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 王都アディリルは王宮を中心として、円を描くように発展を遂げ、街並みを広げている。中心地に近づけば近づくほど、家の構えが立派になっていき、誇る威容が家主の身分や地位と直結した。

 中心から四方向へ街中を貫いて伸びる街道は、それぞれの方向を守護する月神の名を冠し、大陸各地の都市と王都を結んでいた。

 街道沿いには店や宿が軒を連ね、一際賑わいを見せている。人や荷が所狭しと行きかい、綺麗に敷き詰められた石畳を馬車が車輪を鳴らして通り過ぎる。ただでさえ初夏の熱を孕んだ空気が、より一層暑さを増していた。



 遠くの丘から眺めた時には巨大な円にすぎなかった王都の、あてられそうな熱気にジェライドは立ちつくし、ただただ唖然とするほかはなかった。

 まだ、厳密にはアディリルにははいっていないというのにこの活気、王都の中心はどんなところだろうと思いをめぐらす。

 なにせ以前に王都に来たのは二年も前のことだ。

 その時は乗り合い馬車で、こみあう街道を避けて家のある西区域までいったため、街の喧騒というのを目の当たりにすることがなかった。

 王都とは賑やかな場所であるという認識はあったが、実状はまったくジェライドの予想の範疇を超えていた。

 立ったまま動こうとしないジェライドに、邪魔だといわんばかりに荷を担いだ男がぶつかっていく。小さく声をあげ、よろめいた小柄な身体を、白い長衣を纏った青年が抱き止めた。


「ほら、ぼーっとしてたら人波に飲まれて、どっか連れていかれるぞ」


 青年はすらりとした長身に、整った面立ちの持ち主であった。明るい金色の髪が太陽の光を弾き、ともすれば冷たくなりがちな薄い青の瞳は、温かな色を浮かべて少年へと注がれている。

 彼こそが、ジェライドの兄、シィシアンだった。






 ――事の起こりは、十日ほど前に遡る。


「王都へ?」


 兄に言われた言葉に、ジェライドは首を傾げた。


 八つ離れた兄、シィシアンは神殿において護衛や医療、神事の補佐といった任を持つ、魔法院から派遣された魔法使いであった。


 国中のすべての魔法使いは魔法院に属する。

 そこからそれぞれの特性にあった場へと配属されるのだ。大方の魔法使いはシィシアンのように神殿付きになるか、王宮付きになる。

 王宮付きの場合は魔法使いとして仕えるほかに、剣技を得手とする者は魔法剣士や階級で上回る魔法騎士として、王宮付属の騎兵隊に配属される場合があった。二人の父親は王都で、この魔法騎士としての任にあたっている。

 シィシアンは神殿付きの魔法使いとしてこの街に配属されていた。修行期間を終え、昨年魔法使いとしての認定をうけたばかりだが、将来有望と目される存在だ。


「ああ。ジェイも父さまや母さまに、もう長い間会ってないだろ? いい機会だと思ってさ。ジェイも父さまたちに会いたくないか?」


 この夏、新月を前に各地から上級魔法使いが王都へ召還されていた。

 王都アディリルは神より下されし御使いの守る都だ。本来ならばどこの街よりも守護の厚い王都へ魔法使いを集めて、各地の守りが手薄になるような真似はしない。

 だが、今年は民衆には知らされない事情により、密かに人員が王都へと割かれていた。

 シィシアンもその腕を見込まれて召還を受けた一人だった。


「そうよ、ジェイ。王都は遠いからこんな機会でもないとあまりいけないでしょう。シアと一緒にいっておいでなさい」


 同席していた祖母にも勧められ、ジェライドは嬉しそうに顔を輝かせた。

 久しく会っていない両親に会える。そのことが彼の小さな胸を躍らせた。


 ジェライドが生まれて間もないころから、幼い兄弟は王都に住む親元を離れ、ここウォルデスの母方の祖父母の元に預けられている。

 彼らの母親はもともと丈夫な方ではなかったのだが、ジェライドを産んでからは本格的に身体を壊してしまったことが主な要因である。が、さまざまな事情により、ジェライドを王都に置いておかない方がいい、と彼らの父親が判断したこともその一因だった。


