分かるわ」

「はい……かしこまりました……」

「いい子ね。おとなしい子は好きよ」


 そして縄を引かれるがまま、天音は歩かされる。

 どうやらさっきの地下室は数ある別荘、あるいは倉庫の一つだったらしく、振り返ってみてみれば、ただの小さな住居でしかない。

 芝生の道を歩きながら、おそらくはどこかから籠一杯の野草を積んできたであろうエルフが、うやうやしくティルティナにお辞儀をする。

 それを見送って、表情は崩さないまま、天音は考えた。


(……堂々と私を首輪で連れ歩いてるのに、子供まで私への反応がない……)


 この世界で異種族間の奴隷扱いはご法度と聞いてはいたが、この森では違うのかもしれない。そんなことを予想しながら、再び小さな男の子連れの女性エルフが、野草の詰まった籠を背負ってすれ違う。

 すれ違う、と言ってももちろん相手は道の端に移動して頭を下げ、そのまま動かないが、その後ろに繋がれた天音に関しては、完全に『いないもの』扱いだ。


「……穢れた民め」


 あるいは、わざと聞こえるような声でそう呟かれる。

 天音にしか聞こえない声量だったのは、身分の高いティルティナの所有物に失礼はできないということなのだろうか、などと考えながら、びくっ、と驚いたような演技をする。それにティルティナが気づき振り返ると、慌てた悪態をついたエルフはそそくさと去って行った。


 ――そしてどれくらい歩いただろうか、地下室を出た時から見えていた、巨木の密度が高い場所のもとへと着く。

 点在ではなく、明らかに人為的に密集させて生やした巨木が居並ぶ場所の手前には大きな広場があり、中央には泉があって、白い布を何名かの女エルフが洗濯をしていた。

 その中の一番太った女エルフが、こちらに気づいて足早にやってくる。


「ティルティナ様、馬もキョルも連れずどちらへ……あら、そういうことですか」

「ええ、こちらの魔女があっちの森の戦士を捕らえたの」


 戦士、と言う呼ばれ方にしっくりこないが、そういうものなのだろうと天音は納得する。まあそれに首輪をつけるあたり、趣味は相当に悪いが。


「あら、惨めなこと……それで、これからどちらへ?」

「お父様がご立腹だから、城へ」

「あらあら、それはそれは」


 ホホホ、と互いに笑って、太ったエルフは深々と頭を下げ、泉に戻った。

 そして広場を抜けてしばらく歩くと、巨木が立ち並んだ巨木群の前につく。堀の奥に高層ビルのような巨木が壁のように並んだ姿は、確かに難攻不落の城を思わせた。

 飛び越せない程度には広く、幅のある堀に橋が降りて、その先には木製の巨大な門。


(こんな住処があるなら、確かにエルフは最強でしょうね……)


 そう思いながら、連れられた天音は橋を渡り、城門(と言っても巨大な木をくり抜いたものだが)をくぐると、背後では木製の水車が木製の歯車を回し、木製の鎖を引いて、木製の跳ね橋を上げた。


