2-10 それぞれの事情―――彼の場合
珍しく”こじらせた”ライトの話。
ライトの部屋まで来たが、案の定声を掛けても返事はなかった。
強制コードで扉を開けようにも、内側からプロテクトが掛かっているのか二度三度とコードを入力しても開く気配はない。
『仕方ない。ケルベロス、開けてくれ』
正攻法を諦めて、この船のホストコンピューターに直訴する。“彼”もライトの事を心配していたのか、意外にあっさりと解錠してくれた。
部屋の中は暗かった。まぁ、落ち込んで引き籠もっている人間が部屋の明かりを皓々と点しているのも可笑しいだろうが。
食事の載ったトレイをテーブルの上に置くと、ベッドの上でこちらに背を向けて寝転がっているライトに目を向ける。
『……子供か、お前は。』
返事はない。
普段こそ絵に描いたような好青年をやっているライトだが、それだけにこうして拗ねた時は質が悪い。
ライト本人は拗ねて居る訳ではないと言うだろうが、去月から見れば今のこの状態は完全に拗ねているとしか思えない。
『過ぎた事を悔やんで、やるべき事も放り出して、クルーに心配まで掛けて、拾いモノを放置して、いつまでそうやって拗ねている気だ?』
「……お前に何が判る」
取り敢えず、返事が返ってきた。彼らしくない、覇気のないか細い声だ。
『ああ、判らんな。私は貴様の母親でもなければ、ましてや貴様本人でもない。
超能力者でもないのだから、話もしないモノをどうやって分かれというのだ?』
挑発するような去月の言葉に、突然ガバッ、とライトが起きあがった。今にも泣きそうな歪んだ顔で。
「忍者だろ、お前ッ。忍者なんて、超能力者みたいなモンじゃないか!
何でも出来て、魔法も使えて、俺に出来ない事全部、出来るじゃないかッ!!」
食ってかかるライトの胸座を、去月はその細い体の何処にそんな力があるのかという程の剛力で掴み上げる。
『―――――話せるじゃないか。』
「……え……?」
咄嗟に言われた意味が分からない。
『何故私にならそれが話せて、シェーラやケルベロスには何も言わないのだ?』
声の調子が戻っている。いつも通りの、落ち着いた声だった。
『お前は、そんなにクルーである彼女たちを信頼していないのか?
シェーラは、何時まで経ってもこの船のゲスト扱いなのか?
所詮人工頭脳は、機械の作り物にしか過ぎないのか?
……違うだろう。
お前に取ってこのティンカーフィッシュのクルーは、信頼出来る仲間ではないのか』
俺は、悩みや弱みも見せられない程、心の何処かで壁を作っていたんだろうか? 信頼し、命を預ける仲間でもある彼らに―――。
『随分心配していたぞ。シェーラなど、思いあまって泣き出したからな。私に相談するくらいだから、余程の事だ』
今までのシェーラの、事去月に対する態度から考えるとかなり思い詰めての事だろう。
「……はは。何か、物凄い心配させちゃったんだな、俺」
ライトはその様子を想像してしまった。何故だか笑ってしまう。
『それから、誤解の無いように言っておくが―――――。
我々忍者とて万能ではない。それぞれに得意不得意の分野がある。
今回はたまたまお前が見た者が派遣されたが、あれは今回の任務に最適な人選でああなったのだ。
もし、任務が遺跡における敵対生物の排除などであれば、また別の者が派遣されていただろう。
尤も今回その役目は、殆どダルブーシェ師が担って下さったそうだが』
「―――――確かに凄かったな。あの炎の威力は……」
鮮明に思い出せる。有無を言わさずミイラ達を焼き尽くす、あの暴虐の焔を。
味方である筈なのに何処か恐れを抱かせる、狂乱とも言うべき炎の乱舞を……。
「じゃあ、お前にも何か不得意な分野があるのか?」
何気なく聞いてみる。すると、去月は暫く言い淀んだ後に口を開いた。
『……言葉だな。特に地域言語など、本当にダメだ。お陰で私は長期短期問わず、地域潜入系の任務は皆無だ』
意外だった。何でもそつなくこなすイメージしか無かった去月に、そんな弱点があるだなんて。
『大体、自分に出来る事で貢献すれば良いだけの事だ。出来ない事は出来る者に任せてしまえばいい。適材適所という言葉もあるだろう? そう言う事だ。
お前も、そう言う意味で忍者を巧く使えば良いのだ。お館様の言葉を忘れたのか? もっと図太くなれ、ライト』
普段口数の少ない去月が、こんなにも饒舌な迄に喋っている。あまつさえ自分の所属する組織を巧く利用しろとまでアドバイスをしてくれている。
「―――――ん、ありがと。そんでサンキューな、去月」
しかし、何故だろう。去月の言葉がこんなにもすんなり心に入ってくるのは。
確かに不得意分野を補うと言う、解決の一端にはなる話だが、己の力不足という根本的な問題は、何一つとして解消していないというのに。
それなのに、少し前まで暗くドロドロとしていた気持ちが、今は随分と軽くなっている。
そう言えば、同じような言葉を何処かで聞いた様な気がする……?
