3-7 退治屋
コーシローの「変化」はライトのお陰? という話。
探す事、約三十分。シェーラは無事見つかった。
怪物の仕打ちからしてかなりの怪我をしていると思っていたのだが、見た所、怪我らしい怪我は見あたらない。
「シェーラ、シェーラ!!」
大声で名前を呼んでいると、妖精は薄く目を開いた。
「―――――ん、ん……。らいと?」
「良かった、シェーラ。何処か痛い所はないか?」
妖精は、ハッキリと覚醒したのか、勢いよくガバッと起き直った。
「お、おい、大丈夫なのか? 急に起きあがったりして?」
「わ、私、生きてるッ! 夢じゃなかったんだッ!!」
「は、夢?」
よくよく話を聞いてみると、怪物に投げ飛ばされた後で、誰かが魔法で癒してくれるのを感じたのだという。
「ふぅん。じゃあ、ひょっとしてそのすぐ後かな? コーシローの所に行って剣を渡してくれたのは」
と、言うライトにコーシローは素っ頓狂な声を上げる。
「え? じゃあ、この子の怪我を治してくれたのはあのお客さんなんですか?」
「他に、この一件に関して動いてる人間が居るとは、ちょっと思えないな。
それに、昨夜彼女は露天風呂で妖精と会ってたんだ。だから、やっぱり彼女がシェーラの言っていた“退治屋”だったんだろうな」
「そうだったんだ……あんなに綺麗な人が……」
男二人は納得しているが、シェーラにはさっぱり話が見えない。
「ちょっと、何の話よぉ! 全然判らないじゃない!!」
すっかりご機嫌斜めになってしまったシェーラを宥め賺してこれまでの経緯を話してやると、漸く納得したようだ。
「じゃあ、私、その人にお礼言わなくっちゃ。だって、私の怪我、治すのすっごく大変だったと思うし」
“ヒト”に対しては敵愾心むき出しだったシェーラが、随分と殊勝な事を言いだした。
「え、どうしてだい?」
「魔法で大きな怪我を治すには、物凄く力を使うの。
系統は違っても、殆どそう。あの時、私自分の骨の折れる音何回も聞いたんだもの。
血だっていっぱい出てたし、本気で死ぬって思ったの」
押さえ気味な声で話すシェーラに、ライトの表情が沈む。
「済まない、シェーラ。守ってやれなくて……」
「あ、ううん! そんな意味で言ってるんじゃないの。
ライトはちゃんと、忠告してくれてたのに、私が無理矢理付いてきて、そして足手まといにしかならくて、その上知らない“ヒト”に怪我まで治して貰っちゃって」
そこまで言って、唇を噛みしめてしまったシェーラにどう声を掛けて良いものか分からなくて、ライトも黙り込んでしまう。
しかし、その重苦しい空気を払ったのは、何とコーシローだった。
「ほらほら、二人とも! 折角怪物を倒したんですからそんな暗い顔しないでくださいよッ!
ライトさんの怪我も治療しなくちゃいけませんし、一旦帰りましょう、ね!」
思いもしない人物からの提案だったが、二人とも落ち着いてゆっくりしたいと言う意見は同じだったので、旅館への帰路へ付く事にした。
肩にシェーラを乗せ、自転車押し押しのコーシローと話しながらのんびり歩いていた。
「それにしても、あの時コーシローが来てくれて助かったよ。俺もマジで覚悟決めかけてたからね」
「え、あ、いえ、そんな……僕は、あの人に頼まれて」
恐縮するコーシローに、ふと、彼女はそれさえも見越してコーシローに剣を託したのかも知れないとライトは思った。
「ライトさんが、何の関係もないヒナタの為にあんなに頑張ってくれてるのに、僕は一体何をしてるんだろうって。
そう思ったら、それまでウジウジしていた僕自身に腹が立ったんです。
常に人の目を気にして、怯えて、逃げて、全て他人任せにして……恥ずかしくないのかって。
それに、あの人、随分苦しそうだったから」
彼女はシェーラの怪我を治して消耗してしまっていた筈だから、話の辻褄は合うんだが、やっぱり疑問は残る。
『何故自分で怪物を退治してしまわなかったのか?』
たまたま俺達が先にヤツと接触してしまったからかも知れない。
『何故共同戦線を張らなかったのか』
姿を見せるのを嫌ったか、それとも一般人連れの俺では邪魔だったのか。
『何故コーシローに剣を託したのか』
いや、そもそも、シェーラの怪我を治癒させた後の疲れた身で、何故コーシローに剣を託しに森の外まで出る必要がある? 何か、コーシローにそこまで拘る理由があるのだろうか?
