2-2 犠牲の字を持つ石
依頼人がどうしても手に入れたい物騒なシロ物の話。
秘書に案内されて、一人の初老の男性が入ってきた。
かの有名なアパレルブランド『ディエゴ・デ・サンタカタリナ』創設者にして、稀代の天才デザイナー―――――オニール・ペシャワール。
「お久しぶりです、ペシャワールさん。どうぞこちらへ。本日はお呼び立てして申し訳ありませんでした」
すっかり社長の顔をしたフレッドがソファを勧めながら、握手を交わしている。
「いえいえ。こちらこそ、厄介な事をお願いしてしまって……。では、こちらが?」
「はい」
フレッドは誇らしげに微笑むと、横に立っているライトを紹介する。
「以前お話ししました、幼馴染みのディライブ・エルズワース。
―――というより、こう言った方が分かり易いですね? 『黄金の調停者』“ライト”・エルズワースです」
「おお、あなたが……」
ペシャワールは瞬間目を見張ると、にっこりと微笑んだ。
「初めまして。お会い出来て光栄です」
ライトが営業用のキリリとした顔で手を差し出すと、男性にしてはやや繊細な……しかし、職人らしい手が力強く握り返してきた。
「こちらこそ。まさか本当にご本人にお会い出来るとは、思ってもおりませんでしたよ」
顔合わせを終え、互いに腰を下ろしたのを見計らったかのように、秘書がお茶を運んできた。
嫌味のないふわりとした紅茶の香りが辺りに漂う。音もなく秘書が退出した後で、フレッドが口を開いた。
「この間は、お話の詳しい内容をお伺いしなかったのですが、彼はご存じの通り一級ライセンスを持つアクティブ・コンダクターです。
腕の立つアクティブコンダクターという条件では、彼以上の人材もそうそう居ないと思います。
どうですか? お話しいただけませんか?」
フレッドの長台詞に、それまでずっとティーカップの水面に視線を落としていたペシャワールは漸くぽつりぽつりと話し出した。
「そうですね。ライトさんならば、私としても願ってもない程の方です……。しかしながら……」
否定の意味の言葉を口にしながら、だが、彼は自戒するように首を横に振った。
そして、続ける。
「―――――いや。まずは話だけでも聞いて頂けませんでしょうか?
実は……とある場所から、いわく付きの財宝を取って来て頂きたいのです」
そう言って、ペシャワールが背広の胸ポケットから出してきたのは、酷く不鮮明な画像をプリントアウトしたものだった。
受け取ったフレッドはちらっと見ただけで、興味なさそうにすぐライトに渡してしまう。
「……監視衛星か何かの超望遠画像ですね。
地上の物がここまで判別できる解像度を持つ衛星なんて限られてくる。
それにしても、これは何処ですか? 何か、遺跡のような感じですが―――――?」
一見しただけでそれだけのことを言い当ててしまった事に、ペシャワールは驚いたようだ。
フレッドはふ~ん、と言った感じで横からライトの手元の紙を覗き込んでいる。
「おみそれしました。その通りです。その画像はとある筋から手に入れた物なのですが、そこは惑星NH-780389。
未だに入植調査すら済んでいない未開の惑星です」
「え?! 入植調査がまだと言うことは……」
通常、人類種が住めそうな新規の星が見つかると、まず「入植調査」と呼ばれる、大気や地殻を始めとした自然環境の調査が行われる。
そして「検討委員会」と呼ばれる臨時の委員会が招集され、散々議論を戦わせた後に答申を連邦議会へ提出する。
意思疎通可能な先住種族が存在した場合には、この時に協議の場も持たれる。
次に広く一般へ公示され、連邦議会での議論に入った所で各種団体等も参加した公聴会がネットやTVなどのメディアや、大都市などで開かれて……と言った感じの流れになる。
