《過去編》 4-3 ほろ苦しきは憧憬の思い リョウヤ その1
リョウヤが出席した葬儀で、出逢った子供達の話。
03.ほろ苦しきは憧憬の思い リョウヤ・ヒイラギ その1
もう、帰ることもないと思っていた。
その生まれ故郷へ戻った俺を待っていたのは、遠い親戚でもあり恩人でもあり、また故郷一の強者と呼ばれた人の死の知らせだった。
最初聞いた時は、到底信じられなかった。あの人が、そこに存在しない事が。そして、継承していた最強の術刀『紫之鋼』とともに、消息を絶って既に2年が経過している事も。
あの人……シュウガ・ミカナギが組織を裏切るような男ではないのを、俺は知っている。
それどころか、シュウガさんは歯がゆい位に組織に忠実な人だったのだから。
俺にとって、シュウガさんは全てに於いての師だった。そして十二年前、道を違える俺を一番理解し、影に日なたに支えてくれた大恩人だった。
そう、俺は組織が始まって以来初めての『合法的に』脱退した人間。
勿論、苦労が無かった訳ではない。
シュウガさんや、彼と双璧と謳われるサヤカゲさんという実力者、また組織の長老が理解を示してくれたお陰で今の、自由に生きている俺が居る。
翌日、遊び盛りのディーには悪いが、部屋で大人しくしているようにきつく言い置いて(下手に出歩かれて、怪我でもされたら大変だしな……)シュウガさんの葬儀の手伝いに出かけた。
葬儀の準備といっても、遺体も遺品もない形だけの物だ。
その席上未だに、俺を裏切り者でも見るような目であからさまに睨み付けてくる人間がいる。
或いは、羨望の眼差しで見つめる目があるのも事実だった。
身内だけの葬儀と言うことで、簡素な祭壇には申し訳程度に白い菊が飾られている。
真ん中にはいかにもID証明用と言った感じの写真に黒いリボンが掛けられて置いてある。
それにしても……あんなに人望があったシュウガさんの葬儀にしては、参列者が酷く少ない。
生前、シュウガさんは長直属の戦闘集団に在籍していたのだが、長は一度も姿を見せなかった。
それどころか、親友であり好敵手でもあるサヤカゲさんもやっては来なかった。
あれ程、切磋琢磨しあい仲の良かった親友同士でも時の流れの前には唯の他人なのか……
俺の胸の中で何かが痛んだ。
僧侶の読経の最中、喪服に身を包んだ子供が二人葬儀場に入ってきた。
二人とも、非常によく似た顔立ちの、一見して一卵性双生児と分かる少年少女だ。
少女の方が係員をしている大人に話しているのが聞こえた。
「……ゴメンなさい。カクヤが泣いて、そのまま疲れたのか眠っちゃって……」
「そうか……仕方ないな、カクヤはまだ小さいから。じゃあ二人は前の、あの空いてる席に座って」
二人は頷くと、遺族を意味する場所にあるパイプ椅子へと無言で腰掛けた。
………あの子達は、一体? それに、あの子達の顔は……っ。
彼らの顔に、見覚えがあった。いいや、見覚えどころじゃない。忘れられない顔が、そこにある。
………シズカさん…。
美しく長いストレートの黒髪が印象的な、術魔法の大家・中御門の美人姉妹―――その妹。
憧れに似た淡い感情。そのほろ苦い想い出の中に棲む彼女の面差しそのままの子供達。
………どう言うことなんだ? 俺は、二人を観察してみる気になった。過去の想い出の中に眠る面影がそうさせたのかも知れない。
後から思えば、『彼ら』に懐かしいと言う以上の予感めいたものを感じていたのかもしれない。
お姉さんらしい少女の名前はカイエ。ふんわりと緩くウェーヴのかかる淡いピンクの銀髪に真紅の瞳、抜けるように白い肌。
先天的な色素欠乏症にも見えるが、それにしては―――。黒のワンピースは半袖でスカートも短く直射日光を避ける風でもない。
そして何よりも、少女から受けるこの魔的圧力の凄まじさは何だ? 組織を抜け、その素質を失ってしまった自分ですら息苦しさを感じる。
魔力では並ぶ者のいない中御門の当主でさえ、これ程強大な力は持っていないだろう。
一方の、落ち着いた雰囲気の少年は弟でカイリと言うらしい。この暑い中、几帳面に黒いネクタイを締め、キョロキョロしている姉とは違いじっと座っている。
彼は、およそ姉とは正反対の容姿をしていると言っていい。ストレートの、少し長めの髪には淡く青が入っていて、瞳は深い色を湛えた蒼。
肌は、軽く日に焼けているけれど本来はカイエと同じように白いと思われる。
