第109話 そんなもんですよ
「しょ、『商会』のシルバーの方が! 私などに……」
「はじめまして、ボクの名前は知ってるかな?」
「た、確かハノイ様、と……」
「……ふーん。技術者に見えて顔が広いね、キミ」
「こ、光栄です……」
僕らがジャックさんのテントに向かう途中、既にテントの前でジャックさんはスーツに着替えて待っていた。
たまに雷鳴は聞こえるけど雨はまだ降らない空の下で、エルフの野次馬も遠巻きに見ている中、アンドロイドと狐男、ねずみ男がテントの前で出会った図になんとなく混乱してくる。
「そ、それで今回はどのようなご用件でしょうか……」
「そうだね。そんなに難しい話でもないし、ここで済ませちゃおうか。
ねえジャック『さん』、キミ、ボクの下に来ない?」
「はっ……はい!?」
「僕の下で働いてほしいんだ。来てくれないかな?」
にっこり笑って告げたハノイに、周りのほぼ全員が驚く。
「ま、待って欲しいのじゃ、ハノイ殿! 彼はこの村の大事な……」
「あ、ごめんごめん。うーん、そうなんだよね。でもさ、とりあえずボクは彼の意志を確認したいなあ。確認だけだよ。ダメ?」
「いや、それは……構わぬが……どうなんじゃ、ジャック殿」
「わ……私は……」
汗を垂らして、喉をごくりと鳴らして、ジャックさんは口を開いた。
「か、家族に……楽をさせてやれるなら……そして、王国で『商会』のお誘いを何度も断った無礼を許していただけるなら……どこでも、構いません」
その言葉に、周りのエルフからは舌打ちや文句が飛ぶけど、それと同じくらい、家族のためか……そうだよな……みたいな声が聞こえる。
実際ジャックさんは今でもこの村から家族に仕送りをしてるわけで、彼の行動原理はそこなんだから、僕らが何か言えることじゃない。
「……むー。これじゃあ勝ち目がなさそうじゃのー」
そしてどこかわざとらしく、グリムさんが言った。
「これでは仕方ない、ハノイ殿、お好きに話をまとめてくれ。この世界にも数少ない技術者がいなくなるのは惜しいがな」
「もちろんこの村にも迷惑料は払うよ。でもその話より前に、この村の彼の待遇はどうなの?」
「年に金貨10枚と、衣食住、それと仕送りじゃ」
「なるほどね。じゃあ年に金貨100枚と、キミの家族全員の住まいを保証しよう。そのかわりキミはボク直属の部下として、しばらく好きに使うけど」
その言葉に、周りも驚いたように反応した。
「よ、よろしくお願い、いたします!」
「決まりだね。後で書類にまとめて届けさせるから、今日はその家で待っててくれるかな?」
「か、かしこまりました! 失礼いたします!」
そう言ってジャックさんはテントに戻っていった。
ボクと目が合うと少し申し訳なさそうな顔をされたけど、まあそう言うもんだと思うし、気にしてないです、という意味を込めて手を振った。
「……ところでハノイさん、一つ確認したいんだがね?」
「ん? どうしたの? えっと……せきなさん」
「あの通信石なんだけど……ひそひそ」
「え」
そして前方を歩くハノイに、先生が耳打ちした。
ある程度予測はつくけど、アレはたぶん……
「えぇー、そんなぁ……ちょっと待って、連絡したい相手がいるから……」
するとハノイはあからさまにがっかりして、通信石らしきものを取り出して、五回くらい光らせる。
『もしもしー! どーしたんですかーハノイせんぱーい!』
『あ、ハノイ先輩だめずらしー! どうしたんですか?』
すると通信石から、やたら元気な声がした。
「それがね、今、黒の森にいるんだけど」
『クロノ森……? あー黒の森! 油が足りないってみんな言ってましたもんね! ハノイ先輩、買ってきてくれたんですか? さっすがー!』
「えへへ、ありがと。 それでね? ついでに通信石の技師も雇っちゃった」
『えー、いたんですかそんなのが? うっはー、やるじゃないですか!』
どうやら通信石の向こうに二名くらいいるらしいけど、最初に通話に出た声の明るい方が話を続けている。さすがに通話じゃそこまで威圧感は伝わってこないけど、まず間違いなく『商会』の上の存在なんだろうな……
「それでねー? ……技師は雇ったんだけど、通信石の材料の樹脂がこの村にしかないんだって……ウチって樹脂扱ってたかな……」
『……え? つまりそれって、ハノイ先輩は材料を確保しないで、技術者だけ雇っちゃった、ってこと……ですか?』
「そーなの……」
『あっはははははははは! ハノイ先輩やらかしましたね?』
「うっ……」
『わははははは!』
『ハノイ先輩やらかしてて草』
さらにいくつか別の声も聞こえたが、その中の何人がシルバーで、目の前のアンドロイドと同じレベルの存在なのかと思うと……さすがに汗が止まらない。
ふと僕の隣にいた木崎さんを見ると、やっぱり真剣な表情で漏れ聞こえてくる声を聴いていた。
『で? センパイはどうしてえの?』
……?
