2-11 サプライズ
なんか知らない所で事態が進んでる……話。
去月のありがた~い忠告に従い、宇宙港近くの花屋に立ち寄った。
お見舞いに持って行く旨を伝えて、店員さんお任せで花束にして貰った。
さすがにプロだ。彩り良く纏められていて、香りのキツイものなどは無い。
まぁ、その後わざわざ奥から色紙を持ってきてサインを頼まれたのは予想外だったけど。
病院は宇宙港から少し離れた場所に建てられている。郊外型の、最新鋭の設備を備えた大病院だ。通りを挟んで向かい側には大学もあるとの事だった。
オートパイロットの巡回キャブを降りると、目の前に清潔感あふれる建物が緑溢れる山を背に、辺りの自然に馴染むように建っていた。
中に入るとゆったりとしたホールで、正面に受付がある。
患者である氏の孫のフルネームをきちんと聞いていないので、ペシャワール氏のお孫さんに面会に
来たと告げると、言伝があったようですぐに病室を教えてくれた。
教えられた階でエレベーターを降りると、そこは一般病棟のようだ。不治の病と言っていたから、てっきり特殊病棟だと思っていたんだが。
すぐ横に有った案内板で病室の位置を確認していると、不意に名前を呼ばれた。
「あ! ライトさんだ!!」
子供の声。
え? と思って声の方を見ると、車椅子から立ち上がって手を振っている男の子と、寄り添っている初老の男性―――ペシャワール氏だ。
「ああ、こ、これ……ルーティッ」
ペシャワール氏の制止も聞かず、少年は駆け寄り抱きついてきた。
「本当に来てくれたんだッ!! 嬉しいなぁ!!」
満面の笑顔で喜ぶ少年が、漸く写真で見たのと同一人物だと理解する。
想像していたよりずっと元気だし、表情があまりにも違いすぎて。
「えーと、初めまして。ライト・エルズワースですって、知ってるよね。
何言ってんだろ、俺。全く。―――っと、コレ、プレゼント」
と、花束と去月から貰った包みを渡す。
「うわぁ、ありがとう!! 良い匂い~。ね、ライトさん、こっちはお菓子でしょ? 甘い美味しそうな香りがするもの!」
本当に嬉しそうに笑う少年。そこへ看護師が彼を探しに来たようだった。
「ルーティ君、憧れの人に会えて嬉しいのは分かるけど、そろそろ 次の検査の時間よ」
「え~~~、朝からもずうっと検査だったのに、また検査なの~?
ん~、もうちょっとだけ! 良いでしょ?!」
ライトの腕にしがみつくようにして、少年はライトと看護師、祖父の顔を見比べている。
「もー、仕方ないわねぇ。ナイショだけど、ここの所の検査の結果が良かったら退院出来るんだから。もう少し我慢してちょうだい、ルーティ君」
「え?! ホントなの?! お祖父ちゃん、ボク、お家に帰れるの?!」
目を丸くしている少年に、ペシャワール氏は優しい顔で何度も頷いている。
「そうよ~。だから、良い子にしてほしいな~」
「……でも、せっかくライトさんが来てくれたのに……」
しゅんとなってライトを見上げる少年は、本当に元気そのもので、一体何がどうなったのか全然分からない。この子は不治の病で、余命半年と言ってなかっただろうか?