いつ? 何処で? 誰に言われたんだったか?
ズキン。頭の芯が鈍く痛む。
ダメだ。これ以上は、ダメだ。
―――――何がダメなんだ? 分からない。
デモ、コレイジョウハ、オモイダシテハ、イ ケ ナ イ ―――――。
『ほら、腹が空いているだろう。消化の良い物で揃えてある。食べろ』
自分の思考に入り込んでいた所に、突然食事の載ったトレイを目の前に突きつけられた。
少し冷めかけているが、今までそう嗅いだ事のない旨そうな匂いが大いに食欲を刺激した。
お陰でそれまで忘れていた空腹を、いやと言うほど認識するハメになった。
「う、旨そうっ! ……まさか、お前が作ったのか?」
『何故毎度そんなに不思議そうに聞かれるのかが分からんが……。
本星の忍者の修行は厨房の仕事から始まるからな。どんなに不器用な者でも、それなりに料理は出来るようになる』
何故かウンザリだと言いたげな口調の去月からトレイを受け取る。始めて見るメニューばかりだが、その匂いは物凄く食欲をそそる。
『冷めてしまったな。温め直すか?』
「いや、良いよ。旨そうだなぁ……頂きます」
一口食べてみる。実際旨い。ライトはガツガツと食べ始める。途中、詰まらせて咽せるとタイミング良く水が差し出された。
『―――――本当に、この船の奴等は手間が掛かる』
一心不乱に食べているライトの耳に、言葉とは裏腹に優しげな去月の呟きは聞こえてはいなかった。
* * *
食事を終えた後、去月から『一度引き受けた仕事は完了までやり遂げろ』とダメ出しされてしまった。
けれど。確かに依頼の品は手に入れたが、しかしこれは依頼人の欲していた“魅入られた者の
命と引き替えに、どんな望みでも叶える呪いの宝石”ではない。
今や、只の―――大きさこそ評価の対象にはなるだろうが―――そこら辺にある一般的な宝石と何ら変わらない物だ。
ペシャワール氏が望んだ、不治の病の孫を助けたいという純粋な想いには何の役にも立たない、只の宝石でしかない。
黒装の魔女の言った事は覚えているが、どうしてもライトには詭弁だとしか思えない。
しかし、気が重いからと言って仕事を投げ出す訳にもいかない。
なんとも世知辛い話だが、ライトの生業であるアクティブコンダクターという仕事は信用が売りの商売である。仕事を投げたなどと悪評が立てば、イメージも悪くなる。下手に世間に顔が売れているだけに、こういう場合は困ることが多いのも事実だ。
この場合、『投げた』よりは『依頼者の意向には添えなかったが、仕事は完了した』という方がまだ、受ける悪印象は少ないだろう。
苦い思いを抱きながらも、ペシャワール氏へと連絡する。彼から聞いている連絡先は、隠居住まいの自宅だと聞いている。
遺跡へ向かう前の連絡は、彼の星では深夜に当たる時間だった為にメールにしたのだが、先程メールチェックしてみると簡潔ながら返事が来ていた。
今回は丁度先方が昼の時間帯でもあることだし、画像付きのビジュアルホンへと掛ける。
モニタ画面とはいえ、直接相対しなければならないと思うからだったのだが、生憎とペシャワール氏は外出中なのだと出て来た執事が答えてくれた。
何でも病院へと出掛けているらしい。一瞬、写真で見た少年の顔が脳裏に浮かぶ。容態が急変でもしたのだろうか? また気分が重くなる。
それから執事は、氏からの伝言を伝えてくれた。ライトから連絡があれば『後ほど、こちらから
ご連絡を差し上げます』との事だ。
仕方がないので、了承の旨を告げてそのまま切った。
その後、起きている間には特に連絡もなく重苦しい気分を抱えたままその日は就寝した。
