2-8 幸せか、不幸せか
オバハン賢者にライトが気に入られた話。
「おい、大丈夫かッ?!」
顔色が酷く悪い。元からかなり色は白いのだろうが、今は全く血の気が感じられないくらい青白い。
「……随分時間掛かってたからねぇ~。大方、気力も体力もゴッソリ持って行かれてしまったってトコでしょうね。暫くは目を覚まさないかも知れないわ」
黒装の魔女が心配そうに、乱れた髪を直してやっている。
「俺、二人も担いで行けませんよ?」
一瞬、魔女はキョトンとする。一体何を言ってるんだとゆー表情をしていて。
「だから、あっちで伸びてるヤツと、この人と、二人も担いで行けませんって言ってるんです」
「アンタ、お人好しねぇ……」
呆れたような声色とは裏腹に、どことなく彼女の顔は楽しげに笑っている。
「べっ、別に、普通でしょう?! いつまでもこんな所に居る訳にもいかないですし」
「そうよねぇ~。こっちは目的果たしちゃったしねぇ?」
彼女は徐に祭壇へ登ると、すぐに降りてきた。
「はい、コレ」
ポイっと何かが投げ渡される。咄嗟に掴んだ掌を開いてみると、赤い物体がある。
資料などで見た物とは違い、装飾などが一切無くなっているが、確かに『犠牲の心血』と呼ばれる緋い宝石がそこにある。
しかし、妙にくすんでいる。
只の資料画像からでも感じられた、あの一種禍々しいまでの美しい輝きが、何処にもない。
「“闇”が棲んでいる方が美しいだなんて、酷い皮肉よねぇ。
けれど、昔から“闇”は人を誑かす為に美しい外見を持つとも言うからねぇ。
―――――まぁ、取り敢えず、英雄クンはソレ持って行けば契約は履行って事になるんじゃないの? 実際、本物には間違いないんだし」
「うっわ、すっげぇ詭弁だ、それ……」
「何よ、世渡り上手って言って欲しいわね。そーゆーふーに四角四面に考えてると、いざって時に物の本質を見抜けないわよ~」
……やっぱり、年上(それも、多分すっげーーーーーーぇ上)の女性は苦手だ。
「今、オバハンは苦手だって思ったでしょう?」
何なんだよ、もう……お手上げだ。
「……思いました。」
ライトの言葉に黒装の魔女は笑った。
「ははは。素直で宜しい。―――――悔しいけどやっぱり気に入ったよ! 英雄クン♪
何か困った事が有ったら、私の所に来ると良い。出来る限りの事は協力しよう。
ま、今回みたいに、出来ない事は絶対やらないがね」
気に入られた、のかな? 口は悪いけど、人は悪くない。流石はスタンの師匠だ。
「え、あ、ありがとうございますッ! 助かります!!」
何せ、ライトもシェーラも魔法に関しては知識が弱い。
逆にエキスパートだろう去月にしたって、そういつもいつもティンカーフィッシュに居る訳ではないし、まだ聞いていないがもしかすると不得意な分野だってあるだろう。
だから、魔法知識に関して頼れる知り合いが増えるのは有難い事この上ない。
「おや? アチラさん、起きたみたいよ?」
その声に振り返ると、出入り口の近くでアイシャがボーッとした顔をして起きあがっているのが見える。
「じゃあ、帰りましょうか。アイツは歩かせればいいし」
「そうね。じゃ、その子頼んだわよ。出口までで良いから」
ライトは腕の中の人を抱え直すと、黒装の魔女と共にしきりにキョロキョロしているアイシャの元へと歩き出した。
* * *
帰りの道すがら、気になっている事を聞いておく。
「所で、今回は何でこちらへ? オブザーバーとしてですか?」
「最初は単なるヤジウマ根性かしらね~。でも、此処に『犠牲の心血』が舞い戻ってるって聞いてからはそんなトコね。
ところがどっこい、相手が思いがけずパワーアップを果たしてて、結局役立たずってのは笑えないんだけどね~」
と、カラカラと笑う姿はどう見てもざっくばらんな近所のオバサンといった感じで、宇宙三大賢者の一人とはとてもとても……。
やはり、流石はスタンの(以下略)。
「じゃあ、『犠牲の心血』を以前からご存じだったんですか?」
「まぁね。これまでも何度か人手に渡らないようにと封印した事もあったしねぇ。
