第110話 幕間 勇者と魔女と骸骨は語る
時間は少し戻って、ハノイとの商談が始まったばかりのころ。
「……どうしますか?」
「雰囲気はあからさまにヤバいが、アレに敵意はないだろ。ホウヨウの『目』を置いておけばどうにでもなる。それより、今のうちに動いておこう」
「賛成」
作業を遠巻きに見ていた転生者三人は、そう言って文字通り『消えた』。
そして、彼らが出現したのは森の中。
「……ここか」
「確実」
「一目瞭然と言うやつですね」
そこはかつて正義と天音が転移した、炎上したバスの転がる場所だった。
今ではすべてタイヤもパンクし、めぼしい布地や鉄の部品などはグリム達によって回収されている。
しかしそれでも、これが彼らにとって未来の乗り物であることは知る由もなかった。
「ホウヨウ、何かわかるか?」
「残滓」
「おや、ダメ元でしたが何か痕跡が?」
杖を地面に突き立て、目を閉じたホウヨウは両手を前に突き出して、光る粒子を杖から地面に流しながら、魔力の流れを探っている。
仮にここが転移の場所だとするなら、何かの痕跡があってもおかしくないはず……そう思った彼らはここに来たのだが、
「……?」
ホウヨウが、首を傾げた。
「何か来る……」
その言葉に、目を閉じたホウヨウを守る形で臨戦態勢を取る二人。
そしてバスの中から、
「あいたっ!」
声が、した。
人影しか見えないが、明らかに何かが『現れた』ことに間違いはない。
「……誰だ? いや、どうやって来た?」
「地下から魔力。たぶん魔法陣」
「地下ですか……やはりこの土地には何かあるようですね」
「それともう1つ……」
「?」
「え?」
「空からも来る」
それは、遠目には黒い球体だった。
地平線の果てから飛来したそれは3人を狙うように着弾して、土煙を上げる。
そしてそれが晴れる前に黒いゴムのような触手を伸ばして襲いかかるが、
「『光・拘束』」
ホウヨウはそれを光の輪で拘束して止めた。
そして他の触手が宗右衛門に襲いかかる。
「俺のも止めろよ!」
触手を弾くように切り裂きながら、叫ぶ。ちなみにジョンソンの方へ向かった触手は光の輪が止めていた。
「無理」
「お二人ともすいません!」
「で動きは?」
「ありませんね」
「くそ、ややこしい……」
この状況で、まだジョンソンはバスの方を警戒していた。
バスの中にいる存在が素直に慌てて飛び出すなりしてくれれば良かったが、挟み撃ちの状態で未だ姿すら見せないのがあまりに厄介。
そして厄介であるならば、転生者にはいくらでも対処法は思いつく。
「ホウヨウ、『包め』!」
「了解」
光の輪が帯となって包帯のように絡まり、土煙の中から出てきたそれは、トゲが触手になった巨大なウニだった。
「ちぇありゃああああああああああ!」
そこへ一閃。
気合とともに放たれた気迫が一瞬ウニの化け物の動きを硬直させて、宗右衛門の持つ刀から放たれた斬撃がそこを逃さず両断する。
すると化け物の左半分は粉状に消滅して、右半分は地面に溶けるように崩れた。
「ちっ、正中線を外したか」
「まぬけ。横一閃なら問題無かった」
「あ」
言ってる間に、化け物の染み込んだ地面は隆起して形を取り、人になる。人型のゴーレムとなったそれらは石のナイフを手に動き出すが、しかし宗右衛門は、
「任せる」
飽きたようにそう言って、30体を越すゴーレムとはまるで違う方を向いた。
「交代だ」
「いいんですか?」
「一撃だけなら誤射だろ」
そしてバスの残骸の方へ斬撃を放って、運転席から先、フロントガラスの部分を衝撃で破壊した。
「んぴゃあ!?」
前面が丸ごと開いたバスの中から出てきたのは、バニーガール姿の生命体。
森の中にはそぐわないその格好を見て一瞬宗右衛門は混乱したが、その生命体がこちらに向けて敵ではないとジェスチャーしたので、何もしなかった。
「敵じゃないらしい、確かに全く殺気もないな」
「そうでしたか」
「遅い」
そしてその間に、ゴーレムは全て土に戻っていた。
「片付けるぞ」
「了解」
そして二人が構えたところで、
「久しぶりね、元気し」
現れた黒いドレスの女を、
「ちぇありゃああああああああああ!」
「『氷』」
凍らせて破壊した。
「久々の再会なのにひどくない?」
しかし地面から湧いた黒い泥がまた同じ姿を取って、同じ声で笑いかけた。
「無駄か?」
「でしょうね」
「疲れた」
「ふふ、相変わらずね貴方たち。立ち話もなんだし、お茶でもどう?」
そう言ってドレスの女は手を振り、隆起した土が椅子とテーブルに変わる。
「『白の森の魔女』の茶会ですか」
「肝が冷え……ん?」
