2-6 大ピーンチ?!
ミイラわらわら、これってもしかして大ピンチ?! な話。
「―――――それにしても……何なの、このデータ?
まだ入植調査も済んでない星の遺跡がこんな細かくデータ化されてるなんて……」
アイシャは溜息をつきながらライトの手元のマップ画面を覗き込んでいる。
「俺も驚きだよ。まさかここまで詳細なデータとは思ってなかったからね」
素直な感想だった。
此処まで、マップデータを辿って降りてきたが、ライトは未だに一つとしてトラップに引っかかっていない。服なども綺麗なモノである。
が、一方即席の相棒である“遺跡荒らし”―――所謂『本職』であるアイシャの方はと言うと、すっかり尾羽打ち枯らした様子で歩くのがやっと、といった風情である。
「って言うか……この遺跡、トラップ多すぎじゃない?」
「ったく、だから勝手な行動はよせって注意しただろ?
大体さ、独りで勝手に暴走して、独りで勝手にトラップに引っかかって、独りで勝手に疲れたり泣きわめいたり怪我してるんだから仕方ないか。
これで『本職』だって言うんだから笑えるよな」
とまぁ、嫌味たっぷり200%増し(当社比)のライトの言葉にも、すっかり反省しきりのアイシャには返す言葉もない。
「ううう、はぁい……。全部アタシが悪いんですぅぅぅぅ。全部仰る通りですぅぅぅぅ……トホホ」
こうまで失態を重ねてしまっては、既に『本職』のプライドとやらも何処へやら、だ。しかし、本当にライトの持つデータは完璧と言っても良い程の緻密さだ。
それこそ、本職のマッパーですらこれ程のものは描けないだろう。
「いい加減、落ち込んでないでさっさと行くぞ?」
ライトの、やや焦った声が飛ぶ。何故かどうも、先程からこの男は目に見えて急いでいる。
「何よ~、こんなにいいナビが有るならそんなに急がなくたって……」
「こんなに良いナビだから、尚更急ぐんだよ。誰がこんなモノ、今も更新しながら潜ってるかって考えたら、焦るだろ?!」
イライラと、会った当初の彼からでは考えられない程に緊迫している。
「え?! 更新しながらって……どういう事?」
「俺がこのデータを貰った時には、此処まで深い階層の、しかもこんなに細かいデータなんて存在してなかったんだ……。
―――――でも、今は有る。
この通信ユニットで刻々と更新しているからだ。だったら、今この時も、誰かがデータを更新しながらこの遺跡を潜っているって事になるだろう?」
アイシャは頭が真っ白になる。いや、だけど、そんな事があり得るんだろうか?
唯でさえ、この遺跡にはトラップが有りすぎて、本職の自分でさえもナビのない横道には入る事さえままならない程なのに?
「でも、こんな、マップを更新しながらって、だったら物凄いスピードでトラップの攻略してるってことじゃない?!
ありえないわよ、こんなの?! 人間業じゃ無いって!!」
アイシャの常識ではどう考えたって、不可能だ。
「……確かに一般人じゃ出来ないだろうけど、ね。俺はそーゆー事が出来る『組織』を知ってる。
大体、このデータだってそこからの提供だ。ほら、急ぐぞ」
* * *
「な、なにコレ……?!」
辺りには酷い腐臭が漂っていた。
それまでとは一転して、開けた空間になっているドーム状のその部屋の真ん中には、今まさに肉が猛烈な勢いで腐り落ちていく生物の骸が横たわっている。
みるみる白い骨格だけになっていくそれは、骨だけでもかなりの巨体をしていただろう事が伺い知れる。
「昔、博物館で見た恐竜の骨格標本って感じだな……」
小型の恐竜くらいの大きさはあるだろう。もしこんな物の相手を自分がしていたらと思うと、背中が薄ら寒くなる。
「コイツが魔法生物の守護者、か。―――――ん? 更新が停まってる?」
それまで恐ろしい早さで更新されていたマップデータがこの部屋の怪物の注釈を最後にぱったりと停止している。
ガリガリと猛烈に稼働していた通信ユニットも完全に沈黙していて、静かなものだ。
既に目的の場所へたどり着いたか、或いはこの守護者との戦いで怪我でもしてしまったのだろうか? 自分の思考に入り込んでいたライトを、我に返らせたのはアイシャの悲鳴だった。
「ちょ、ちょっとッ!! 何か出てき……アンデッド?!」
自分たちが入ってきた出入り口と、更に先へ進む為の出入り口から意味の分からないうめき声を発しながら、体中を包帯でグルグル巻きにした人型の物がワラワラと迫ってくる。
「ミイラか?! アイシャ、これ使え!!」
即席の相棒にハンドガンと予備弾倉を渡す。
