3-5 反撃の準備
あなたって、ヘンなヒト! っていう話。
「取り敢えず、一度旅館へ戻って装備を調えないといけないな。
対レーザーバリアを発生させるような怪物相手じゃ、多少心許ないけど、無いよりはマシだろう。
……で、シェーラ。君はどうする?」
いきなり話を振られた妖精は、ライトの顔を見つめてきょとんとしている。
「俺は一度泊まってる所へ戻るんだけど、シェーラはどうする?
流石に今、森へ戻るのは、俺としてはお勧めしないけど」
「あ、そう、そうよね……。まだ、アイツが近くにいるかも知れないんだ……」
彼女にとってはかなりの恐怖だったのだろう。顔色がざぁっと悪くなる。
仲間を食べていたと言われる怪物に、追い回された挙げ句に喰われるなんてのは、ライトでもまっぴら御免だ。妖精は暫く考えた後に、ライトにしがみついて言った。
「わたし、一緒に行く!」と。
「よし、じゃあ決まりだ。コーシロー、悪いけど戻ったらこの辺りの地図を探してくれないか」
「は、は、は、はい!!!」
三人は大急ぎで元来た道をとって返した。
自転車だったコーシローを先に返して、ライトとシェーラは遊歩道を走っていた。
「ね、ねえ―――――あの……」
肩に座っていると落ちそうだと言われて、今は胸の辺りで手で抱えていた。
「何だい?」
「どうして、わたしの事、助けてくれたの?」
見下ろすと、妖精の少女が真剣な眼差しでライトを見上げていた。
「どうしてって……」
「だって、何の得にもならないのに、妖精なんか助けたって。わたし、何にもお礼なんて出来ないし」
シェーラの何故か拗ねたような言葉に、ライトは自然と笑顔が零れた。
「どうして笑うの? わたし、真剣に言ってるのよ!?」
「だって、困ってる人が居たら助けるのが当然だろ?
人だからとか、妖精だからとか、そんなに大きな事かな?」
少女は大きく目を見開いた。今にも、その大きな瞳が零れんばかりに。
「―――――あなたって、ヘンなヒト!」
プイ、と顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「俺はね、元々そう言う性分だし、俺を育ててくれた大切な人達がもっとそんな人達だったから。
損とか得とかなんかよりも、助けを求める声が聞こえたら、先に体が動いちゃうんだよ。
ま、お目付役からはいつも”もっとよく後先考えろ”なんて言われるんだけどさ。
でも、その方が俺らしいと思うんだ。それに、そうしていれば『俺だけに助けを求めてる誰か』にも、いつかは逢える気がするから」
妖精が無言なのに気が付いて、ライトは話を切り上げる。
「ゴメンよ、何だか辛気くさい話になっちゃったね。
―――――ところで、シェーラ」
「え、何?」
「君のお祖父さんが頼んだ怪物退治の人って、どんな人か知ってるの?」
シェーラはぷるぷると首を振った。
「全然。だって、迎えが来て、わざわざ人里まで出掛けて行っちゃうんだもん」
「迎え?」
あの時の妖精は確かに一人だった。じゃあ、やっぱり違うのか?
「そう。真っ黒くて、空飛ぶ蛇のオバケみたいなヘンなの。お祖父ちゃんとは知り合いみたいだったけど、アレ、結界すり抜けてきたから最初は大騒ぎになったのよ」
「ふぅ~ん。っと、着いた。どうする? どこかに隠れてるかい?」
先に帰ったコーシローの自転車が正門脇に乗り捨ててある。
「や! わたし、あなたと一緒にいる!」
「よし。じゃあ、我慢しろよ」
その後、極楽荘は“お客さんが妖精を連れて帰ってきた!”と大騒ぎになったのは、言うまでもない。その騒動を無視して部屋へ戻ると、すぐにコーシローが地図を持ってやって来た。
「ら、ら、ら、ライトさん!! ち、ち、ち、地図有りました!」
「助かる。ヤツの大まかな位置だけでも、掴めると掴めないとじゃ大違いだからな」
「何するの?」
ライトは持ってきた荷物をごそごそ漁ると、小型スクリーン付き端末のような物を取り出した。
「しっかし、ガンフのオッサンに後で酒でも持って行ってやんなきゃなぁ。こんな物が役に立つなんて思っても見なかったよ」
独りごちながらスイッチを入れる。ピピっと言う電子音と共に薄ぼんやりとした明かりが灯り、レーダー画面の様なモノが浮かび上がる。
「な、な、な、何なんですか、コレ?」
「指向性のレーダー、みたいな物かな? さっき撃った銃の弾丸には特殊な合金を使った物が入っていて、その合金のみを探知する仕組み、らしいんだ。
つか、実際両方とも俺が作った物じゃないから詳しくは良く解らないんだけど、こんな妙な物ばっかり作ってご満悦なオッサンが居るんだ。知り合いに」
と、本人が聞いていたら絶対に臍を曲げそうな解説を付けながら、ライトは方角と距離を計算していく。
「さっきのシェーラと逢ったのがこの辺りで、今がおおよそこの辺り、か。
流石に範囲が広すぎるな。塒でも判れば楽なんだが……。
そうだ、シェーラ。ヒナタさんが怪物を見た場所……は無理か。じゃあ、ヒナタさんを見つけた場所は判る?」