返事をしないライトに、コーシローが訝しそうに覗き込む。
「ライトさん? どうかしたんですか?」
すると、血のこびり付いた髪を気にしながらこう言ったのだ。
「いや、あのな、コーシロー。もしかしたら、もうヒナタさんは無事に見つかってるかも知れないぞ」
「え、ええええ?! ほ、ホントですか?!」
また、ぶわわっと涙と鼻水だらけになるコーシローの顔を半ば呆れ顔で眺めながら、ライトは『あくまで、俺の勘だからな。アテにするなよ?』と念を押しておく。
果たして。コーシローの実家、極楽荘本店の前には女将であるショウコ・サイダがそわそわとした様子で待っていた。
「コーシロー!!」
「あれ、かあさん?」
ショウコは一行を見ると全速力で駆け寄ってきた。
「ヒナタちゃん、見つかったわよ!」
「え、ほ、ホントに!?」
「こんな事、嘘付いてどうするのッ!!」
ぺしん、と頭をはたく。しかし今のコーシローはめげない。
「で、ヒナタは? 怪我とかしてなかった? 今どこに居るんだ?」
矢継ぎ早な息子の質問に、母はキリリと普段の落ち着きを持って応える。
「ヒナタちゃんはご両親と精密検査の為に病院へ向かったわ。一段落したら連絡をくれる事になっています。その後、警察の事情聴取を簡単に受ける事になるでしょう。
それより、その怪我どうなすったんです? 早く治療しなくては!」
後半は、ライトの頭の怪我を見ての言葉だ。ライトの手を引っ張って、旅館に戻ろうとする。
「母さん、病院って、中央病院だよな!? 僕、行って来るよ」
言うが早いか、コーシローは今まで押していた自転車にひらりと跨ると、一目散に走っていってしまった。
彼女の知る普段の息子からは考えられない行動に、ポカーンと呆気に取られているショウコに、ライトは申し訳なさそうに切り出した。
「すいません、部屋に戻っても良いですか?」
翌日、団体客大量宿泊でフル回転状態の忙しい時間を割いて、ショウコとライトが向かい合っていた。
ちなみに、シェーラは一晩泊まって朝には森へ帰っていた。
「本当に、有難う御座いました。実を申しますと、ヒナタちゃんの事は半分以上諦めていたんです。専務夫妻も、私も……。
でも、あの子だけは『絶対生きている』と、信じていて」
「俺は、何もしていません。ヒナタさんを保護していたのは妖精達ですし、その後助け出したのは恐らく、あの日どさくさに紛れてチェックアウトしていたもう一人の女性客ですから」
あの後、頭の傷を治療して貰いながら聞いた所によると、彼女はヒナタさんが見つかる直前にチェックアウトを済ませ、立ち去っていたという。
「お話しを伺った後でも、俄には信じられませんわ……」
「そりゃそうでしょう。あんな怪物は俺も初めて見ましたから」
「ああ、いえ。そうじゃありませんのよ。あんな華奢な体つきの、とても綺麗なお嬢さんがそんな“退治屋”だっただなんて」
思わずライトは苦笑する。こちらの方が、ごく普通の女性らしい答えなのかも知れない、と。
「まぁ、怪物も、そうなんですけれど……でも、森は神秘の場所ですから。何が居ても、不思議ではない気がしますの」
女将は流麗な仕草でライトの空の杯に酒を注ぐ。
「ライトさんは、何もしていないと仰いますが、私はそうは思いません」
注いで貰った熱燗をちびちび啜りながら、ライトは素直に聞いてみる。
「どうしてですか?」
「もし、ライトさんがいらっしゃらなくても、怪物は退治され、ヒナタちゃんも戻って来たかも知れません。
でも、それでは、あの子は、コーシローはあれ程変わる事は無かった」
女将の顔から、母の顔へ戻る。
「私が、仕事にかまけていた所為でしょうね。あの子はいつの間にかよく言えば大人しい、悪く言えば何に対しても消極的で、おどおどした、人の顔色ばかり窺うような子になっていました。
