第114話 悲劇・強敵・悪夢
――天使が、いた。
ドラゴンに食われて尚生きていて、誰彼構わず取り付いた、《《正義の化け物》》。
「アは」
――推理が間に合う状況じゃなかった。
僕の背に悪魔の羽が生えて、僕の手に鎌が現れて、それを思い切り振りかぶる。
ギャゴン! と黒と白の火花が奔って、天使の片手と僕の両手が拮抗する。
「何しに来た……クソ天使!」
「お久しぶりですね、皆さまお元気そうでっ!?」
天使の背に、炎が着弾する。
「正義君!」
「木崎さん!? 離れて!」
背後に回った木崎さんの魔法だった。
しかし炎の直撃を意に介さず、天使は羽の弾丸を木崎さんに向けて飛ばす。
「!」
「危ない!」
その声は空からだった。
ケンタウロスみたいなシルエットの骸骨が空から槍を構えて降り立って、雷で羽を焼き払う。
「……生きてましたか」
「見ての通り、とは言えませんがね」
電光がバチバチと迸る骨の槍と、大型車くらいはありそうな体躯。
一瞬それが誰かわからなかったけど、骸骨の知り合いは一人しかいない。
「ジョンソンさん!? その姿……っていうかその姿で喋れたんですか!?」
「説明はあとです! 今はこの『土人形』をどうにかしましょう!」
カカッ、と骨を鳴らして骨のケンタウロスが突撃する。
「忌々しい……出来損ないがっ!」
天使はさらに羽を飛ばすけど、骨に当たった羽は電光で焼け落ちるだけだ。
それどころか骨に当たらなかった羽も素通りすることなく、炭になってはらはらと落ちる。しかしそれでも尽きることのない羽の奔流が、ジョンソンさんを押し流すように襲い続けている。
「マスター!」
「わかってる!」
勝手にマカが飛び出して、影が縄のように天使を捕らえた。
「くっ、この……」
「逃すか!」
それを振り払おうとしたところに、さらに地面から植物の根が伸びて、重ねて天使を捕縛する。見ると、グリムさんが弓を構えて、矢が放たれ、天使の頭を貫いた。
「ごぉ……」
そして狙うのは首だ。
僕の鎌が首を横一線に捕らえて、肉よりももっと固い何かを砕くような感覚とともに、くるくると天使の首が宙に舞う。
「『炎』!」
それを木崎さんが打ち抜いて、首から下の天使は両ひざをつく。
「すまんジョンソン! やったか!?」
「『氷』!」
宗右衛門さんの声とホウヨウさんの叫びが響いて、はっとしたように刀を構えた宗衛門さんが、
「……悪い、今察した」
「遅い」
両腕による袈裟切りの居合抜きで、凍った天使の体をバラバラに砕く。
しかし首の方とは違ってそれで体の残骸が消えることはなく、凍ったまま転がっているだけだ。
「……ったく、何なのじゃ、何があった?」
天使の氷塊を囲んだまま、グリムさんが問いかける。
「それは『彼女』が知っていると思いますよ」
そうジョンソンさんが言って、ぽい、と『それ』を投げる。
ぽすん、と僕らの円の中央からやや外れて落ちたのは、ぬいぐるみだった。
「ふぇ……すいません……本当にすいませんでした……」
その30センチ程度の高さのぬいぐるみは、もそもそと立ち上がって、表情を変えて、僕らに頭を下げる。
「お前……」
「ルトゥムです……お久しぶりです、すいません……」
ピエロメイクのバニーガールのぬいぐるみは、小さいステッキを抱えてそう言った。
今までみたいな八頭身じゃなくて、せいぜい二頭身のデフォルメキャラになっている。
「アンタなにやってんですか……」
「すいませんすいません、まさかこんなことになるなんて……」
いつかとは違って低姿勢と言うか、気弱な感じのピエロを見て、マカが呆れたように声をかける。
「……そこの天使に何やらかしたんです?」
「『受肉』されてしまいました……」
その言葉に、グリムさんと木崎さんがびくりと反応する。
「あっあっあっ、今はもう大丈夫です、こうして固めればもう……」
よちよちと歩いて氷塊にステッキで触れると、一枚のコインになってぬいぐるみの体内に消えていった。あいかわらずふざけた倒し方するよな、こいつ……
「……土人形、ですか。大方、『白の森の魔女』にでもしてやられましたか?」
マカがイラついたようにそう言うと、めそめそとルトゥムが返す。
「事故です、事故ですよあんなの……」
「本当に済まない、俺たちもまさかコイツがこんなのを持ち歩いてるとは知らなかったんだ」
「不可抗力……」
「白の森の魔女と交戦しましてね。その時に、何がどうなったのか、白の森の魔女だった土人形が、先ほどの天使になりまして……」
申し訳なさそうに転生者三人が、グリムさんに頭を下げる。
「む……まあすんでのところで村に被害も出ておらんし、むしろこの村の外で相手をしてくれたことを感謝しよう。マカ殿、何があったかわかっているようじゃな」
「ええ、おおかた、魔女の土人形の魔法で、封印されてた天使の精神が受肉したんでしょ。……そこらの土だったから大した魔力は出せませんでしたけどね。生身の肉体じゃなくてよかったです」
「じゃあ今度は完全に倒したのか?」
「そこのあんぽんたんが後始末を済ませたら、そう言うことで良いんじゃないですか」
「ううっ、すいません、すいません……」
地面には数枚のコインが散らばっているけど、もう天使の肉体はどこにもない。
