5-4 王子殿下
お、終わらんかった……。
団長も作法に則って剣を抜くと、向こうの男は微かに笑ったようだった。
と言うのも、去月の装束とは違いヤツの物は目元こそ見えない物の、そこから下の顔は露出しているのだ。他にも、指先なども素肌らしき部分が見えている。
それに去月とはやや体型が違う気がする。しかしあんな物を着ているのは忍者しか居ないだろうし……。
やはり忍者組織の誰かなのか?
その男は、去月同様どこからともなく長物……剣を出し、団長と向かい合う。
だがその剣は、相棒の物とは違ってやや幅広な透き通った刃をしていて……?
何だろう、あの剣どこかで見覚えがあるような気がする。
どこで見たんだっけか……?
団長と忍び装束の男が打ち合っている間、記憶を辿るが全然思い出せない。それにしても……、騎士団の剣術で団長と互角に戦えてるなんて、あの男かなりの使い手だな。
それでも、暫くの打ち合いの結果、男の剣が弾き飛ばされた。
「―――フ、やはり敵わんか。
小心な悪党はこの先の玉座の間に、王子殿下は侍従達と東塔に避難されている。
私は役目を終えた―――。此度はこれで失礼させて頂こう」
唇に弧を描き、その男は窓を開け放つと惜しげもなくその身を外へと投げ出した。
え、と突入チームが窓に駆け寄るがもうその姿は何処にもない。
「……なんて野郎だ。そりゃああんなのが居たら暗殺なんざ出来ねぇのも分かるな」
剣を交えた団長は感心しきりだ。
「そんなに強かったか? 結構互角に見えてたけど」
「確かにウチの流派で戦ってたが、ありゃあヤツ本来の太刀筋じゃねぇな。しかも手加減してやがったよ。小癪にもな。だが、あの太刀筋の癖……。
―――まぁ、良い。今はザネスと王子殿下が先だ!」
果たして、玉座の間には目指すザネスが居た。それも雁字搦めにふん縛られて。
白目をむいて失神している辺り、余程驚くような事があったのかも知れない。
東塔に向かった別働隊が王子殿下と侍従達を発見、保護してきた。
「―――グレッグ!」
聞いていた話では、王子殿下は当年とって10歳との事だったが、見た所もう少し幼い感じを受ける。まぁ、ほぼ幽閉状態だったのだから仕方ないのかも知れないが。
「リュナス王子!」
余程嬉しかったのか、王子殿下がおっさんに抱きついて泣いている。感動の再会……って所だろうが、いつまでも浸ってばかりも居られない。
「王子、ご無事で何よりです。お疲れでしょうが……」
「うん。分かってる。グレッグに会えたらボクの……ボクだけにしか出来ない”お仕事”をしなくちゃいけないって教えてもらったから。
バルコニーへ連れて行って」
* *
集まっていた王都の民達へ王子が語ったのは、彼らへの謝罪と感謝の素直な気持ち。
そして新たな一歩への協力要請。
凜然たる態度で民衆に語りかけるその姿には、先程感じたようなひ弱さなど微塵もない。
若干10歳の少年は、しかし確かに統治者の血統なのだと人々に知らしめた。
「王子……ご立派でございました。亡き先王様もご安心の事でしょう」
すっかり臣下の顔に戻ったおっさんが感無量の様子で声を掛けている。
「……ありがとう、グレッグ。ボク、上手く、出来たかな? あの人も褒めてくれると良いな……」
一仕事終えた王子は、さすがに疲労の色が濃い。侍従がおっさんに目配せして居る。
「王子、お疲れでしょう? 取りあえず、後の事は我々に任せて、少しお休みになって下さい」
「―――うん。宜しくね、グレッグ……」
侍従が王子を寝室へと連れて行ったのを見送って、口を開く。
「王子様、随分しっかりしてるんだな? 良い教育係でも居たのか?」
気になった事を聞いてみる。おっさんの表情が険しくなる。
「いや、それがな……」
何でも、3ヶ月程前から王子と親しくしている人物が居たらしい。
騎士団長の知り合いだと話したその男は、解放軍の内通者として城内に潜り込んでいる、のだと。
「ああ、さっきの跳ね橋の?」
「そうそう、まだ話してなかったがそいつはお前も良く知ってるヤツでな?
覚えてるだろ? レナードの事」
レナード・ディーパー。
言われてやっと名前を思い出した。俺がここで修行していた頃の相棒だ。
当時、ほぼ同時期に騎士団に入ったという少し年上らしい彼とコンビでいろんな事をやらされた。
剣の稽古は勿論の事、掃除洗濯炊事に武具防具の手入れ、行儀に作法、一般教養の座学などなどなど……。