「……」

「驚いた?」

「は、はい……」


 演技を続けながらも、言葉に嘘はない。

 居並ぶ巨木の城門を抜けた先には、石畳の道が伸びていた。

 あの居並ぶ巨木の向こうはどういうわけかもやが濃く、深い霧の日のよう。

 石畳の道はまっすぐに伸び、途中で十字路にはなっていたが、左右はもやが隠して先が見えなかった。

 そして正面にだけ、地面に埋められた赤い太陽石が、誘導灯のように光っている。


「今日は森の機嫌が悪いわね……」


 そう呟いたエルフ、ティルティナは正面の道を進む。

 しかし明らかに途中で数度意図的に曲がらされ、気づけばあまりにも小さな切り株の家の前……少なくとも『城』ではない場所に着いた。


「あら、用心なんて珍しい」


 そう言って、ティルティナは切り株の家の扉の前で、懐から取り出したベルを鳴らす。


「入れ」


 中から老いた声が響き、天音は怯えたふりを続けながらも身構える。

 扉を開くとそこは毛足の長い絨毯が敷かれた床と、薬品棚と、小さな机とーーそして、大きなベッドのある小屋の中だった。


 そして部屋の中央には、白いローブを纏って杖をついた老エルフが、豪奢な椅子に座っている。


「来たか、ティルティナ」

「ええ、お父様。これがチアの隊を壊滅させ、チアを捕らえた者の一味でございます」


 首輪の縄から手を離し、その老エルフの前にティルナは傅き、作法なのか、右手を左肩に当てて言った。


「首を賭けるか。まぁ良い、黙っていたことに憤慨はしたが、なるほど確かにお前はすべきことを為したようだな」


 すると左肩から手を離して、


「この程度、次期王権を手にする者としては当然です」


 と言った。


「なるほどわかった。固くならずとも良い、『耳』は除けてある」

「この度は妹を救うためとはいえ、失礼をいたしました。恥ずべきことでございます」


 そして周りにエルフがいないことを告げても、ティルティナは頭をあげず、むしろ更に声に涙を滲ませた。


「……良い、まさかチアが生きているとは思わなかったが、お前が『目』を飛ばしていたのだな」

「はい、確証はありませんでしたが……」

「なに、生きていれば良いのだ。生きて恥を雪ぐことができねば、何のための長い命か」


 その様子を見ながら、天音は思っていた。

 ――これが、長なのか、と。


 今のところ、この老エルフは娘を案じるエルフでしかない。

 あの地下室を持っているような気性の女がチアを心配しているということも無いだろうが、その父親にしては威厳というか、覇気を感じなかった。

 老いか病か、この小屋を見るだけでも数多の薬があるところを見れば、この老エルフが弱っていることは容易に推理できる。


「……それで、そこのが向こうの戦士か」

「はい、手懐けた魔女に捕らえさせ、持ち帰らせました」


 びくっ、と怯える演技に切り替えて、天音はティルティナを見る。

 少し不機嫌そうなのは、今の流れをおそらく覚悟していなかったせいだろう。

 いきなり自分を捕らえて、それはいいが、それをチアとの人質交換に使われては、ティルティナからしてはただただ面倒以外の何者でもない。


「これで娘が戻れば安いものか……手紙を寄越せという話だったな、牢に放り込んでおけ。……所詮貧しい村の雑草よ、丁重にもてなしてやると良い」

「……はい」


 どこかつまらなそうにティルティナは頷いたが、どうやら自分の無事が確定したらしいことに天音は感謝して、


「ならばその役割、私が引き受けよう」


 次の瞬間、驚きで体が跳ねた。


「誰だ……」

「貴方は魔女の、」

「おっと、その先は口にしてくれるな王女殿、私も『精霊王』と名乗る身なのでね」


 天音と肩を組むようにして、その白い男……精霊王が突如現れた。

 全身が白く輝き、うす明るく光るマネキンのような姿。背中には光る羽根があるが、現れたと同時にどこかに消す。


「さて突然だが、こいつの世話は私がしても良いかな?」

「なぜ……」

「何故かと言われれば、私はこれと話がしたいからだ。興味がある」

「……話は聞いているの?」

「手紙の話なら当然だ、私は、忠実な、『彼女』の使いなのでね。そちらも今の時期、これを警戒する手間はかけたくないだろう?」

「……確かにそうね、いつでも私達と会わせる条件付きなら構わないわ」

「決まりだな」

「あぐっ!」


 手綱を引かれ、無理やり立たされた天音の耳の傍に、『精霊王』が顔を寄せる。

 そして、


「良い演技だ。だが今から行く場所ではそれを控えろ――死にたくなければな」


 天音以外には聴こえない声で、そう静かに告げた。

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