「いつ行くの?」


 身をのりだして訊ねるジェライドに、シィシアンは微苦笑を浮かべる。


「なんせ召還が急だったからな、こっちですませておかないとならない仕事もある。六日後ぐらいだな」


 無邪気に王都行きを喜んだジェライドは、見交わす大人たちの瞳の奥に浮かんでいた色に気づくことはなかった──。






「すごい人だね……」


 助けてくれた兄を仰いで、呆然と呟く。シィシアンが胸からさげた魔法院の紋章が陽の光をきらりと弾くのに、眩しそうに目を細めた。


「そうだな。ほら、あそこに二本の柱が見えるだろ」


 弟に目線をあわせて屈むと、シィシアンはいく手にある街道を挟む形で立てられた二柱を指さす。


「うん。真っ白い柱がある」

「あれが王都の入り口、外門だ。あそこには東を守護する風神、アスティオーネの化身である鷹のレリーフが刻まれてる」

「アスティオーネさまの?」

「ああ、都に住む者と東方へ旅立つ者を守ってくださるようにな。この街道は八都市の内の東方の都市、ウォルデス、ルージアン、サーディアンからの人の出入りが集中する場所だから、外門の中でも一番栄えてる通りだ」

 さあ、行こう。


 見失わないようにと弟の手をとり、人ごみを縫うようにシィシアンが歩きだす。

 手をひかれ後をついていくジェライドは、物珍しげにあたりを見回した。


「ねえ、兄さま!」


 騒がしさに加えて半ば人に埋もれたジェライドの声は、張りあげないと届かない。


「どうした?」

「ほかの三つの門にも神々のお姿が彫られてるの?」

「ああ。西には狼、南には蛇、北には獅子が刻まれてるぞ。王都守護の一端を担い、アディリルの象徴でもある」


 斜め下方に目線をやりながら、こちらもけして小さくはない声量で返す。


「じゃあ、アルクトゥース神のお姿はどこにあるの?」

「王宮へむかう城門に、御使いである龍が描かれてるんだ」

「そうなんだ。僕、一回見てみたいな」

「機会があったらな。城門までなら近づいても咎められることもない。──けど、今はさしあたって…」


 言葉を切ったシィシアンがジェライドの両肩をひきよせると、自分の前へと押しやった。


「東の外門だ」


 いつの間に近づいていたのか、気づけば真っ白な柱が二本、ジェライドの前方で天にむかって伸びていた。

 右側には飛翔する、左側には翼をたたんだ意匠の鷹がくっきりと浮かびあがっている。


「きれーい……」


 我知らず呟き、ジェライドは外門にむかって兄の手をひいた。早く、といわんばかりにぐいぐいと腕をひっぱる弟に、シィシアンは小さく笑う。

 年中雨風に晒されているにもかかわらず、門柱は立てられた当時から変わらぬ白い輝きを誇っている。初めて訪れる旅人はこの美しさに魅了され、今のジェライドと同じような反応を示すのだ。


「触っても怒られない?」


 首を大きく捻ってうしろを見やったジェライドに、転ぶぞ、と前方への注意を促しつつ、シィシアンは弟の望みどおりに頷いた。






 王都見物を終えた兄弟が、辻馬車を拾って西地区にある家へとたどりついたのは、日もだいぶ西へと傾いたころだった。


 二人の家は王都の中心部より西北側に位置した、外れにある。街の喧騒からは遠く、高級住宅街とはまた別の静かな趣で家々が佇んでいた。

 歩いて半刻ほどの距離に丘を望み、その奥にわずかに森の木々が頭を覗かせている。丘を反対側にくだれば、そこは国内有数の穀倉地帯が広がっている。そんな地域だ。

 穀倉地帯に畑を持つ、庶民の中でも比較的裕福な区画である。

 しかしながら、魔法騎士という貴族に順ずる地位の持ち主である彼らの父親が居を構えるには、場違いな観は否めなかった。


 支払いをすませた二人が馬車から降りると、家の門の前に一人の男が立っているのが目に留まった。

 鈍く輝く灰色の髪を短く切り、腰には剣を佩いている。一見して武人とわかる、長身にひき締まった体躯の持ち主だ。

 厳めしいいでたちではあったが、兄弟を視認して口元が笑みにかたどられる。シィシアンと良く似た色合いの瞳が、優しい雰囲気に染まった。

 シィシアンとジェライドの父親、グレイルであった。


「随分、遅かったんだな」

 今日の朝には王都につくって聞いてたから、待ってたんだぞ?


