03 / 厄災
観念と初が闇夜に消えたその翌朝、観浄は桂とテンと一緒に宿でくつろいでいた。
すると突然、テンが姿勢を正し、空を見つめたかと思うと、髭をぴんと立てて、
「くる――」
とつぶやいた。
果たして、次の瞬間、大地が大太鼓にでもなったかのように大きく弾んだ。
かと思えば緩やかに横に揺れ、その次には再び大きく上下に揺れだした。
しばらくして、揺れがおさまったのを見計らい、テンの掛け声で観浄と桂は一気に宿の外へと走り出た。
息を弾ませ観浄が振り返ると同時に、宿は一気に崩れ落ちた。
目の前で瓦礫となった宿に今まで自分がいたことに、観浄と桂は同じ思いを抱いて互いを見つめ合った。
「危ないところであったな」
テンの相変わらずの調子が、何かの救いであるかのように思われた。
「この地震の源は地に眠る大蛇よ。鹿島神宮と香取神宮を要石としてその大蛇は封じられておるはずだ。あの鱗あたりが元凶かのぅ」
テンがそう言ってヒゲをピンとそばだてた。
「それも気になるけど、それどころじゃないわよ。こういう時はいつも余所者が矢面に立たされるんだから。私たちの身の振り方を考えなくちゃ。できるだけ協力するようにしとかないと、最悪、殺されてしまうわよ」
観浄はそう言ってテンを見つめた。
「おぬしの言う通りじゃ。それが、人の世のならいよの」
テンの言葉に、桂が深くうなずいた。
その頃、観浄らがいる場所からそう遠くない町に、観念と初はいた。
「初!」
観念が初に強く呼びかける。
「初!目を覚ませ!初!」
観念は、そう言いながら、初の身体の上に乗っかった大きな梁をどかそうと試みる。
けれど梁はびくともしない。
瓦礫の中、あちこちで同じようなことが起きているのであろう、叫び声や悲鳴、嗚咽やうめき声が方々から聞こえている。
「くそ、なんでこんなことに」
俺は、俺の日常は、もっと平穏なものであるはずだ!
なぜこのようなことが起こる!!
俺は初と金持ちになって、どこか別の場所で幸せに暮らすはずだったのに!
誰だ!誰が邪魔をした!!
ドクン
と、観念の懐にしまいこまれていた竜蛇の鱗が、ひときわ黒く明滅した。
観念はそれに気づかずに、初の名と助けを呼び続ける。
その声を聞いてか、遠くから
「おうい、そこにいるのは、観念殿ではないか」
という声が聞こえた。
観念がそちらを見ると、そこには、こちらに近づいてくる観浄と桂とテンの姿があった。
見知った顔を見つけ、観念はほっと心の内がほぐれるような気がした。
思わず涙がこみあげてくる。
「来てくれ!初が大変なのだ!」
やがて瓦礫の山を越え、観浄たちがやってきた。
「ちょっと、やだ、彼女、ひどい怪我じゃない」
梁の下敷きになった初をみとめ、観浄がなかば叫ぶように言う。
と、そのとき、テンが観念の懐の異変に気がついた。
「おぬし、懐に竜蛇の鱗を隠し持っているな」
いきなりしゃべりだした目の前の猫に、観念は目を真ん丸にする。
「竜蛇は人の世の有象無象を煮詰めたような存在でな、大昔からいる。いや『ある』といった方が正しいか。ともかく、その鱗となれば人の欲をある程度は吸うはずだ。試しに鱗をひたした水を梁とその娘の傷口にかけてみるがいい。時間がない。急げ」
「聞いたでしょ、それ、貸して!」
化け猫の存在に驚いている暇などないようで、観浄は観念の手の内から竜蛇の鱗を取り上げる。
「えっと、この鱗を水に浸すのね。水――」
観浄はあたりを探すように見まわす。
観浄の視線を受けて桂が、さっと腰にあった竹筒を渡してやる。
「ありがと」
観浄は急ぎ、竹筒の水を手に取り、そこに竜蛇の鱗を浸した。
すると、まるで竜蛇の鱗から墨がにじみ出たように、じんわりと黒色が広がってゆく。
観浄は言われた通りに、その水を梁と初の傷口にかけた。
「梁を動かしてみよ」
テンの言葉に従い、観念は梁に手をやり力をこめた。
すると、さきほどまでぴくりともしなかった梁が、ずずと動くではないか。
やがてすっかり初の身体から梁をどかすことに成功し、改めて初の傷口を見てみると、そちらも、まるで何事もなかったかのようにきれいな肌がそこにあった。
「これは、なんと奇怪な――」
目の前の奇蹟に、そこにいた人間皆が目を見張った。
「噂には聞いておったが、これほどまでとは、な」
と、テンも舌を巻いている。
「すごいじゃない!これで他の人たちも――」
観浄がそう言って笑顔を見せたときだった。
テンが険しい顔をして、
「やめておくがいい」
と言った。
「なんでよ!」
と観浄が反応する。
「突然現れた余所者が、地震の後で不思議の術を見せて感謝されて目立てば、それこそ八つ裂きにされるぞ」
テンの言い分に、観浄は肩を落とす。
「人の世のならいね。悲しいけど、本当にそうだわ」
「なんだよ、他の連中は助けてくれねえのかよ!それ、俺んだぞ!」
観念が叫ぶように言う。
そのときであった。
「いや、それは俺のものだ」
瓦礫の山から一同を見下ろしていたのは、誰であろう新九郎その人であった。




