2-3 殲滅歴の遺産
遺跡探索初心者の心得の話。あとちょっと歴史の話。
日付も変わろうかという頃、漸くティンカーフィッシュに戻ったライトは、一足早く戻っていた去月に預かってきたモノを見せた。
「この画像、連邦関連の衛星写真とは微妙に画質が違う。
何処の物か分からないか?」
去月は無言で受け取ると一瞥し、すぐに返した。
「回答が出ているのに聞くのは、性格が悪いとしか思えんが?」
ライトはニヤリと口の端を持ち上げて笑うと、さらりと答えた。
「答えが一つなら聞かないが、残った答えが複数だったんで確証が欲しい。
それに忍者の物なら、付随する情報も得られるんだろ?」
その様子に、根負けしたように肩を落とすと去月はボソリと言った。
「何がいる?」
物わかりの良い相棒に人懐っこい笑顔で礼を言いながら、取り敢えず必要な情報を頭の中でまとめだした。
「そうだな、まずは簡単な環境情報と、その遺跡らしき物の正確な位置……後は、分かる範囲で構わないから、ここ30年ほどの間に出入りしたモノが有るかどうか―――って所だな。
どれくらいかかる?」
腕を組んで聞いていた去月は、つい、と立ち上がると出口に向かって歩き出した。
「―――――1時間で揃えよう。ケルベロスを借りるぞ」
「サンキュ。起きて待ってる」
口数の少ない、素顔も分からない、しかし頼りになる相棒の後ろ姿に手を振りながら見送った。
「ホットミルクでも入れてやるかな……」
面倒を掛ける手前、何か出来る事が無いだろうかと考えた末、名案が閃いた。
ホットミルクは、生前シェリルに唯一教わったレシピ―――と、言う程大した物ではないが―――で、みんなにも褒められていたし、自信がある。
その所為かどうかは知らないが、牛乳には拘りがあるので自分が美味いと思う物しか買わずにいたら、いつの間にか一流だとか上質とか言われる銘柄に落ち着いている。
砂糖も同じような理由で、自分が作る時のホットミルクには自分で吟味した極上の物しか使わない。
「あんまり甘すぎないし……、大丈夫だよな」
牛乳本来の風合いを殺さない、上品な甘さ。自分用に入れたマグカップに口を付けて、味を確かめる。暫く作っていなかった割には上出来だった。
そう言えば、ホットミルクを作るのも随分久し振りだ。
シェーラがティンカーフィッシュに乗り込むようになってからも、何故か一度も作っていなかったのを思い出した。
そんなに余裕が無かったのかと苦笑する。
そして少しは余裕が出来たのかと、何だかホッとしたような気分になる。
ホットミルクを一口含む度に、張り詰めていた何かが溶けていくような、そんな気がした。
「……此処に居たのか。待たせたな、データが揃ったぞ」
キッチンにひょこりと顔を出した去月の手には、プリントアウトした用紙の束と、モバイル用のデータディスク。
「ああ、悪い。去月も飲まないか? ホットミルク」
まぁ、断られたら自分で飲めば良いだけだし、と半ばダメ元で声を掛けると意外な程に素直な返事が返って来た。
「気の利いた駄賃だな。―――――頂こう」
ばさりとテーブルの上に紙束を置くと、代わりに陶器製のマグカップを手に取った。
それは、去月がこの船に乗り込むようになってからすぐに、なんだかんだと身の回りの物が必要だからと、ライトが率先して買い集めた内の一つだった。
飾り気のない、極シンプルな白いマグカップだが、去月は気に入ったのかいつも使っているようだ。
「―――――物喰ったりする時くらい、脱いでも良いんじゃないか?」
当然、覆面の事である。
今も、マグカップを手に取った去月は律儀と言うべきか、お堅いと言うべきか、素顔を見られないようにライトに背を向けてホットミルクを飲んでいる。
「一応直接の命令なのでな……。私とて、実際面倒だ―――察してくれ」
忍者の情報網とは恐るべき物らしいので、本星から遠く離れた宇宙空間だからと言って気を抜く訳にもいかないのだ、というのは理解出来るが……それにしてもあんまりじゃないかと内心思ったりもするのだが。
とは言え、これ以上去月に迫ってみたところで覆面を取ってくれる訳もないので早々に切り上げる事にする。
とても1時間でまとめ上げたとは思えない量の資料を手に取り、目を通してみる。その量に比例して、恐ろしく密度の濃い内容だ。
ふむ、大気の成分は人類種が活動するには問題ないな……。