「あ、それなんだけど……」
今、声……変わったよな? いきなり誰の声だ?
「ウチの樹脂で代用できるかなって……」
『あーやめときな、同じ種類の樹脂でも産地で全然違うから。おとなしく言い値で買うしかねえよ。やらかしたなーセンパイ』
「だってぇ……」
『……ま、まあ通信石はみんな使うから……みんなも少しくらいは金出してくれるんじゃねえの……?』
『ツンデレたすかる』
『お? ハノ×クロか?』
『うるせえななんも助からねえよ! ま、まあそう言うわけだからなんかあったら言ってくれ、ハノイ先輩』
「ありがとぉー助かったよー。じゃあね」
明らかに通話の相手が変わったのに、変わらずハノイは通話を続けて、そして今終わらせた。
「ハノイ殿、もうよろしいのか?」
「うん、聞いてたと思うけど、樹脂も売って欲しいなって……」
「心得た。ただそんなに量が採れるものでもないし、毎月買ってもらうことになると思うがよろしいか?」
「うん……お手柔らかにね……」
と話がまとまったところで、
「すごい……優位に立っちゃった」
と、木崎さんが言葉を漏らした。
するとこっちへ何故か先生が歩いてきて、
「もうこれで最悪のことは起こらないだろう。用心棒ありがとう、雨も降りそうだし、テントに戻ってていいよ」
「いいんですか?」
「どうせ後は、つつがなく話がまとまるだけさ。足元を見すぎない程度にね。終わったらお風呂に入って酒でも飲むよ」
「はぁ……凄いですね、先生方は」
「僕もいろいろ経験してるからね。それに何より、アレと間近で対峙して立ってられるだけ、グリムも立派だよ」
それは本当にそう思う。
あっちのメンタルの問題なのか、それとも慣れなのか、今は多少マシだけど、ハノイと対峙できるだけ普通にすごい。
「……じゃあ、お言葉に甘えてテントに戻ります」
「はいはい、雷には気を付けるんだよ」
「失礼します」
そう言って、僕は僕のテントに戻ろうとした、その時だった。
「ねえ正義君」
「?」
「話があるの、私のテントに来て」
「……あ、はい」
有無を言わさない雰囲気に、気おされて、断るなんて選択肢もなく、木崎さんのテントに入った。
こんな世界だから女の子らしい部屋ってことではないけど、それでも花が飾ってあったりとか、王国で買ったらしい小物とかがあったりすると、僕みたいな男子とは違うなって思わされる。
「……あまり見ないで欲しいんだけど……」
「あ、ごめん。デリカシーが無かった」
「ううん、『探偵』なら当然」
「ああまあ、そうなんだけど」
そういう立派な原動力じゃないんだよなあ……僕の場合は。
「悪魔を呼べる?」
「ああもちろん。呼ぼうか?」
「うん」
そう言って心の中で呼び出すと、直ぐに目の前に煙とともに現れた。
「どーもー。……なーんだ、意外と普通の雰囲気じゃないですか。アンドロイドはもういいんですか?」
「グリムさんと先生のおかげでな。で、木崎さん、こいつに何か用?」
「話がしたかった」
「私とですか?」
「正義君と、私と、三人で」
「私、人じゃないですけどね。まあ構いませんけど……その前に一つ聞いても良いですか? 気になることがあって」
「ん?」
「気になること?」
若干空気が緊迫して、視線がマカに集まる。
「ジャックとかいうあのネズミ男、何したんです? 村のエルフのいくらかがすごい悪口言ってますけど」
なんだそっちか。
「あー……そりゃね、ここへきて数日でお別れすることになったから。しかも見た目上は金に釣られてだし……」
「? それって駄目なことでしたっけ?」
「いやダメってことはないけどさ……」
「節操の問題」
「……せっ、そう? なんですかそれは? 節操で知的生命体が釣れるんですか? はぁーこの村は本当にそうなんですね! 一回滅ぼされかけたのがこうして復興したのに、まだみんな助け合って生きていこうみたいなご立派な心構え! お金に狂うやつもいませんし! グリムさんを裏切るやつとかもいそうにありませんし? なんなんですかこの村は! 金目当ての殺人くらい起きてくださいよ!」
「いい村じゃねえかよ何の問題があるんだよ」
「最低」
……そりゃ、悪魔にわかるはずもないよな。
でも、本来は確かに世界なんてそんなもんかもしれないけど。
だからこそ、僕らはこの村が大好きなのだ。