現れたのは簡素だが品のある白い丸テーブル。それは良いとして、問題は椅子の数だった。
「心配しなくても、何も仕掛けて無いわよ」
「ああ……」
その程度のことは理解していたが、宗右衛門たちにしてみれば自分たちは3人。
しかし椅子は5つあった。
まさか1人感知できなかったのかと、狼狽える心を隠しながら辺りの気配を探る。
「どーもどーも、失礼します!」
と、そこへ声。
とことこと歩いて現れた『そいつ』は、道化のメイクにバニーガール姿。
「いやあ面白そうな皆さんが集まりましたね、私、色々と楽しみです!」
高らかに明るい声で、バスから出てきた生命体、ルトゥムは言った。
「ところでこちらはどちら様?」
見覚えのない、明らかに奇妙な生命体を見て、魔女は割と本気で首をかしげた。
以前彼らと出会ったときはこんなのはいなかったし、着ている服からしても……いや、ああそうか、と納得した。
「……ホウヨウのお友達?」
「違う」
「えっ、こんなにも趣味が合いそうなのに?」
素で驚く魔女に対して、ホウヨウは青筋を浮かべて睨む。
「ふざけんな。これは実用性」
「あらそうなの」
実際、肌に魔法陣を浮かべることもあるホウヨウは薄着の方が適しているのだが、傍から見れば奇抜を通り越した格好に違いはない。
「と、とにかく座りなさいな、立ち話もなんでしょう?」
「ああ」
「まあ、良いでしょう」
「……ちっ」
そう言って4人は椅子に座り、魔女が指を鳴らすと茶の入ったカップが現れた。
「げほっ、普通の味ですね……」
それを口にしたのはルトゥムだけで、自然と4人の視線と注意はそちらへ向く。
「で、お前は何なんだ」
「ん、あっ、そうでしたはじめまして、私、ルトゥムと申します、精霊です!」
「精霊……」
「へぇ」
その言葉に魔女は笑みを浮かべたが、すぐに何かに気づいて表情を戻した。
「ふーん、貴女、この世界の精霊ってわけじゃないのね」
「はいそうです、だからアナタの『眼』も効かないんですよね〜」
「ま、そうよね」
つまんないの、と言って頬杖をつき、カップに手を伸ばす。
それを横目で警戒しながら、宗右衛門はこの場違いな精霊に尋ねる。
「……お前は何者で、なんのためにここにいる?」
「難しい質問ですねー。なんのためって言うなら、世界を面白くするためとしか言えませんけど」
「?」
「つかぬことを伺いますが、何故そのようなことを?」
「何故って、神様が退屈してますから。あなた達みたいなイレギュラーズがこんなところで潰し合いなんて勿体ないんですよ」
「……何こいつ」
「変人、ってわけでもなさそうなのがな」
「精霊ですので」
――この時、以外にも4人の思惑は一致していた。
『こいつは今、ここで自分達が排除したほうが良い』。得体のしれない存在に割り込まれたと言うよりは、第三者に戦いを邪魔されたくないと言う、野性的な衝動。
「なるほどそうか」
「はい」
「勝手にやってろ」
一閃。
居合の速度で飛んだ斬撃はルトゥムのいた席を破壊して、その破片が飛び散る。
「わっとと!」
しかしその破片が全てカラフルな紙片に変わり、ありえない現象に宗右衛門は追撃を止めた。
「手妻師かコイツ……」
「光・狼」
代わりにその背後からホウヨウが魔法を唱えて、肌に奔る紋様が光り、光が狼の形をとる。そしてその牙がルトゥムを捉えた瞬間、ぽん、と軽い音と煙とともにぬいぐるみへと変わる。
「!?」
「近づくなジョンソン!」
「今言いますか……くっ!」
ルトゥムの背後を取っていたジョンソンが仕方なくバックステップして後方に下がる。それと同時にナイフを投げた。
「ぎゃーガイコツ!」
しかしルトゥムのステッキがぬいぐるみを叩いて、投げたナイフを巻き込んだままジョンソンの腹に当たった。
「ジョンソン!」
ぽん、という絶望的に軽い音。
そして白煙の中から現れたのは、
「た、高い!?」
「えっ」
「はぁ!?」
まるでケンタウロスのごとく、雷電を帯びたまま人狼一体化した魔物だった。
「ぜ、絶対強いですよこれ!」
まさかの強化を受けて、全員の視線がそちらを向く。
そしてそれが一瞬の隙となって、気づいたのは二人だった。
「ちぇありゃああああああああああ!!」
「まずい……っ!」
宗右衛門が横一閃に刀を降って、
魔女がテーブルを盾に防ごうとした。
「あ」
横に断たれたルトゥムと、その手に握られたステッキが、同じく両断された魔女とテーブルが交錯する。
そして誰からも見えない位置で――
――ルトゥムが持っていた天使のぬいぐるみが、ステッキと衝突して光を放った。




