2-4 教会にて
不死者対策の為に教会へ出掛けていった話。
高い天井、揺らめく蝋燭の明かり、微かに聞こえてくる賛美歌の旋律。
ここは、今現在最も広く信仰されている宗教の本教会の一室だ。ちなみに俺の居た孤児院の教会も同じ系列(?)だったなぁ。
去月の助言に従い、一番手近にあった教会がここだったので起きてすぐ出向いて来たのだが……もう、1時間近く待たされている。
「ふぁ~~~~~ぁあ。ひょっとして忘れ去られてるんじゃねぇだろうな?」
ここは余りに静かすぎて、どうもさっきから猛烈な睡魔が襲ってくる。
もう何度欠伸を噛み殺した事か。憶えているだけでも数えてみようかと思った所へ、人の気配を感じた。
軽い足音が、小走りにやってくる。
子供か、小柄な女性……場所柄、子供はあり得ないかも知れない。
俺の居た教会みたいに孤児院は一緒じゃないって話だし。だとしたら年若いシスターだろうか?
ぎぃぃ、と軋んだ音を立ててドアが開いた。
入ってきたのは儀礼服に身を包んだ若い女性だった。
「すみませんっ! 随分お待たせしてしまいました。」
彼女――まだ少女と言えるくらいの若さだ――は、ライトの前までパタパタと駆けてくると、ぺこりと頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ突然やって来てご面倒をお掛けします」
恐る恐る顔を上げた少女は、やや緊張気味の表情をしている。
「わたくし、リリア・ノエルと申します。
この教会で……その、シスターをしています。
どうぞよろしくお願い致します。」
「初めまして、ライト・エルズワースです。宜しくお願いします」
一通りの挨拶が終わった後、少女……リリアは安心したように微笑んだ。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。そのぉ……、もっと、怖そうな方かと思っていたもの、ですから。
スミマセン。」
申し訳なさそうに謝るリリアに、引き締めて居た表情を崩す。
「ちょくちょく言われるんですよ。どうも、荒っぽいって言うイメージがあるんですかね?
後は……体がゴツイから、っていうのもあるのかな」
「あ、いえ、体格がおよろしいのは別に、慣れておりますから、やっぱりニュースとかからだと思います。
で、今日はどういうご用件でこちらに?」
問われて、簡単に事情を説明する。対アンデッド用に儀礼済みの霊水や弾丸などの調達に来たのだと。
「そうだったんですか。確かに不死者への対処となると必要になりますものね。
でも、エルズワース様は遺跡の探索などもなさるのですね。
てっきり要人警護や賞金のかかっている方のハントだけかと思っていました」
「確かに、そう言う依頼の方が殆どなんですけどね。
今回はたまたま遺跡に出向く事になったので、コレでも相棒に色々教えて貰ったんですよ。
私は遺跡なんてまるっきり専門外なもんだから」
と、移動しながら話していると、通路の向こうから誰かが走ってくる。
「リリア様ッ!! こんな所に……あ、お客様ですか?」
年の頃はリリアとそう変わらなさそうな少年だ。が、年の割には体格がかなり良い。
さっき、リリアが言っていた『体格が良いのは慣れている』という言葉の意味が伺い知れる。
「あ、リグナス。どうしたの?」
「もう、どうしたのじゃありま……!!」
リグナスと呼ばれた少年は少し乱れた息を整えながら、ふとこちらを見て固まった。
「お、“黄金の調停者”ライト・エルズワース……さん?!」
目をまん丸にして凝視される。
「え、ええ。そうですが―――?」
「ホ、ホンモノッ!! ホンモノなんだぁぁぁッ!!!!」
リグナスはガシィッ、とライトの手を掴んで憧れの表情で見上げている。
「リグナスはエルズワース様の大ファンなんですよ。
明けても暮れても、二言目には『エルズワース様のように強くて格好良くなりたい!』と申していますもの。ねー、リグナス?」
苦笑混じりにリリアが話してくれる。
