《過去編》 5-1 どっかの爺と婆の会話 -1-
過去編第4話「遠き日の面影見ゆる時のまにまに」と同時間軸、葬儀の前の話です。
今回の過去話はちょっと胸糞な内容が含まれます。嫌いな方は飛ばしてください。
「お館様、そろそろ時間ではございませんか?」
五大老の長を務めるクロサワが、鉄瓶に水を注ぎながら静かに言った。
「……何がかね?」
「……これは。天下のお館様も年には勝てませぬか。本日1400よりシュウガ・ミカナギの葬儀ではございませぬか」
ぼんやりと庭園を眺めていたお館は忘れていたという風もなく静かに答える。
「良いのじゃ。あの様な形だけの葬儀になど、意味は無い。……それ以前に、儂はあの男が死んだなどとは思っておらぬのでな」
クロサワは無言で、変わらず庭を見つめるお館の表情を伺う。
しかしその顔は能面の様に無表情で、感情を読みとる事も出来ない。
「お館様がそのご様子では、サヤカゲなどはもっと……なのでしょうね」
『サヤカゲ』とは、シュウガ・ミカナギの無二の親友にして好敵手でもある、サヤカゲ・ヤギヌマの事だろう。
「そうじゃな……確かに、葬儀には出ぬと言っておったのぅ」
未だ、庭に視線を投げかけたままのお館が、思い出したようにポツリと言った。
「まぁ、サヤカゲに会われましたの? 近頃は任務にかまけてこちらの方には顔も出しませぬのに」
咎めるような口調に、お館が苦笑する。
「……いや、何。奴とて遊びに来おった訳ではないのじゃ。
儂の顔を見て、開口一番『頼みがある』と……抜かしおった。」
クロサワは、お館の顔が緩んでいるのを見逃さない。
「『頼み』ですか。それはどういう……?」
顎髭を撫でながらもう長いつき合いの部下に、まるでいたずらっ子が秘密をばらすような調子で話す。
「なんと、シュウガの息子……カイリを弟子にしたいと言い出しおったのじゃよ」
少しの間、沈黙が場を支配する。
「……そう、ですか。サヤカゲが、カイリを……」
「あやつの事じゃから、よくよく考えて言い出したのだろうが……。
のう、クロサワよ。あの子は、『魔性』を持っておる。
儂は、そう思えてならんのじゃ……」
一転、伏し目がちになるお館。
「『魔性』……でございますか?
これはまた、お館様の口からそのような言葉が聞けるとは思いも寄りませんでしたわ」
心底驚いたのか、クロサワは目を丸くしている。
「……心外じゃのぅ。儂とて、合理主義・現実主義だけの堅物ではないぞ」
「それにしても『魔性』だなどと、些か突飛に過ぎるのでは?」
「そうでもないのじゃよ。残念ながらのぅ」
お館はしばし迷うように視線を泳がせる。クロサワも、急かす様なことはしない。
少したって、言葉を切りだした。
「―――お主も、当時シュウガがあの子に躾ではない暴力を振るうておったのを聞き及んでいたであろう?」
「……そう、でしたね。カイリはいつも長袖に長いズボンを着ていて。
あの子なりに、回りに心配を掛けたくなかったのでしょうね。
あの頃、担当医のクゼが何度も怒鳴り込みに来ましたね。『あんたらはあの子をなんだと思ってやがるんだ』と」
「そんな事もあったのぅ」
静かに語らいあう間にも、クロサワは手際よく茶を点てている。
しゃかしゃかと茶筅の音が聞こえ始める。
「最後の任務の前夜、シュウガはあの子を……シズカの身代わりにしようとしたそうじゃ」
音が、止まる。
「………」
「まぁ、それに至る前に、偶然やって来たサヤカゲに取り押さえられたという事なのじゃが……。
その時、シュウガが『シズカじゃない事くらい分かっているっ! だが俺の中のシズカはもう、この顔なんだ……。この顔で、この瞳で、この唇でっ……俺を狂わせるんだ!』と、言ったのだそうじゃ。
確かに、あの子はシズカの面影を色濃く受け継いでおる。髪と瞳の色が黒ければ、生き写しと言っても良い程にの」
カイリ達の母、シズカ・ナカミカド。たおやかで、儚げで、楚々とした美しい女性だった。
生来体が丈夫な訳ではなかったが、二人を身ごもり、そして……。
「目的の為とは言え……我々はシズカに、なんと詫びれば良いのでしょうか?」
「くどいぞ、クロサワ。それは、我らの背負う永劫の咎じゃ。
我らは石を投じた。その行く末を最後まで見届けるのが、儂らの責任……そう考えるのじゃ。その行く末がどう転ぼうとも、のぅ。
―――話が逸れたようじゃ」
「お館様、一服なさいませ」
茶を勧められ、碗に手を伸ばす。
「ふむ、相変わらず良い手前じゃ」
時折、庭の鹿威しの音が響いている。
「……お館様、お話が途中です」
「……うむ。シュウガといい、クラインといい、或いはサヤカゲやクゼも……。
ことあの子の事となると、どうも反応が過敏な気がするのじゃよ」
「それが『魔性』だと、申されるのですか?」
「そもそも、あの子は生きて生まれてくる筈ではなかった。
クラインの言葉を借りれば、『規格外の存在』じゃな。
言葉は悪いが、クラインとてその子がカイエより出来が悪ければ、あそこまで執着すると言う事も無かったじゃろう」
ぽつりと、言葉がとぎれる。
「……しかし『自らの作品』よりも、性能が良かった」
「……そうじゃな。クラインとしては、それが許せないのじゃろう。
あ奴は、あの子らをモノとしてしか見ておらぬから」
深いため息をつく。
「そうそう、クラインと言えば最近、不穏な動きを見せておるようです。
どうなさいますか?」
「捨て置け。元より、あの子らさえ無事生まれれば用はない男。
あの男が持ち出せる情報ごときでは我らは揺らぎもせぬ。
表だって楯突くようであれば処分も考えんでもないがの」
そう言い放ったお館の顔は、それまでの表情とは異なり冷徹な忍者組織の長の顔だった。




