2-7 黒装の魔女
宇宙三大賢者……というか、魔法が超使えるオバハンが登場した話。
恐らくここが最下層、という場所に辿り着いた。
もっとも、あれから何の障害もなかったのだからすんなりと行きすぎて逆に拍子抜けしてしまったのだが。
目の前には巨大な石の扉が道を閉ざしている。更新が再開されたマップデータに寄ればこの先には大きなホール状の部屋を残すのみだ。
しかし、開かない。力尽くでは勿論、辺りに仕掛けのような物も無く、完全にお手上げだった。
途方に暮れるライトを尻目に、アイシャはさっきから扉に向かってブツブツと話しかけている。
どうやら“コマンドワード”を試しているらしい。いわゆる『開け、ゴマ』系のヤツだ。が、どうも見ている限りでは全敗している。
「ったくもー、何なのよ、この扉!!」
持ちネタを全部吐き出してしまったのか、アイシャが毒づいている。
「仕方ない。もしかしたら≪魔法の鍵≫かも知れないしな。
だとしたら、≪解錠≫の呪文じゃないと開かないぞ」
ライトは扉前の階段に座って居たのだが、振り返ったアイシャに笑われてしまった。
「……何だよ?」
「やっぱり遺跡は専門外なのね~。例え≪魔法の鍵≫でも、より高位の術者の≪解呪≫か≪対抗呪文≫なら開ける事は可能なのよ~ん?」
勝ち誇ったように笑っている。しかしライトは深い溜息を一つ付くと、言った。
「ばーろー。何処にその“より高位の術者”ってのが居るんだよ?」
「―――――……そ、そっか。居ないよね、今は」
一転、アイシャは背中を向けていじけ出す。
「俺だって勉強済みだよ、それくらい。―――かなり一夜漬けだけどな。
こんな事なら去月に頼んで二人で来れば良かった……」
「“さりづき”って、相棒?」
アイシャがしゃがみ込んだまま、顔だけこちらに向けて聞いてくる。
「ん? ああ。このおっそろしいマップデータの出ドコロ所属の人。色んな事のスペシャリストで、今回の一夜漬けの先生。
―――そういやアイツ、魔法も得意なんだっけか」
とのんびり会話していたが、突然遺跡全体が揺れはじめる。
「じ、地震?! やーよ、こんなトコで生き埋めなんてぇッ!!」
一人慌てるアイシャに、ライトは来る前に見た調査データから推測する。
「いや、近くに活火山もないしこの辺りの地層から考えて地震じゃない。多分何かが、起こってるんだ……この扉の向こうで」
揺れ方がますます激しくなる。このままじっとしていても、生き埋めを待つだけかも知れない。
……だが、何しろここは遺跡の最深部だ。崩れるのなら、今更出口に向かった所でそれこそ途中で生き埋めが関の山だ。
それでも可能性に賭けるしかないか、とへたり込んでいるアイシャの腕を取って引き摺り立たせる。
「……あ、え……?!」
恐怖に怯えたアイシャの目には、涙が溜まっていて。
「バカ!! 簡単に諦めるな!! 逃げるぞ!!」
「で、でも……ここ、一番深いトコ……」
「でももかかしもあるかッ!! こんな所で死んでたまるかよッ!! さあッ!」
無理矢理にでも立たせて、その場を離れようとした。
「はははッ!! カッコイイわねぇ、英雄クンは。痺れるじゃないの!!」
「!?」
知らない声……ではない。つい先程、ミイラの群れから炎の魔法で二人を救ってくれた声だ。
その声が、開かない扉の向こうから聞こえているのだ。
「開けるより壊しちゃった方が早いかしらねぇ?