まぁ、ビジュアルホンを使う為に皆がいる部屋を通ったら、シェーラは勿論の事何故かアイシャにまで良かった良かったと大袈裟に喜ばれたのには参ったが。
翌朝、メールで氏からの連絡が入っていた。
『時間が遅くなってしまったので、連絡がメールになってしまい申し訳ありません』と言う内容の書き出しから始まって、ライトと知り合いになったと話した所、孫が是非会いたいとせがんで困る云々と書いてある。そして最後に、お忙しいのは重々承知しているが、もし宜しければ是非孫に会って貰えないかと書き添えてあり、依頼の報告もその時で構わないのでと結んである。後は、病院の詳細な地図と面会時間などの注意書きが添付されている。
本音を言えば、会いたくない。
その少年の病気を治す手だてを、手に入れる為に雇われたというのに、結局は何の役にも立てていないのだから。
しかし、だ。いつまでもウジウジしていたって仕方がない。
ライトは腹をくくると『(現地時間の)翌日の昼にそちらへお伺いします』とメールを返し、ケルベロスに船を任せると無理矢理寝てしまった。
銀河標準時のティンカーフィッシュと氏の住む星ではかなりの時差がある。謝りに行くのに寝ぼけ眼というのは頂けないからと自分を納得させての事だ。
結局、みんなが寝静まっている時間に出掛ける事になったのだが、何故か去月が起きていた。
「どうしたんだ? こんな時間に」
『―――喉が渇いてな。それより子供の見舞いに行くんだ、手土産くらい持って行け』
「……手土産ったって、子供が何持って行きゃ喜ぶかなんて知らないよ、俺は」
本当に分からないのだ。自分自身の子供時代とは比べようもない。去月は呆れたように溜息をつくと、少し待っていろと言い置いて部屋へ戻る。暫く待っていると、去月が何かを持って戻ってきた。
『何も思いつかんのなら、これでも持って行け』
そう言って手渡されたのは、見るからに手作りのお菓子が入っていそうな、掌に載るくらいの可愛い包み。
「何だ、これ?」
『知らん。旨いから是非喰えと貰った物だが、子供なら菓子くらい喰うだろう。
確かお前も知っている奴だ。覚えていないか? 医療部門のツクヨミ・ナカミカド』
ツクヨミ・ナカミカド。勿論覚えている!
……というか、如何に俺でもそこまで忘れっぽくはない。
忍者組織の本星へ行った時に、随分とお世話になった女医さんだ。
「ああ、ツクミさんか! そんなに前じゃないのに何だか懐かしいなぁ。
そう言えば、料理の上手な幼馴染みが居るって言ってたっけ」
『ならば、そこから渡って来たのだろう。噂では彼女は『喰う専門』らしいからな。
後は……そうだな。花でも買って持って行け』
ぷ。忍者組織で噂って―――。想像したら吹き出してしまった。
『あのな……。以前から一度聞いておきたいと思ったんだが、そもそもお前は私たち忍者を何だと思っているんだ?
一応同じ人間だぞ。泣きも笑いもするし、善し悪しに付け噂など飛び交っている。
―――――偏見を持ちすぎだ』
そうだ。忍者組織の本星で出逢った人達は、至って人間味溢れた人ばかりだった。
それにリョウヤだって、元忍者で……そして度の過ぎたお人好しだった。
「うん、ゴメン。そうだな。俺は、ちゃんと知ってるってのにな」
『分かってくれればそれで良い。引き留めて悪かったな。そろそろ出なければ時間に遅れるぞ』
そう言われて時計を確認する。事実時間的余裕は少ない。
俺は去月に礼を言うと、慌てて格納庫に駆け込み、単身用エアーピットに乗り込むと、起動シークエンスを立ち上げた。
元は市販の機体だが、何処ぞの悪ノリジジイの手によって既に元のスペックなど歯牙にも掛けぬほど、鬼カスタマイズを施されたその機体は弾丸のような勢いで飛び出した。