自分に自信が持てないから、おびえた小動物のような目をして、視線を遮るようなメガネを掛けて―――――。
ずっとそんなだったあの子が、昨日から変わりました。
詰まる事もなく、人の目を真っ直ぐに見て、はきはき喋るようになりました。
割れてしまったというメガネはもう、作らないと言っていました。
これは、ライトさん。貴方が与えて下さった『変化』なんです」
ショウコは、畳に手を付いて深々と頭を下げた。
「そう言って頂けると、この怪我も”名誉の負傷”になりますね。もう、お顔を上げてください」
ショウコは顔を上げ目尻を拭うと、脇に置いていた紫の包みから分厚い封筒を差し出した。
「本当に有難う御座いました。些少ではありますが、こちらが今回の御礼です」
ショウコは些少というが、どう見てもその封筒はかなりの分厚さだ。
「え、そんな、俺、今回は役に立ってないし、受け取れませんよ」
「いいえ。思っていた以上の成果を頂きました。是非、お受け取り下さい」
何か、有無を言わせない凄味で迫る女将に負けて受け取る事にする。が、かなり不本意というか、バツの悪さが手に思った以上の重さとして残る。
「本来なら、あの日のお客様にも御礼を差し上げたいのですが」
オヤッサンを通して調べて貰ったところ、彼女の宿帳の住所や名前は全て架空だった。
定期便シャトルの搭乗者名簿や、宇宙港ドックの利用者リストも調べて貰ったが、該当するような人物は居なかった。
つまり、何処の誰かは一切分からない謎の人、と言うことになる。
「仕方ありませんよ。何の消息も掴めないんですから。
でも、これだけ周到なトコ見ると、一流のプロですね。それも“超”のつく」
「やっぱり、信じられませんわ」
繰り返されるショウコの言葉に、そうだよなぁと頷いた。
「あ、所で、一つ我が侭を聞いて貰いたいんですが……良いですか?」
「はい、何でしょう? 私どもに出来る事でしたら何なりと」
ライトはいたずらっ子のように笑って言った。
「実は、ここの風呂メチャメチャ気に入ったんで、出来たらもう一泊させて貰えないかなぁって思って」
その言葉に、女将は破顔一笑、快諾した。
すっかり露天風呂を堪能した4日目の昼過ぎ、ライトは極楽荘本店をチェックアウトした。
見送りにはショウコや、人の良い仲居さん達が出て来てくれていた。
「お世話になりました。また、今度はバカンスで来ます」
「お待ちしておりますわ、ライトさんならいつでも歓迎いたします」
挨拶していると、すぅーっと滑るように走ってきた送迎車がライトの前へ止まった。
「ライトさん、お送りします!」
コーシローだった。来た時とは大違い、送迎車もボコボコのではなくて、ピカピカの新車に乗り換えている。
「あ、悪いな。ヒナタさんの容態どうだ?」
「もうすっかり大丈夫です。ライトさんに会いたがってましたよ」
「そうか、良かったな。でもまだ面会謝絶だっけ?」
「はい。といっても、半分は報道対策らしいんですけどね。行きましょうか?」
コーシローは腕時計で時間を確認するとライトを促す。
「おっと、そうだ、シャトルに乗り遅れちまう」
随分乗り心地の良くなったコーシロー運転の助手席。のんびりと左手に見える青い海を眺めていたら、突然急ブレーキが掛かった。
シートベルトをしていたから良かったものの、それでも反動で大いに揺れた。
「おいおい、何なんだよッ?!」
「危なかった~~~。置き石です、ほら」
確かにすぐ前の車道に、かなりの大きさの石が走行を妨げるように鎮座ましましている。
悪戯にしてはすこぶる悪質だ。
「ったくもー。何処の誰だよ、こんな物置いてッ!」
ブツブツ文句を言いながら二人がかりでデカい石(……ここまで来ると岩か?)をどかして空港へ急いだ。