彼からは……圧力と言ったものは感じなかった。しかし、「普通の人間」というには、彼から感じる違和感が大きすぎた。
彼は、「風」をイメージさせる。それも、何故か「夜」吹く風を想起させた。
冴え冴えとした月光の下、湖面を渡る肌に冷たい風。
自分でもあまりに具体的な絵が浮かんできて思わず苦笑する。
どちらかというと、彼の方が想い出の中の面影に似ている。
顔立ち以外にも、雰囲気などからそう感じるのだろうが、一度そう思ってしまうとなかなか彼から視線が外せなくなっていた。
………これじゃあ、まるでアブナイ人みたいだよなぁ。
と、内心思いつつも見つめていた。焼香が始まって、横を通り際にもちらりと横目で盗み見る。
近くで見れば見るほど、そっくりだ。彼の髪と瞳を黒くしたら幼いシズカさんが出来上がる。
ふと、目が合った。
「………」
唐突に、彼がふぅわりと微笑んだ。理由は分からない。
それでも、その笑顔はセピア色だった想い出に鮮やかな色彩を与えるに十分だった。
少年の頬へ手を伸ばしていた。
「―――キミは……」
「シュウガ・ミカナギの息子でカイリと言います。こちらは双子の姉のカイエ。
本日はお忙しい中を亡き父の葬儀にご出席いただき、ありがとうございます。」
弔問客へのしっかりとした対応。まだ年端のいかない子供とは思えない程だ。
「……泣かないんだね、カイリくん」
「ここには、父は居ませんから。」
きっぱりと話す少年の言葉に、愕然とした。
そうだ。俺は何を勘違いして居るんだ? シュウガさんは、行方不明であって決して死亡ではない。
今回の葬儀は一定期間以上消息不明の者は戸籍上「死亡」とされるが故の形だけの葬儀なのだ。
「信じているのかい? お父さんが生きていると」
子供らしい大きな瞳がすぅと細められる。
「……分かりません。でも『真実』は、唯待っているだけでは誰も教えてはくれないから。
……そうですよね?」
大人びた顔だと思った。下手な嘘などすぐに見透かされそうだ。
「そうだね。俺も、あの人が死んだなんて、とても思えない。」
「……だから、いつか自分で探します。自分の気が済むまで」
「それがいい。シュウガさんもきっと待ってるよ、見つけてくれるのを」
「―――そうかしら?」
横から厳しい少女の声がした。
「あなたは、『出て行った人』だから知らないのよ。
あの男が、どんなに私たちを……いいえ、カイリを憎んでいたのか」
………憎んでいた、だって?
「……カイエ。」
諫めるようなカイリの言葉にも、勝ち気そうな少女は黙らない。今までの、重く鬱積していたモノを一気に吐き出すかのようにまくし立てる。
「愛する者の命を奪った『バケモノ』……あの男は、カイリをそう言ったのよ?!」
「カイエっ!」
「バカよ、あんたはっ! あんな事言われて、それなのにあの男の事『父』だなんて……!
私は……絶対許さないわ。もし、何処かであの男がのうのうと生きているなら、私がこの手で殺してやるから。」
少女はそう一方的に喋り、
「私、先にラボに戻るっ」
と言い残すと忌々しいと言わんばかりの視線を遺影に投げつけ、ぷいとその場を後にした。
少女の剣幕に呆気にとられていた俺は、カイリ少年の小さな溜息で我に返った。
「……すみません。姉は父をその……、あまり好きではなかったので」
「そのようだね。少なくとも俺の知っているシュウガさんは自分の息子に暴言を吐くような人じゃなかった……」
また、胸が痛んだ。時の流れと多面性―――。
俺は、いつのまにか想い出や故郷を美化しすぎているのだろうか?
「……仕方ないんです。事実ですから」
項垂れて少年は肯定する。何に対するものか図りかねて、俺は言った。
「良かったら、聞かせてくれないかい? 話して気が楽になることもあるかも知れない」
「いいえ。これは、ボク達の問題ですから。
それに、当事者のボクが話しても主観でしかお話しできませんし」
やんわりと、しかしきっぱりと丁重に断られてしまった。俺は、多少下世話な好奇心混じりに言ったのを後悔した。
「……そうか。立ち入った事を聞こうとしたよ。悪かったね」
「いいえ。ボク達こそ。ご気分を害してしまったみたいで、すいませんでした」
謝罪を口にし、ぺこりと頭を下げる。
そこへ彼を呼ぶ声がかかり、カイリ少年はもう一度俺に軽く会釈すると呼ばれた方へ行ってしまった。
「………」
俺は……少なからず、胸の痛みを引きずりながら葬儀場を後にした。




