2-1 久々の 再会
エルツベルガー社の社長室で親友と再会する話。
社長室に通されると、それまで聞こえていたごく微かな音さえもが消えた。完全な防音処理がなされている証だ。
流石に超巨大企業のトップの部屋ともなると、そう言う設備が必要になってくるのだろうか?
「やあ、ディー! 久し振りだね。活躍の噂は僕の所まで聞こえているよ。元気そうで何よりだ」
手元の書類に落としていた視線を上げライトの姿を認めると、爽やかな笑顔を見せてこの部屋の主が、豪奢な革張りの社長椅子から立ち上がった。
「ああ、フレッドも。お前こそ、第三四半期の業績はぶっちぎりの1位だって、ネットのビジネスニュースで見たぜ?」
すっかり出世した幼馴染みは、仕立ての良いダブルのスーツを隙無く着こなし、立ち居振る舞いもどこかモデルのようでさえある。
「大袈裟すぎるよ、ぶっちぎりだなんて……。
確かにシェアの格差は僅かだけ開いたんだけど、でもまだまだ一人勝ちって言われる程には、勝っちゃいないんだ」
差し出していた右手をあっさりすかされ、抱きつかれる。
二人ともいい年をした大人になったんだから、いい加減抱く付くのはやめておけといっても、地位も名誉もあるこの幼馴染みは言う事を聞かないのだ。
フレッド曰く「握手」はビジネスライクで嫌なのだという。
昔馴染みで親友でもあるライトと会っている時くらいは、仕事を忘れていたいのだと以前話していた。
脳天気そうに『あははー』と笑うその顔は、いまだに何処か幼い頃の面影を宿していて、何となくライトは安心した。
「―――で、わざわざ俺を呼び出すなんて、何かトラブルでもあったのか?」
抱きついていたフレッドが複雑そうな表情で離れる。
「ったくもー。久し振りの再会だって言うのに、即仕事の話なんてやめてくれよー。
もうちょっとこう、旧交を温めるとか、そーゆーのないのか~?」
変に甘えん坊な所も変わってないな、と苦笑いが浮かぶ。
「そんな事言ったってなぁ。恋人同士だったらそう言うのも有りかも知れないけどな。
―――お前、男だし」
「ひっどいなー。あ、まさかそーゆー事言い出すなんて、ひょっとして恋人でも出来たのか?!」
心底疑っているフレッドの顔が忌々しい。
「その『まさか』と『ひょっとして』って、それこそ酷ぇな……。
だけどなぁ、俺みたいな仕事してて彼女なんて出来る訳ないだろォ~~~?!」
恨めしい想いを込めてライトが吼えるのを、フレッドは実に嬉しそうに笑って見つめている。
「そーだよなぁ~。ディーが僕より先に恋人作るなんてあり得ないよなぁ~♪
だって、仕事の虫で朴念仁で、意外とモテてる癖に全ッ然気付かないニブ野郎だしー」
何でそこまで言われるんだろう……。俺、何かしたっけ? と思わず頭を抱えそうになる。
「ディーが三英雄と行っちゃった後だって、どれだけ女の子やシスター達が泣いたか知らないだろ?」
「初耳だぞ……。」
ライトにとっては、本気で初めて聞いた話だった。
「ほら見ろ~。ディーって真剣気付いてないんだもんなぁ。ここまで来ると一種の才能かもね?」
へらへらと笑ってみせる幼馴染みをヨソに、ライトは段々自己嫌悪に陥っていく気がした。
俺ってそんなに鈍いんだ―――――
誰が泣いたんだろう? ホントにそんな子居たのかよ?!
