2-9 それぞれの事情―――彼女の場合
人と一緒に食べるご飯って、おいしいんだという話。
「そんなゴッツイの被ってて暑くないかい?」
黒装の魔女の言葉に、当の本人はごそごそとヘルメットを脱いだ。
「って、暑いに決まっとるやないですか~、こんなん。
あー、もー、ここ気温も湿度も高いし、マジで蒸し焼きンなるかと思たわ~。
でもアイツ、俺の顔覚えとるかも知れへんしなぁ。……仕方ないですわ」
ヘルメットの下から出て来たのは、赤毛にタレ目の二枚目半。
「それより、コイツがこんな休眠状態になってるやなんて、一体何があったんですか?」
切羽詰まった男の問いに、魔女は眉を顰める。
「……『こうなってる事』自体には驚かないんだね、アンタは?」
赤毛男は押し黙る。しかし、何かを訴えかけるように視線は逸らさない。
「フフン。何かと事情を知ってそうなヤツが出迎えで丁度良かったよ。
―――さぁて、色々聞かせて貰おうか?」
* * *
「さて、そろそろ俺も帰るか。……じゃあな、ってどうした?」
見れば、アイシャが自分の単身用エアーピットに乗り込んだは良いものの、一向にエンジンの掛かる気配がない。
「っかしいな、エンスト?! 勘弁してよ~ッ!!」
どれだけエンジンスタートの手順を繰り返しても、ウンともスンとも反応がない。
「おい、アイシャ、こっち来てみろ」
機体の後ろの方から聞こえるライトの声に、アイシャはヤケクソ気味に操縦桿を叩くと席を出て向かう。
「何よ―――――って、うわッ!! どーゆー事、コレ……」
「見ての通りってヤツだな。こりゃ動かない訳だ」
アイシャの機体の後方部、丁度機動部分と思われる場所が完全に壊れている。と言っても、壊されている訳ではなく、単純に“壊れている”のだ。
恐らく、すぐ横に転がっている大きな岩が直撃したのだろう。見上げてみれば、ジャングルの木々に隠れるように佇む遺跡上部の岩が不自然に欠けている。
「アレが、直撃したんだな。あの時かなり揺れたからなぁ、この遺跡……」
あくまで他人事のライトが分析してみせる横で、アイシャがへなへなと座り込んだ。
「この壊れっぷりだと、廃棄にして新しいの買った方が安く付きそうだな……」
「ウソ~~~~~~~ッ!!!! コレ、結構無理してローンで買ったのよ!?
まだ半分以上払わなきゃいけないのにッ!!!!」
流石にそれを聞くと可哀想に思えてくる。本人が『無理して買った』と言うだけあって、モノとしてはかなり良い物だから。
「こうなってからこういう事言うとアレだけどさ。そもそも、こんな近くに自分の機体を止めてる事自体かなり非常識じゃないか?
後から来たのが俺じゃなかったら、何か細工されてエンジンかけたらドカン! って事だって、無いとは言えないし。
大体、下見だからって装備も殆どなしに遺跡に来るのも舐めすぎてる。これに懲りたら、もうちょっと慎重に仕事する事をお勧めするよ」
お小言を述べてから、ライトは自分の機体を隠してある方へと歩き出した。へたり込んだままのアイシャはその様子を呆けたように眺めている。ライトはふと足を止めるとアイシャを振り返り、声を掛けた。
「……ほら、早く来いよ。それとも、乗らないのか?」
「あ、う、ううん!! 乗る、乗るから!! ちょ、ちょっと待って!!」
慌てて立ち上がると、先に行くライトを追い掛ける。取り敢えず、ガンフのオヤジに見せたら何とかなる……かも知れないのでアイシャのエアーピットも牽引していく事にする。
「あー、シェーラに何て言うかなぁ……。取り敢えず、客って言っとくかなぁ」
