《過去編》 9-2 knights in night -序ノ2-
まさかの台風直撃コース……;
それこそ、絶体絶命の大ピンチを救ってくれたのは、何故か大いに見覚えのある黒ずくめの少年だった。
『なんだ、貴様は……我々の邪魔をしようというのか?』
「正解。良くできました……立てそう?」
最後の方は、私に向かって言った言葉だ。
私は言葉もなく頷くと、まだ体に絡み付いたままだった触手を慌てて外しにかかる。
ぶよぶよした感触が嫌悪感をそそる。外し終えた頃、少年が私の腕を掴んで、やや強引とも言える力で引きずり立たせる。
「気をしっかり持って。
元の生活に戻りたいのであれば。
悪夢を終わらせたいのなら。」
正面の怪物を睨み据えたまま、少年は語る。
私は、外れかかっていたメガネをかけ直すと、少年に習って怪物を睨み付けるようにして答えた。
「―――わかったよ。
こんな所で、死んで溜まるか……ッ!」
少年と居ると、何故か、酷く安心した。やけくそなんかではなくて、本当に。
「それでいい。
諦めた人を助けるのは、大変だからね」
少年はとびきり優しい笑顔で安心したように言った。
『おのれ! 貴様は何者なのだ?
まさか、貴様が我々を狩る者、”真黒き騎士”か?!』
「正解。君、結構大物だね?
さっき、始祖の事も言ってたし。教えてくれないかな? “彼”の居所。」
口調は軽く話していても、その目は射るように鋭い。
『ふふふふふ、教えるとおもうか?
我らが始祖様の天敵などに!!』
口元に笑みが浮かぶ。
「そう、じゃあ、君に用は無い。
せいぜい壮絶に散ると良い」
少年は私の方を向いた。
何故か寂しそうな笑顔を浮かべている。
「ちょっと暴れるから、下がってた方がいいよ。」
と、言うが早いか怪物の群へと駆け出していった。
美しい。
本当にそう思った。
次々と怪物を切り払っていくその様は、まるで舞踏のようにさえ見える。
言葉も出なかった。
少年は、その背に見えない翼でも有るかのように、優雅に―――そして恐ろしい程的確に精確に夥しい数居る怪物を切り刻んでいく。
まるで、柔らかくなったバターでも切るように、易々と。
闇の色した、たった一本の剣だけで。
怪物が弱いという訳では無い事は、何故か判る。
そして少年が、飛び抜けて強すぎるのだという事も。
怪物達は、みるみる物言わぬ骸へと変貌していった。
モノクロの無声映画を見ているようだと、感じた。
「さぁ、もう、後は君だけだよ?」
再び私の側へと戻ってきた少年の背に庇われる。
私は無意識にその少年の剣を持っていない方の腕を掴んでいた。
縋るように。
『そ、そんな馬鹿な、あれだけの同胞をあっという間に……』
「言ったよね、君。
ボクは、君たちの”天敵”なのだから」
つい、と剣の切っ先を怪物へと向ける。
その先端からは、いまだ赤色ではない液体が滴っている。
『おのれ、”天敵”にして、”同族殺し”めがッ!
貴様の力を侮っておったわ!!』
その憎々しげに綴られる言葉は、衝撃だった。
”天敵”にして、”同族殺し”……?
少年は、怪物どもの仲間だって言うのか?
思わず、掴んでいた手の力が抜ける。
「―――そうだよ。あいつの言ってることは本当。
ボクも、あいつも、出所は同じ所なんだ。」
少年と目があった。
寂しくて、優しい、表情をしている。
「……でも、ボクは、人間が好きなんだ。
大事な人が人間だから。
その人はとても人間が好きだから。
だから、ボクは人間を助ける。
いつか出会った時に、ボクが人間だって言えるように。
ねぇ、貴方も、ボクが怖い?」
限りなく真摯な瞳だった。
そして同時に酷く悲しい色を湛えていた。
私は、一度目を閉じそして真っ直ぐに少年を見つめた。
「怖くない……っ
怖くなんか無い!
