表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【常世の君の物語】No.18:観念 ~戦国時代の伊豆を舞台に、不思議の物語の幕があがる――~  作者: 百字八重のブログ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

02 / 竜蛇の鱗


「なんじゃい、こりゃあ」

ひとりの抗夫により手渡された、黒いぬめぬめした貝殻のような代物は、たちまち村の長者連中の関心を集めた。

「このぬめりはなんだろうな」

「川底の岩に張り付いている草も、こんなぬめりをしておるぞ」

「貝のように見えるが」

「いやいや、貝がこんなに黒いものか。それに、これは鉱山から掘り出されたものだ」

「なんぞ、縁起の悪いものではないだろうな」

男たちは顔を見合わせ、ごくりと生唾を呑み込んだ。


そこへ、ひとりの身なりのいい若者が現れた。

「やぁやぁ、皆、顔を突き合わせて何をしておるのだ?」

皆の視線が一気に声の主に集まる。

「新九郎様!」

新九郎と呼ばれた若者は、中央に置かれている話題の代物に目をやった。

「なんだい、そりゃあ」

新九郎は、座っている男たちをかきわけ中央に陣取る。

「それが、若。鉱山から掘り出されたんだが、正体がまったく分からんのだ」

と、村長が代表して答えた。

「どれ、俺があずかろう」

新九郎はそう言うと、黒光りするそれを懐におさめた。

「そんな、若の身に何かあったら……」

男たちの中の一人が言う。

「なぁに、心配無用。何か悪いことが起これば棄てるか売るかすればよい。縁起の良いものであれば、何か良いことが起こるであろう。」

こうと決めたら動かぬ新九郎の性格を、ここにいるみなはよく知っていた。

「必ず、そうしてくださいまし」

村長は顔の前で手を合わせ、そう小さく声にした。

「それよりな、もうすぐ、嫁ぎ先から姉上が戻ってこられる」

「えっ北川殿が?」

男たちの中から声があがる。

「ああそうだ。出産のためにな、伊勢の実家に戻ってくるのだ」

「おお、おめでたい話ではございませぬか」

さきほどとは打って変わって、男たちの顔がめいめいにほころぶ。

「みな、よろしく頼むぞ」

「御意」

男たちは一斉に頭を下げた。

中央に仁王立ちし、周囲の男たちを見渡す新九郎を、みなが頼もしいと感じていた。



おなかの大きな北川殿は、その翌々日に伊勢に戻ってきた。

「お久しぶりでございますな、姉上」

北川殿の見舞いに、新九郎をはじめ、城内の者たちから城下の者たちまでが、次々に面会にやってきた。

そのあまりの数に、北川殿は「もう無理。これ以上はやや子にも悪いに決まっているわ」と音を上げた。

そして、

「新九郎、外が見たい。市を案内してよ」

と昼餉の席でそう、新九郎に話を向けた。

「歩いてもいいのですか?やや子に悪いのでは?」

つけものを頬張りながら、新九郎が尋ねる。

「馬に揺られるくらいなんですか。私もやや子も、そんなにやわではありません」

そう口を尖らせると、北川殿は「一番大きな北の市がいいわ」と新九郎に笑顔を向けるのだった。


その日の午後、新九郎と馬に乗った北川殿は、民と同じような衣服を身にまとい、北の市に現れた。

その姿を、観浄と、その連れの桂、そして猫のテンが眺めていた。

北川殿が「新九郎、あれはなあに?」と潮かつおを指さし、馬の手綱をつかむ新九郎に尋ねている。

「観浄、あの新九郎とかいう男の懐から、よくない香りが漂ってくる」

そうぽつりとつぶやいたのは、桂に抱かれたテンである。

「あの男にとってよくないもの?それともあの妊婦にとってよくないの?」

観浄は北川殿の大きなおなかを見とめながらテンに問う。

「すべての人にとって、だ」

テンはぴしゃりと観浄をねめつける。

「へぇ。それじゃあ、人助けしますか」

