第115話 ふざけんな
――初めて殺したのは、母さんだった。
後悔があるかって言われれば、正直言ってそんなにない。
殺したくはなかったか? っていうのと、殺して辛かったか? ってのは全然違う話で、僕が一番後悔するのは、きっと母さんに妹が殺された『もしも』だ。
だからその『もしも』にならなかっただけ、僕の人生は救われている。
僕は母さんを殺すしかなかったし、それで妹が生きていればそれでいい。
あの夜は、そういう夜だった。
――酷いわね、それでも人間なの?
黒い影が、母さんの声でそう言った。
左手を構えて、撃ったつもりになる。
そうすると、その影は消えた。
――次に殺したのは、教師だった。
ただ偶然、本当に偶然、あの日と似た空気を路地裏から感じて、そっちを覗いたら、ハンマーを持った男が、僕と同じ学校の女子を殴ろうとしていた。
だから気づいたら、右手で撃っていた。
女子は逃げて、男は言った。
なんでもします。許してください。
僕は思った。
ああ、母さんもこうだったらよかったのにな。
そして左手で撃って、自分で自分を殴らせた。
面白くもなんともなかった。
――次に殺したのは、死刑囚だった。
そいつのやったことを読んだ。
吐き気がした。
だから殺した。
殺せと言われたから殺したけど、それが悪だとは思わなかった。
そう思った瞬間、もしかしたら僕は母さんと同じになったのかもしれないと思った。
出来るだけむごたらしく殺したら、遺族のみなさんはとても喜んでくれたらしい。
それを聞いて、少しだけ食欲が落ちた。
――次に殺したのは、クラスメイトだった。
事件を調査してたら偶然知ったことだったけど、そいつはとある映像を作っていた。
人が壊れる瞬間。
人が壊れていく過程。
壊れた人間をたくさん見てきた僕からすれば、何が楽しいのか全然分からなかった。
そして、そいつは妹を狙っていた。
僕の事件を利用して、妹を容疑者として召喚するチート。
確証はなかったけど、尾行したらそれっぽかったから、殺した。
病院に忍び込もうとして外壁を上るアイツを見ながら、縄にナイフを突き付けて脅した。
――わ、悪かった! 泥棒なんてもう……
左手で撃った。正直に言えと言った。
――そ、そうだよ、お前の母親が《《消えた》》事件! お前が犯人じゃなきゃ、怪しいのはお前の妹だろ!? お前の妹を連れ出して、僕の『素材』にしたいんだ! お前の妹、ベッドから出られないんだろ!? 外の世界をろくに知らないんだろ? 最高じゃないか! そういう子が輝く瞬間を僕なら作れる! 撮れるんだ! なあ、お前も僕の……
気持ち悪いから殺した。
明確に殺したくて殺した。
後悔も何もない。殺す以外の選択肢がなかった。
――そして、最後に殺したのはエルフだった。
たくさんいたから、どれだけ殺したかは覚えていない。
けれど全員が、グリムさんの村を滅ぼすつもりだった。
だから殺した。
グリムさん達をあざ笑った。
――殺しに来たんだから、殺されても文句はない?
そんなわけがなくて、誰かを殺そうとするやつは、ほぼ間違いなく誰かを殺して何かをどうにかしたいだけで、自分が殺されていいなんて思ってるやつはいない。
――本当に、吐き気がする。
殺意ってのは大量に湧いたゴキブリのように僕の胸を這い回る。
その気持ち悪さを指に込めて、撃ち出したつもりになれば、不思議なことに、犯人が僕の自由になる。
神様がいるのなら、僕はそれに感謝するべきだったんだろう。
こんな力を手に入れて、僕は良いことをしていたつもりだった。
誰かを救える、つもりだった。
――目を覚ますと、僕のテントの天井があった。
「お兄ちゃん!」
「……」
口が乾ききっているのか、一瞬声が出ない。
体を起こそうとしたら、何故か手足が縛りつけられていた。
まるで犯人じゃねえか、と思って隣を見たら、香撫がこっちを見ている。
「……暴れずにいられる?」
そしてなぜか濡れぞうきんを絞りながら、僕に言った。
「暴れないって」
「勝手に一人で、木崎さんのところに行ったりしない?」
「場所が分かんねえよ」
「白の森にいるんだって。あと、クレなんとかって王国から手紙が来てるよ」
「王国って……クレイセン王国か。見せて」
「はい」
寝たままの姿勢で広げられた手紙を見せられると、映画の字幕みたいに日本語訳が浮かぶ。
解放はしてくれないのか、と思ったけど、突っ込みを入れるのはやめた。
『白の森が近隣諸国との戦争を開始したと情報が入りました。同盟国として、黒の森はこの件に加担していないことを誓約していただきます』
短い文面だったが、こっちに白の森の情報を伝えてくれたことと、こっちがかかわっていないことを信頼してくれているような文章だった。
「ありがたいね」
「そうなの?」
「うん」
信頼。うん、素晴らしいな。
読んでてイライラしてきた。
もちろんあの王国が悪いとかじゃなくて、こっちの事情だけれども。
「なあそろそろ解放してくれ」
「ダメ」
「先生がそう言ってる?」
「私がそう思ってる」
「じゃあ先生に聞いてくれ」
「先生は私に任せるって言ったもん」
「なるほど、その結果がこれか」
マジでピクリとも動けない。
感覚だけで言えば、全身ぐるぐる巻きに近いんだが。
「ちゃんとご飯も食べさせてあげるし、水もあげるからね」
