9話 主人公、成瀬叶多
人は生まれながらに感情を持ち、それは成長しやがて自我が形成される。当然のことながら、それは他人から見たりできるようなものではなく、自分自身の成長の証と言えるだろう。
よって、自分の人生に於ける主人公は、自分自身だと。それは当たり前のことであり、そうあるべきだと思う。
──しかし。
「カナタさん、まずは、魔素の基本的な扱い方について教えますね!」
「カナタさん、次は、魔法について教えますね!」
「カナタさん、その次は──。カナタさん、お次は──」
そう、異世界に来てからというもの、俺は一度も俺自身のことを主人公などと思えたことはない。断言しよう。
俺の人生に於ける物語の主人公は、現実世界でもこの異世界でも変わらず、親友の成瀬叶多なのだ。
そこに不満などないし、「俺の人生の主人公は俺だ!」なんて宣う気なんてさらさらない。
しかし、それならこの気持ちは一体、なんというのだろうか──。
「……君! 悠君! もう、頭パンクしそうだよー!」
声をかける対象が俺だったことに気づかず、ボーッとしていた俺は「ごめんごめん」と両手を合わせて軽く謝罪する。
昨日、色々あって街を追放されてしまった俺達一行は、ひとまずはルメリアのお願いを果たすという目的のため、ルメリアの道案内に従ってひたすら遠くへ走り続け、夜は隣の街の宿屋で一泊した。
早朝には街を出発し、西の国との国境近くまで歩き続け、今に至る。
草木が生い茂る広大な草原のようなエリアで、現実世界でいう県に一つはある、巨大な公園のような場所だろうか。ベンチや外灯がちまちま設置してあり、水飲み場や噴水、いくつか小さな建物もある。
今は、休憩がてら叶多の魔素コントロールの練習をしているところだ。
「なんだっけ? たしか、魔素の扱い方だっけか? ……って、俺も手本、見せられたらいいんだけどなぁ。残念ながらZ評価をくらってましてねぇ、俺ってば」
「こんなやつのこと、気にしなくていいですよカナタさん。私もそこまで上手いってわけじゃないですけど、ある程度は教えられる自信ありますよ!」
腰に手を当て、えっへん、とでも言いたげな表情をしながら楽しそうに言う、おてんばツンデレ剣士ことルメリア。
なにかと俺に突っかかってくる変なヤツだが、決して悪いヤツじゃないのは確かだ。
まだ交流が深いとまではいかないが、よくよく考えてみればこの異世界に来てからというもの、ルメリアと行動を共にしなかったときはなかったかもしれない。
人見知りで人付き合いが苦手な叶多も、今のところはルメリアといい感じに話せているため、俺としては安心して見ていられる。
「うーん……」
しかしどうやら、ルメリアの指導は思いの外苦戦しているようで、頭を斜め四十五度に回転させ、参った、という表情で助けを求める叶多。
俺は右手の人差し指を立てて、二人に向けて解説をしてみせる。
「こういうのは実践あるのみ。言葉だけじゃ、伝わらないことだってあるんだぜ。まずは、ルメリアが叶多にお手本を見せるといいと思うぞ。やっぱり、人は見てものを真似るものだよ、諸君」
反応こそ薄かったが、渋々納得したのか、足元のすぐ近くに落ちていた片手サイズの石ころを拾ったルメリアは、どう伝えればいいかしばらく悩んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「うーんと……。ちょっと説明が難しいんだけどね。この石を砕くには、普通の力じゃ絶対無理でしょ? でも、魔素を上手く使って……こうやると」
右手を力強く握ってみせたルメリアは、ニヤッと笑い俺達の顔を一瞥すると、手を開いた。
「すごい、石が割れてるよ!」
たしかにこれはすごいことだ。魔素が使いこなせれば、自分の力に頼らなくても硬い石のみならず色んなものを壊したりできるということになる。
ルメリアの手のひらで何個かのカケラに割れた石ころを見ながら、俺はやりたい衝動を抑えられず、思わず聞いてしまう。
