3-4 妖精の少女
シェーラと出逢いました。ついでにバケモノとも遭遇しましたという話。
先を行く彼女が徒歩だった事もあって、ライト達も歩いて森の縁を追いかけることにした。
と言うか、入植盟約から、森に近い場所には車道を造れなかったそうで、遊歩道のような物しか無いのだそうだ。
で、何故かコーシローは前も後ろも荷物を積んだ自転車を、押しながら歩いている。
歩き出してから一時間も経った頃だろうか? 元々気配に敏感なライトが、ふと、立ち止まった。
「ど、ど、ど、どうかしたんですかッ?!」
途端にオロオロし始めるコーシローに、仕草で“静かに”と合図すると、意識を集中してそれが『何』なのかを探りとろうとする。
もう少し踏み行った森の中で、何かが、比較的大きな容積を持つ『何』かが、それなりのスピードで移動している。
その時だった。悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁ―――――!!! 誰かッ誰か助けてッ!!!」
女の声だ。
ライトは咄嗟に悲鳴の聞こえた方向―――森の中へと走り出していた。後ろでコーシローが何か叫んでいるが、そんな事はどうでも良かった。
“昼なお暗い”とまではいかないものの、鬱蒼と繁った森の中は結構薄暗い。その上、下草や苔なんかで足下も悪い。それでも漸く悲鳴の主が木々の間から垣間見えた。
妖精だ。
そして、それを追いかけているのは?! 怪物。混合生物、キメラと言うのだろうか。とにかく、今まで見た事もないような、怪物。
ライトは躊躇無く左肩のホルスターから銃を引き抜くと、怪物目掛けて続けざまに打ち込んだ。
「何ッ!?」
しかし、レーザー光線は怪物の本体に届くことなく、有らぬ方向へ反射してしまっている。
それは対レーザー光線防御機能を持ったバリア装置の効果に似ていた。だが、単体の生物でそんな効果を持つバリアを発生させるものか?
「チッ、何てヤツだ!」
追われていた妖精が、ライトの存在に気付いたようだ。一直線に飛んできて、その背に隠れるように小さな手で衿に捕まった。
「た、助けてッ! お願いッ!!」
「そのつもり、なんだけどな」
素早くレーザー銃を戻し、右肩のホルスターから厳めしい、無骨な銃を取り出した。
「頼むぜ、相棒―――!」
怪物へ、6発全弾くれてやる。ちゅいん、ちゅいん、ちゅいん。跳ね返る音が確かに聞こえる。
レーザーだけじゃなく、実弾まで跳ね返すのかよ、と背筋が冷たくなる。
だが……。
『おおおおおおおおおおお。』
怪物が突然恐ろしい声を上げた。見れば、怪物は3カ所から白い液を吹き出しながら前進を止めた。
「当たったのか?」
ブルブルとその体躯を震わせていた怪物は、ズルズルと2、3m後退したかと思うと妖精を追いかけていた時よりも断然速いスピードで森の奥へと消えていった。
取り敢えずの脅威は去ったのだ。ライトはヘナヘナとその場に座り込んでいた。
「……イトさーーーーんッ」
コーシローが追いかけて来たようだ。ガサガサと草を踏み分けながらこちらへ近付いてくる。
「だ、大丈夫ですかッ!?」
「まぁ、何とかね。だけど、さっきのヤツが戻ってくるといけない。ここからは早く離れた方が良いな」
と、それまで黙っていた妖精が初めて声を出した。
「あ、あの……」
「話は後だ。もう一度、ヤツと対峙した時、対抗する術がもう無いんだ」
「う、うん。……あの、肩に座っても良い?」
妖精は、いまだに衿に捕まってぶら下がった状態だった。
「そうだな、その方がラクならそうしてくれて良いよ」
二人の会話が一段落したのを見計らって、コーシローは先に立って歩き出す。
「こっちです、ライトさん」
その手にはロープの端が握られていた。
「へぇ、用意周到じゃないか、コーシロー君」
恐らく、自転車の荷物の中に入れて置いたロープを引っ張ってきたのだろう。それを伝って戻れば元の場所にすぐ出る事が出来る。
まぁ、“冒険者資格”を持つ者なら磁石や樹木の生え方、年輪などで方向を割り出す事も簡単なのだが、今は一刻も早くこの場から立ち去って、出来る限り体勢を整えたい。
「あ、いえ、その、森に入らなきゃならないかも知れないって思ったので……」
「助かったよ。有難う」
恐縮するコーシローに笑顔を見せると、ライトは後ろを警戒しながら外への道を歩きだした。
存外、森の奥までは入っていなかった様で、5分も歩くと自転車の止めてある遊歩道に出た。
「さて、早速で悪いけど、話を聞かせてくれるかな?」
肩にちょこんと座っている妖精に話しかける。
「あ、あの……ヒドイ事しないで」
「え?」
思わず、聞き返してしまった。何が“酷い事”なのだろうか?
