3-3 美女と妖精
例え英雄と言えども、女湯を覗いてはいけませんよね~という話。
夕食を終えた後、ライトはもう一度ゆっくりと露天風呂に浸かっていた。空を見上げると晴れ渡った夜空にぽっかりと丸みを帯びた月が白く輝いている。
「明日ぐらい、丁度満月かな……」
言ってから、此処の月は満ち欠けするのかな? と考え込んでしまう。とは言え、大して気に留めるまでのものでもない。すぐに失念してしまうと、またぼんやりと湯に浸かる。
と。高めの生け垣で区切られた向こうから、水音が聞こえた。
ぱしゃぱしゃ。
それまでの音とは明らかに違う音。動きのある音だった。
『何だろう?』
無性に気になって、そおーっと生け垣の向こうを恐る恐る覗き込んでみる。
そこは、男湯を一回り小振りにしたような露天風呂があった。
ちゃぽん。
湯煙の中に人影が動いている。
『え?』
ほっそりとしたその人影は湯船の真ん中程まで歩いて行き、何故かそのまま佇んでいるようだ。
湯に浸かるでもなく。
『も、もしかして女の人じゃないのか? 覗いてるのがバレたら、かなりヤバくねーか、俺?』
心の中で自問自答しながらも、目が離せない。
湯煙越しに見える“彼女”は、長い髪をまとめてアップにしているのが分かる。
そう言えば、シェリルもよくそうしていたのを思い出した。とはいえシェリルの場合は色気なんかとは全く無縁だったけど。
その時、何か小さな影がふよふよと彼女に近付いて行く。
『な、何だ、アレ?!』
思わず声を上げそうになるのを必死で堪えて、凝視する。
「―――――さい、―――――て……。―――――?」
「――――――――――」
か細い話し声が聞こえる。でも、あまりに小さすぎて内容までは聞き取れない。
「そ―――――。」
さぁ、と湯煙がいきなり退いた。直に見る彼女は、とても綺麗だった。
遠目にも分かる、透き通る白磁のような肌、男性の目を釘付けにして離さない女性的なボディライン。すらりとした手足。
『う、うわーーーーーーーー。やば、鼻血出そうかも////』
一方、小さな影だった方を見ると……なんと、妖精みたいだ。
ライト自身、一点物の画像やピンぼけの記録画像でしか見たことがない、ある意味かなりレアな種族である。
この、グリーンウッドにも先住種族としてそれなりの数が住んでいる、とされている。
なんとも曖昧な話だが、この妖精と言う種族の閉鎖性は半端ではない。
不思議なチカラを持つ彼らは、自然の豊かな森に集団で住み、己のテリトリーに結界を張り他者の侵入を防いでいるのだという。
それも『はぐれ妖精』と呼ばれる、ほんの僅かに確認された森から出て生きる妖精から聞いた数少ない情報だ。
だから、未だに「妖精」は謎の多い種族として認識されている。
『その「妖精種」がこんな人里へ出てくるなんて。いや、それ以前に人間なんかと話をするなんて!』
呆気にとられながらも、逆に興味が湧いてきた。
「――――――――――」
「どう――――――――?」
一体何を話しているのか? 聞こえないのが口惜しい。
「――――――――」
「あの……―――、――――――?」
目を見開いて、その不思議な光景を見つめていたのに突然、視界が真っ暗になった。いきなりだったので、つい、生け垣を掴んでいた手を離してしまった。ついでに足まで滑らせてしまって。
ばっしゃ―――――ん!!
次の瞬間には、ド派手な水音を立てて、湯の中にダイブしてしまっていた。
『や、やべぇぇぇぇ―――――ッ!!!!!』
大慌てで脱衣場まで駆け戻る。体を拭くのもそこそこに猛ダッシュで自分の部屋へ。
部屋へ帰り着いてふと見ると、奥の部屋に布団が敷いてある。眠いわけでは無かったが布団に潜り込んで頭までひっかぶる。
どきどきどきどき。まだ胸の動悸が収まらない。
あ~~~、どうしよう。覗いてたの、バレたんじゃねぇかな?
それにしても、すっげースタイル良い人だったなぁ。「目の保養」ってのは、まさしくこーゆー事だよな~。―――――じゃなくて。明日、素直に謝ろう。
いつの間にか、眠入ってしまったようだ。ライトにしては珍しく寝過ごしてしまった。早くに起きて聞き込みに廻ろうかと思っていたから、出鼻から大きく挫けてしまった感じだ。
……その前に、あの人に謝らないといけない。
昨日は泊まりの客は俺ともう一人だけだって言ってたから、多分あの人はそのもう一人のお客さんなんだろう。まだ、旅館内にいるかなぁ? 観光に出てると逢えないかも知れない。
身だしなみを整え、遅めの朝食を取りに食堂に出ると仲居さんに笑われてしまった。
「随分ごゆっくりでしたネェ。何や、朝早ぅからボンがオロオロしながら待っとりましたで?」
“ボン”と言うのは“坊っちゃん”が鈍った言い方らしくて、コーシロー君の事をさすらしい。
「―――うぅ、やっぱり。だったら、起こしてくれれば良かったのに……。
ああ、そう言えば、もう一人のお客さんって、ひょっとしてスタイルの良い、髪の長い若い女の人?」
人懐っこそうな仲居さんに、念の為確認しておく事にした。もし、お客さんじゃなかったら、誰だったのか探さないといけないし。
「あれ、良ぅご存じですねェ? あのお客さんは洋館の方にお泊まりやのに、何処で逢わはったんですか?」
ゴホゴホッ。当然、“風呂を覗いた”なんて言えやしないから、思わず咽せた。
「ちょ、ちょっとね。すんごい綺麗な人だなぁって思ってさ」
と、ライトが言葉を濁して話を逸らそうと振った言葉に、仲居さんはその思惑通りに乗ってきてくれた。
「あー、あれは“せんちめーとるめじゃー”ってヤツやで、お客さん!」
したり顔で、うんうんと頷きながら話してはいるが、ライトにはてんでさっぱり意味が分からない。
「―――――は? せ、せんちめーとる……何?」
「いややわ、お客さん。若いのにそんな事も知らんやなんて。
ほら、失恋とかした時にする、傷心旅行って言うやつやないですか~」
自分の事ではないのに、うっとりと頬を染め両手をしっかり胸の前で握って、明後日の方向を眺めていたりする。
「オバチャン、それを言うなら“センチメンタルジャーニー”じゃ……(それにしたってもう、かなり死語のような気がするぞ?)」
「まぁ、そぅとも言うかねぇ?