だって君は、こんなにも人間じゃないか!!」
少年は、一瞬虚を突かれたように無表情になると、また次の瞬間にはとてもとても嬉しそうに笑った。
「有り難う、一番嬉しいよ」
少年が前を向く。
私は、掴んでいた腕を放す。
表情が引き締まる。
剣を、構える。
勝負は、一瞬だった。
『……おのれ、おのれぇぇぇ~!!!
我々は、貴様には勝てぬのか?
”唯一の完成体”である貴様には、永劫に……』
怪物は恨めしそうに叫んでいた。
「もう、命の円環へお帰り。
キミ達の恨みも悲しみも全部、ボクが引き受けるから」
怪物達の骸から、小さな球体が一つ、二つ、ぼんやりとした光を放ちながら浮かび上がる。
やがてそれは闇であった世界を照らし出す程に満ち、辺り一面が白く浮かび上がって見える。
「さぁ、ここで見送っていてあげる。
安心して、いくといい。
もう誰も、邪魔なんてしないから」
少年の言葉に促され、光の珠達は音もなく、ふわりふわりと上昇していく。
最後に、一際大きな珠が残っていた。
頭の中に、声が聞こえる。
その声は、先程怨嗟を吐いていた怪物と同じ声だ。
しかし、まるで憑き物でも落ちたかのように穏やかな、優しい声をしている。
『―――僕たちは、また、生まれてくる事が出来るんだね』
少年は頷いた。
「そうだよ。どこかの宇宙に、新しい命となって。
それがいつかは、ボクには判らないけれど。
だから、今持っている全ては此処に置いていくといい」
『………』
声は、何故か躊躇している。
「ボクの事は気にしないで。
それがボクの、もう一つのお役目だし。たった一つ、してあげられる事なんだから」
『―――ありがとう。じゃあ、もう、行くよ。
キミの幸せを願っているよ』
声は、そう告げると先に行った仲間を追いかけ、昇っていった。
「『キミ達の未来が、幸運の光に満ちていますように』」
少年は、光を見つめながら有名な祈りの言葉を呟いていた。
私は、呆気にとられていた。
どうすれば理解出来るのかも判らない。
「さぁ、元の場所へ帰ろう。
少しの間、目を閉じて」
言われた通りに目を閉じると、また微かに頭の芯が痛んだ。
「もう良いよ」
恐る恐る目を開けると、そこは紛れもなく自分の部屋のリビングルームだった。
「―――か、帰ってきたんだッ」
下手をすると、二度と戻れなかったかも知れない自分の部屋。
私はその場に尻餅をつくと、恥も外聞もなく泣き出してしまった。
「もう、大丈夫だよ。安心して」
少年は私が一頻り泣き終えるまで側にいてくれた。
「聞いてもいいかな、君は、何者なんだい?」
「ボクは単なる処理者だよ。
あれは“夜から生まれし真黒き騎士”なんて呼んだりもするけどね」
首を傾げると、長い黒髪がさらさらと音を立てて滑り落ちる。
見覚えがある。それもかなり。
なのに、思い出せない。
まじまじと見つめられて、少年は困ったようだ。
「どうしたの? ボクの顔何か変なのかな?」
私は記憶を辿りながら、ゆるゆると首を振った。
その拍子に、部屋に張ってあるポスターが目に入った。
そ、そうだ、そうだよ!! ようやく思い至った。
少年は、つい先日事故死したアーティストに酷似しているのだ。
「―――ブラック・ブラッド、そっくり……」
唐突に言ったにも関わらず、少年は逆に私を見つめ返すと、深いため息を付いた。
「―――ファン?」
「勿論! CDも写真集も、ドラマのDVDだって全部発売日に買って持ってる!」
私がそう言うと、少年はすこぶる困った顔をした。
「困ったなぁ……。
貴方ぐらい能力が強いと、記憶を封じる事も出来ないんだよね」
「え……?」