観浄はそう言うと、「行ける?桂」と、そばに立つ若者を見上げた。

「承知」

桂はそう言うと、新九郎の方へ左右に揺れながら近づいて行った。

そして、「おっと、ごめんよ」と言って新九郎にぶつかったかと思うと、しばらくして観浄の前に再び姿を現した。

「どうだった?」

観浄が問う。

「首尾よくいけました」

桂は懐に手を入れると、黒光りする貝のような代物を取り出した。

見ると、握った桂の指がしっとりと湿っている。

「何これ」

観浄は目をまるくして言う。

「これは……竜蛇の鱗ではないか!」

テンは珍しく表情を険しくしてなかば叫ぶように吐いた。

「悪いものなの?」

「悪いも何も、大災害が起こる時分に現れると聞く幻の竜蛇の鱗だよ」

「大災害!?ここに?これから?」

観浄はそう言うと桂と顔を見合わせた。

「あの男、どこでこれを……」

テンがそう言った時だった。

「鉱山で俺がもらいうけたものだが?」

と背後で男の声がした。

振り向いてみると、そこにいたのは他でもない、新九郎その人であった。

「それは俺のものだ。返してもらうぞ」

かたまっている観浄と桂をよそに、新九郎は二人の間にある竜蛇の鱗をひょいとつまむと、「盗みはやめておけ」と言い捨てて北川殿が待つ方へと帰って行ってしまった。

しばし呆然と立ち尽くしていた観浄と桂であったが、テンがぽつりと「怪の私が気配を一切感じなかった。あの男、本当にひとか」と言ったのには、「まさに」「まさに」と大きくうなずいてみせるのだった。

そんな新九郎と観浄たちのやりとりを、少し離れた場所から眺めていた観念がいた。

「何をぼーっとしておる。行くぞ」

兄弟子にうながされ、観念はその場をあとにする。

しかしその頭の中では、ひとつの案がぐるぐると形を成そうとしていた。


その夜、新九郎の姿は安楽寺にあった。

「やはり、ここの湯は伊豆で一番だのう。どれ一曲」

ひとり酒をちびちびやりつつ、新九郎は寺に湧き出る温泉に半身を沈めながら歌いだした。

その様子を、観念が遠目から見定めているとも知らずに。

観念は、新九郎がふんどし一丁であることを確かめると、背後にまわり、掘っ建て小屋の中へと忍び込んだ。

目当ての物はどこだ――。

刀、履物、衣服、とまさぐっていくうちに、衣服の下の方から、手に当たるかたいものがあった。

あった――!

新九郎の衣類の下から観念が摘まみ上げたものとは、果たして、例の竜蛇の鱗だった。

暗闇の中にあって、竜蛇の鱗は、それでもいっそう闇を深くしている。

観念はそれを自分の懐にしまいこむと、一目散にその場をあとにした。

そうして、寺の縁側で涼んでいた初を見つけると、強引にその手を引き、建物の裏手へと引っ張っていった。

「なによ、観念たら、そんなに慌ててどうしたの」

「しっ声がでかい」

観念はその場にうずくまると、初にも、同じようにかがみ込むように手で合図をした。

「一体、どうしたっていうのよ」

「これを見ろ」

観念はそう言うと、懐から、さきほど手にいれたばかりの竜蛇の鱗を取り出した。

「これはな、怪の鱗だという。大きな市へ持っていけば、大金が手に入るはずだ。初、俺とその金で暮らそう。ここを抜け出て、遠くへ行こう」

観念は一気にまくしたてた。

初は目を真ん丸にしている。

「初」

観念はなおも続ける。

「これを盗んでしまった以上、俺はもうここにはおれん。お前も見てしまったからには同罪だ。さ、逃げよう。早く」

そう言うと、観念は初の右手をぐいとひっつかんだ。

「観念、なんで、こんなこと――」

初はまだ理解が追い付いてない。

「急ぐぞ、来るのか、来ないのか」

「行くわよ!一人でなんて行かせられないわよ!」

こうしてその夜、観念と初の二人は暗闇に消えた。

丸く太った月が薄い叢雲から顔を出し始める、そんな時分のことであった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