「怖ぇよ。あと一個大事なことを忘れてるぞ」
「?」
「トイレ行きたい……」
「……ごめん」
というわけで僕は解放されて、トイレに行って、出たところで、マカが現れた。
「うまく妹さんを出し抜けましたね」
「あいつ基本的に僕を疑わないんだよ。あとケガ治してくれてありがとな」
「いえいえ、どういたしまして」
ドラゴンの時みたいにしてくれたんだろうが、自分の背中がどうなっているかは知らない。
ふよふよ漂うマカが、僕の瞳を覗き込む。
「行かないんですか?」
「どこに?」
「どこにって……白の森」
「……あーそうだな。行かなきゃな」
その前にグリムさんと話し合いもしたいし、先生にも会わなきゃならない。
世話になった転生者の皆さんにもあいさつしたいし、特にジョンソンさんの無事は確認しときたい。
「……どうしたんです? マスター」
「何が?」
「こういう時、貴方はもっと取り乱すべきなんじゃないんですか?」
「……」
足を止めて、悪魔の言うことに耳を傾ける。
悪魔は戸惑いの表情だったけど、笑みを浮かべて僕を誘う。
「ねえ、したいんでしょう? しましょうよ、大暴れ。適当なエルフさんから白の森の場所を聞き出して、私の翼で空を飛んで、白の森で、大事な大事な木崎さんを奪った悪い魔女を、好きなだけ苦しめてやりませんか?」
「……しねえって」
「あは。じゃあこう言いましょうか」
そう言って。マカは僕の耳に口を寄せて。
「……《《死なないってことは、死ぬよりつらい目にあうかもしれないんですよ》》?」
言った。
限界だった。
気づけば悪魔の胸ぐらを掴んで、近くのテントの柱に押し当てていた。
そしてすぐ煙とともに消えて、右隣に平然と現れる。
「……なんで怒りを押し殺すんですか?」
「お前、心読めるだろ」
「だから必死こいて押し殺してるのがうるさいんですってば。理由なんて奥底にあるから聞こえませんよ」
「……」
無視して、僕は『そいつ』のところを目指す。
「……はあ、なるほど」
例によって見張りのエルフさんには止められることなく『そこ』に入り、
「……来たか」
「意外に遅かったのう」
「まぁ妹ちゃんにあれだけ縛られてればね」
「お兄ちゃんのばか」
妹と先生とグリムさんに、先回りされていた。
「……なんで分かったんです?僕がここに来るって」
「簡単な推理だよ、効率を考えれば、ここで『人質交換』の根回しをしてからグリムさんに話をするのが一番早い」
「どうせわらわも断る理由がないからのう」
「お兄ちゃんのばか」
その時、ぽふん、と煙とともにマカが現れる。
「あの……」
「何なんだよ」
「どうしてみなさんここに……マスター、何も言ってませんよね?」
「言ってないよ、でも見透かされたんだろ」
「えっじゃあどうして……」
本当に面倒臭い。
なんで心読めるやつが一番察しが悪いんだ?
「木崎さんを助けるにはこいつと人質交換するよりないだろうが。そんなことくらい、僕が寝てる間に思いつくんだよ」
「……言っておくが私はまだ了承してないからな!」
ここへ来て、ようやくそいつ、チアさんが檻の中から叫んだ。
「姉様の手下か知らんが良くやってくれたじゃないか、天使を味方に出来れば白の森も軍事的により優位だろうな!」
「姉様、黙ってて下さい」
「グリム!?」
「別にキミが非協力的と言うなら説得するだけさ。どんな方法があるかな……うーん、本当にちょろいねキミ」
「なんだ貴様は、なんだか知らんがそんな目で見るな、何やら納得するな、私はどんな説得とやらにも屈しないぞ!」
チアさんはそう言うと、ぎし、と縄を軋ませながらも胸を張って、花のように毅然とした態度をとる。
「別に僕らはキミをこのままずーっと牢に入れて、妹さんの近況も白の森の様子も一切知ることなく毎日毎日お風呂とここを往復するだけの一生を送らせても構わないが?」
「……なっ」
「そうじゃのう、王権を争う場に頭数は少ないほうが良いのじゃ。姉様はこの村を襲い、無様に負けて森に還ることも許されない身に貶すのがわらわの務めか。姉様、いや名も無い罪深きエルフよ、そういうわけじゃから」
「い、嫌だ……分かった、協力する、虜囚の交換でも好きにしてくれ!」
「最初からそう言えば良いんだよ、全く」
「うぅ……」
花が萎れるのは早かった。
「じゃあ計画は前倒しだけど、今夜にでも出発しようか」
「大婆様やゴルフにも話はしてある、商会から馬車も食料も買い付けた」
「じゃあ後は万一の武器とかですか」
「……そうじゃな、まだいくつか手紙を飛ばしたい。日没と同時に出発なのじゃ」
「はーい」
というわけで、僕は武器を探しに村へ出た。
今度はマカを自分から呼び出して、話を聞かせる。
「な、勝手に飛び出したら台無しになるところだっただろ」
「そ、そうですけど……何で、どうして」
「は?」
「どうして皆さん、木崎さんに怒ってるんですか?」
……なんだ、こいつそれを知らなかったのか。
それを説明しようとするといよいよ怒りが込み上げて、叫びたくなる。
「……木崎さんはな、自分なら死なないから大丈夫と思ってわざと一人で捕まったんだよ!」
「え、マジですか?」
呆れたようなマカの顔に、今回ばかりは本気で同調したくなる。
「ああ、本当に――ふざけんな!」




