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第113話 かくて歴史は歪みけり

「キョルが……私たちの世界からの『転移者』ってこと?」


 キョルは、僕らの世界の物……そう聞かされて驚く僕らの中で、アンドロイドであるハノイにそう聞いたのは木崎さんだった。


「もちろん全部の成体を『そっちの世界』から仕入れてるわけじゃないよ。偶然かどうかは知らないけど、おそらく卵を転移させたんじゃないかな? それを孵化させて、養殖に成功してるのが今さ。エルフの森の特産物、だよね?」


 視線と笑顔を向けられて、グリムさんが口を開く。


「そうじゃよ、今でこそキョルは白の森に生息する雑食の動物じゃが、もともと我らエルフが古来からアレを使っていた記録はない。……もちろん、そんな経緯は知る由もなかったがな」

「だろうね。失敗した国の残骸から手に入れたのか、たまたまエルフは上手くいってから危険性を知って、その技術……転移の魔方陣を秘匿したのかは知らないけど、おそらくは前者なんじゃないかなあ?」


 その言葉に、僕はマカと初めて会った時のことを思い出す。

 そしてそこから、この話の背景がだいたい分かった。


「大体わかったよ、その魔方陣の何が悪かったのかが」

「えっ、本当に?」

「セイギ、お主魔方陣が分かるのか?」


 ハノイの瞳がこっちを向く。先生と木崎さんは特に驚いてないから、おそらくは僕と同じことくらいは思いついているんだろう。

 そして止めるような視線もないから、そのまま話を続ける。


「なあマカ、僕は魔方陣とか見た覚えないんだけど、転移ってどうやるんだ?」

「私は神様から魔方陣を預かっただけなんで、一回だけ使って終わりでしたね。そもそも魔方陣は難しい魔法の負荷を減らす意味合いがあるんですけど、神様並みの技術なんてあるわけないんで、本当に一回きりだったんですよ。まああの道化はそれを作れるらしいんですがね」


 ああ、だから木崎さんとかは一言で魔法が使えるし、ホウヨウさんみたいに体に紋様を浮かべてる人もいるのか。


「ま、基本は火とか光の魔法です。こうしてくるくるっと文字を書いてですね」


 マカが指先をくるくると回して、空中に黒い闇の線が描かれる。

 それはよくある魔方陣になって、簡素な感じのそこから人魂みたいな黒い影が生まれて、幽霊みたいに漂った後、マカはそれをぱくりと飲み込んだ。


「とまあこんな感じです」

「マカ、お前言ってたよな、僕らみたいなのを探すにはかなり苦労したって……」

「ああ、言いましたね確かに。そうですよ。私たちが使った魔方陣は、まず

『転移させたい対象を見つける』って工程があったんで、それが死ぬほど面倒くさかったんですよね……本当、その下準備に何日も……」

「そうだったんだよ。でも今聞いた話だと、言われてる魔方陣にはどう考えてもその『下準備』が無いんだよな」

「……確かに」


 溶岩でもなんでも、わざわざそんな迷惑なものを好き好んで呼び出すわけがないから、つまり『マカたちの使った下準備がとても大変だった魔方陣』と、『過去にこの世界で使われた魔方陣』は全然別モノってことになる。もっと言えば、宗右衛門さん達を『転生』させた魔方陣も全然違うはずだ。


「……ここからは僕の予想なんだけど、何が一番間違ってたかっていえば、僕らの世界から『いつ』のものを転移させるかってことだったんじゃないかな」

「へぇ……その予想、詳しく聞かせて?」


 ハノイが、身を乗り出す。

 どこか危険な予感はするけど、もう止められる状況でもないだろう。


「『過去にこの世界で使われた魔方陣』が『こっちの世界に僕らの世界の何かを召還する魔方陣』だとするなら、その魔方陣は『いつ』『どこの』ものを召還するかってのを、ある程度魔方陣が指定できてるはずなんだ」


 マカが言ってたけど、僕らの世界はとにかく広い。そんなところで仮に『ランダムに何かを持ってくる』みたいな雑な魔方陣なら、どこか遠くの宇宙の何かを拾ってきて終わる可能性の方がはるかに高い。


「ってことは、その魔方陣が運よく『地球』の、『僕らの世界の歴史』で言う『僕らが生きてる時代』を指定できればいいけど……」

「外れたら大惨事だね。いや、《《外れたから大惨事になった》》のかな? 確かに、考えてみれば僕らの住む地球の地表から何か持ってこれる時点で、かなり精度が優れているのかもしれないね」


 先生が補足してくれて、木崎さんも香撫も、そしてグリムさんもだいぶ理解してくれたようだ。


「そうだと思うんですよ。そしてそのうえで、近代……僕らの住んでる世界の科学技術になった時代なんてのは、他の時代と比較しても期間が短すぎる。そんなところに当たる確率よりは……」

「そっか……恐竜が生きてた時代の方が……」

「はるかに、圧倒的に長い」

「なんじゃ、お主らの世界にキョルはおらんのか?」

「絶滅してるんだよね、はるか昔に」

「そうなのか……」


 地球を指定出来たところまでは本当にすごいけれど、時代の確実な指定まではできなかったんだろう。マントルの中身とか海水とかを転移させてないだけ、宇宙的に考えればめちゃくちゃ優秀な精度をしているんだから、そりゃ限界もある。


