3-6 決着
これって魔剣とかじゃないよな……? という話。
―――――近いな。
レーダーは既にヤツが近くに潜んでいる事を示すように、明るく大きく明滅している。
ヤツにとっては、思わぬ負傷を与えたライトへの“リベンジ戦”という訳らしい。
「ウロウロ探す手間が省けたな」
嘯いた訳ではない。事実、不謹慎だが、ライトは内心『ワクワク』していた。
立ち向かう敵が脅威であればある程、強ければ強い程、心躍る性質なのだ。
―――――仕方ないさ。それが“俺”なんだから。
銃を下げ、微かな気配も逃さないように瞑目する。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
ライトの研ぎ澄まされた感覚に、『澱み』が揺らぐ。
「そこッ!」
感知した方向へ続けざまに3発打ち込む。乾いた音が静まりかえった森に響き渡る。
ちゅいんちゅいんちゅいん。
弾を弾く音が何もない空間から聞こえる。視界を遮る物は無い。怪物の体が見えても良い筈なのに?
「チッ、やはりダメか!」
気配が移動するのを追い掛けるように、また銃声が轟く。間を置かず、3発分の跳ね返る音がする。ライトは素早く空の薬莢を捨て、慣れた手つきで予備の弾を装填する。
木々の隙間に怪物の姿が突然ぬっと現れた。今まで、何もなかった空間だった。ただ、先程草が押し倒されていると、シェーラに話していた場所だ。
―――まさか、光学迷彩?
或いは、それに準ずるような効果の魔法。
対レーザーや対物理バリアを発生させる上に更に光学迷彩―――と言うよりは、まだそっちの方がライト的には納得できた。
怪物は光学迷彩系魔法で姿を消し、更に以前自分が通った後、つまり既に下草が倒れた場所を移動している。外見で判断する以上に、賢しいヤツだ。
しかし、怪物の防御手段が魔法となると、形勢は途端にライトに不利になる。
生体器官だとすると、ヤツのエネルギーだって無限ではないだろうから薄いとはいえ“打ち止め”が期待できる。
だが“魔法”となると、そちらが得意分野ではないライトは対処に困る。
一口に魔法とは言っても系統が幾つもあり、力の根元もそれぞれに変わってくる。
かつてスタンに聞いた話では、一度発動すると数時間、長い物ではそのままずっと発動したまま、という魔法まであるという。
―――打つ手無しか? ……いや、考えろ、何もない筈はないッ! 考えろッ!
怪物からは細長い触手がスルスルと現れ、鞭のように唸りを上げて襲いかかってくる。
触手は、細くしなやかでありながら、叩きつけられる威力はかなりのようだ。当たった木や地面が大きく抉れていく。掠りでもすれば、肉が引き裂かれるか、或いは骨が砕かれるか? 想像に難くない。
何とか軌道を読み、避けてはいるものの、足下の悪さに何度も肝を冷やす。
どれくらいそれが続いた頃だろう、いつまで経っても一向に捉えきれないライトに焦れたのか、怪物はあらぬ方向へと触手を伸ばした。
「ッ! 逃げろッ、シェーラッ!!」
咄嗟に声が出たが、シェーラは恐怖で竦んでしまって逃げる事も忘れている。呆気なく捕らえられ、2、3度木の幹に叩きつけられる。
「シェーラ!?」
妖精の小さな体は為す術もなく痛めつけられ、気を失ってしまったのかぐったりとしてしまっているのが見えた。その間もライトは触手の根本の方を狙って撃ち込んでみるが、相変わらずダメージを与えられた様子はない。
「ちぃッ! クソッ……」
考えるより先に体が動く。走り出す。怪物の本体に体当たりをかます。手応えがあった。
ぐにゃり、とした生温かい、実体の感触が。
怪物の巨体が傾くが、すぐに持ち直すと妖精を放り出した触手が飛んできた。咄嗟に回避動作を取るが避けきれずに頭に掠る。
当たった場所が鈍く痛む。温い液体がジワジワと滲み出して髪を濡らし、額から伝い滴り落ちて行くのを感じる。だが痛みに構っているヒマはない。
第二波が迫っている。効かないのは判っていても銃で応戦するしかない。
ガウンガウンガウンッ!
しかし、跳ね返る音は聞こえない。見れば触手が怯んでいる。三カ所から白い液体を吹き出しながら。
―――当たった?!