「え、ええ。大体なら……そう、ヒナちゃんを見つけたのが、えっと、この辺り」
シェーラがつん、と小さな手で地図の森の中の一点を指す。そのすぐ近くに、見る限りではちょっとした段差? らしきものがある。
「ヒナタさん、怪我してなかったか? 捻挫とか、骨折とか」
「足をくじいてた。高くなってた所から落ちたんだって言ってた。下に草が生えてたから大した事なくて済んだんだって。
でも、足をくじいて動けなくなってた所を見つけたの」
怪物は、水平な場所なら下が少々荒れていてもかなりのスピードで移動していた。
でも、垂直移動は苦手なのかも知れない。
ちらりとしか見ていなかったが、足と言うよりは蛇とかそんなモノに近い感じだった。
かといって、ナメクジやカタツムリのように粘着性でも無かったように記憶している。
「ヒナタさんを見つけたのは何日前だった?」
「五日前よ」
約二日間。森の中を逃げ回って崖から落ち、動けなくなって息を潜めていた所を妖精達に保護された。
ヒナタさんは恐怖と疲労と空腹とでかなり弱っていたようだ。
ライトは大体のアタリを付けて、武器の準備に掛かる。
「コーシロー、あのロープは何mくらいあるんだ?」
「え、え、え、っと、20mくらいです。あ、あ、あ、あと、同じのが2つか3つ」
「じゃあ、悪いけど、全部繋げておいてくれ。準備出来次第、すぐに出よう」
「は、は、は、はい!!!」
力強いライトの言葉に、コーシローが頷く。そして慌てて部屋を飛び出していった。
「―――――勝てるの、あの怪物に?」
小さな声がした。
「さぁね。でもまぁ、かなり分が悪いとは思うけどね」
さっきの戦闘で使い切った弾丸を補充しながら、ライトは笑う。
「どうして、そこまでするの? わたしとか、さっきの人に頼まれてるから?」
「う~ん。 さっきも言ったけど、困ってる人がいる、助けを求める人がいる。
動く為の理由なんて、それだけで充分なんだよ。俺にとってはね」
補充用の弾丸をセットして、ベルトに付けた専用のポケットにしまい込む。ガンフのジジイの所に寄った後だったから、実弾は山ほど持たされていた。渡された時は思った以上に重たくてウンザリしたが、今はそれが有難い。
「わたしも、ついてっていい?」
「じゃあ、道案内を頼むよ」
ライトが迷う風もなく言ったのが嬉しかったのだろう、妖精の少女は笑顔で頷いた。
「悪いけど、暗視スコープ持ってきてないんで、暗くなるまでが勝負だ。
今日は、ヒナタさんだけでも見つかれば御の字だな」
遊歩道の一度目と同じ場所まで戻っては来たが、どうした物かと二人を振り返る。
「ここまではまだ安全だけど、ここから先は保証できない。
付いて来るか来ないかの判断は任せるけど、もしもの時、護ってやれる自信はハッキリ言って、ない。さて、どうする?」
二人は、ゴクリと息を呑んだ。が、すぐにシェーラが口を開く。
「わたし、一緒に行く! あ、危なくなったら、急いで飛んで逃げるから。いいでしょ?!
それに、一緒に行かなきゃ道案内できないもの!」
一方、コーシローは困り切った顔で押し黙っている。
ライトはロープを確認しながらふ、と表情を弛める。
「そうだな、コーシローは此処で待機しておいてくれ。何かあったら、連絡するから」
と、トランシーバーを渡す。やはりこれも、素の市販品では無いのだろう。ライトの方はヘッドセットになっているようだ。
「チューニングはもう、合わせてあるから。で、コレがスイッチ。じゃあ、行って来るよ」
コーシローはぺこりと頭を下げて森へ入っていくライトを見送っていた。
「どうして、一緒に来ないの? 幼馴染み、助けたくないのかしら」
さっきから、シェーラはブツブツとコーシローに文句をたれていた。
「そんなに悪く言う物じゃないよ。コーシローはごくごく普通の一般市民なんだ。
俺みたいな『冒険者資格』持ちじゃあない。
事実、あの怪物は俺にしたって脅威だ。あんなのを見た後じゃ仕方ないのさ。
それに、シェーラは飛んで逃げられるかも知れないけど、人類種は森の中ではかなり移動の制限を受けてしまうからね。
例え怪物を倒しても、コーシローが怪我をしたり最悪死んでしまっては、何の意味もない」
理路整然と理由を述べられてしまっては、敢えて更に反論する事も出来なくなってしまった。
仕方なく、シェーラはふくれっ面のまま黙り込んだ。
「―――――っと、コレだな」
ライトが何かを見咎めてしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「ここを見てご覧。下草が踏みつけられた様に倒れた状態が、道のように続いている。
そして、周りには所々溶けたような箇所もある。
あの怪物は強い酸性の体液を出していたようだから、アレの通った後に間違いないだろう」
ゴクリ、とシェーラが生唾を飲み込む音が聞こえる。
それまでの強気が吹っ飛んでしまったらしい、ガタガタと震えている。
「シェーラ、上空へ行ってるんだ。少なくとも、5mは離れて」
「う、うん!」
妖精の少女は慌てて高い木の梢へと飛んでいった。