何で気付かなかったんだ、俺ェェ……。
「そんな事よりさ、ディー、相棒作ったんだってね? どんな人なんだい?」
『そんな事』と軽く脇へやられてしまった事態に、何気にショックを感じながらも、にこにこと聞いてくる幼馴染みに『何て言えばいいかなぁ』とちょっと考えてしまう。
「何? そんなに表現し辛い人なのかい?」
「うーーん、表現し辛い……そうだなぁ。し辛いって言えばし辛いかなぁ」
そう言えば、何処まで話してしまって良いものやら。
去月は、一応一般人なら知る筈もない裏世界の存在である『忍者』で、かもその忍者達の中でもトップクラスの実力を誇る実務集団の一員で―――。
「ホントは今日も連れてこようと思ってたんだけどさ。
何か優先の仕事が入ったらしくて先に出られちゃったんだよ。でもまぁ、一緒じゃない方が良かったかもなぁ」
ガリガリと頭を掻くライト。
「どうしてだよ? 僕、是非会ってディーの事よろしくってお願いしようと思ったのにさ」
相変わらず笑顔で話すフレッド。
そう言えば、笑顔で毒のある言葉を吐くのもこの幼馴染みの得意技だった事を思い出す。
しかし、その相手は専ら親友であるライトだけに限られていたが。
「あのな……。何で俺がそんな事言われなきゃなんねぇんだよ?!」
「だって、ディーって猪突猛進っぽくて危なっかしい所満載だからね~。
しっかりした人が側に居て手綱握ってないと、安心出来なくってさー♪」
「俺ぁ、暴れ馬か何かかっつーのッ?!」
いい加減堪忍袋の緒が切れそうになってライトが声を荒げると、親友はニヤリと笑って、しかし少しも笑っていない目をして一言返してきた。
「―――――あれぇ、違うの?」
背筋に冷たいものが伝う。
「仕事にかまけて、親友に顔も見せないどころか、メールもろくに返してこない様なヤツだもんなー。
今回だって、仕事だからって言わなきゃ、返事も寄越さなかったんだろうし」
言われてみれば、フレッドは季節の挨拶なんかの近況報告メールをこまめにくれていたが、ライトの方は記憶にある限り一度だって返事をしたことがない。
三英雄がまだ一緒に居た頃は、何故かそう言うことには一番関心なさそうなスタンが意外にも一番うるさくて、ライトに代わり近況報告程度は連絡していたようだったが。
それも、一人になってしまってからは当然なくなってしまって。
もうそこそこの長さの日々を一緒にいるシェーラにしても、ライト宛のプライベートメールまではのぞき見たりはしないだろうし、そもそもライト自身にしてもパスコードを教える気もない。
シェーラはコンピュータに関しては知識がヨワイので、自力でパスコードの解読も突破も出来ない筈だ。
「……あーもー。悪かった。悪かったよ!!
一方的に、全面的に、総て俺が悪ぅございましたッ!!! イ ゴ キ ヲ ツ ケ マ ス」
ヤケになって、並べ立てた謝罪の言葉だが、最後は棒読みだった。
「―――心がこもってないなぁ……。ホントに判ってんの?
何も、虐めたくて言ってる訳じゃないんだよ?
僕はね、本当に心配なんだよ、ディーのことが。
いつもいつも、危ない事ばっかりしててさ。
君は有名人だから、ちょこちょこメディアで記事を見かけるけど、その度に僕がどんな思いでそれを読んでると思うんだい?
勝手なのは承知で希望を言わせて貰うと、君にはウチの警備の責任者にでもなって貰った方が、僕としても安心して仕事に打ち込めるんだけど?」
あああ、なんだかまたヤバイ方向へ話が展開していきそうだ。ライトは今までの経験からそう思って内心ウンザリしていた。この幼馴染みは悪いヤツでは無いけれど、恐ろしく心配性なのだ。
それも、上に『ウルトラ』とか『超絶』とかいう修飾語が複数ついてもおかしくない程に。
しかし、今日はライトの方にツキがあったらしい。内線が入り、来客を告げたようだ。
「そう、時間通りだな。ではこちらへお通ししてくれ」
フレッドの口調がすっかり“社長”へと戻っている。
受付からの内線を切ると、彼は秘書室にでも掛けたのだろう、お茶の用意を頼んだ。
「ああ、ペシャワール氏は紅茶党だからね。最高級の茶葉で頼むよ」
退散しようかと声を掛ける前に、彼が口にした来客の名前が気になった。
ペシャワール氏と言えば―――アパレル業界では第一位の業績を誇るブランド会社『ディエゴ・デ・サンタカタリナ』の創始者であり、現在では名誉会長の職に就く人物ではなかったか。
確か、今では創立当時からの愛弟子であり、右腕でもあった現社長にほぼ全権を委譲し、悠々自適の隠居生活を送っているというのが巷の噂である。
もうかなり高齢の筈で、とても自分と同年代のフレッドとの面識があるとは思えなかった。
業種だって、かけ離れている。
やっぱり違う人物かな、と思いながらフレッドを見やると、既に彼はソファーセットに腰掛けていた。
「さ、ディーも座って。今回の依頼はペシャワール氏からなんだ。
実は僕もまだ、あんまり詳しくは聞いてなくてね。
ちらっと聞いた話じゃ、どうもトレジャーハンターっぽい事らしいんで、わざわざディーが出張る理由もないんだけど、
でもなんだか普通のシロモノじゃないらしくてさ~。
腕の立つアクティブコンダクターを知らないかって聞かれたんだよ」
と、そこまで話した所でブザーが鳴った。
秘書からのインターホンで、来客の到着を知らせる物だった。
「ああ、丁度いらっしゃったね。後はご本人から直接聞こうか―――――」




