《過去編》 4-9 邂逅2/小さな処理者 スタン その4
スタンとカイエの双子の弟、カイリとの出逢いの話。
09.邂逅2/小さな処理者 シュターニスラウス・オーベルシュタイン その4
■ 弟 カイリ ■
いやいや、今日は結構見識を広められた日だぜ。おっそろしい能力者とも出会うし。
ホントーに、宇宙は広い。
それにしても……あの子には幸せに生きて欲しい。オレは滅多に他人の幸福なんざ、願ったりしねぇが、彼女には……幸せであって欲しい。―――本当に。
さてと。聞きゃあ、まだウチのガキん子が検査を受けてるらしいんで、部屋へ戻りがてら覗いてやるとしよう。
あぁ、オレ様ってなーんて優しーんだ♪
案内してくれるというのを丁重に断って、また一人で通路を歩く。
何となく、一人になりたい気分だったし、またカイエと逢えねーかなぁなーんて、ぼんやり考えてた。
そんな時だ。何かの気配を感じた。混沌とした? 曖昧で判然としない気配。
害はっ? ……取り敢えずなさそうだから、そのまま、また前を向いて歩き出した。
なのに……嫌な感じが消えない?!
何なんだ、この感じは?
立ち止まって後ろを向いたその時。そこには……見た事もないバケモノがそびえ立っていたッ!!
「な……な……?!」
情けねぇが、腰が抜けた。オレ様は商売柄と年の功で、まぁまぁ色んな事を知ってると自負してる。実際たくさんのものも見てきた。そのオレ様でさえ、こんなバケモノは初めてだ。
見る者に生理的嫌悪感を抱かせる形状、何かが強い酸で溶けるような異臭、至る所から滴り落ちている濁った黄色い液体……。
「何なんだ、コイツはッ!!」
そいつは、事も有ろうにオレ様に襲いかかろうとしているらしい。
「……や、やべぇッッ!?」
こんな時、魔法使いってのは不便かも知れネェ。咄嗟に魔法の詠唱やら、動作が間に合わねぇからだ。
「伏せてッ!!」
知らない、子供の声がした。反射的に体を伏せる。
頭を抱えて一瞬の後、小さな爆音が聞こえた。
すぐに凄絶な悲鳴(?)が響く。
バケモノを見上げると、上の方の部分が吹き飛んでいる。炎の精霊が動いた所を見ると、精霊魔法を使ったのだろう。
「キミの相手は、ボクだよ……!」
バケモノの影から華奢な影が走り込んできて、その小さな背にオレ様を庇った。
白いシャツ、黒いネクタイ、黒い半ズボン……葬儀帰りのような服装。一瞬でオレ様はこの少年がカイエの弟だと確信した。
「怪我、ないですか? ……御免なさい、お客さんなのに危険な目に合わせちゃって……」
「……あ、ああ」
オレ様はてっきり、もっと自分の能力を鼻に掛けた高慢ちきなガキか、歪んだ暗い性格のガキかと、勝手に想像していた。けどこいつは……全然違った。
「立てますか? 少し、離れます」
「あ、ちょ……待ってく……」
お恥ずかしい話だが、この時はまだ腰が抜けたままだった。
少年はオレ様の状態を見抜いたのだろう、お姫様だっこすると跳躍した。
7、8m離れた場所に降り立つ。明らかに精霊力が働いている。
しかし……。
「スタンさん、ですよね? ボク、……」
「カイリ君、だろ? オレ様も、カイエちゃんから聞いてるよ。大事な弟だってね」
その時初めて、カイリ少年は表情を崩した。照れ臭そうな、でもとても嬉しそうな、見ているオレ様まで暖かくなりそうな笑顔だった。
『気を抜くな、カイリッ!!』
誰かのえっらそーな怒鳴り声がした。
バチバチバチッ!! 間髪おかずに鼓膜に悪そうな派手な音が炸裂する。誰かがオレ様たちにバリアのような物を張って、バケモノの攻撃がそれに当たった音だ。
「黒龍!!」
真っ黒いヘビのお化けみたいのがカイリ少年の傍らへと飛んできた。
……こいつが『術龍』……ッ!!
『間に合ったようだな……しかし、お前らしくないぞ! 戦闘中に気を逸らすなどと』
「ごめん……もう、この子で最後だと思うとついホッとしちゃって。さ、……行くよっ、黒龍!!」
精霊力が………集中してくる?!
なんて、数だ……っ。10万……、いや12万、もっとだ。
この数の精霊が、契約も無しに無条件で力を貸すなんて?!
『ああ、カイリ。こんな事は早く終わらせよう』
黒龍と言う名の偉そうなそいつは霧状に変化し、カイリの左手辺りで再構成する。
剣……いや、刀だ。黒い、美しい刃紋を浮かべた刀へと変貌する。
そいつは……本当に純粋な「力」だった。その根源には確かに精霊力があるのだろうが、こいつにはもっと超越した普遍的な「力」を感じる。
オレ様が見た「術刀」は、誰も扱う者が居ない為に保管されていた赤い刀身の刀で、休眠状態に有るのだという話だった。
それでも、ケースの外に伝わる「力」は膨大で、こんなモンを扱える奴が居るなんてオレはちょっと半信半疑なぐらいだったんだ。
だが……この黒龍ってヤツは発動状態だからって訳でもないだろうが……突き抜けている。
あん? 何がって? 今更聞くなよ。決まってんだろ、『力』が、さ。
赤の刀なんて、比較にもならない……それほどの強大な『力』だ。
「“立方結界”!!」
少年の澄んだ声に呼応するように、バケモノが透明な立方体のようなものの中に閉じこめられる。
複雑な精霊力の組み方でのみ創り出すことが出来る“結界”だ。
本来、各精霊魔法の少なくない数の術者と、入念な準備を伴う筈のその結界を、少年はいともあっさりと創り出した。
……そうだ。コレが、全精霊の力を使えるって意味の一端なのだ……。
「黒龍、力を貸して……空間を完全封鎖する。あんまり物壊すと設備部の人に悪いから」
『ふっ、いつもの事だ。了解している』
光の輪が幾重にも幾重にも結界を包み込んでいく。
しかし、球体が光に包まれた時、既に肩で息をしていた少年は、とうとう片膝をついてしまった。
「お、おい、大丈夫か……? 無茶だッ、こんな力の使い方は!!」
超々膨大な力の負荷に、肉体が耐えきれないのだ。悲鳴を上げ、きしんでいる。
「……へ……平、気……それより、この子を……早く、楽にして、あげないと……」
何、だと……? 今この子は、なんて言ったんだ? 『早く楽にしてあげないと』、確かにそう言った。どう言うことだ? このバケモノは、一体?
「ハァ……ハァ……ゴメンね、こうしてあげるしか……ボクは……ハァ、ハァ……キミを、楽にして上げられない、んだ……ハァハァ……」
よろよろと立ち上がり、ぎゅっと踏ん張るとその身に余る刃を握り直した。
「“浄化”ッ!!」
刀を結界へと突き刺した瞬間、結界内で高密度のエネルギーが小規模な爆発を起こし、そして、一気に、一点へと、急速に、収斂する。
ごく小さな光の珠までになった時、少年がその小さな手の中へとおし包んだ。