勿論リリアによって儀式済みの銀の弾丸が込めてあるものだ。
「了解。こーゆーのはお任せ!!」
お互いに背中を預ける格好になり、手近なミイラから撃っていく。
「うわ! 1発でしとめられるなんて、すっごい強力!!」
アイシャが何だか感心しているが、気にしている余裕もない。なにせ、ミイラ達は後から後から、何処にこんな数が潜んでいたのかと言う程湧いて出てくるのだ。
「チッ、多勢に無勢かよ?!」
聖水のボトルを放り投げ、ミイラ達の頭上で撃ち抜く。割れたビンからシャワーのように降り注いだ聖水は、ライト達には無害だが、奴らには効果覿面だった。
煙のようなものを立ち上らせながら、ミイラ達はバタバタと倒れ伏していった。
だが、完全に“死に直した”訳ではないようだ。まだビクビクと動いている。
「い、いやぁ!! は、離してよぉッ!!!!」
アイシャの悲鳴に振り返ると、這いずっているミイラに足首を掴まれていた。
「クソッ、しぶといな、コイツッ!!」
ガウン、と銀の弾丸で頭を撃ち抜くと足を掴んでいた手は力を失い、ミイラの中身が消えたように包帯だけがくしゃりと崩れ落ちた。しかし、まだ2ヶ所の出入り口からはのろのろとした動きでミイラがわき出している。
あれだけ有った銀の弾もそろそろ残数が少なくなっている。そんな時だった。その声が聞こえたのは。
『焼き払え!! 劫火の王、イフリート!! ―――仇なす敵を灰燼と化せ!』
朗々と部屋に響き渡る魔法の詠唱。凛とした声は一種畏怖さえ抱かせる程の威厳を備えていた。
懐かしい、炎の精霊術の呪文。今は亡きスタンが好んで使っていたものだ。
次の瞬間、ドームのような空間いっぱいに猛火が乱れ狂う。
ミイラ達は為す術もなく、ただ焼かれていく。
有る意味、盛大な火葬なのかも知れないが、長い長い年月、この遺跡に囚われていた彼らにとっては、これは解放なのだろうか?
それとも、主への忠義の点から言えば無念な事なのだろうか?
そんな事を考えつつ、意識が遠くなっていくのをライトは感じていた。
* * *
「困ります……。こんな地下の閉鎖空間で、あんな大規模且つ超威力の火霊系呪文をいきなりぶっ放されては……」
心底困った顔で、それでも控えめに苦情を申し述べる今回限りの相棒に、全身黒尽くめの女は他人事のようにあっけらかんと言い放った。
「あはははは。いやぁ、なんだか坊や達が大ピーンチだったから、ねぇ?
ま、アンタも居るし何とかしてくれるだろうって思ったの。
ほらほら、そんな顔しないの~。折角の綺麗なお顔が台無しよ?」
きっと、相手はやり辛いんだろうなと自分でも思う。
今回この遺跡調査? に後から無理矢理割り込んだのは自分の方だった。
元々興味……というか、急ぎでは無いけれど所用があった遺跡に、仕事で人を行かせるのだという話を聞いて、だったら丁度良いとばかりに便乗させて貰ったのだ。
話を切り出した途端、渋面を作って崩さない腐れ縁の責任者を口説き落とすには少々骨が折れたが、かれこれ嫌気がさす程に長いつきあいだ。
相手も私が一度言い出した事を決して曲げない性格なのは重々承知だ。
でも、派遣されるのが今横で溜息をついている人物でなければそれ程食い下がったりもしなかっただろう。
何せ、弟子の中でも一番の『オレ様』な最後のバカ弟子が、酷く肩入れしているという相手だ。
一体どんな人物か、興味も湧くって物だ。
「それより、キズは大丈夫なの? ああ、もう塞がったのね、良かったわ。
全く、勝手に付いてきたオバハンなんか、放っときゃ良いのに……。
ホント、おバカさんなんだから」
少々顔色の悪い相棒は、力なく微笑むと立ち上がった。
「そういう訳にはいきません。貴女は世界にとっても、我々にとっても大事な方です。
それにボクはこんなの、慣れてますから。
―――じゃ、行きましょうか。彼らに追い付かれる前に」
顔だけ見ればキレイなお人形さんにも見えかねないというのに、この子はやぱり凄腕のエージェントなんだと思わずには居られない。
「はいはい。で、最下層ってゆーのはまだまだ先なのかしらね?」
「いえ、もうすぐです。じきに『犠牲の心血』と再会できますよ」
* * *
意識が浮上する感覚。
目を開けると、ぼんやりとした視界に人影。誰かが覗き込んでいるのが分かる。
暗い……夜の空。月明かりが逆光で、よく見えない―――――。
ぞわり。
オモイダシテハ、イケナイ。
「ッ!?」
思わず飛び起きていた。直後に額に激痛。
「―――――~~~~~~~~ッ!!」
「ひょっ、ひろがひんぱいひてんのひ、ひひなりふぁにひゅんのひょ!!!!!