だけど、誰かが必ず封印を暴く……本当に、イタチごっこだったよ。
でもそれも、もう、終わり。漸く一つ肩の荷が下りたわ」
ふぅ、と彼女には似合わない老け込んだ溜息にふと思う。
彼女の本当の年齢は、誰も知らない。本人も語らないから“不詳”となっている。
しかし、公称で200歳と言っていたスタンにしたって、後になって聞けば600歳を越えていたのだから、それより上なのは確実だ。
一体どれだけの時を過ごしてきたのだろうか。その間には、きっと良い事も悪い事も星の数ほどあっただろう。
「―――――こんな事聞くのはとても失礼だと思うんですが……。貴女の人生は、“幸せ”ですか?」
本当に唐突で不躾な質問に、しかし三大賢者の一人は優しい目をして答えてくれた。
「愚問だ、英雄クン。ならキミにも聞こう。キミの人生は“不幸せ”か?」
詰まった。
確かに死ぬほど悲しい事もあったし、逆もまたしかりだ。それこそ人生なんて決して良い事ばかりでも、ましてや悪い事ばかりでもない。
幸せか不幸せかなんて二者択一だけで、計れる物ではない。
「すいません、下らない事を聞きました」
「……アタシは、不幸せだったな」
ポツリと呟いたのは、それまで黙りこくっていたアイシャだった。あの後「ライトがその人を担いで行くなら、装備とかはアタシが持って行く」と言い出して、ライトの持っていた装備に半分埋もれながらヨロヨロと歩いている。ちなみに、今この場で最凶の黒魔女は当然のごとく手ブラだ。
「……他人の人生だ、アンタがそう思うのならそうなんだろうさ。
だけど、今アンタは『だった』と過去形で言った。なら、明日から幸せになれるように努力すれば良いだけのことさ。残念ながら幸せになる方法なんて、誰も教えてなんぞくれないんだしね」
アイシャは俯いていた顔を上げる。暗い、澱んだ瞳だった。
「何なら、この英雄クンにでも付いてってみれば?
その内、自分にとっての“幸せ”を見付けられるカモよ?」
なんて底意地の悪い、黒い笑顔なんだろう。ライトは確信した。絶対この魔女は、俺の不幸を楽しもうとしているに違いない!!
「―――――それも、良いかも。くっついてたら、色んな遺跡のすっごいデータも貰えるかも知れないし♪」
さっきまでの暗さは何処へやら、アイシャはキラキラと目を輝かせていたりする。
「な、何言ってんだぁあああああああッ!! やるかぁッ、そんなモノ!! 大体、俺だってアレは貰い物だッ!!!」
ボカッ。
容赦ない一撃がライトの頭を強襲した。
「デカい声を出すなッ。この子が起きるだろ」
「……す、すいません。」
謝りながら腕の中ですやすやと眠っている人を抱え直す。
「―――――?!」
「どうした、英雄クン? 急に立ち止まって」
普通に歩いていた女性二人が不思議そうに振り返っている。
「あ、いや、あの、このヒト……女のヒトだった、っけ?」
素っ頓狂な声で、同じくらい素っ頓狂な事を言い出すライトに、二人は思いっきり訝しそうな顔をした。
「はぁ?! 何言ってんのよ~。ずっと抱えてて、自分で分かんないの?!」
アイシャはスタスタっと近寄ると、眠っている人物を覗き込み、ライトを睨み上げた。思いっきり、コイツ馬鹿?! と言った顔だ。
「私達二人よりよっぽど大きいこの爆乳見ても、女じゃないって言うの?!」
「いや、でもさっきまでは……」
まだ言い募るライトに、何故か逆ギレ状態のアイシャは突然眠る人の胸をむぎゅ、と鷲掴みにした。
「お、おいッ?!」
「女同士は良いのッ!!」
ライトには良く分からない理屈で黙らせると、アイシャは事もあろうに掴んだ胸をもにゅもにゅと揉む。
「ああああああああいしゃッ?!」
「うるさい!! ……うん、この感触は本物。シリコンじゃない。結論、この人は女の人!! 判った?!」
何だか色々と意味不明だが、反論を許さないアイシャの勢いに飲まれてしまい、ライトはただウンウンと頷くしか出来なかった。それを見ていた宇宙三大賢者様その1は、文字通り腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