まぁ、確かに客には違いないよな。ライトは一旦考えるのを止めた。とにかく眠い。やっぱり慣れない遺跡探索でかなり疲れていると思う。
忍者組織提供の完璧なナビがあったとは言え、ずっと気を張り詰めていたからか神経の方が参っているのかも知れない。
「疲れたし、腹減った……。戻ったらまずはメシ喰って、シャワー浴びて後は爆睡、かな?」
「んあ、賛成~。オセワニナリマス」
緊張の糸が切れたのだろうか、二人とも完全にグロッキーだ。
* * *
先に連絡を入れておいたので、戻ってすぐに出された保存食を、味も分からない勢いで腹に収める。
その間ずっと、くどくどと垂れ流されるシェーラの嫌味とお小言は殆ど右から左だった。
先にアイシャにシャワーを使わせ、やぱり不機嫌MAX最高値のシェーラを宥め賺し、彼女を客室へと案内させている間に汗を流す。
温かい湯が心地良い。我ながら、良く生きていたと思う。
先行していた『黒装の魔女』が助けてくれたから良かったものの、下手をすれば二人揃ってあのミイラ達の仲間入りしていた所だった。
今回の探索は、先行者である『黒装の魔女』の二人連れが緻密なマップデータの提供と、かなりのトラップ潰しをしてくれて居たからこそ、あれほどすんなり最下層まで進めたようなものだ。
それに、最後の最後でも自分は何も出来なかった。近寄るだけで人間を侵し、遺跡全体を震撼させる程強力な“闇”とたった一人対峙していた彼女を、ただ見つめている事しか出来なかった。
結果、『犠牲の心血』は浄化され、ある意味平凡な”只の宝石”へと戻った。
そしてそれは、依頼人であるペシャワール氏の目的を果たせはしないと言うことだ。
写真の中の、白い部屋の少年の面影がよぎる。色んな事を諦めた、寂しい微笑みを浮かべた少年の
面影が……。
何て……、無力なんだろう。何が“黄金の調停者”だ。
チヤホヤされて良い気になって、お笑い草じゃないか。
ガンッ! とタイルの壁を殴っていた。
あんまり出てくるのが遅いので心配したシェーラが、シャワールームの前で待っていたが、それから更に随分経ってからライトは出て来た。
彼はいつものバスローブを羽織り、頭からタオルを被って無言のまま部屋へ戻ってしまった。その間どれだけシェーラが声を掛けても返事は戻ってこなかった。
* * *
二日後、自分の仕事を終わらせティンカーフィッシュに戻った去月を出迎えたのは、普段険悪な間柄のシェーラと、見知らぬ人類種の若い女だった。
流石に全身忍者装束で固めた上に、覆面まで完全装備、その上声まで……程度は軽いが機械音声という、見るからにアヤシイ人物の登場に、その若い女はさぞかし面食らったようだ。暫く言葉もなく去月を観察している。
一応の紹介が済んだ後、すぐにシェーラが話を切り出した。
「あ、あの……去月、さん。お願いがあるんだけど……」
去月は一瞬、耳を疑いそうになった。何しろ、シェーラからこんなしおらしく話し掛けられた事など未だ嘗て無かったのだから。
『……一体何事だ? 気味が悪いな』
「ライトの事なの。私じゃどうしようもなくて……」
泣きそうなシェーラに事情を聞いてみる。
ついでに今回彼と一緒だったという若い女―――アイシャ・ルベルスという、駆け出しのトレジャーハンターとの事だ―――にも、道中の様子を聞き出す。
『……ああ、確か報告が来ていたな。何でも「迂闊で残念な“ポンコツ”遺跡荒らし」と書かれていたぞ』
余りに辛辣な批評に、アイシャが絶句する。
「―――――だ、誰がそんな事をッ?!」
『その記述はダルブーシェ師のものだったが。しかしそんな風に書かれるなんて、一体全体どんな事をやらかしたのだ?