ひら、ふぁんひゃったひゃないッ!!!!」
アイシャが涙目になりながら喚いている。……が、何を言ってるのか全然分からない。
まぁ、恐らくライトが起きあがった時にぶつかって舌でも噛んでしまったのだろうが。
「わ、悪かったよッ!! 俺だって痛いんだからお互い様だろ。所で、一体どうなったんだ?」
ジンジンと激しく痛む額を押さえながら、ライトは辺りを見渡してみる。しかし、あれだけ居たミイラ達はおろか、残骸すら見あたらない。空気がややきな臭いのと地面が激しく焼け焦げている以外は、最初に入って来た時のように骨格見本のような骸が横たわって居るだけだった。
「わかんない。アタシも、さっき、めがさめた、とこだし」
まだ舌が痛むのだろう、アイシャが途切れ途切れに話している。
「文字通りの灰燼……いや、灰すらも残らなかったのか」
しかし……。気になる事もある。
「どーゆーこと? やっぱり、あのミイラたち、もえちゃったの?」
「俺達が気を失う直前、聞こえた言葉を覚えてるか?」
一瞬、アイシャは考える素振りを見せるが、思い出したのかうんうんと頷いた。
「えーと、なんだっけ? 『やきはらえ~なんとかかんとか』ってやつよね?」
一般人に取っては、魔法の詠唱に対する認識なんてそんなモノだろう。
ライトに思わず苦笑が浮かぶ。
「アレは、火霊系精霊魔法の呪文だ。それもかなり高位のものだろう。
あれ程居たミイラ達が、灰すら残さず燃え尽きてるからな」
「じゃあ、誰かがアタシ達を助けてくれた、って事ね?
やっぱ、それって先に進んでマップデータ更新してる人…達? よね、多分?」
「だと、思う。……んだけどさ。それにしちゃあ、随分親切すぎる気がするんだよな」
先を行くのは忍者組織のエージェントである(もう一人も誰なのか一応想像は付く)ことはもう間違いない。だが、その忍者が何故俺達を助けるようなマネをするのかが分からない。
ハッキリ言って任務が至上命題の忍者にとって、俺達は死のうが生きようがどうでも良い「路傍の石以下」の認識の筈だ。或いはもっと悪くすれば「手間の掛かる邪魔者」。
そんな俺達をわざわざ助けるメリットは何だ?
そもそも、マップデータを更新しながら提供するなんていう七面倒臭い事までしてくれる代償は何だ? それとも……先を行く忍者は、俺の知っているアイツなのか?
「別に、いーじゃん。助かったんだから。さ、行こうよ? 追いつけば色々分かるかもよ?
時間そんなに経ってないし」
すっかり元気を取り戻したアイシャはイヤに張り切っている。
「何で時間経ってないって分かるんだ?」
ライトの素朴な疑問に、アイシャが汚名返上、してやったりな笑顔で、右と左、両手首にそれぞれ付けた厳つい時計を見せる。
「実は、意識失う前に咄嗟にアラームとストップウォッチかけたのよね~♪
で、今は10分少々ってトコ。これなら急げば追いつけるかも、でしょ?」
「へぇ、なかなかやるな。―――――よし、じゃあ絶対に追いついてやる!!」
「了解!!」
気を取り直して、探索再開。