「すまないね、ルーティ。お祖父ちゃん、ライトさんと大事なお話があるんだよ。
今日だってお忙しいのに、ルーティがあんまりせがむものだから、わざわざこちらまで来て頂いたんだぞ?」
大好きな祖父の言葉に、少年はすっかりしょげてしまったようだ。しかし素直に手を伸ばしている看護師の方へと歩いていく。
「はい、イイコね。じゃあ、お花とお菓子は病室へ持っていっておいてあげるからね」
看護師と手を繋いで検査へと向かいかけて、振り返った。
「ライトさん! 今日はありがとうございました! また、会いに来てくれますか?」
「ああ、勿論。キミがちゃんとイイコにしてたらね?」
そう言って笑ってみせると、ルーティは眩しいくらいの笑顔で頷いた。
「うん、ボク、天使様とも約束したもん! しっかり頑張るから! じゃあね、ライトさん!!」
ぶんぶんと手を振って、看護師と共に病棟の角を曲がって行った。
* * *
挨拶を交わした後、廊下ではなんだからと今は主の居ないルーティの病室へと場所を変えた。
「一体何がどうなってるんですか……?」
ライトの、ペシャワール氏への第一声。全く訳が分からない。
「はぁ……実の所、私も詳しい事はさっぱりなのです。
昨日突然担当の先生からご連絡を頂いて、慌てて息子夫婦と来てみると先程のようにすっかり元気になった孫がニコニコ笑っておりまして……」
恐縮しきりといった様子の氏に、ライトもどう返事をした物かと考えあぐねる。
「そう言えば、さっき彼が『天使様と約束をした』とか言ってましたが?」
氏に原因が分からないのなら、他に気になった事を聞いてみる。
「ああ、そうなんですよ。孫が言うには一昨日の夜、二人の天使様がやって来て“良い子にする”という約束をして、病気を治して貰ったのだと―――。
余りに非現実的なので夢でも見たんだろうと言う事になって居るんですが……」
二人連れの天使様? 何か、すっげぇ引っかかるんだけど……。
「この病院は特に夜になると、セキュリティが強化されるようになっています。実際、内外共に監視カメラやセンサーが至る所に設置されております。
そのどれにも、侵入者などは記録されておりませんし、怪しい人影なども有りませんでした。
警備員も警報は鳴っていないと断言していましたので……。結局は孫が夢でも見たのだろうと」
困惑げにそう話してくれるが、氏としては、孫の病気を治してくれたとあれば、天使だろうが悪魔だろうがどっちだろうと構わないのだろう。
それでも、孫が言う事は信じてやりたいという事か。
「お孫さんは……その、二人の天使の特徴は言ってませんでしたか?
例えば、一人は長い黒髪で黒い服を着た、ざっくばらんに話す女性だとか?
もう一人は青い長い髪で、色が白くて胸の大きな女性だった、とか?」
氏はポカンとしてライトの言葉を聞いていたが、途中から目を見開く。
「そ、そうです!! 天使様は『黒い髪のオバサンと、青い髪のおねぇさん』だと……!!
ライトさん、もしかしてこの二人をご存知なんですか?!」
―――ああ、やっぱり。
「あー、じゃあ、夢でも見間違いでも無いですね。今回の仕事で知り合った方達ですよ。
二人とも、悪い人じゃ有りませんから安心してください。
特に黒髪の女性は、宇宙に名だたる三大賢者のお一人ですから」
流石にペシャワール氏は目を白黒させている。三大賢者と言えば、普通の生活を送る人々からすればそれこそ“生きる世界が全く違う、物凄く賢くて偉い人”なのだから。
「えッ―――?! そ、そんな方が何故孫の病気を……?」
「では、ご依頼の報告としてお話しいたします。俺としても、今回その二人には随分と世話になったので、その方が話し易いですし。それでも構いませんか?