手早く弾を入れ替えながら、しかし銃では致命傷を与えられない、シェーラは大丈夫だっただろうかと考えを巡らせる。
だが戦闘の最中だけに、すぐに失念せざるをえない。怪物も、一時の怯みから体勢を整えて、じりじりと間合いを離し始めている。既に5mは離れたか。試しに、一発撃ち込んでみる。
ちゅいん。
即座に跳ね返っている。この距離でもう跳ね返されている。だったら、極々至近距離でなければならないのかも知れない。前回はもう少し遠かったと思うのだが、当たらない物は仕方ない。
ライトは意を決して、接近戦を挑むことにした。
怪物は触手での攻撃を悉く銃で返り討ちにされ、戦法を変えてきた。
近寄っているライトに、本体から粘液を噴射する。
触手に気を取られて喰らってしまった場所が、特殊強化された服であるにも関わらず、少し溶けて爛れてしまっていた。強酸の溶解液だと言うことは判って居たが、ここまで強いとは。
あんまり無防備に当たってばかりも居られない。
弾倉の取り替えと、体勢の立て直しに一旦引いたライトだが、敵も然る者、再度の接近を易々とは許さない。
じりじりとした睨み合いが続いていたが、がさり、と背後の草陰で気配がした。
思わず気を取られ触手を避けるタイミングがずれる。
「し、しまッ…!!」
ギチギチと締め上げられる。細い癖に、かなりの力だ。みしみしと体が軋む。
「く、くそ……」
まだ何とか動く手で撃ってはみるが、本体には当たらない。
更に締まっていく。とうとう、銃も取り落としてしまった。
そろそろ骨が折れてしまうかも知れない。
万事休すかと覚悟を決め掛けた時、何かがだだだだだと走ってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!!」
「こ、コーシローッ?!」
コーシローが何か剣のような物を大上段に振りかざして、物凄い形相で一直線に走ってくる。
ライトを締め上げている触手を、持っていた剣で大振りに斬りつけた。まるで柔らかい粘土細工でも斬るかのように、コーシローの持つ剣は怪物の触手をいとも簡単にスッパリと切断した。
凄まじい、声ならぬ声を上げ、のたうち回る怪物。
「コーシロー!!」
コーシローはまだ斬りつけた時のまま、その場に座り込んでいたが、ライトの声にハッと我に返ると、慌てて這いずるように寄ってくる。
体に巻き付いている触手を急いで解きながら、涙ボロボロ鼻水ズルズル状態のコーシローに話しかける。
「その剣、どうしたんだ?」
「あ、あのお客さんが、ライトさんが危ないから、これを渡してくれって……」
見た事もない剣だった。繊細な、細身の片刃の剣は刀身が黒くテラテラと鈍い光を放っている。
何故か、ぞくりと背筋が冷たくなる。
だが、悠長に構えてもいられない。すぐにヤツも回復しないまでも一時のショックからは立ち直ってくるだろう。しかし、この剣の先刻の威力が本物なら、ヤツに充分対抗出来る武器となる。
コーシローが差し出す抜き身の剣を掴む。
―――――ッ?!
強烈に生気を吸われるような、そんな感覚を憶える。
気を抜くと一気に意識を持って行かれそうな程だ。
「―――くぅッ!! クソッ、コイツ、何て剣だッ。
小説に出てくる、何とかゆー魔剣とかじゃねぇだろうなッ?!」
「え? ええッ? 僕が持った時は特に、そんな事全然」
「んじゃあ、俺が格別相性悪ぃのかな? こんな状態じゃ、あんまり保たないな……。
それなら、さっさと決着付けちまおうッ!」
剣を青眼に構え、目を閉じ意識を集中する。
怪物がなりふり構わず向かってくる。怒りに我を忘れているのかもしれない。
その時、壮年の、力強い男の声が聞こえた。
『我が主人の命により、今この時貴方に力を貸そう』
力を吸われていくような感覚が、反転する。
無機質な剣が、意志でもあるかのように輝きを増す。
ライトが、カッと目を開き、迫っていた巨大な怪物の体を貫いた。
確かな、重い手応えが伝わってくる。
おおおおおおおおおお
森全体を震撼させるような断末魔の叫び。
深々と、柄までを目一杯沈めた手が込めた力の強さ故か、ブルブルと震えている。
ライトが、ニヤリと笑った。
「悪ィな、俺の勝ちだ」
叫びが途絶え、痙攣が小さくなり、やがて動かなくなった。
怪物の体を触ってみても、生温かい感触では無く、だんだんと冷えているようだ。
森が、また元の静寂を取り戻す。
「ふー。取り敢えず、終わったな。
―――――コーシロー、悪いけど、一緒にシェーラ探してくれないか?」
よっこらしょ、と掛け声でも掛けたくなりそうなくらいに体が疲れきっている。
やはり、あの剣は魔剣だとか、妖剣だとかって類の物に違いない、と振り返ると、まだ刺さったままの筈の例の剣が見あたらない。
「―――――ええッ?! そんな馬鹿なッ?!」
駆け寄って調べてみるが、やっぱり無い。
「どうかしたんですか、ライトさん?」
シェーラを探して草むらを掻き分けていたコーシローも隣にやってくる。
「いや、あの剣が無いんだ。抜いた憶えもないのに?」
「ら、ライトさん、やっぱりあの剣ってやっぱり……?」
折角綺麗に拭いたのに、コーシローの顔にはまた鼻水がズルズル。
「ま、まぁ、剣は後にしよう。さ、先にシェーラ探そう! な?」
「は、はぃぃっ!!!」
大の男が二人、引きつった笑いを浮かべている様は、ハッキリ言って情けない。
二人は暫くそうしていたが、どちらからともなくシェーラの探索を再開した。




