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【常世の君の物語】No.18:観念 ~戦国時代の伊豆を舞台に、不思議の物語の幕があがる――~  作者: 百字八重のブログ


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04 / 不思議の石


「話は聞かせてもらった。よそ者が使えば怪しげな術で終わるが、その鱗、俺が使えば偉大な領主ということでおさまりがよかろう。どうだ、貸してはもらえぬか。姉上が危ない」

新九郎はそう言うと、一同を見渡した。

「あなたが、領主様?」

観浄が目をしばたたかせる。

すると、新九郎の後からやってきた若い男が、

「いかにも!このお方は伊豆をおさめておる新九郎様、またの名を伊勢 宗瑞と申される。おぬしら、頭が高いぞ」

と口上を述べた。

新九郎はそれを「よい」と言って片手で制す。

「こういう時だ。礼などかまわん。時がない。どうだ、それを譲ってはもらえぬか。俺なら間違いなく使えるのだ。姉上と民が危ない。頼む」

しばしの沈黙がおりた。

「テン、この鱗、他に効用はあるの?」

口を開いたのは観浄だった。

「私の知る限り、人の欲を吸ってそれを形にするということくらいか。水に溶かして使うが、溶けてなくなるまでその効用は続くよ」

テンは合点がいったとばかりに新九郎の目を見て説明をする。

「だ、そうだ。せいぜい人助けを願う力の強い者に持たせるのね」

そう言って、観浄は新九郎に竜蛇の鱗を手渡した。

「かたじけない」

新九郎はふかぶかと頭を下げると、おつきの若者を従えて瓦礫の中に姿を消した。

「これでよかったわよね」

観浄が、観念を振り返る。

「ああ」

観念は、初を抱きかかえ、ひとり複雑な思いを巡らせていた。



「ん……」

小高い山のふもとの神社の境内は人だかりができている。

皆、体のどこかを怪我しているか、避難をしに集まった者たちである。

そんな中にあって、新九郎の姉、北川殿はゆっくりと目を覚ました。

「あ、新九郎」

北川殿は、自分をみおろす弟の姿をみとめた。

「やや子、やや子はいかがした!」

自分のおなかをさすり、北川殿は叫びそうになるのをこらえながら訴える。

「無事にございますれば」

「おお……」

そう言うなり、北川殿はその場に崩れ落ちて泣き出してしまった。

それを見て、ほっと胸をなでおろした新九郎は、すっくとその場に立ち上がった。

「姉上はこのまま本殿で養生していてくだされ。私は皆の傷の手当に参ります」

「おぬしがか?外は危険であろう。ここにおればよいものを」

北川殿が不安げな顔を向ける。

「いえ、俺がゆかねばならないのです。こういう時ですからね。大丈夫、伊豆山権現のご加護がありますゆえ。では」

そう言うと新九郎は、なおも引き留めようとする北川殿を振り切って、本殿の外に躍り出た。

ひとたび外に出ると、境内は黒山の人だかりであった。

老若男女がひしめきあい、苦痛の表情を浮かべ不満をもらす者もいれば、黙してじっと耐えている者もあった。

新九郎は、本殿の中央に仁王立ちになり彼らを眼下におさめた。

そして、腹いっぱいに息を吸い込み、

「みな、聞けい!」

と叫んだ。

すると人だかりは不思議と一瞬で、しん、と静まった。

「俺はここに、不思議の石を手に入れた。どんな傷でも治す不思議の石じゃ」

そう言うと、新九郎は竜蛇の鱗を、皆に見えるように高々とあげた。

「これから順番におぬしらの傷を見てやるから、おとなしくしておるように。余力のある者は隣の者を気遣い、余力の無い者は静かにしておれ。すぐに俺が治してやる。では、俺の前に一列に並べ。重症の者が先だ。焦らず押さずゆっくりと並べ」

新九郎の言葉が聞こえた者たちは、その言葉に従いすぐさま重症の者を先に一列に並び始めた。

境内の外にいて声が聞こえなかった者たちにも、人づてにその内容が伝わり、列は境内の外、瓦礫の山にまで及んだ。


「このような時に攻め入られたらひとたまりもございませぬ。大丈夫なのですか?」

本殿の正面に陣取り治療を行っている新九郎の背中に、そう北川殿が声をかけた。

「なあに、備蓄は常日頃から用意してございますれば。あとは火の手がおさまるのを待って失った家屋を元に戻すだけにございます」

そう言って新九郎は後ろを振り向きにやっと笑った。

「さすが、我が弟じゃ」

「ははあ」

二人のやりとりを見て、おつきの若者が誇らしげに笑う。

空からは、夏の日差しが容赦なくてりつけている。



「もう!観念たら、なんでむくれてるのよ!」

安楽寺のいつもの定位置におさまり、ひとり背をむけている観念に、初が呼びかける。

「うるさい!あの鱗を用いたら、僕たち億万長者になっていたんだよ」

むすっとした口調で、観念がぼやく。

「まぁ!まだ地震で怪我を負った人がいるっていうのに!」

初はだんだん怒りが湧いてきた。

「あーあ。早くこんな状況を抜け出して、元の生活に戻りたいものだ」

観念はそう言って、頭上のクスノキを見上げた。

「あら、どこか遠くへ行くんじゃなかったの?」

初はいじわるくそんなことを言ってみる。

「うるさいなぁ」

と、観念が初を振り返った時だった。

「おーい二人とも、新たに二人だ。手伝ってくれ」

兄弟子の一人がお堂の方から二人を呼んだ。

「ご遺体にお経をあげるのも立派なお仕事よ。いきましょ」

「はいはい」

定位置から降りてきた観念は、初と連れ立って歩いてゆく。

もう二度と、ここを去りたいだなんて、思わない――。

強い意志が、観念の内に生まれていた。



「観浄がそのように他人思いとは思わなんだぞ」

瓦礫の合間を器用に抜けながら、テンがヒゲをそばだてる。

「あら、言ったでしょ。あれは単なる護身目的よ。心底他人を思ってのことじゃないわ」

すると、すれ違う男女から次のような言葉が聞こえてきた。

「おい、お前、きいたか。あの揺れで第五、第六の穴は全部つぶれちまったとよ」

「あんた、そりゃあ、みんな生き埋めってこと?」

「そうなるなぁ。俺はたまたま休みだったけどよ。命あっての物種だなあ」

観浄とテン、そして桂は顔を見合わせた。

「テン、私もう少しこの地にいたいわ。いいかしら」

観浄はテンに問うた。

「私はかまわんよ。桂に聞け」

観浄はじっと桂を見た。

「俺も、べつに」

と、桂はいつものように言葉少なに答えた。

「よーし、そうと決まったら死者の埋葬でも手伝いましょうか」

「よそ者に触れられたくない者もおろう。無難に子供のお守りの方がよいのでは?」

「あら、私そんなに子供好きじゃないのよね。それに、人さらいだって思われるかもしれないでしょ。こういうとき、余所者はよく考えて動かないと。皆が嫌がる仕事をするくらいでちょうどいいのよ」

「たくましいのう」

「本当に」

そう言ったのは桂である。

「あ!桂、今笑ったでしょう!」

大地震の後とは思えない笑い声が、伊豆の地に響く。

竜蛇の鱗はその後、順調にその形をすり減らし、十日も経つころにはついに跡形もなく消えてしまったという。

新九郎はやがて「北条早雲」とも名乗ることになり、後世にもよく知られた人物となるが、それはまだまだ先の話である。







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