《過去編》 1.待ち人は宇宙に……
ライトが宇宙に行きたい理由の話。
「宇宙へ……行きたいんだ。どうしても。
俺を待ってる奴が居るんだ」
それは、物心付いた頃からのその少年の口癖でした。
その赤子は、春先の冷たい雨がそぼ降るある日、孤児院を兼ねていた私どもの教会の前に置き去りにされておりました。まだ、生まれて間もない様子のその赤子は、上等の絹の産着に包まれてすやすやと眠っていたのです。
見た所、書き置き等も見つからず赤子の身元が分かるような物は何一つ身につけてはおりませんでした。
しかしながら、漸く停戦合意がなされたとは言え、未だに戦火の途絶えぬ当時の状況では、身元を探すこともままなりませんでした。
そこで私はシスター達とも話し合い、その赤子を孤児院で育てることにしたのです。
将来、実のご両親や身内の方が見つかればとの願いを込めて、その赤子に『由来』と名付けて……。
孤児院のシスター達や多くの友人から愛情を注がれ、少年は驚くほど正直で真っ直ぐに、のびのびと、怪我や病気知らずに成長していきました。
少年は、皆から『ディー』と呼ばれ、慕われていました。
ガキ大将というタイプではありませんでしたが、不思議と回りに人が集まる魅力を持った子ではありました。確かに、年少者の面倒見もよく、正義感の強いその性格は大人である私たちから見ても頼もしく思えたものです。
また、子供ながら整った顔立ちやすらりとした長身で、同じ年頃の女の子達の噂の的でした。
「ディー、女の子達がバレンタインデーの贈り物を渡そうと探していましたよ?」
私は、屋根の上に出て空を見上げている少年を見つけて言いました。
「え、そう? ……でも……俺、そーゆーの、ちょっと、苦手なんだよな……」
雲間から差し込んだ日差しが、少年の金色の髪にキラキラと反射していました。
「ほう……。そう言えばディーは昔からもてる割に女の子が苦手ですねぇ」
ごそごそと窓から這い出て、彼の横に座りました。
「……ああ、ここは日当たりが良くて暖かいですねぇ。春も、もうすぐそこなんですねぇ」
「やだなぁ、牧師様……まだ2月じゃんか。
まだまだ朝なんて、すっげー寒いんだぞっ。今朝だって、雪降ってたし」
そう言えば早朝小雪がちらついていましたかねぇ……。
「うぅーん、これは、一本取られましたね……。時に、ディー……また空を見ていたのですか?」
少年は『うん』と頷きます。私の知る限り、この少年はずっとずっと、空を見上げているのです。
特に、一人になるといつもそうでした。
「俺、早く宇宙に行かなくちゃ……。誰かが俺のこと待ってる。
早く、早くそいつのそばに行ってやらなくちゃダメなんだ!」
その言葉を紡ぐ時、少年は酷く大人びた表情をします。
切なげな言葉と表情は、まるで長い時間恋人を待たせて居る青年の様でさえあります。
やはりこの子は、我々には想像も付かない「何か」を 背負っているのですかねぇ……。
「空の向こうには、何が君を待っているのでしょうね……」
少年と同じように、私は冬の灰色の空を見上げていました。
「………。分かんない……。
ホントは……そんなやつ居ないのかも知れない。
もしかしたら、広すぎて見つけられないかも知れない。
時々、不安になってそう思ったりするんだ……。
だけど、もしちゃんと居たら? 俺の事、ずっと待ってくれてるんだったら?
……探さなくちゃっ!」
そうです。少年は『誰か』と言うのです。
『何か』ではなく、『誰か』が待っていると。
「ディーは、誠実なんですね。
君を待っているその人を裏切れないんですねぇ」
「そんなんじゃ、ない。……そいつに逢ったら、何か分かる気がするんだ。
俺の……生まれた所とか、親や兄弟が居たのかとか、俺がどうして……捨てられたのか―――」
いつも明るい表情を崩さない少年が、唇を噛みしめて俯いてしまいました……。
少年にとって、戦災孤児ではなく、置き去りにされたと言う過去が、どうしても拭いきれない深い傷となっているのです。
普段、そんな素振りを見せずに振る舞う彼の心の影は、決して私たちには癒せないのだと感じずにはいられませんでした。
何故なら……彼が求める答えを、私たちは何一つとして持ち合わせては居ないのです。
そう、彼にとって、総ては宇宙に出なければ何も始まらないのですから。
そして、彼が孤児院に来てから7回目の夏が巡って来たある日。
……一つの出会いが彼の運命を大きく変える事となったのです。
これから暫く過去話が続きます。宜しければお付き合いください。