「ば、バカッ!! そ、そんな事ばらすなよッ!!!」
真っ赤になってぱっと手を離し、恥ずかしいのか俯いてしまった。
「そうか。目標にされてるなら俺ももっと頑張らないとな。それにしても、仲が良いんだね?」
「私達、幼馴染みなんです。小さい頃から一緒に育ってきたんですよ」
リグナスの登場によって、リリアの口調がより砕けたものに変わっている。その言葉付きはすっかり年相応の少女のものだ。
「そう言えば、何か用だったんじゃないのかい?」
「ああっ!! 忘れてたぁッ!!!」
リリア―――リリアーナ・ノエル・スタンフォードが、この教会、ひいては彼女の属する宗教に於いて、最高位に近い権威を有している『聖女』だと分かったのは、その直後の事だった。
彼女自らが行うべき宗教儀式を途中で抜け出したとあって、実は教会中大騒ぎだったのだという。
そこで皆で手分けして探している最中にリグナスが発見したのだ。
結局、俺の方の用件はリリア自身が妙に意気込んで『わたくしがやります!』と言い出したので、元々の彼女の仕事を先に終わらせて貰う事にした。
その間、リグナスに教会の中を案内して貰ったり、彼が属している聖堂騎士団―――人々を守る為に自らを律する意味で結成されている騎士団だという話だ―――の訓練を見学させて貰ったり(途中で お手並み拝見とばかりに手合わせさせられたりもしたけれど)していて決して退屈な時間ではなかった。
騎士団長の話では、リグナスは若手の中の成長株だそうで、実際剣の腕も大したものだった。
唯一の難点とすれば―――実戦経験が無いに等しい事が、その戦い方からもすぐに見て取れる事だろう。
同じ剣を使うと言う点では、まだ多少なりとも共通点が有るだろう去月とは雲泥の差だった。
まぁ、常に生きるか死ぬかの緊張感に晒される忍者の、しかもその中でも更にトップエージェントである去月と、聖堂騎士団の一若手騎士とではそもそも比べる方が可笑しいのだが。
「いやぁ、有難う御座います。
エルズワース殿は銃や拳の方が有名ですが、剣もかなりの使い手でおられる。
お見受けした所、スパルディアの王立騎士団の流れを汲んでおられるようだが?」
ぼんやりと騎士団の訓練を眺めていたら、壮年の騎士団長が話しかけてきた。
「分かりますか? 仲間には、剣の得意な者が居なかったので、三英雄の知り合いだったスパルディアの騎士団長が特訓を買って出てくれまして」
今となっては懐かしい思い出だ。
たとえ、当時はそれこそ「血反吐を吐きそうな程の地獄の日々」だったと言えども。
「ほう、そうだったのですね。スパルディアと言えば勇猛で名を馳せる歴史の長い騎士団です。
昔は我々とも交流が有ったのですが……」
浮かない顔で話す騎士団長に、ライトも声のトーンを一段落として話す。
「今のスパルディアは政情不安が続いていますから。連絡を取ろうにも内戦状態で、相手の居場所すら掴めません。
今の王はまだまだ子供で、専ら摂政の傀儡だとの話も聞こえてきます。
また、現体制へ移行する際に旧騎士団は解散させられたとも―――。
とは言え、あの騎士団長のオッサンがそう簡単にくたばるとも思えないので……ただただ、連絡が来るのを待っているしかない状態です」
暫く、無言になる。
「そうでしたか。いや、すみません。しかし、気がかりですな」
「仕方有りません。その内一度、行ってみようとは思って居るんです」
と、そこまで話した所で昼を告げる鐘の音が響き渡った。
「ライトさ~ん!! 昼食ご一緒にどうですか?」
リグナスが満面の笑顔で駆け寄ってくる。
彼はすっかり気心が知れたせいか、すぐに名前で呼んでくれるようになった。
流石にここにいる間中ずっと『エルズワースさん』では堅苦しくてこっちが参ってしまいそうになる。
「コイツ、エルズワース殿に心酔してましてね。貴殿が此処に居られるのが本当に嬉しいんですな。
まったく、現金な奴だ」
リグナスはまたも照れて赤くなる。
「う~ん、俺じゃあ目標が低いような気がするんだけどなぁ。
