《過去編》 5-2 どっかの爺と婆の会話 -2-
忍者の成り立ちの一端が伺い知れるのかも知れないような話。
「クロサワ、リョウヤが戻って来ておるのぅ」
何の前触れもなく、お館がその名前を出した。
「そうですわね。リョウヤ達の連れていた少年―――あの子が、例の子なのでしたね……」
「そうじゃ。我らが投げ入れた『石』と共に、運命を紡ぐ、この世の命運を握る少年じゃよ」
『三英雄』が、とある田舎町で拾った身よりのない少年。太陽の光のような金髪の、元気いっぱいの少年だと、メディアはこぞって書き立てていた。
「ふふ……。『黄金の調停者』、“ライト・エルズワース”。
見せて貰おうではないか。お主と、お主の新たな仲間が拓く歴史を。
世界を、破滅から救う力をのぅ」
お館の細い目が鋭い光を湛えている。
「お気の早い。あの子らは、まだまだ幼い子供でしょう? 過度の期待は重荷になりはしませぬか?」
窘めるようなクロサワの言葉にも、お館は口端をつり上げる。
「儂ら年寄りごときの期待が重ぅて潰れるような器では、世界を変えていく事など、到底出来はせぬ。たとえ志半ばで倒れるようなら、それだけの器量が無かったと言うだけの事じゃよ。
違うかな、クロサワ」
断罪するような、キッパリとした口調だった。
しかし、その顔には、複雑な心情が表れていた。
―――自らの手で運命を切り開く事の出来ぬもどかしさ。
―――きっかけを与える為に、犯した罪の重大さ。
―――そして、生み出した生命を「道具」として扱う事への罪悪感……。
「お館様……」
「儂が見届けねば、ならぬのじゃ。それが、あの子らを生み出し、“使うて”おる儂の、役目なのじゃ」
ほぅ、と息を吐いたのはどちらだっただろう。
また、静寂が庵を支配する。
「……今朝、カイリはあの子と逢ぅたそうじゃ」
語りかけるでもなく、独り言のように話すお館に、クロサワは無言で聞いている。
「精霊達が、騒いでおったのでな……何事かと聞いたのじゃよ。
そうしたら、『カイリに、友達が出来た』のだと、精霊達が自分の事のように喜んでおった」
カイリこと、カイリ・ミカナギ。まだ少年である彼は……この里にあっても、かなり特殊な存在だ。元来、精霊との高い相性を誇る忍者でさえ、精霊魔法を操る為には、精霊との契約が必要不可欠なのである。
しかし、カイリだけはその契約を交わさないまま魔法を操る。精霊の力を借りる魔法は総て、系統など全く関係なく使用し、強力な魔力障壁をも、自在に発動させることが出来る。
それは偏に、彼が精霊から際限なく愛されていると言う事。事実、この星の精霊は皆、カイリの友達だし、彼の為なら何の惜しみもなくその力を貸すのだから。
「里には、アレくらいの子供など居らぬから、不思議に思ぅての。
どんな奴じゃと確かめたら、金の髪で若葉色した瞳の見るからに元気そうな少年だと言いおった」
そう、その少年とはディライブ・エルズワース。
未来の『黄金の調停者』こと“ライト・エルズワース”。
「そうですか。カイリは、逢ってしまったのですね。
己が、運命を共にし、命を懸けて護らねばならぬ『たった一人』と……」
クロサワが視線を落とす。
「あの子は、総てが終わった時、どうしているのでしょうか。
心からの笑顔を、見せているのでしょうか」
「………」
願いにも似た呟きに、お館は応えるべき言葉が見つからない。
あの子と、未来の英雄の辿る道は、予測は出来ても確定など出来はしない。
……不確定要素が、多すぎるのだ。
「……あの子には、カイエの分も役目を負わせる事になるじゃろうのぅ。
既にカイエが、多量の安定剤無しには精霊の制御が出来ぬのでは、いずれ、遠からず精神が悲鳴を上げ破綻してしまう」
苦しげに吐き出される言葉に、お館の苦悩が滲む。
「……ですが、お館様。カイエだけは……」
「分かって居る。かつての実験体がそうであったように、暴走させる訳には行かぬ。
あの子だけは、カイエだけは、暴走させてはならぬのじゃ!
これ以上、我らの罪であの子らを悲しませる訳にはいかぬ……!!」
膝に置かれた手が、着物を握りしめていた。
もしも、暴走させてしまえば……。
今現在でも、暴走した実験体には殆ど対処法がないのが現状だった。
魔力の向上を目的に造られてきた実験体は、あらゆる銃火器の攻撃を魔導士が無意識に纏う魔力障壁だけで無効化してしまう。
その実験体を絶命たらしめる為には、それ以上の魔力障壁をぶつけ中和させた上で、物理的な致命傷を負わせなければならない。
それ程に強い魔力障壁を持ち、致命傷を負わせる事が出来る能力を持つのは、魔導国家とも呼ばれる忍者といえども未だ唯一人だけしか居ない……。
『完成体』であるが故に、持て余す程の能力を有し、またそれ故に“処理者”として暴走した実験体―――即ち同じ境遇の仲間の生命を絶つ役目を負わされ続けている。
まだ、たった7歳の、小さな少年が。
「物心ついたばかりのあの子に術刀を与えたのは儂じゃ。
そして、あの子を“処理者”に仕立て上げたのも……」
深い、悔恨。そして底なしの罪悪感。
「お館様。あの時は、仕方がなかったのです……。
ああしていなければ、この星総ての人間が死んでいたかも知れませぬ。
せめて、そう、お思いになって下さい」
それは、まだカイリが3歳になったばかりの頃のこと。
忘れ去ってしまいたい事件が、この里で起こっていた。
暴走した実験体が、本殿中枢部へ複数体出現したのだ。
それら実験体に上級忍者はおろか、お館直属の戦闘部隊である『十二月護』の手練れでさえも、3人が喰われ契約精霊を奪われていた。
ここの人間を食い尽くせば、新たな糧を求めて一般人の住む住居エリアへ向かうことは想像に難くなかった。
忍者として『里』へ務める者がこの有様では、この星に住む一般人なぞ、あっという間に全滅してしまう―――。
だから……。
お館と五大老らは藁をも掴む思いでまだ幼い子に武器を与えた。
術刀と呼ばれる、所有者をも喰い殺しかねない禁断の武器を。
幼な子は……術刀に導かれるまま次々と実験体を処理していった。
最後の実験体を処理した幼な子に駆け寄ったお館達が見たのは、生気を失い心を閉ざしたかのような瞳から、大粒の涙をこぼすあまりにも無表情な顔だった。
その瞳が、目に焼き付いて離れない。
「我らの存在の理由―――世界へ対して犯した重大な冒涜。贖罪が、我らの生きる理由の総て……。
ならば、その贖罪のために犯す罪は、いつ償えばいいのじゃろうのぅ……」
お館の呟きに答えるように、遠くで時を告げる鐘が鳴っていた。




