《過去編》 11 月下の桜-2
死体を養分に咲く花―――――。
「悲しい話ですね……。でも、何となく分かる気がします。
この花は、美し過ぎるから」
俺は素直な感想を口にした。
彼は、柔らかく微笑むと遠い目をして大木を見上げる。
「私はね、こう思うんだ。
桜は、『人の想い』で咲く花だと―――。
大昔、祖先達はこの花が咲くと、その下で集い宴を開いたそうだ。
ほんの僅かな間だけ、咲き誇る刹那の美しさを愛でる為に」
いつの間にか、彼は俺を見つめていた。
……本当に、不思議な人だ。
彼から感じるのは、人の気配ではない。
自然の……そう、吹き抜ける一陣の風のような。
そんな印象しか受けない。
ふと、俺はこの感覚が初めてでは無い事に気が付いた。
―――何時? 何処で?
思い出せなくて、首を捻っている俺へ、彼が話しかけてくる。
「……君には、護りたいものがあるか?」
唐突な質問だった。
「まもり、たいもの……?」
「そう。例えば、親友とか、仲間とか……人で無くても良い。
君ならば船や―――そう、目に見えないもの、絆なんかでもいい。
何でも良い。命を懸けてでも護りたい何かがあるかね?」
思わず、口ごもってしまった。
俺に、そんなものが在るんだろうか?
そう思って。
きっと少し昔の俺なら、三英雄のみんなを護りたいと、即答出来たのに。
だけど、結局は俺がみんなに護られて唯一人生き残ってしまったんだ。
じゃあ、仲間のシェーラは?
確かに大事だと思っているし、危険からは護らなくちゃいけないと思ってる。
でも、本当に俺がシェーラを護れるのか?
俺に、そんな力が在るのか?
あの時だって、何も出来なくて唯泣いているしか出来なかったこの俺が?
「では、質問を変えよう。
君は、命を懸けてでも何かを護ろうとする者を、どう思うかね?」
「―――強い、と思います」
「本当に?」
「はい」
彼は、また、微かに微笑むと再び木を仰いだ。
「―――昔々、気が遠くなる程の昔、一人の……愚かな科学者が居た」
* * * * *
その男は、自らの持つ≪能力≫を、科学的に解明し、世の中に役立てようと学者になった変わり者だった。
男は、信じていたのだ。
科学は、人を幸せにする為にある学問だと。
最終教育課程を驚異的な成績でスキップ卒業し、前途洋々たるその男に、数多の研究機関や大学、更には大国の軍までもが手を差し伸べた。
数多ある選択肢の中から、男は、小さな非営利の研究機関を選んだ。
研究に没頭する日々。
少なくない歳月の間に、発見された様々な研究結果は、幾つもの名誉ある賞を受け、また幾つかは一般社会へと普及し人々の生活の支えとなった。
しかし、何時の頃からか世間はきな臭い情勢へと移り変わっていた。
男は、その事に気づいてもいなかった。研究にのめり込むあまり、酷く俗世間に疎かった為である。
そして、その日はやって来た。
男の所属する研究機関へと武装した兵が多数踏み込み、呆気なく軍の手に落ちてしまった。
一枚の紙切れが目の前に翳される。
罪状が小さな文字で『研究成果及び技術の他勢力への漏洩』と記されていた。
男や、研究員達は研究を続ける事を条件に死を免れた。
或いは、それが本当の目的だったのだろうと思う。
平和利用が目的だったにも関わらず、その日以来男は軍事目的の研究を強いられる。
より強い兵を。
より有効な兵器を。
敵を完膚無きまでに叩き潰す為の『力』を―――。
男は、自分の保身の為に悪魔に魂を売ったのだ。
禁断の領域……『生命』の力を武器にする為に実用化を急いだ。
科学者は、一流の者ばかりが集められていた。
やがて、男をはじめとする科学者達は、最早お伽噺やファンタジー作品でしか語られる事のない力、『魔法』を復活させる。
また、精神力や魔力・霊力の増強さえも可能にしてしまった。
もうその頃の科学者達に、倫理や理性なんて言葉は消えていた。
唯ひたすら数字と結果を求め、禁忌を禁忌とも思わぬ研究に取り憑かれた、哀れな科学者達が人体実験を繰り返す日々が続いた。
科学者達の研究成果は恐ろしい程の効果を上げ、劣勢が続いていた男の祖国は一気に形成を逆転したばかりか、他星を制圧し版図を確実に広げてゆく。
やがて、男の祖国がその周辺の銀河殆どを制覇し、戦勝気分に浮かれわいていたその時、『それ』は現れた。
未だに、何故『それ』がやって来たのか……或いは、発生したのかは分かっていない。
ある者は「敗戦国の人民の怒りと憎しみからだ」と言い、またある者は「戦地に送られ、使い捨ての駒のように死んでいった、哀れな兵達の恨みと悲しみからだ」と言った。
今更真実を明らかには出来ないが、その全てが『それ』を呼んだのかもしれない。
最強を誇った祖国の軍隊が為す術もなく崩壊していく。
『それ』により、まるで虫けらのように奪われていく命。
打つ手すら見つけられず空転ばかりする議会。
我先にシャトルで母星を脱出する施政者や富豪達。
モニターに淡々と映される映像を、男や科学者達は愕然として見ていた。
「あれは……?」
科学者の一人が数十あるモニターの一つを指さした。
そこに映っていたのは彼ら科学者達が戦場へと送り出した「戦士の子」等だった。
彼らだけが、『それ』に対抗出来ていた。
傷つき倒れながら、尚立ち上がり向かっていくその姿は悲壮だった。
「どうして……? どうしてそこまで出来る? お前達は―――――」
『私達を―――人を、憎んではいないのか?』
その言葉は、声に出来なかった。
映像が揺らぐ。
電源が落ちる。
爆音、硝子の割れる音。
人々の悲鳴。
「くそ、『虚無』め!!