地殻調査の結果も特に問題視する項目はなし、と。
内容に集中していると、コトンという音でマグカップが置かれたのが分かった。
「ごちそうさま、美味かった。しかし、意外な取り合わせだな」
「まぁな。その昔、シェリルに唯一教えて貰った物なんだ。
シェーラより先に振る舞ってやったんだから、恩に着ろよ?」
何故そんな事を言ったのか、ライト自身良く分からないけれど。
「ほう、いかにも悔しがりそうな話だな。目に浮かぶぞ」
そう言われて、咄嗟に想像してしまった。耳元で散々喚かれる図が容易に浮かんでくる。心なしか、耳まで痛くなってきたような気さえする。
「―――言えてる。シェーラにバラすなよ? 去月」
げんなりとした表情で釘を刺しておく。
元々二人はあまり仲が宜しくないので一言言っておけば安全だろうから。
「心得ておこう。では、明日も早いので先に休ませて貰うとしよう」
真っ黒尽くめの相棒は、くるりと背を向けて出て行こうとする。
覆面のお陰で表情が掴めないのは、感情の機微が読み取れないので、彼が同行し始めた当初は少々困った物だったが、段々と空気が読めるようになってきた。
それが間違っていなければ、という前提ではあるけれど、去月はシェーラが悪態を付くほど無関心でもなければ、無感情でもない。
そりゃそうだ。いくら忍者と言ったって、相手は生きた人間なのだから。四六時中、気を張り詰めっぱなしという訳にもいかない。
「ああ、すまん。助かった」
出口で、ふと立ち止まった去月が振り返っているのに気が付いた。
「―――――何だ?」
言い忘れた事でもあるのかと、無言のままの相棒に問いかけると、彼はつい、と視線を外した。
「レポートにも有るが、惑星NH-780389には先史文明の遺跡が残されている。
年代測定の結果からは、少なくとも10万年はゆうに経っているものらしい」
去月は事も無げに話しているが、10万年も以前の物だとなると……。
「じゃあ、『殲滅歴』時代の物だって事か?!」
かつて、「殲滅歴」―――人によっては「喪失歴」とも呼ぶ時代があった。
その時代、人という種は一度、壊滅し掛けたのだという。
それまでの文明を総て失い、数を失い、希望を失った。
何が原因でそんな事態になってしまったのかは、記録が一切残っていないので、現代を生きる自分達には知るよしもない。
その為、「殲滅歴」という説自体、根も葉もない噂だと歯牙にも掛けない歴史学者や考古学者が殆どだ。
そんな彼らは、殲滅歴と呼ばれる時代には、人類はまだサルからの進化の途中だとしている。
しかし、時折発見される、年代測定の噛み合わない遺物が『殲滅歴主張派』の根拠ともなっていた。
「『殲滅歴』を知っているのか……」
「ああ。昔、リョウヤに聞いた事が有るんだ。
今生きている人間達のいくらかは、殲滅歴を生き延びた者達の子孫なんだ……って。
そう言う人達がまだ居るのかどうか、俺にはよく分からないけど、殲滅歴ってのは、俺は有ったと思う」
去月がこちらに向き直す。
「何故、そう思う?」
「別に、確かな根拠があるって訳でもない。強いて言えば『そう思うから』としか言えないけどな」
ま、単なる思いこみだよ―――と苦笑するライトに、相棒はポツリと言った。
「真実だ。『殲滅歴』は存在する。
今では……忍者と一部の僅かな種族のみが、本当の記憶を継いでいる。
それ故に、我々は束縛と力を受け入れざるを得ないのだ」
「去月……」
「―――本題はここからだ。
その『殲滅歴』以前の遺跡はどうやら墳墓だったのか、いまだに同時期の副葬品や魔導具が盗掘を逃れて残っているとの話だ。
何分、盗賊よけのトラップだの何だのが多すぎて、ウチの方でもまだ完全には調査し切れていないらしいが、魔力反応の数値から見てかなりの物が最深部に有ると見て良いだろう」
まるで、依頼の内容を聞いていたかのような物言いをする。
全く、怖いヤツだ。
しかし、そこまで話してくれるという事は、もっと確実な情報も握っているのかも知れない。
素直に聞いてみる事にした。
「じゃあ、『犠牲の心血』も、その一つなのか?」
瞬間無言になるが、去月は覆面の下で笑ったようだった。
「――――アレは、かなり特殊だ。
かなり昔に盗掘にあって持ち出されていたが、20数年前に自分で戻っている」
いやいや、言葉がオカシイだろ。
宝石が、自分で戻るなんて?