勿論、後程報告書はお渡ししますが」
「はい、それで結構です。では、お願い致します」
ペシャワール氏は、ライトの提案に一も二もなく承諾した。
* * *
途中、さっきの看護師さんが花束とお菓子の包みを持ってきた以外、病室を訪れる者が居なかったのは、話の腰を折られなくて助かった。
「―――とまぁ、そんな次第で手に入れたのがこちらになります。かつて『犠牲の心血』だったもの……と言った所でしょうか?」
経過説明を終え、持ってきたルビーを包みから出す。少しくすんだその赤い石は、もう何の害も及ぼさない只の石だ。
「申し訳ありませんでした。折角のご期待を裏切る結果になってしまいました」
やはり、今回何の役にも立たなかった事がやりきれない。
「何をおっしゃるのです、ライトさん! 私の方こそ、こんな老いぼれの世迷い言のような依頼を真剣に聞いて頂いて、大変感謝しておるのです。
それに、結果論とは言えライトさんは依頼の品を手に入れて下さいましたし、孫の病気まで治して頂きました。こんなに嬉しい事はありません―――!!!」
ライトの手を握って、ペシャワール氏は感涙にむせぶ。
「実は、今回ライトさんに依頼することを話したら、息子夫婦に随分と呆れられ、大反対されたのです。
曰く、胡散臭い伝説の宝石などというアテにならない話で”黄金の調停者”と呼ばれる程の貴方の手を煩わせるなんてとんでもない、と。
それに、目的の遺跡というのが……エルツベルガーの若社長も話しておられたが、未開の惑星で入植調査も済んでいないというのも問題でしたし。
何よりも、ライトさんはお忙しいからまともには相手にされないだろうと……」
どーも、実物よりも随分と良い方に? 誤解されてるような気がする。そんなに忙しくはないんだけどなぁ。
「ですが、貴方は私達の予想を裏切って、二つ返事で引き受けて下さった。それだけでも、私はとても嬉しかったのですよ」
「うーん……。俺は一般的に思われている程、忙しくないんですよ。
顔が知られてメディアなんかに取り上げられる事が多いからでしょうか、どうもイメージばかりが先行しているようで……。
今回だって、あの二人が居なければコイツの元まで辿り着けたかどうかも怪しいんですから」
と、手の中に収まっているくすんだ赤い石を見る。
「では、ご依頼の品、引き渡しさせていただきます。もう『犠牲の心血』では無くなってしまいましたが、一応、宝石としての価値は残っていると思います」
そう言って、包んでいた布ごとペシャワール氏へ渡そうとするが、氏は首を振って受け取らない。
「私はもう、目的を果たしました。この宝石を受け取ることは出来ません」
「しかし……」
「ああ、いえ、ライトさんへのお礼は別に用意しております。
孫の件で昨日今日とバタバタして、生憎と今は……。後日振込と言う事で構わないでしょうか?」
「いいえ。今回俺は何の役にも立っていませんから、報酬は受け取れません。この宝石も同様の理由で受け取れません」
謝礼を固辞すると、氏は微笑んだ。
「ライトさんは本当に聞いたとおりの、真っ直ぐな方なのですね……。
貴方が若くして人々から“英雄”と呼ばれる理由が分かります」
ああ、なんか、また誤解されてるような気がする……。
「では、こうしましょう! この宝石は孫の病を治して下さった賢者の方へ、私からのお礼として貴方から渡して頂けませんか?」
折衷案、という所か。確かにこのまま押し問答を続けるよりはずっと建設的だ。それに、近い内に『黒装の魔女』には挨拶がてら会いに行くつもりではあったのだし、その時にでも渡せばいいだろう。
「……分かりました。ではこの宝石はお預かりします。
とは言え、いつ渡せるかは分かりませんよ?」
「それはお任せします。私は誰よりも信頼出来る方にお預けしたのですから」
ペシャワール氏はにっこり笑っている。絶大な信頼を寄せて貰って、今度は俺が恐縮する番だった。
「しかし、賢者と呼ばれる方には、一般的に不治の病と言われるような病気まで完全に治してしまう力があるのですね」
「ええ、まぁ、そうなりますね。彼女の知識は膨大な物でしょうから」
当たり障り無くそう答えておくが、実際のところ、彼女の力と言うよりも忍者組織の技術ではないかと思う。忍者ならしっかりした医療部門もあり、研究分野も広そうだからだ。
しかし、流石に一般市民である氏に、忍者の話など出来る筈もない。連れである彼女の事は『魔女の助手』程度にぼかして話してある。
その後、ペシャワール氏が主治医に呼ばれた事もあり、纏めた報告書を渡して病院を後にした。
外に出ると、夕暮れの空がそろそろ宵闇に包まれかけている。
「さて、帰るとするか―――。船に戻ったら色々やる事もあるしな」