それをせっせと集めるぬいぐるみは、どこか気の毒だった。
「……一件落着じゃな。さて戻……」
それを見たグリムさんがそう言おうとして。
「――あら、まだ何も終わってないわよ?」
声が、響いた。
「!?」
一枚のコインが蒼く燃え上がって、空中に浮く。
そしてその真下の土が盛り上がって、人のシルエットを取ったかと思うと、色や質感が魔法のように変化して、現れたのは……
「いい加減しつこくないか?」
「あら、たった一回、予備の備えを使っただけよ?」
……案の定、白の森の魔女だった。
蒼く燃えるコインの隣に立って、僕らに囲まれた状況でも笑みを崩さない。
まあ、土人形だからこその余裕なんだろうけども。
「また戦いますか? 今度の相手はここの全員ですよ」
「ええ、だから逃げなきゃいけないの」
ふふ、と笑みをこぼす間にも、コインは蒼く燃え盛っている。
その炎でコインがドロリと解けて、金色の液体が地面に垂れると、またしてもそこが盛り上がって、天使が再度現れる。
「はぁっ、はぁ……感謝します、『魔女』」
しかしその姿はボロボロで、羽も中途半端に折れていた。
どう見てもこれから逃げられるとは思わないその姿を見て、にっこりと魔女は笑っている。
「質問します。しかしなぜ、今、私、を……? 後からでも、土を使えば、貴女なら私を修理……もごおっ!」
「!?」
魔女が、天使の口にその手袋ごと、細い腕を突っ込んだ。
バタバタと暴れる天使は必死に魔女の腕をつかむけれど、よほど弱く召喚されたのか、色を失った腕がボロボロと崩れていくだけで、まともに抵抗できていない。
「ご、ごぉ……えぉ。ぁ……ぉうぇ……」
「大丈夫、殺しはしないわ。貴女を『経由』するだけ。だから少し我慢してね?」
そう言った瞬間、天使の背中が――破裂した。
まるで風船が弾けるように泥が飛び散って、倒れ伏した天使の『中』から、虹色の球体が輝きながら宙に浮かび、それはぶよぶよと、何かの形を取り始める。
「っ、『炎』!」
「『雷』!」
木崎さんとホウヨウさん、そしてグリムさんが魔法を発動して、炎と雷と木の根が虹色の球体に襲い掛かる。そしてそれらが着弾して、激しい音と土煙が立ち込める中、現れたのは……
「……久しいな、魔女よ」
白く光る、マネキンのような『何か』だった。
「ええ、貴方もね。《《精霊王》》」
「精霊王、じゃと……?」
グリムさんの言葉に、白い男は反応する。
視線を向けて、指を構えて……
「グリムさんっ!!」
理屈も何もなく、飛びついた。
瞬間、レーザーのような何かが通過して、グリムさんの背後の地面が焦げる。
「察したか」
「殺気には敏感なんでね」
正確には、《《事件の気配》》だ。『探偵』としての『何かが起こる予感』が働いてなかったら、と思うと……ぞっとする。
「ほう? 虫を狙った程度のつもりだったが、存外鋭いな。そして……ふむなるほど、なかなか良い『供物』を用意したようだ」
「天使ですって。ご満足?」
「確かにこれは悪くない。素材は悪いが、中々の『力』を持っている。契約に従い、我は貴様に協力しよう、魔女よ」
「そう。なら私と一緒に、白の森に来て下さる? 話はそれから。ああついでに……誰か一人くらい、私の玩具が欲しいところなのよね」
「心得た」
次の瞬間、男――『精霊王』に、羽が生え、そして飛んだ。
「えっ」
いや、飛んだというよりは瞬間移動。
羽が生えたと思ったら、次の瞬間にはジョンソンさんの目の前にいて、
「がはあっ!」
「脆いな」
その下半身を、吹っ飛ばした。
「ジョンソン!」
「そして遅い」
それを見て叫んだホウヨウさんの目の前に現れて、
「ひ……」
「調子に乗るなよ化生如きが」
その腕を、宗衛門さんが斬り落とした。
「ふむ」
「あ、あ……」
そして、だというのに、男は気に留めた様子もほとんどない。
「ホウヨウ!」
「ぁ、『氷』!」
そしてその肩を凍らせて、男の動きを止めた。
かに思えた。
「甘い」
光の羽の先端から、七色の光が灯る。
「マカ離れろ!」
「正義君、合わせて!」
そこへ、僕と木崎さんの連携が入る、はずだった。
「私を忘れないでくれる?」
「むぐっ!」
「木崎さん!?」
とびかかろうとした木崎さんを魔女の背から伸びた影がとらえて、
放たれたのは僕の斬撃だけ。
「むぅっ!?」
それでも『精霊王』の羽は相当傷ついたのか、七色の光は全部消えた。だから僕はそいつの頭を踏みつけて、
「木崎さん!」
木崎さんに、手を伸ばす。
「この……下等生物がぁっ!」
「マスター!」
「え」
「正義君!」
伸ばした腕は届いて、目の前には木崎さんの顔がある。
僕の背には『何か』が当たっていて、けれどそれは僕に刺さっていなかった。
「あとは、よろしくね?」
そう言って、目の前の木崎さんが目を閉じて、魔女の産んだ闇に吸い込まれていく。
僕が木崎さんの『ギフト』で助けられたのだと、今更になって理解した。
「ぁ……」
「マスター!」
マカの声がする。
強い力で、僕と木崎さんが引き剝がされる。
そして、隣には嗤う魔女の顔。
「死ね」
そして背後からその声が聞こえた直後、僕の体に電撃が落ちて……
……僕の意識は、闇に落ちた。