 大きな歩調でむかってくる父親に、ジェライドの顔にぱっと笑みが弾ける。が、自分から近づこうとはしないジェライドに、シィシアンが優しくその背を押した。併せて自らも歩みよる。


「久しぶり、父さま」

「ああ。おまえとも承認式以来だ。きちんと勤めをはたしてるか?」

「やだな、はたしてるからきたんだろ? ほら、ジェイ」


 兄にすがりつくように、ぴたりとより添ったジェライドをシィシアンが促す。

 それを手を振って制し、グレイルは地面に片膝をついた。末息子と視線をあわせる。


「二年ぶりだな、ジェライド。随分大きくなった」


 無骨で大きな、けれど、温かい手がジェライドの頭を撫でた。

 その温かさをうけて緊張が緩んだのか、ジェライドは兄から離れ、父親の首に抱きついた。


「父さま! お会いできて嬉しいです」

「長い間会いにいってもやれず、すまないな。私も成長したおまえが見られて嬉しいよ」


 ジェライドの身体を抱きあげ、重くなった、と口にする声音はどこか寂しげだ。

 それだけでジェライドは、自分はけしてこの父親から疎まれているわけではないと実感できる。事情があるから離れているのは仕方ないのだと。

 ウォルデスの街で口さがない者たちが、あの子は地位のある両親から疎まれて捨てられたようなものだと噂しているのを、ジェライドは知らないわけではなかったから。


「父さまには王様をお守りするっていうお役目があるんだもの、仕方ないよ。会えないのは寂しいけど……」


 謝って欲しいわけではないのだと、父親の顔を見下ろして笑うジェライドに、グレイルは抱く腕に力をこめた。


「──長旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい」

「うん!」


 ジェライドを抱いたまま家へとむかうグレイルに、荷物を持ったシィシアンが添う。父親の言に元気よく頷く弟を眺めやり、顔を綻ばせながら、ふと口を開いた。


「……母さまの加減はどう?」


 よくないって聞いたけど。

 続きは胸中に留め、訊ねる。

 久しぶりのジェライドとの会話を楽しんでいたグレイルの顔に影がよぎった。

「母さん……ラディリアは最近具合がよくないんだ。今日もおまえたちが帰るのを楽しみにしてたが、あいにく熱がでてな」

「大丈夫、なの?」


 心配顔で訊ねたのはジェライドだ。シィシアンもまた表情に憂いを滲ませた。


「──そ、か。悪いの?」

「ああ。だからな、すまないが……会うのはしばらく、控えてくれるか」


 声をおとして問うグレイルは、ジェライドの瞳を覗き込んだ。父親の心配そうな視線をうけて、ジェライドの瞳が揺らぐ。


 ジェライドには母親との思い出がすくない。会わない分だけ当然のことだが、それ以上に理由があった。


 もともと、兄弟の母であるラディリアは、両親とともにウォルデスに住んでいた。

 グレイルと出会ったのは、彼が派遣された市長とともに着任した騎兵長についてウォルデスへ赴任した時だった。

 恋をした二人は、グレイルが四年の任期を終え、王都に戻るのを期に結婚した。

 しかし、問題はそれからだった。

 グレイル側の親族が両親を含めて反対したのだ。

 グレイルの家系は代々騎士として騎兵隊に名を連ね、それなりの地位を確立していた。母親も数多くの優秀な魔法使いを輩出した家柄の出で、王宮付きの魔法使いだ。

 対してラディリアは一都市にすぎないウォルデスの兵士の娘だ。言い換えれば地位のない領民と同じということになる。

 身分違いだ、と強く反対され、その扱いはひどく冷たかった。だからこそ、グレイルは嫡男にもかかわらず家を出、街外れに居を構えたのである。

 やがてシィシアンも生まれ、幸せな家庭を築くかに見えた彼らだった。――が、数年後ジェライドが生をうけた。

 彼らの不幸は息子が暗い色を有していたことではなく、親族の誰をみても同じ色を持っていなかったことにある。

 これに選民意識の強い一族が黙っているわけがなかった。不義の子だと、ことさらラディリアを責めたてたのだ。

 ジェライドを産んで身体を壊していた彼女は、これによりひどく精神的に不安定な状態に陥った。夫であるグレイルは妻の潔白を疑うことすらなかったから、気にするなとことあるごとに言い聞かせ、親族の声を極力彼女の耳にいれないように気を配った。

 だが、悪いことというのはどこからか聞こえてくるものだ。


 ──可愛い息子だ、愛さなければ。だが、この子さえ生まれてこなければ……。ああっ、自分はなんと罪深いことを考えるのだ!