「だ、だって……殆どの人類種は妖精を見つけると、捕まえて見せ物にするんだって……」
その、アンマリにもアンマリな偏見に、がくっと男二人はその場で転けてしまった。
「そんな事しやしないよ。そりゃあ、確かに悪い人類種も中には居るけど、殆どの人類種はそんな事しない。
少なくとも、ココにいる俺や、コーシロー君はそんな人間じゃない。
まぁ、信じてくれるかどうかは君次第だけどね」
妖精は、暫く考えた後、ライトとコーシローの顔をまじまじと見つめた。
「うん、信じる。だって、私のこと、助けてくれたものね?」
そして、自転車の荷台の荷物の上にとん、と腰掛けると微笑んだ。
「私の名前はシェーラよ。聞きたい事って何?」
どうやら、このシェーラと名乗る妖精はまだ年若い女の子――“少女”と呼ばれるくらいの年齢のようだとライトは見て取った。
喋る言葉や内容が、“女性”と言うにはまだ少し幼さを残しているからである。
「じゃあ、シェーラ。君を追いかけていたあの怪物は何なんだい?」
「判らないの。いつの間にか、私達の住んでいる近くに現れてその頃から仲間がいなくなるって事件が起きだして。
それが、アイツの仕業だって判ったのだって、ついこの間なの。
たまたま、アイツが――仲間を食べているのを見たヒトがいたから」
ライトは、違和感を感じた。
シェーラは、自分たち妖精の事を『仲間』と言っているのに、見た者の事は『ヒト』と言う言葉を使っている。
「ヒト?―――――人間? 人類種がいるのかい?」
ライトの言葉に、シェーラはハッとしたように俯きがちだった顔を上げた。
「え、あ、そう! そうなのッ!! あの子を助けてあげてッ!! あの子はヒトだけど、とっても良い子なの、だからあの子を助けてッ!!」
「あの子って、誰なんだい? 何処にいる?」
「ヒナちゃん。私は、ヒナちゃんって呼んでるけど」
今度はコーシローが大声を上げる。
「ヒナタッ、ヒナタが生きてるのか?! 何処だ!? 何処に居るんだッ!!!!」
「いやぁッ、何この人、怖いッ!!!!」
「落ち着け、コーシロー。シェーラが怯えてる」
一喝するようなライトの声に、漸く我に返る。
「す、すいません、つい―――」
コーシローが落ち着くのを待って、ライトは優しくシェーラに詫びる。
「すまない、許してやってくれ。ヒナタさんはコーシローの大事な幼馴染みなんだ。
彼女が行方不明になってからずっと、心配していたんだ」
「そっか、そうよね。森で蹲ってたヒナちゃんを保護して、話が聞けるようになるまで随分掛かったんだもの……」
「で、ヒナタさんは無事なのかい? 何処にいるのか判る?」
シェーラは暗い顔で首を振った。
「まさか、そんなッ」
愕然とするコーシローに、シェーラは慌てて否定する。
「違うのッ!!! 判らないのよ。今日、ヒナちゃんをお家へ返してあげようって事になって、仲間と一緒に森の中を移動していたの。
そうしたら、突然、アイツが襲ってきて―――。
仲間とも散りじりになって、その時ヒナちゃんともはぐれてしまったの。アイツは私を追い掛けてきたから、上手い具合に反対方向へ逃げてくれてれば……」
と、シェーラは言葉を濁す。
「じゃあ、ヒナタさんから聞いた話の内容を教えてくれないか? 何か手がかりが有るかも知れない」
「ええ、良いわ。ヒナちゃんは、声を聞いたんですって。何だかとても悲しい声。泣いてるような、うめいているような、そんな声。
で、いつからか、その声が自分を呼んでいるような気がして、ある日誘われるように森の奥へ
入ってしまったんだって言ってた。
そこで、あの怪物が仲間を―――妖精を食べているのを見て我に返ったって。
怖くなって、森の中をメチャクチャに逃げて逃げて走れなくなって、蹲ってる所を仲間が見つけて保護したの。
錯乱していたヒナちゃんを、何とか私達の結界の中へ連れて行って、果物や木の実を食べさせたり、怪我を手当てしたり……。
漸くヒナちゃんから話が聞けたんだけど、私達妖精だけじゃアイツには太刀打ちできないでしょ?
それで、お祖父ちゃんは何処かのヒトにアイツの事を退治してくれるように頼んだらしいんだけど、そんな人間、何処にいるのよ?!
大体、私達妖精の為に動いてくれるヒトなんて居る訳ないじゃない!!」
ふと、ライトの脳裏にもう一人の宿泊客である“彼女”が思い浮かぶ。
が、いや、まさかね……。と軽く頭を振って追い祓う。
「そんな事ないよ」
何か悪い思い出でも有るのだろうか? シェーラは酷く頑なな言葉をぶつけてくる。
「あるってばッ!」
「俺も一応、キミの事助けたんだけど、それも違う?」
「う……」
助けて貰ったのは確かな事実だ。だが、まだ何処かでヒトへの不信感がぬぐい去れないのも、事実だった。
「だったら、あの怪物を退治してよ! ヒナちゃんだけじゃなくて、私達妖精も助けて!
退治してくれたら……、信じてあげても、いいわよ?」
「ああ、判った。俺は俺の全力を尽くしてあの化け物を倒そう。ヒナタさんと、君達妖精の平穏な生活の為に」