が、問題なのはその間―――つまり、惑星発見から実際に入植許可が下りるまでの間は、一切の部外者の立ち入りが宇宙法(連邦法よりも位置づけ的には上の法律になる)で禁止されているのだ。
フレッドが素っ頓狂な声を上げるのも、無理もない。今回の依頼は最初から“違法”なのだから。
「幾らなんでも、無理ですよ……。裏から手を回せる範囲の話じゃない。
大体、入植調査もまだの星に降りるなんて、そんなの自殺行為に等しいじゃありませんか!」
心配性の権化とも言える性格のフレッドは、非難囂々だ。
未調査の星とは、大気の成分も判らない、何処に危険な獣が居るかも判らない、勿論地図なんて有る訳もない、そんな厄介な場所なのだから。
「まぁ、待てよ。フレッド。先程、躊躇われたのはそう言う意味だったんですね。
それで、取ってこなくてはならない”いわく付きのお宝”というのは何なんですか?」
内心、ライトは興味をそそられていた。
そう問われ、ペシャワールはもう一枚の紙を出す。どうやら古い文献のコピーらしい。
そのコピー自体がもう随分くたびれて居るようで、折り目の所から千切れそうになっている。
破ってしまわないように気を付けながら、ライトは素早く内容を読み解く。
そこに書かれている文字は、今や誰もが話し、書くようになった全宇宙標準語の元になったとされる、一時代前の言語だった。
文字も似ているし、文法もほぼ同じだから解読と言う程苦労もせずに読むことが出来た。
しかし、ライトの顔がみるみる険しくなっていく。
「これは……『犠牲の心血』!!」
その物騒な名は、この古ぼけた紙に綴られ、挿絵に描かれた宝石に付けられた恐怖の字。
所有者を次々と呪い殺し、その血で自らの赤さを増すと言われた深紅のルビー。
ライトの記憶が正しければ、30年ほど前から所在不明になっていた筈だ。
「『ぎせいのしんけつ』って……あの、呪いの宝石かい?」
「ああ。あの有名な、ね。でもな、フレッド。
この宝石にはあまり知られていないけど、異名には続きがあってね。
『我は汝の血に報いよう』って言うのさ」
にやりと笑って言ったライトに、幼馴染みはふーん、とイマイチ不服気味だ。
「それって、呪い殺すけどその代わりに何か報いてやるって事だろ? ちょっと矛盾してない?」
殺されるのに、望みを聞いてやるなんて意味無いじゃないかと一人憤慨する。
「それについては、俺に言われてもなぁ。
で、そんな異名があるもんだから、呪いが降りかかると判っていても尚、求める人が後を絶たなくてね。
それでも、え~と……、確か30年くらい前から行方が分からなくなってる筈なんですけど―――――?」
最後の問いかけは明らかにペシャワールに対する物だ。
「その通りです。そこまでご存じならば話が早い。
私がお願いしたいのは、『犠牲の心血』と呼ばれる宝石を、その遺跡から取って来て頂く事です」
その目は真剣で、とても興味本位で言っている話ではないのが伺える。
「……理由を、お聞きして良いですか? あなたが、呪われ命を落としたとしても報いられたい、その理由とは何ですか?」
依頼の内容的には面白い。ライトは既に半分以上この依頼を受ける気で居た。しかしまだ、その理由によっては断ろうとも。
ペシャワールは三度、胸ポケットから何かを取り出した。
「―――――孫です」
今時珍しい、印画紙にプリントされた写真には小さな男の子が写っていた。
年の頃は7~8才くらいだろうか? 当人は一応微笑んではいるが、写り込んでいる背景には窓もなく、白い壁に白い天井、白一色の部屋に厳めしい機器の数々……どう見ても病室だった。
「進行性の、不治の病です。生まれてこの方、この病室しか知らないルーティは、このままでは外も知らずに、後半年も生きられないのです。
私は……、ルーティが不憫でならないのです。