「あー、私たちからしたらこの世界の生命体もすごいなーって感じでしたけど、やっぱりいろいろと惜しい技術なんですね、転移の魔方陣って」

「でもさ、じゃあ昨日のあの人たちって何なの? あの人たち、転生したって話だったよね?」

「あ、それに関しては私知ってますよ。あれは『それと知らずに魂をこちらに持ってくる魔法』を何回か、この世界でいつか誰かが使っただけなんですよ。傍目失敗なんで、誰もその魔法が発動したのを知らずにそれで終わりです」

「……なるほど。でも『魂』を持ってこれるっていうのは、それまでよりははるかに優秀か。ひょっとするとそういう方向で研究が進んでたのかな?」

「さあー? そこまでは私にもわかりません」

「じゃあ『板を作った人』も『商会のトップ』もそうなの?」

「え?」

「だから、それと知らずに撃った魔法が、たまたまそう言う効果だったって……え? お兄ちゃん、わたし何か変なこと言ってる?」

「いや、間違ってないと思うよ」

「だ、だよね?」


 謎は全て解けた、なんてわけじゃないだろうけど、この世界の裏側が少し見えてきたような、そんな話し合い。


「ふふ……そっか、そうだったんだ! あーこんなことならもっとあの魔方陣を研究すればよかったかな? でもあの人、あまりそういうことはして欲しくなさそうだったし……まあいっか! うん! すごくすっきりしたよ、ありがとう!」


 ハノイが満足しているようなので、とりあえずはこれで良しだ。

 そう思っていたところに、


「……ハノイ殿、まだ何か、わらわ達に話していないことがあるじゃろ?」


 グリムさんが、唐突にそう言った。


「ん?」

「この世界の話は分かった。白の森にキョルがおる理由もな。が……《《今、その魔方陣の技術はどうなっておる?》》それを知らんようには見えんのじゃがな」

「……あらら、ごまかせなかったか」

「っ」


 その言葉に、木崎さんを筆頭に全員が身構える。


「ごまかす意味があったの?」

「ないよ、ちょっとしたいたずら。このまま黙っておいた方が、この情報は後で売れるかなって思ったけど、ばれたら仕方ないよね。そうだよ、その技術が、ほんのわずかに『白の森』で進化してる」

「ほんのわずかに?」

「新しい『キョル』の転移に成功してる」

「なるほど……それは確かにわずかじゃな。お主の言う……『ぷると何とか』だのなんだのの技術を知る者を呼び寄せるには程遠いんじゃろ? ましてや転生者よりキョルが有用にも思えんのじゃが」


 グリムさんに言われて、ハノイはつまらなそうに腕を組んだ。


「そうなんだけど安心してほしくもないんだよね……。知っての通りキョルは力持ちだし便利だし、『商会』と縁を切った『白の森』がそんな力を持ってるのは面白くもなんともないんだ。だからボクはこの情報を売りに来たんだけど、『板』が読めるっていうからあわててそっちを先に確認しちゃったよ。油の追加の件も入れたら、今日は本当に忙しかったんだ」

「そりゃお疲れ様じゃの。わらわたちも最近忙しくて困る」

「ふふ、世界が変わるときって、そういうものだよ?」

「……」


 楽しそうにハノイが言うのは、商会の商人としての感情なんだろうか。

 それとも……と思ったその時。


 ――村に、鐘の音が鳴り響く。


「? 何かあったの?」

「……これは門の鐘じゃ! すまぬハノイ殿、いったん席を外す!」

「あ、うん……」

「グリムさん!」

「待って! 私たちも行く!」

「香撫、先生たちを頼む!」

「うん!」


 そうして門に駆け付けた時、既に門の向こうに向かって矢を放つエルフのみんなの姿があった。


「どうした、何があった?」

「グリム様!? 何で来たんですか! 早く逃げ……うわあ!」

「ガレット!」


 物見櫓が火の玉で破壊されて、そこにいたエルフが一名落ちる……かと思ったけど、ナイフをうまく土壁に刺して体勢を翻して、最低限の衝撃で地面に着地した。


「すご……」

「体操選手みたい……」


 思わず木崎さんも僕も言葉が漏れたけど、そんな場合じゃない。


「『白の森』か!?」

「いえ、あれは……と、とにかくお逃げください、おそらくもう持ちません!」

「だから何が……」


 そう言ったとき、門が音を立てて吹っ飛んだ。


「ぐふっ」

「ああっ!」


 そして僕らの目の前に、宗衛門さんとホウヨウさんが吹っ飛ばされて転がってきた。


「な、なんじゃ!?」


 視線の先、土煙を上げるそこにいたのは――忘れるわけもない、その姿。

 白いシンプルな服、金色の髪、白い肌、そして皮を編んだサンダルみたいなブーツ。


「……最悪すぎるだろ」


 つい僕が言葉を漏らすと、そいつは笑顔で、そう言った。


「否定します。これは『最善』ですよ? ねえ、悪魔の眷属?」


 腕をぐにゃりと歪ませて。

 ――天使がそこに、立っていた。

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