 口汚い言葉を耳にするたび、ラディリアはそうした思いの狭間で苛まれ、とり乱した。時にジェライドの前で泣き叫び、触れることを激しく拒絶する。

 そんな妻のため、グレイルは二人の息子を仕方なしに彼女の両親へ預けたのだ。

 幼い兄弟が帰郷するたび、平時は優しい母も、体調を崩せば同じことを繰り返した。そのことが幼いジェライドを傷つけるのを恐れ、具合の悪い時には会わさないというのが、父と兄の暗黙の了解となっていた。


「な、ジェイ。今回はしばらく王都にいるんだ。母さまに気を遣わせるより、早く元気になってもらいたいだろ?」


 シィシアンが手を伸ばしてジェライドの頬に添え、目をあわせた。

 理を諭せばわかる弟の賢さと聞きわけのよさにつけこんだ言葉は、シィシアンの思惑どおりにジェライドの了承をひきだした。


「う、ん。具合が良くないのなら、しょうがないよね……」


 全身で落胆を表しながらもジェライドは頷いた。

 父と兄が目配せを交しあうのに、


「そうだ!」


 ふいに、ジェライドが声を張りあげた。驚いたグレイルとシィシアンをよそに、ジェライドはさきほどの憂いはどこへやら、にこにこと笑んでいる。


「僕が母さまにお薬作ってあげる。熱がさがるように。僕、導師さまから魔法薬は上手だって褒められるんだ」


 自分の力で母親のためになることがあるのが嬉しいのだろう。嬉々として、使う薬草や呪文について語りだす。

 優秀と評される魔法使い二人はいい案だと、ジェライドに相づちを打った。


「オルテガ導師にお会いした時、ジェイに期待しておられたからな。頑張って母さまにいい薬を作ってあげるといい」

「そうなのか? なら、ジェライドの作った薬を飲んだら、母さまの具合もすぐよくなるぞ」


 修行がうまくいってるようでなによりだ、と息子の頭を撫でれば、ジェライドの声がわずかに沈む。


「う、ん……でも、僕は地系魔法しかうまく扱えないんだ。ほかのは練習してもちっとも上手にならない。兄さまは水系魔法が得意だけど、ちゃんと違う魔法も使いこなすのにって、皆に言われるんだ……」


 グレイルが朗らかに笑った。


「父さんも魔法使いだが、概ね呪文を唱えるより剣を扱う方が得意だぞ? ジェイラドは得意な分野があるだなんて、私より上だな」

「そんなことないよ。地系はあのへんの土地柄、みんな得意なんだもの。第一、父さまは立派な魔法騎士じゃない。魔法と剣を状況によって使いわけるなんて、どっちの力が弱くてもできないことでしょう?」

「息子に認めてもらえるのは嬉しいものだな。だが、そんな風に言ってくれるジェライドならわかるだろう? 魔法だけが生きていく道じゃない」

「……」

「おじいさまに剣の稽古をつけていただいてるんだろう? 魔法使いにむいてないと思うなら、そっちの道を歩んだっていい。ほかにやりたいことがあるなら、別にいいんだ。力があるからって、無理にその道を歩く必要はない」

「でも、」


 ジェライドは続きを切って、泣きだしそうにきゅっと眉を顰めた。グレイルはジェライドの頭を肩へと抱きよせた。


「そんな顔しなくていいんだ。ジェライドが魔法使いになりたいっていうんなら、今まで通り頑張りなさい。無理にすべてを習得する必要はないと言っているだけだ」


 ジェライドはグレイルの肩に顔を埋めるようにして頷く。伝わった感触から察したグレイルが、『よし』と力強く頭を撫でた。


「さ、夕飯まではまだ時間があるし、とりあえずお茶にしよう。ウォルデスでの話をもっと聞かせてくれ」


 着いた玄関へと息子たちを招き入れながら、グレイルはそう提案する。兄弟に否やがあるわけもなく、三人は家の中へと姿を消した。



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