かといって、ジジイに難癖付けられて修復するのもメンドーか。よし。
『黒装の魔女の名において命ず 解錠せよ』……ん?! あ、開かないぃ?!」
≪解錠≫の呪文を唱えたようだが、どうも……開かないらしい。声の主は軽く動揺している感じだ。
「もー、只の≪施錠≫呪文にリキ入れすぎなのよ~……あの子は。
しかしこの私が≪解錠≫出来ないなんて、そら恐ろしいわねぇ。
―――――おい、坊や達! 扉ぶっ壊すからちょっと離れてなさい!!」
呆然として聞いていたライト達は、その言葉に慌てて正面から離れる。
すると、突如石作りの重厚な扉に亀裂が何本も走り、あっという間に砕け散ってしまった。
「ふー、やれやれ。他系統の呪文は久々だったけど、何とかなったわねぇ?」
すっかり砕け散った扉の向こうには、ごきごきと肩こりでも解すかのように首を回している黒尽くめの女が立っていた。
「ほら、アンタ達もこっちに入ってなさい。離れてるといざって時にどうしようも無いからね」
女はそれだけ言うと、くるりと背を向けてスタスタ歩き出した。
振動はいまだに続いている。思わぬ展開に呆けていた二人も黒尽くめの女に続く。
そこは、毒々しい緋色の光が全てを支配していた。中に入ってみると、その部屋は古代の闘技場のような空間だった。違っているのは、闘技場ならば闘士達が戦う場であっただろう中央のリングが、まるで祭壇のように高くなっていることだろう。
そこに、人が居る。
“ギラギラ”した緋い光に照らされたその人物は、ひたすら何かの呪文を唱えている様でライト達にも気付いた様子はない。
「震源はあそこなんですね?」
「そう、良く分かったわね。魔法の素養がカラッケツな割にはそーゆーの分かるんだねぇ?」
身も蓋もない言い方をされるなぁ、とライトは少しヘコんだ。
「てゆーか、オバサン誰?」
ヒクリ。
黒尽くめの女の顔が目に見えて引きつった。
「……命の恩人に向かってオバサンはないんじゃない?
まったく、近頃の若いモンは礼儀って物を知らないわね、ホント」
アイシャの表情が『やっちゃった』的な物に変わる。でも、小声で「若いモンとか礼儀とか言うならやっぱりオバサンぢゃん?」と文句を言っているのが聞こえる。
慌ててアイシャの頭を掴んで下げさせると、態とらしくも話題の転換を図る。
「え、えーと、もしかして、三賢者のお一人で、『黒装の魔女』ことエリザベス・ラ・ダルブーシェ師ではありませんか……?」
何となく、予感は有った。呪文の詠唱が女性の声であったこと。
火霊系精霊魔法のかなり高位の使い手であること。
彼女の纏っている服が黒衣であること―――――。
そして何より、生前のスタンから聞いていた彼の師である彼女の人となりから。
それに、ライトの魔法の素養の事を知っている人物は限られている。
「あら~、正解よ、英雄クン♪ そういやキミには、ウチのオレ様な弟子がメンドーを掛けてるわよねぇ?
出来の悪い弟子に成り代わり、謝っとくわ。……ゴメンネ」
「あぁ、いえ、スタンには仲良くして貰ってたんで……」
あの弟子にして、この師匠あり。つくづくこんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「って、何ノンキに世間話してんのよ?! 揺れ、酷くなってるってば!! これってヤバくない?!」
はっとして祭壇の方を見ると、詠唱中の人物の表情が先程よりも随分険しくなっている。
「アレは……『犠牲の心血』ですね?」
「そうよ。ああ、英雄クンはアレを取りに来たんだっけね?
でも、アレはダメ。他のなら良いけど、アレだけは―――――ダメ。
人には、もうアレは御しきれない。“闇”を吸いすぎた。
人から生まれたあの“闇”は、人を侵す。近くにいるだけでも、毒になる。
―――――そんな風に」
と、黒装の魔女はライトの傍らを指差した。
見れば、いつの間にかアイシャが倒れている。ぐったりとしていて、息が荒く、見る影もなく生気を失い顔色も土気色というのか、酷く悪い。
「アイシャッ?! おい、しっかりしろ?! アイシャ?!」
実を言うと、ライトもさっきから頭痛に襲われている。しかもそれはどんどん激しくなってきているのだ。
「流石に英雄クンはしっかりしてるわね。でも、ゴクフツーの人の反応はそれが普通なの。
精神を侵されるのが先か、生気を吸われて息絶えるのが先かってトコだわね。
……人の怨念は、深いわ。何度封印しようと、人の欲望はアレを求めて暴く。決して触れてはならないモノでさえ、貪欲に手を伸ばす……」
やるせない言葉だった。それが人の業と言うものなのかも知れない。
しかし、ライトの脳裏には依頼者であるペシャワール氏の涙が浮かぶ。
「違う、怨念だけじゃない……。『犠牲の心血』を求めるのは、決して欲望からだけじゃない……」
身に余る望みを抱くのが悪い事なのだろうか。
力なき者が儚い希望に縋るのはいけない事なのか―――――?