きっとね、あのお客さんは恋人を不慮の事故で亡くさはって―――あんな別嬪さんが振られたりする訳あらへんし―――そんで、二人の思い出のこの星へ今は亡き愛する恋人との切ない記憶を捨てにもう一度、でも今回はたった一人で来やはったんやわ~」
年かさの仲居はもうすっかり『マイワールド』を展開してしまっている。
切っ掛けを作ってしまったのはライトだが、流石にこうなってしまっては付き合っていられない。
「じゃあ、彼女、観光に行ってるの?」
「早ぅに朝食を済まさはって、暫くしてから観光ガイド持って出掛けやはったみたいですよ?」
やっぱり、出足が遅すぎたみたいだなぁ、とライトが後悔していると、ドリー夢好きな仲居は思い出したように付け足した。
「そう言えば、出て行きはる時に、何や、ボンと喋ってはったねぇ」
「え、ホント? じゃあ、聞いてみるよ」
朝食を済ませ、コーシロー君を探しに行くと、正面玄関脇でボコボコの車を磨いていた。
「コーシロー君、随分遅くなってしまって、申し訳ない」
近寄っていた事に少しも気付いていなかったらしく、コーシローはハッとしたように振り返った。
その顔には、あの、グルグル瓶底眼鏡がない。
「お、おはよう、ご、ご、ございますっ!!」
ガバ、と頭を下げた。暫くして、上げた顔をまじまじ見ると、結構二枚目だ。
「な、な、何ですか?」
「―――メガネ、ない方が男前じゃないか。どうしてあんなメガネ、いつもかけてるんだい?」
「……ぼ、ぼ、僕、ひ、ひ、人の視線がこ、怖くて……。で、でも、サ、サングラスだと、お、お、お客さんにも、い、印象悪いし。さ、さ、さ、さっきもお客さんに、な、な、ない方が、い、良いって言われたんですけど……」
恐縮しきり、なコーシローだが、何となく顔が赤いのは気のせいではないようで。
「お客さんって、ひょっとして、ちょー美人な女の人?」
「そ、そ、そ、そうですッ! さ、さ、三時間程前に、ゆ、行方不明になってる人の事を聞かれて……」
「行方不明?!」
ドリーマーな仲居さんが言ってた事も、強ち間違いでもないのかも、と内心オバチャンに謝りながら、ライトは急にあの美人のお客さんが心配になってきた。
下手をすれば、行方不明者が一人増えてしまう事にもなりかねないからだ。
「どんな事聞かれたんだ? 詳しく教えてくれ―――――」
コーシローが聞かれた内容を要約すると、まず行方不明事件を知っているか? と言うこと。
素直に幼馴染みが当事者だと答えると、いつ頃居なくなったのか? また、どんな様子だったのか? と、随分細かく聞かれたそうである。
「う~~ん、益々笑えない話になってきちまったなぁ。
こーなってくるとマヂで恋人とか肉親とか、行方不明になってる人を捜しに来たっぽいよなぁ」
見たトコ、『ごく普通の(かなり美人でスタイルの良い)女の人』にしか、ライトには見えなかった。
「あのさぁ、彼女、何かこう、銃とか、剣とか、そんなモノ持ってなかったよな?」
「え、え、ええ。て、て、手荷物らしき物は、と、と、特に何も……」
話によると、軽装も軽装。白い清楚なワンピースに、小さなショルダーバック、後は観光ガイドを
持っていただけだったそうで、どう考えても“どっかのエージェント”だとか、”冒険者資格持ち”だなんて、とてもとても。
「で、彼女、どっちに行った?」
「は、はぁ。も、も、も、森の周りを歩いてみると、い、い、い、言って……」
確か、コーシローの幼馴染みもフラフラと森へ入って行くのを最後に目撃されて居るという。
やはり、事件の鍵は森の中に有ると見た方がいいだろう。
「あああ、そ、そう言えば!!」
「き、急に大声出すなよっ! 吃驚するなぁっ」
自分の思考に入り込んでいた時に、コーシローが突然大声を上げたものだから、思わずビクついてしまった。
「お、お、お、お客さん、へ、変なこと、い、言ってましたッ!
ゆ、ゆ、ゆ、行方不明に、な、なった人は、き、き、消える前に、な、何か言ってなかったかって。き、聞かれた時は、お、思い出せなかった、ん、で、で、ですけど……」
「何か? ―――で、幼馴染みは何か言ってたのか?」
「は、は、は、はい! た、た、確か『こ、こ、声が聞こえる』って」
―――――声?
昨夜見た妖精の事も手伝ってか、より一層“疑惑”は森に集中している気がしてならない。
「何にせよ、彼女を見つけるのが先だな。行方不明者が増えるのも御免だし。
何より、彼女は何か、まだ俺の知らないことを掴んでるらしいしな」




