《過去編》 2-3.出逢いと別れと旅立ちと -3-
ディーとフレッドがケルベロスを見て驚いた話。
船を案内されている間、子供達は感激しっぱなしだった。
生まれてこの方、本物の宇宙船など見た事も乗った事もないのだから仕方のないことかも知れない。
一通り船内を見て回って、リビングの様になっている部屋へ行くと、外の片付けを終えて戻っていたシェリルがコーヒーを入れてくれていた。
「おかえり~、二人とも、どうだった?」
「すっごいよー!」
「うんっ! どんな本で見た船より、一番凄かった!」
未だに興奮冷めやらず、な少年達の感想に、シェリルはリョウヤに『良かったね~』と微笑む。
「ったりめーじゃん。この船はそん所そこらの船にゃ絶対負けねぇぜ」
なんてスタンは大威張りだけれど、リョウヤは柔らかい笑顔を浮かべただけだった。
「それにしても、これだけ大きな船なのに、三人だけで動かしてるんですか?」
見たところ、他の乗務員の姿がない。フレッドが至極素朴な疑問を口にした。
「ああ、そうなんだ。と言っても、メインの航行は殆どこの船の本当の主がやってくれるんだけどね」
「『ほんとうのあるじ』?」
リョウヤの言葉をオウム返しに聞き返す。
「『ケルベロス』、出てきてやってくれないか」
と、みんなが着いているテーブルの上に突然、”黒い大きなもの”が現れた。
「う、うわぁっ!」
恐がりなフレッドが思わず立ち上がってしまって椅子を転かせたのに対し、ディーはじぃっと見つめていた。
「こいつが『ケルベロス』……」
立体映像として現れたそれは、黒く大きな、三つの頭を持つ猛犬のものだった。
「ははは、ごめんよ。驚かせるつもりは無かったんだ。ケルベロス、やっぱりお前の姿は怖いってさ」
リョウヤの笑いを噛み殺す様を睨み付け、少年達に向き直る。
『失礼な。「やっぱり」は余計だ、リョウヤ。
すまなかったな、小さなお客人。我が名はケルベロス。この船のホストコンピュータだ』
「しゃべったぁあああ~~~っ!!」
逃げだそうとするフレッドの手をつかんで、ディーが宥めている。
「大丈夫だよ、怖くないよ、こいつ」
と、ケルベロスの中へ手を突っ込んで動かして見せる。
「ほ、ホントに……? 怖くない……?」
「ほら、良く見ろよ、フレッド。ホログラフだ」
そう言われて、ようやくフレッドは落ちついて来た。
「ふー、ゴメンな、ケルベロス。コイツ、すっげー恐がりなんだ。
でも、地獄の番犬なだけあるよ、見た目かなり怖いし」
『かまわぬよ、少年。些細なことだ』
物怖じしない子供だな、とリョウヤが感心していると、スタンが違う意味で感心していた。
「へぇ、お前良く知ってるな? 『ケルベロス』が地獄の番犬だってこと」
「え、あれ、そう言えば、何でかな? ふっと、頭に浮かんだんだけど」
「へぇ~、すごーい、ディー君。この子見ても怖がらないし、ねぇ、リョウヤ?」
シェリルが素直にほめている。
「あ、ああ、そうだな。初めてケルベロスを見ると、たいてい怖がられるんだ。シェリルや、スタンさえ一番初めは驚いてたんだよ。
あの時は凄かったよな、ケルベロス?」
と、リョウヤはケルベロスではなく、スタンの方を向いて笑う。
「あ、リョウヤっ!! くだんねぇこと言い出すんじゃねぇってッ!!」
『そうだったな。あの時は傑作だったぞ、スタン』
珍しくスタンが大汗かいて焦りまくっている。
「って、ケルベロス! お前までッ! その話はもう終わりだッ!! 終わり!!」
と、スタンが怒鳴り散らして無理矢理話を終わらせた。
「でも、二人とも……良く森抜けてまでここに来ようと思ったね。あの森って、けっこ広いでしょ?」
見れば、少年達のむき出しの腕や足には細かいひっかき傷がいっぱい付いている。
「途中で何度も帰ろうって言ったんだけど、ディーが……ここまで来たんだからって」
「だって、勿体ねーじゃん。それに、そこで帰っちまったら、きっと、後悔する。
……そんなのは、絶対にイヤだから」
きっぱりと少年が言った。その新緑の色を湛えた瞳には強い意志がかいま見える。
「そっかぁ~。嬉しいね、そんなに好きになってくれるなんて」
「……ホントはさ、それだけじゃないんだ。どうしても聞きたい事があってさ」
えへへ、と笑うディーに、フレッドが目に見えて不機嫌そうになる。
「……ディー、また『待ってる人』?」
「……うん。」
気まずそうに、少年が応える。
それでも、気持ちを切り替えてディー少年は三英雄へ向き直る。
「俺、早く宇宙へ出たいんだ! どうやったら、宇宙に出られるのか教えて欲しいんだ!」
三英雄は突然そんなことを言われて、驚いた。
こんな、10歳にも満たない小さな子供が、いきなり「宇宙へ出たい」と言い出したのだから。
それも、どうも単なる憧れから言っているのでは無い事は恐ろしく真剣なディーの表情からも伺える。
「どうして、そんなに宇宙へ出たいんだい?」
「……笑われるかも知れないけど、俺の事、待ってる奴が居るんだ。広い広い、宇宙の何処かに。
だから、探しに行ってやらなくちゃいけないんだ。探し出して、そばに居なくちゃ」
子供とは、到底思えない表情だった。
リョウヤは何故か眩しそうに少年を見つめていた。
生き別れの恋人を捜す青年のようだと、シェリルは思った。
魔導士は無言でコーヒーを飲んでいた。
「そんなの、居るわけ無いじゃないかっ!」
フレッドだった。見るからに大人しそうな少年の突然の激高に、三英雄が驚いていると、フレッドは更に続ける。
「それに、宇宙に出たからって、無茶苦茶広いんだぞ?!
そんな中からたった一人だなんて、見つかりっこないよ!」
溜め続けていた物が爆発したかのように、フレッドは甲高い声で喚いていた。
「……そんな事、ないっ! どんなに広くったって、俺は絶対に見つけてみせるっ!」
ディーの声も、大きくなっていた。きっぱりと言い切る幼なじみに、フレッドは泣き出してしまった。
「何でだよぉ? なんでそんな居るか居ないか分かんない奴の事ばっかり一生懸命になるんだよっ!
ディーの大バカ野郎ッ!!!」
フレッドは走ってその部屋から出ていってしまった。間髪置かず、シェリルが後を追う為に席を立つ。
「頼む、シェリル」
「うん、任された~」
二人が出ていった後、残された少年は俯いて唇を噛んでいた。その頭を、大きな手がなでる。リョウヤの手だった。
少年が顔を上げると、優しい顔がそこにはあった。