それが、他者の幸福を願うものでも?
「……わかっているわ。でももう、遅いのよ。
例え純粋な光が射していたとしても、アレにはそれを塗りつぶして有り余る闇が宿っているの。
あんなモノ、外へは出せない。
街どころか、大きな都市の1つや2つ、易々と死に絶えさせるようなシロモノ、出す訳にはいかないのよ」
「じゃあ、そんな物を、どうしようって言うんですか?」
「浄化するのよ。私には無理だけど。
あの子なら、何とか出来るかも知れないから」
黒装の魔女は、そう言って口を噤むとじっと祭壇の人物を見つめた。
ライトも、もう意識のないアイシャを抱えながらそれに倣う。
「勝算は、あるんですか?」
「正直、判らないわ。私自身、何かあったら力を貸せるかと思ってたんだけれどね……ダメだった。
今のアレはあまりにも“闇”が濃すぎて、私でもダメなのよ」
力なく、魔女は首を振る。
宇宙三大賢者と称される彼女の力を持ってしても、対処出来ない程の“闇”。
人が生み出した、濃厚な、“闇”。
ぞくり、と体が冷える。今更と思うが事実だから仕方がない。
しかし、そんなモノと真っ正面から対決しているあのヒトは大丈夫なんだろうか?
「あの子はさ……属性が同じだから、対峙出来るのよ。
あの子の内にも、また違った漆黒の“闇”が存在しているから―――――」
黒装の魔女は、じっとライトの顔を見つめた。
「……『黄金の調停者』ライト・エルズワース。
アンタは“闇”さえ切り裂く苛烈な“光”になれるか?」
値踏みされていると、直感で思った。
「どういう、意味ですか……?」
「今は判らないで良い。これからアンタは多くの者を助けるだろう。
だが、いつか闇を焼くほどの“光”が求められる。
その時アンタは、本当の意味で英雄になれるか試される」
ライトにとって、彼女の言葉は漠然としすぎていてあまりに抽象的だった。
「その時には、私も力を貸してやろう。アンタが真の英雄たり得たならばな」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、魔女は視線を前へと戻した。
釈然としないものを感じながらも、ライトもまた緋い祭壇を見つめる。
緋色の輝きが一瞬鮮やかさを増した。しかし、それは最後の足掻きだったのかも知れない。遺跡自体の振動が次第に収まっていく。
エリザベスが立ち上がり、祭壇へと歩き出す。
何となく、ライトも気を失ったままのアイシャをその場へ横たえ彼女に続く。もう頭痛は随分治まっている。
「終わったね。―――――勝ったよ、あの子。やるモンねぇ~」
邪悪な光はみるみる勢いを失い、ホールを満たしていた緋が熔けるように消えていく。
遺跡が元の色彩を取り戻したと同時に、術者も緋から解放されていた。
抜けるように白い肌、腰まである長いストレートの青い髪、そして、深い青の瞳―――――。
『オモイダシテハ、イケナイ。カノモノニカカワッテハイケナイ』
頭の中で、警鐘が鳴っている。酷く、もどかしい。
コレは何だ? 一体何なんだ?! この感情は、一体何だ?!
得体が知れない。気持ち悪い、頭が痛い、胸がムカムカする。
「お疲れ様~♪ 良くやったよ、感心感心!!」
彼女らしい労いの言葉に、疲労困憊の表情だったその人物が、ほっとしたような笑顔を見せて祭壇を降りようと階段の方へと踏み出した。
「―――――ッ?!」
咄嗟に駆け出していた。理由もクソも、勝手に体が動いたと言った方が正しい。俺はぐらつき倒れるその人を、地面すれすれで受け止めていた。