「そんな顔をするな。事実だ。
アレはもう、単なる宝石などではない。自らの意志を持ち、所有者を操る、現在ではもう二つと無い程強力な『生きた魔導具』となっている。
精神力の弱い者なら、近付いただけで狂死しかねない程の邪気を放ち、何人たりとも近寄らせない。
アレを相手にするのは生半可な事ではないぞ」
あくまで淡々と話す去月に、段々気が滅入ってくる。
ターゲットが『超強力な「呪いの宝石」』から、『超強力で邪悪な「生きた魔導具」』にランクアップまでされてしまった。
本来、遺跡遺物系はほぼ専門外なだけに、良く分からない事も多い。
「―――何か、良いアドバイスってある?」
「アドバイス、か……そうだな。まずは気をしっかり持つ事だ。
でなければ邪気に取り込まれてしまう可能性がある。
しかし、アレはあくまで魔導具であって魔導士ではないから魔法は使ってこない。
気をつけるべきはむしろ遺跡のトラップや、守護者として配置されている魔法生物などの方だろう。
後は、アンデッドとして存在する事になった盗掘者の仲間入りなぞしないように、不死者対策をしっかりしていく事だ」
遺跡と聞いて、考えなかった事ではないけれど……本気でファンタジーなアドバイスに用意すべき武器などの算段をし始める。
「聖水と、銀の弾丸。護符も何枚かいるかも知れないなぁ」
ブツブツと考えをまとめていると、また声がかかった。
「アンデッドは、何も盗掘者だけとは限らない。歴史上、かなりの数の部下や奴隷が殉死したり人柱にされるという話が良くある。―――用心しろ」
流石忍者、知識が豊富だ。
「成程、参考になるよ。明日、何処かの教会にでも行ってくるか。
あ、悪い。明日早いんだったっけか?!」
もう休むと聞いてから、随分話し込んでしまった。結構時間が経っている。
自分の事で引き留めたりして、悪い事をしてしまったな、と思う。
「構わん。明日は一度本星へ戻る用があるのでな。
早く戻れば用も早く済ませる事が出来ると言うだけの話だ。
厳密に時間を指定されている訳ではない」
言外に『気にするな』と言われているのが分かる。
そして、ヒラヒラと手を振ってみせると、今度こそ彼は部屋を後にした。
見てみろ、シェーラ。確かに去月はちょっと……いや、かなり取っ付きづらいだろうけど、ホントは結構良いヤツなんだぞ?
大抵、無口な去月にギャンギャンと噛み付くのはシェーラの方だ。
今ではやる事なす事総てが気に入らないらしく、顔を合わせば文句を言っているような状況になってしまっている。
ライトには、何がそんなに気に障るのかが分からないだけに、対処のしようもない。
去月は去月で決して相手にならない。
まぁ、その事がまた、シェーラの苛立ちを増幅するのだという事は、理解できるのだが。
「性格的に合わないのかなぁ……。
でもせめて、あの怒鳴り散らすのだけはヤメさせないとなぁ―――」
この音も伝わらない宇宙空間の真ん中で、騒音公害というのも笑えない話だ。
ライトは頭を切り換えると、再び手元の資料に目を落とした。