でも、そうやって目差してくれる人がいるなら、頑張らなきゃなって気になりますよ」
結局、昼飯は騎士団のみんなと取る事になった。曰く、『リグナス、抜け駆けは許さんぞ』との事らしい。どうやら、俺のような客人は少ないので珍しがられているらしい。
聞けば、トレジャーハンター達は、本教会の方まで出向く事はごく稀だと言う。専ら、規模の小さな、それこそ町の教会で短時間で儀礼をすませているらしい。確かに、本教会だと今回の俺のように時間がかかる事が知れ渡っているからだそうだ。
去月の奴、そこまで言ってなかったもんなぁ。って、何でも人任せにしてちゃいけないって良い例だな。
ま、俺的には全く無駄な時間でもなかったし、今回は良しとするか。
かくして、儀式は厳かな雰囲気で始まった。朗々と紡がれる祈りの言葉。幻想的な音楽。
ごく普通の少女の顔を見せていたリリアが、まるで別人のように見える。
一緒に脇に控えてその様子を見ていたリグナスが、真っ直ぐな目で彼女を見つめている。
意志のこもった瞳だと、思った。そして、我が身を振り返る。
『俺も、こんな真摯な目をしているのだろうか』と。
「どうか、されましたか?」
視線に気付いたのだろう、少年がキョトンとした顔でライトを見上げている。
「いや……本当に彼女を大切に思って居るんだなって思ってさ」
ボッ、と音がしそうなくらいに突然真っ赤になる。
「な、な、な、あにを突然急に―――――ッ!!!」
分かり易い反応だなぁ。微笑ましく思いながら、ポンポンと肩を叩いてやる。
すると、リグナスは恥ずかしいのか俯き加減のまま、ボソボソと語り出した。
「リリアが、以前言ってたんです。信仰というのは人が持つ『想い』の中の、種類なのだと。
そして、概念的な物にではなく……人が人に対して祈り願う『想い』だと。
だとしたら、僕はリリアを信じています。
大切なリリアを想い、守る事が、僕にとっての『信仰』なんです」
照れながら、しかし真剣に話す少年の横顔を眩しく思う。
俺にとって、それほどまでに想う事が出来る相手は存在するのだろうか。
子供の頃、俺を呼んでいたあの声は、もう聞こえなくなって久しい。
誰かに呼ばれていると感じる事も、今はもう無い。
俺が、大人になってしまったからだろうか?
それとも、泣いていたあの子はもう、俺の事など必要としていないのだろうか?
そもそも本当に、俺は呼ばれていたのだろうか―――――?
ふと、不安になる。
「お前はいい男だな、リグナス」
リグナスが恐縮してまた赤くなる。
丁度、儀式も終わったようだ。リリアがこちらを向いて微笑んでいる。
「お待たせ致しました。儀礼済み装備一式、お渡し致します」
前まで行くと、台に深紫の敷布が引かれ、その上に聖水のボトルや札、そして、俺が持ち込んだ銀の弾丸の箱などがキチンと置かれている。
「有難う。これで百人力だよ」
「何だか、お元気がないみたい。―――――よろしければ、お手を」
と、リリアが手を出すのでついつられてぽん、と手を出した。彼女は、その手を軽く握ると暫し瞑目した。突然、何かがふわりと体を包んだような感覚になる。
訳が分からなくてポカンとしていると、リリアがすぅ、と目を開けた。
「エルズワース様。
あなたはあなたが選んだ道に、迷いをもつ事はありません。
道を切り開くのはあなたご自身です。
迷いは、あなたの目を曇らせてしまいます。
探し求めるものも、見え無くさせているかも知れません」
そう言って。リリアはにっこり微笑んだ。
「そう……そうだね。どうも、自分を振り返るとマイナス思考になるみたいでね。
―――――有難う」
隣ではリグナスが幼馴染みと憧れの人との顔を不思議そうに見比べていた。
ライトは、リリアが『聖女』と呼ばれる理由が何となく、分かったような気がした。
不思議な、そして暖かい能力だと思う。
しかしそれは、リリアがリリアであるが故に、暖かく感じられるのであろう事も。
その後、リリアや騎士団の人々に丁重に礼を述べ、また来るよと約束を交わしてライトは教会を後にした。