「ひー、ひー、ツ、ツボに入った……苦し……ゲホゲホッ」
挙げ句の果てには笑い過ぎて咽せてしまっている。
「それにしても、物凄いキレイな人~。ねぇオバ……じゃない、えーと???」
「ゴホ……もう良いから好きに呼びなよ。で、何だい?」
そう言われてしまうと、逆に言えないのかアイシャは少し考えてから質問した。
「この人、賢者さんのお仲間?」
「今回だけよ。そもそも私、埃臭いわ、カビ臭いわ、オマケにクリーチャーまで居るような遺跡になんて全ッ然キョーミないから。
こんなトコ潜ってるより、家で研究してる方が遙かに有意義だわ」
えらい言われようだが、アイシャは特に気にもしていない。
「ふぅん、じゃあ彼女、今度はアタシと組んでくれないかなぁ~。楽出来そう……」
「無理無理。お前と組むくらいなら、まだ彼女一人の方が絶対に効率的だって」
漸く戻ってきたライトがばっさりと切り捨てる。
「何よッ!! そんなの聞いてみなきゃ分かんないじゃないよ!!」
また音量を上げて言い合いを始めそうな二人に、黒装の魔女は静かに話しかけた。
「いや、この子は本当に忙しいから無理だと思う。だからせめて今は、ゆっくり寝かせてやって欲しい……」
イヤに真剣な態度でそんな事を言われては、黙らざるを得ない。
しかし、これだけ騒いでいるにも関わらず深い眠りに落ちたままというのは、彼女が本当に疲れ切っているからなのだろう。
でも、今はもう倒れた直後のような険しい表情に酷い顔色ではない。むしろうっすらと微笑んでいるような、随分と穏やかな顔をしていて安心する。
「良い顔してる。余程仕事の出来が満足だったのかな?」
「ん~。良い夢でも、見てるんじゃないかねぇ?」
* * *
「さて、そろそろ出口か。英雄クン、ご苦労さんだったね」
空気が変わってきている。埃や土の臭いから、外の……ジャングルの緑の匂いの強い物へ。
腕の中の彼女はまだ眠ったままだ。何故だか、とても名残惜しい。このままずっと腕の中に抱いていたいような。
不思議だ。
彼女に対する気持ちは、ライトにとってどうにも説明の付かない物ばかりで混乱する。
「おや、どうした、英雄クン。一目惚れか?」
「え? ……あ、いえ。そう言う訳じゃ、無いんですけど……」
自分自身、今の己の感情にどういう名前を付ければ良いのか分からないのに。
「みんなはどーやって来たの? アタシはコイツで来たんだけど」
アイシャは遺跡の入り口に止めてあった個人用エアーピットの側に立っている。
「俺は、もう少し離れた場所に小型艇を隠してある」
「私達は迎えが来ることになってるんだけど……ああ、良いタイミングだ」
見た限りではごく普通の中型艇が降りてくる。
そのダークブルーの機体が、日の光を受けて余計にその色を目立たせている。本来なら夜間行動用の機体なのかなと、ぼんやり思う。
その機体はギリギリのスペースに絶妙の操縦で停止すると、中から一人降りて来た。
「お疲れ様です、ミス・ダルブーシェ。お館様の命により、お迎えに上がりました」
「ああ、ご苦労さん。任務は完了だけど、ちょっとばかり手こずってね。あの子がぐっすりお休み中なんだ。頼むよ」
「了解しました。―――――すいません、お手数をお掛けしました」
降りてきた人物は厳ついヘルメットを被っているので顔が見えないが、体格だけならライトと張るくらいに良いガタイをしていて、眠る彼女を受け取ろうと手を出してくる。
「……………」
渡したくない、と思っている自分が解らない。
「どしたの、ライト? 彼女帰るんだってば」
「あ、ああ……すまない。よろしく」
彼女の重みが腕から消える。―――――寂しい……。
本当に、一体何なのだろう? 言われたように、一目惚れでもしてしまったのだろうか?
いや、むしろ一目惚れと言うよりも―――――。
「じゃあ、また会おう。元気でな、二人とも」
中型艇に乗り込みながら、黒装の魔女が笑っている。
「じゃーねー! 賢者さんも元気でね~♪」
「お世話になりました!」
ゆっくりと上昇していく機体を、二人は手を振りながら見送った。




