第112話 愚かな世界の種明かし
「……お待ちしておりました、聡明なる『転移者』の皆さま」
テントに着いた僕ら三人を、商会の『シルバー』、ハノイが迎える。
聡明ってことはないけどなあ、と思ったがそんな場合でもない。
そしてふと気づくと、あの威圧感が完全に消えていた。
「気分を変えたの? ずいぶん穏やか」
「これがボクの素だよ。あれはあれで疲れるし、鳥も逃げちゃうしね」
木崎さんが尋ねて、肩をすくめたハノイが答える。
礼を尽くしたのは一回だけ、ってことなんだろうか、ハノイはまた口調を変えたが、もう初対面の時の威圧感は消えていた。
「それで、言われた通り呼んだがどういう話なのじゃ?」
先生の隣に立つグリムさんがそう言って首をかしげる。
「悪いんだけど、キミは席を外してくれると……」
「いや、それはダメだ。僕らはここの客人なんだから、グリムさんを僕らの前から外すことはできない」
「……本気で言ってる?」
僕が止めると、ハノイが暗い笑みを浮かべて僕を見た。
「本気だよ」
「そう」
次の瞬間、僕の首の横に、指があった。
「……殺されるとは思わなかった?」
僕に肉薄したハノイの小指は、レーザーのように赤く光っている。
端々に獣っぽい特徴はあるけど、こいつは間違いなくアンドロイドだなあ、とか間抜けなことを考えていた。
「商人は取引先で無礼をしないと思って」
「ふふ、だーい正解。まあ別に、この秘密はエルフにとって今更の話だしね」
「?」
秘密、というのがわからないが、おそらくこれから話してくれるのだろう。
「……まあなんじゃ、とにかくお主ら座らんか」
とグリムさんが言って、机を囲んで五名が話を始める。
「さっきはああ言ったけど、かといってこれからする話を誰彼構わず知られても困るんだよね。ボクの話を聞くのはここにいるメンバーだけにして欲しいんだけど」
「それに関しては問題ない」
「信用しておくよ。それでさっそく本題なんだけど。君たちの中に、この板が読める子がいるって言うのは本当かな?」
「ああはい」
手を挙げたのは僕だけだ。
「えっ……」
それを見て香撫が驚くけど、これはもう話し合ったことではある。
あの『英語の書かれた異世界の板』が知られては困る秘密であるなら、その秘密を知る存在は嫌でも危険にさらされる。
であればその役は僕だろうということで、手を挙げたんだけど。
「……ああ悪い、僕もだね」
「っ」
先生が、手を挙げた。
打ち合わせと違うことに木崎さんが驚きつつ、その反応をすぐ隠す。
「……ふーん。じゃあいくつか質問しようか。『uran』って何かな?」
「一種の物質だね」
「それを分裂させるには?」
「分裂? なら割ればいいんじゃないかな?」
「……ならそこのキミ、『plutonium』って知ってる?」
「……一種の物質」
「手に入れる方法は?」
「知らない」
「見たことは?」
「ない」
「そっか……」
急に何なんだろう、と思うと同時、先生はホッとしたような表情で僕らを見ている。
そしてハノイはと言うと、どことなくつまらなそうな顔で腕を組んで、何かを考えているようだった。
そしておもむろに通信石を手にして、
「ハノイだよー。うん、そう、ハズレ。エルフの森のお客さんだから、うん、そうするよ、ばいばーい」
手早く誰かと通信を済ませた。
「はぁ……うまくいくと思ったんだけどなー」
そして、ため息を一つ。
話が今一つ読めない僕らとしては、その様子を見ているしかない。そしてその視線に気づいたハノイは、説明しようか、と言って、残念そうに一度手を叩いた。
「結局、僕らはどうなるんだい? 君たちが集めたその『板』を解読するために、君たちのところにスカウトされたりするのかい?」
「その案もあったけどね。その必要はなくなったよ」
「って言うと?」
「君たちもボクらの探してる存在じゃなかったってことさ」
「へぇ」
巫女服のまま腕を組んで、先生が探るような視線で言った。
先生、もしかして商会にかなり興味があるのかな?