もう此処までやって来たのかっ!?」
研究者達は、『それ』を『虚無』と呼称していた。
そう呼び出したきっかけは何だったか……?
『虚無』は、決まった形を持たない。
そのどれもが個別で、そのどれもが同じ目的を持っている。
―――生きとし生けるもの、『生命』の殲滅である。
闇色の瞳には、知性は感じられない。
彼らの前には主義の違いも、善人も悪人もない。
唯本能のままに行動する働き蟻のように、命を刈り取っていく。
とうとう、男達の前にも、『それ』がやって来た。
断罪の、悪魔のように。
仲間の科学者達が次々と殺されていく。
「……天罰が下ったんだな、きっと」
男は、皮肉な笑みを浮かべていた。
人の命を弄んだ自分には、格別お似合いな最期じゃないか、と。
男が覚悟を決めた時、幼い声がした。
「危ない、博士っ!」
小さな男の子が男の前に立っていた。
「お前は……」
少年は、調整途中の実験体の一人だった。
「博士は、……博士だけはボクが護るからッ―――」
モニターの中の子供の姿がダブる。
「……やめろ、よすんだ!
私は、護って貰う価値なんて無いんだ、殺されるだけの理由がある!」
あんな姿は、見たくない。
もう、耐えられない。
今更綺麗事だと言われようが、偽善者だと言われようが、もう嫌だ。
そう、思っていたから。
「どうして、そんな事言うの? 生きていたくないの?」
少年は、何故かとても辛そうな表情をしていた。
「もう、生きていたって、仕方ないんだ……。
散々酷い事をして来たし、
もう……楽になりたいんだ……」
「ダメだよ。そんなのボクが許さない。
博士が死んだら、ボクが悲しいんだもの」
その言葉は、男を揺さぶった。
「かなしい……? 何故?
私は、お前達を弄んで使い捨てにしている張本人なのに……?」
「だって、博士だけが、優しかった……。
ボク達の事、見てる時、いつも『泣いてた』んだもん。
そんな人、他に居なかった……。
だから……博士だけは、護りたいの。
みんな、そう言ってくれたから―――――」
『みんな』?!
そうだ。実験体達が暮らしている居住区は、此処とは正反対のブロックにある。
「ごめんね……此処に来るまでに、ボク……一人だけ、に、なっちゃったんだ……。
お姉ちゃんとも……さっき、離れ離れに、なっちゃ……ったし……」
男は、息を呑んだ。
少年が、しきりに上着で隠そうとしているシャツの脇腹が真っ赤に染まっているのを見つけてしまった。
「馬鹿な……そんな……大怪我を負ってるのにどうして、そんなにしてまで私なんかを護ろうとするんだ……?!」
「博士の事が、好きだから……だよ」
少年は、嬉しそうに笑った。
「それに、もうすぐ……魂の国にいる、天使様が……来て、くれるから……。
それまで、ボク、頑張る、から……ね?
博士、生きよ……よ―――――」
その瞬間、小さな少年の体が仰け反っていた。
何が起こったのか、すぐには分からなかった。
メキメキという嫌な音がして、男の顔と言わず体と言わず、生温かい深紅の液体が濡らしていった。
さっきまで意志の感じられた少年の瞳から、光が消えていく。
「うわあああああああっ―――――!!」




