《過去編》 6 魂の器、命のある場所
まだ小さかったカイリが研究所に居た頃の話。
うわぁぁぁ~ん。うわぁぁぁ~ん。
「一体どーしたんだ、カイリ。バカでっかい声で泣いたりして?」
俺が子供部屋仕様にされた研究実験室に入ってみると、大きな声でカイリが泣いていた。
少し離れた所に姉であるカイエがすっかりふくれっ面で立っている。その手には、カイリが大事にしていた大きなウサギのぬいぐるみが痛そうなくらいにぎゅうと握られている。
しかし……そのぬいぐるみには何故か首から上がない。不審に思って見回してみると、部屋の隅の方にもげたウサギの頭が首の所から綿をはみ出させながら無惨にも転がっていた。
「ダメだろ、カイエ~。カイリを泣かせてばっかじゃあ。お前、ねーちゃんじゃねーか」
俺としては優しい声にも、相変わらずカイエはむくれたままだ。
「だって……カイリが悪いんだもん。ウサちゃん、ちょっとだけ貸してって言ったのに……」
また、他愛のない姉弟ゲンカだと思ったのだが。原因があの「ウサギ」だったとは。
あのウサギのぬいぐるみは、たった一つの母親の形見なのだ。生まれてくる子供の為に、と彼らの母親が姉弟に一つずつ揃えてあったもの。結局、故あって姉の手には渡らなかったのだが、当のカイエは、その事を知らない。だが、弟のカイリは当時の経緯を総て承知の上でそのウサギを宝物のように大事にしていた。
そのウサギ、である。
「カイエ、誰しも大事なものってあんだろー?
お前だっていつもそう言ってるじゃねーか? 『カイリが大事だ』って」
「そう、だけど……でもっ!!」
「はいはい。さ、お前もうすぐ検診の時間だぞ。その後でゆっくり話聞いてやるよ。……約束だ」
「―――――うん」
カイエは促されて首無しウサギのぬいぐるみを俺に手渡すと、まだ泣いている弟をちらっと盗み見てから子供部屋を出て行った。
「……さて、カイリ。」
床に座り込んでいるカイリは、泣き濡れた顔でオレを見上げた。
「もう泣くなよ。カイエだって、悪気があってやったんじゃない事ぐらい、お前は分かってるんだろ?」
「……ちがう……」
しゃくり上げながら、カイリは言った。
「……ウサギさん、死んじゃった……っ」
「―――――ウサギが、死んだぁ?」
思いがけない言葉に、思わず繰り返してしまった。
「……だって……だって、首、ちぎれちゃったっ……!」
つまり、カイリは姉の行動に対して泣いていたのではなく、ウサギが死んでしまったと思って泣いていたらしい。
「あ~、あのなぁ、カイリ? ウサギは、そのぉ、死んでなんかないんだぞ」
「どうして?」
カイリは頭のいい子供だ。この年にしては、超絶的に良すぎると言ってもいい。
だが、やっぱり子供は子供だなぁと少しホッとする気がした。何故って『死』を、ちゃんと理解してないんだから。
「ウサギはぬいぐるみだろ? 元から『生きてない』んだから、死にようがねぇんだぞ」
「……どうして、生きてないの? ここに、居るのに」
「『居る』んじゃない、『ある』だろう?
そもそも、ぬいぐるみは人間が作ったもので、命だってないだろ?」
「じゃあ、命って、何?」
「え? そりゃあ、その、生きて……って、答えになってねーなー。
う~ん―――そしたら、『心』があるってのはどうだ?」
カイリはじっと真剣な顔で暫く考えると、こう言いだした。
「『心』は、どうしてあるの? どこに、あるの?」
「………。ったく、お前は難しいことばっか聞くなぁ。将来哲学者になれっぞ、絶対。
そうだなぁ。人によっては頭……脳味噌ん中だって言う奴も居るし」
俺はとん、とカイリの胸を指さした。
「胸ん中だって言う奴も居るな。ま、どっちだなんてオレにはよく分かんねぇけどよ」
それで納得するかと思いきや、カイリはまたも質問してくる。
「ねぇ、じゃあボクとウサギさんは―――どこがちがうの?」
「どこって、お前はちゃんと生きてるじゃねーか?」
少年の瞳がこの時初めて、大きく、揺らぐ。
「だって、ボクだって、人に『造られた』モノなのに。
この場所に『ある』だけなのに………どこも、違ってない………」
俺は、認識を改めなくてはならなかった。
カイリは、『死』をちゃんと認識していないのではなく、己の現状をも理解した上で、正確に比較対照しているのだ。
「バッカ野郎! そんな悲しいこと言うなってのッ。お前には自分の意志があんだろ?
自分で歩いていける足があるだろーがよッ?
例え、今は、一分一秒さえ自由にならなくとも、だ!!
だから、そんなガキの内から絶望なんかすんなッ!!」
それはある意味、組織への『叛逆』を含んでいる内容だと突っ込まれれば、反論は出来ない。
この子達にとっての『自由』とは、組織にいる限りは夢よりも遠い場所にある。
それが『最初にして最後の成功例』である彼らの宿命なのだ。
きっと、近い将来最前線に出され、死ぬまでの時を使い捨てのような扱いを受けながら戦いに明け暮れるに違いない。
人間が創り出した、純粋な『ヒト』である彼らには、『ヒト』であるが故の葛藤が、……そして懊悩がある。
彼らは決して、モノなんかではない。
こんなにも純粋な傷つきやすい『ココロ』をもっているのだから。
「大丈夫。お前とぬいぐるみは全然似ていないよ。
全然違う。お前の中にはちゃんと魂が、『ココロ』があるじゃねーか。」
「アキラさん。でも、そうやって言ってくれるのは、アキラさんだけだよ。
他の先生も、博士も、みんな……ボクのこと『出来損ないの人形』だって……」
一度は乾きかけた少年の大きな瞳に、みるみる大粒の涙が溢れてくる。
「お姉ちゃんと違って……『お前は、出来損ないだ』って……」
「ばーか。あんなヤツらの言う事なんざ、聞き流しときゃいーんだよ。
いちいち真に受けてたら、それこそ潰れっちまうぜ?」
ったく。クライン博士はまだそんな事を言ってるのか。
やれやれ。あのおっさんの理論至上主義にも困ったモンだぜ。
自分の『理論』に適さない物、そぐわない物は総て『出来損ない』の一言でこき下ろし、切り捨てる。
「あんな、『理論バカ』のことなんざ、放っときゃいーのさ。なんなら、二人で一回シメるか?」
なんつー俺の言葉にカイリは慌てて首を振った。
「ははは、そんな顔すんなって! 冗談だよ。そりゃそーと、食堂のオバちゃんからの伝言だ。
今日のおやつはお前の好きなバニラプリンだってよ」
「あ、ホントに? えへへ、やったぁ♪」
泣いたカラスがもう笑った。やっぱり、子供には笑顔が一番だな。
「んじゃ、行こーぜ」
俺は、少年の小さな手を引くと食堂へ向かう為に子供部屋を後にした。