「私たちが探してる存在じゃなかったって……それは良いけど、たぶんあなた達の探してる存在って、かなり希少なんじゃ……」
「わかっちゃった?」
木崎さんがそう言うと、笑顔でハノイは応じた。
「あなた達が欲しいのって、『核融合に詳しい人材』でしょ?」
「へえ、キミたちの世界の言葉だと、そう言うことになるんだ」
「えっ……? あ、そうか、そういうこと……」
木崎さんが納得して、少し遅れて僕も理解した。
「あなた達、『私たちの技術が欲しいけど、その板を読んでも意味が分からない』ってことなの?」
「せいかーい。まあバレるよね」
ぱしぱしと手を叩いて、ハノイが笑う。
「なんじゃ、その板にはお主らの世界の技術が書かれておるのではないのか? であれば、書かれた通りにすれば理解することなぞ……」
「《《少なすぎるんだよ》》、女王様。さっき言った単語もボクらにはまるで意味が分からないけど、君たちはそれを『実感として』知ってるんだろ? 結局、文字は読めてもその差は埋まらないんだよね」
「……へぇー」
香撫がそうなんだー、と言いたげな顔で呆けているけど、例えば僕らだって『テフをオフチョベットしたものをマブガッドしてリットを作り……』という説明を読んだところで、伝統食の作り方ひとつ理解できない。
フニバンバンの件でもそうだったけど、ちょっとでも訳せない単語が入ったらそこから先は正しく聞いて理解するしかないのだ。
「ってなわけで、ボクら商会は『原子炉? でウラン? をβ崩壊? させてなんか別のウラン? を作ってプルトニウム? を作り、出来上がったそれは半減期? が八千万年……』ああもう覚えてないや、とにかくそういう文章の意味を理解できて実践できる人を探してたんだ」
「なるほどね。それは途方もなく低い確率だよ」
「だよねえ。やっぱり《《キミたちの世界》》でも重要な秘密なの?」
「まあ知識としてはあるけど、内情は確かにそうだね。その物質の仕入れ先から運用、施設の建築まで全部できるような存在は本当に一握りさ」
「はぁ。みんながっかりするだろうなー」
「……」
落ち込むハノイを、虚ろな目で木崎さんが見ている。
あれ、推理モード? と思ったときには、もう木崎さんが何か言いかけていた。
「ねぇ……質問していい?」
「いいよー」
「《《どうして貴女、私たちが同じ世界から来たのを知ってるの》》……?」
――言われて、一瞬分からなかった。
「え?」
「あっ」
「ん?」
「あ、そっか」
僕、先生、グリムさん、香撫の順に、口から言葉が漏れる。
確かにこいつ、ハノイは、『君たちの世界』って呼称してた。
転移してきただけなら別々の世界からだっておかしくないのに、さも何か当然のように、僕らは同一の世界から来たと、こいつは知っている。
「ああ、それは教えてあげないとね。さっきの話をしてくれたお礼。……そもそも、この世界に『転移』させる技術がほぼ確立したのは300年くらい前なんだ」
「……待って、転移させる『技術』?」
木崎さんが僕を見て、僕は即座にマカを呼びだす。
「はいはーい、呼ばれて飛び出て悪魔ですよっと。いい加減これ飽きました?」
ぼふん、と空中に現れる悪魔。
ハノイも少し興味深そうに見ているけど、今はそれに反応している場合じゃない。
「なあマカ、お前や天使や例のピエロみたいな奴じゃなくても、この世界から僕らの世界に干渉することって出来たのか?」
「えっと……はい、出来ましたよ? 昔は」
「……昔は?」
「だってそれが出来た国は滅びましたから。300年位前でしたかね?」
「今はもう技術が無いってこ……違う! 商会は知ってるのね!? その方法を!」
「おやそうだったんですか。その割には平和でしたね、この世界」
視線を向けられて、ハノイがいたずらっぽく笑う。
「ふふ……賢いね、キミ。ってことは、ボクらの苦労も少しは推理できてるんじゃないかな?」
「……今は、商会しか……『私たちの世界から転移させる』技術を知らない。そしてその技術……いえ、魔術? が流出しないように……」
「50点かな」
「え?」
「確かに流出しないようにはしてるけど、もともと300年前に可能だったことに違いはないからね、誰かがまた『アレ』を発明する分には構わないんだ」
「……じゃあ、あなた達は何を……」
「勘違いしてるかもだけど、別にボクらは世界の支配者でもなんでもないんだ……そうだね、ちょっと昔話をしてあげるよ」
そう言ってハノイは椅子から降りて、僕らの視線を集めるようにテーブルの横に立ち、僕らは自然とそっちへ体を向ける。
「昔、誰かがこの世界にやってきました。その『誰か』はどうやってか、『板』を残して死にました。おしまい」
「……ん?」
「続きだよ。昔、また誰かがこの世界にやってきました。そして今、私たちのトップをやっています」
「商会の……トップが、『転生者』じゃと?」
「正確には『転移者』だけどね。でも今、あの人ちょっと体を壊しててさ。僕らが面倒を見てあげてるんだ。歴史に一切名前は残してないけど、いい人だよ」
「い、いい人って……」
香撫がそう言うのも無理はないが、どうやらまだ話が続くらしい。
「で、ここからが本題。そのすぐ後に、ついにこの世界で『異世界からこっちの世界に何かを持ってくる技術』が確立しました。そしてそれを発見した国は滅びました」
「えっ、何で?」
「だって何を持ってくるかがはっきりしてなかったんだもん。記録にあるだけでも、『溶岩』『闇』『人を溶かす光』『鉄とガラスの塊』……転移に使われたのはとある魔方陣だったんだけどね。そこからどんどん危険なものが炸裂したんだ」
「何でも構わず『転移』させていたら当然か」
「そう思うでしょ? でもたまにアタリがあったのがまずかったのかなあ」
「アタリ?」
「この世界に、もうあるでしょ?」
「え?」
気づかないのかなあ、と言いたげな笑顔で、楽しそうに口を開くアンドロイド。
ネタ晴らしの快感に笑うアンドロイドは、その口をゆっくりと開いて……
「《《キョルだよ》》」
告げられた言葉は、僕らのよく知る恐竜を指す言葉だった。