せめて、一度でも良い、外の世界を見せてやりたい。光に溢れる世界を、教えてやりたいのです―――――」
深く刻まれた皺に埋もれるような目から、憚ることなく涙を流しながら、どんな大物とも対等に渡り合ってきただろう豪傑はこの時、孫の身を案じる一人の祖父だった。
「分かりました、お引き受け致します」
「ディーッ!?」
すかさず横から、咎めるようなフレッドの声がかかる。
「ですが、この遺跡に『犠牲の心血』が有るという情報の根拠と、その確認をこちらの方でもさせて頂きます。
その上で、確証が得られれば惑星NH-780389へ出向く事になると思いますが、その際にはこちらから途中経過と共に報告いたします。
それで宜しいですか?」
淀みのないその言葉に、老人はいまだ濡れた目元をハンカチでせわしなく拭うと、ライトの手をとって何度も何度も頭を下げた。
「結構です、結構ですッ!!! まさか、引き受けて頂けるなんて―――――!!!」
その後、ペシャワールから情報の出所を聞き出そうとしたが、彼自身その情報の出所が判然としていないようだ。
とは言え、衛星の画像から判断すれば連邦の監視衛星か、それに準じる(或いは更に上の)レベルの衛星を持つ組織からのリークだろう。
今回、重要なのは情報の出所そのものではなくて、情報の信憑性の一点に尽きる。
……とは言う物の、ライト自身はもう既に一度は惑星NH-780389に行く事を勝手に決めていたが。
「どーゆーつもりなんだい? あんな依頼、何で受けたりするんだよッ?!
違法で、あまつさえどんな危険が有るかも分からないのに?!」
途中から完全に無視された格好のフレッドは、ペシャワールが帰った後恐ろしく不機嫌丸出しで文句を言い始める。
「面白そうじゃないか。未調査の星にあんな遺跡が有るって事は、先住種族が居たって証だろ?
まぁ、情報についてはまるっきりアテが無い訳でもないしな。
でももし、あの場所に『犠牲の心血』が有るのなら、俺も見てみたい」
悪戯好きの腕白坊主が、悪巧みをしている時の顔だよ、とフレッドは思った。
望まなかったとは言え、独り立ちしてもう随分経つというのに、少しも子供の頃と変わっていない。
ディーが一度こうと決めたら、テコでも動かない事は身に凍みて知っている。
「でも、ディーまで呪われたらどうするんだよ……」
「生憎と、ペシャワール氏のように呪い殺されてまで報いられたい願いなんて、俺には無いからね。
俺の願いは、俺が果たしてこそ意味がある物だから」
フレッドにはその『願い』が分かる。分かるからこそ、敢えて避けた。
「でもさぁ、僕には良く分からないなぁ。
いくら孫が助かったって、自分が死んじゃったら意味ないじゃないか」
避けたはずだったのに。
「心の底から大事だって……失えないって思える相手が出来たら、お前にもきっと分かるよ」
遠くを見つめるような目をしたライトに、フレッドはまた胸の奥底がじりり、と痛くなる。
その痛みを紛らわせるように一度、ぎりりと拳を握って目を閉じた。
一瞬で開かれた瞳には、もう影など欠片もなくて。
「ひっどいなぁ~~。それって僕がディーの事を心の底から大事だって思ってないって事ォ~~?」
ぼんやりと思い出に浸っていたライトは、幼馴染みからの突然のチョーク攻撃を躱す事も出来ずまともに受けてしまった。
「ばっ、そう言う意味じゃないって……おい、く、苦しいっ……ッ!!」
「おしおきだよッ!! 大体、いつもいつも、僕がどれだけ心配してると思ってるんだッ!!!
たまには思い知れッ!!!」
久し振りに逢えたせいか、その後もフレッドはなかなかライトを帰らせてはくれず、しつこく誘われた夕食を漸く断って社長室を出た頃にはとっぷり日が落ちてしまっていた。