……あの方の人を見る目は本当に確かだからな』
などという去月の言葉に火を吹かんばかりの怒りを込めて、『あ、あのオバハン~~~!! 今度会ったらオボエテロッ』とアイシャが呪詛を吐いている。
そんな客人はスッパリ無視して、去月はシェーラへ確認する。
『それで? ライトはその後食事も取らずに部屋に籠もっているのか』
「ええ……。 ルベルスさんの話じゃ、そんな様子なかったって言うのに……」
シェーラはすっかりしょげかえっている。
『戻ってからずっとそんな調子では、依頼人への報告もまだなのだろう?』
去月は呆れ返っているようだ。相変わらず覆面で表情は伺い知れないが、声の様子がソレを物語っているし、態度にしても、苛ついたように腕組みをした指がとんとんと忙しなく動いている。
「ええ、多分。外部へ通信した形跡は無いから……」
シェーラは何故か、こっぴどく叱られている気分になる。去月にそんな意図は無いのだろうが、普段滅多に感情を表さない彼が、これほど苛立ちを露わにしている。
怖いと思った。こんな事、今まで無かったのに、と。
あ。
ふと、シェーラは気付いた。
自分が彼の行動にこれほど感心を寄せた事など今まで無かった事に。
一目彼の姿を見れば、口喧しく難癖を付けていたのは自分の方だ。
ロクに彼の事を知ろうともせずに、一人で怒って騒いでいた。
今までライトと二人きりだった環境に、よそ者の去月が入り込んで来たのが不愉快だった。
オマケに去月は年格好や顔形も解らないような得体の知れない不審な人物で、なのに……なのにライトの信頼をあっという間に獲得していて。
ああ、なんだ、判っちゃった。私、悔しかったんだ……。
『……泣くな。ライトの事は何とかしよう』
突然ボロボロ涙を零し始めたシェーラに、去月の声のトーンが随分と優しくなった。
こんなに分かり易いのに。そうだ。彼だって人間なんだから、感情くらいある。
拒絶していたのは、私。見えなくしていたのは、私自身の嫉妬の心なんだ。
「うん、ありがとう、去月さん。―――それから、今まで酷い事ばかり言って、ゴメンなさい……」
謝りながら、えぐえぐと子供のように泣き続けるシェーラに去月は言った。
『同じ船の仲間なのだから、さん付けはしなくて良い。
―――――全く、この船の奴等は手間が掛かるな。……どいつもこいつも』
けれど、その声は機械を通した物であるのに、とても優しく聞こえた。
それから暫く、去月の姿を見なかったが、少しして物凄く美味しそうな匂いが漂いだした。
「な、何? この食欲そそる良い匂い!!」
これからどうしようか悶々と悩んでいたアイシャと。
「匂いだけでもオイシソウ……って、去月?!」
ライトの事で同じく悶々と悩んでいたシェーラの前に、湯気の立つ美味しそうな食事がトレイに乗せられそれぞれの前に置かれる。
シェーラの分はちゃんと妖精用に量を少なくした物だ。
『どうせお前達もロクな食事はしていないのだろう? ついでに作ったから食べると良い。
これからライトにも持って行く』
意外な展開に女性二人が言葉を失っていた。
「こ、これ……去月が作ったの?」
やっとシェーラがそれだけ喋った。
『本星の忍者は、修行の最初は厨房に放り込まれる。
だから、上忍であれ下忍であれ、一通りの料理は出来るようになる』
去月は事も無げにそう言い残すと、ライトの分であろうトレイを持って出て行った。
「すっごい意外。意外すぎて笑っちゃいそう、アタシ」
「私もそう思う。でも、とっても美味しそう。ねぇ、食べない?」
「そうよね。冷めちゃったら、折角作ってくれたのに悪いよね」
二人に取っては見た事もないメニューだった。材料が肉か魚か、はたまた野菜なのか、良く分からない物まである。恐る恐る、二人は一口食べてみる。
「お、おいしい……!! ね、シェーラ、すっごい美味しいよ、コレ!!」
「うん! こっちのも美味しいわよ!」
それから、コレの材料は何だろう? とか、味付けはどうしてるんだろう? とか二人で話ながら食事を取った。
「―――――アタシ、こんな美味しくてあったかい、アタシの為にって作って貰ったご飯食べたの、久しぶりかも……」
ポツリとアイシャがもらした。
「私も、最近はずっと保存食ばっかりだった……」
「こんな風に他の人と喋りながら食べる事も全然無かったな。
……こんなに美味しいんだ、人と一緒に食べるご飯って」