「これ、俺にもできるのかな? 結構コツとかいるのか?」
同じくらいの大きさの石ころを探し拾い上げた俺は、先程ルメリアがやって見せたことを、見よう見まねでやってみることにした。
「少なくとも、魔素を部分的に集中させて力を解放するこの技術……たしか、私は一年はかかったわね」
自慢げになにか言っていた気がするが、「ふーん」と言い、聞き流そうとした。
「「──って一年!?!?」」
聞き流した言葉が脳内で再び再生され、遅れてやってきた驚きに、二人は同時に叫んでしまった。
ルメリアが一年かけて完成させた技術を、今この場で、ド素人の俺達が、今日の今日、すぐにできるわけがない。
悪魔と呼ばれる天才叶多さんならまだしも、凡人以下の俺では到底辿り着けない領域だろう。
まったく、一体なにを考えているんだルメリアは。と、一向に砕けない石を握りながらブツクサ言っていると。
「あのねえ、私はユウに教えているつもりは一ミリもないわ。私はカナタさんに教えてるの、邪魔しないでよね!」
「なに言ってんだかね。……ほら、叶多もやってみろよ。全っ然手応えないぜ」
諦めた俺は、石ころを、叶多に向かって下投げでゆっくり投げる。
あたふたした叶多は両手をお皿のように広げ、なんとかキャッチした。
ルメリアの期待に満ち溢れた視線と、俺の興味津々な視線を一身に浴びた叶多は、その場で大きく深呼吸をし、固唾を呑む。
緊張しながも叶多は「いきます!」と勢いよく言うと、両手で石ころを包み、ゆっくり目を瞑った。
やり方もコツも教えられてないのに、どうやってやるんだろうか、と──心配したのも束の間。
なにかを掴んだのか、口角をあげ、目を輝かせた叶多は、恐る恐る両手を開いた。俺達も中を覗き込む。
「わぁ、粉々だ……!」
「さっすが、カナタさんは呑み込みが早いですね!」
まるで塩胡椒のように粉々になってしまった元石ころ。
なんとなく予想してはいたが、これが叶多クオリティーか、と恐れ入る。
「でもさ、これって魔素をコントロールするための練習なんだろ? 粉々にしちゃったら、流石にやりすぎってことにならないか?」
「そんなの、強いに越したことないに決まってるじゃない。なにを言ってるのよユウは。馬鹿なの? 死ぬの?」
「ただ強いだけだと、いざってときに力の制御ができないだろ。コントロールって、そういうことじゃないのかよ。力任せにぶっ放してるだけじゃあ、成長はしないと思うぜ。……多分」
思っていたよりも脳筋思考だったルメリアに、俺は真正面から言い返した。
ぐうの音も出ないでいたルメリアを見て、叶多は気を遣ったのか、空元気な声で言う。
「だ、大丈夫だよルメリアさん! 僕、もうちょっと練習してみるから、力の調整の仕方、教えてほしいなあ!」
普段ワガママばかり言う叶多だが、どうやら気遣いもできるようになったらしい。
俺は叶多の心の成長に感心しながら、しばらく二人の練習風景を見守った。
×××××××
日没までには次の街へ着いていたいため、予定より早く、俺達の足は疲労を無視して先へ進む。
先程までやっていた叶多の力の調整トレーニングが残念ながら上手くいかず、残念な結果を残して残りの時間は移動に費やすことになったのだ。
「ところで、ルメリアの言ってた、お父さんを助けたいって頼みなんだけどさ。最強の叶多を連れていくってのは、護身もあるだろうし分かるけど、なんか当てはあるのか?」
ルメリアは一瞬、歩いていた足を止め、またすぐに動かし始める。
少しして、苦い表情をすると、重そうな口を開いた。
「……正直、さっぱり分からないわ。果てしない旅になるかもしれないし、すぐにパパが見つかるかもしれない」
「やっぱりそうか。いままでも、居場所も分からないお父さんを探すために、あんな危険なところまで探しに行ってたのか?」
俺はルメリアに対して、一つだけ大きな疑問が残っている。
あそこまで必死になって朱雀を倒そうとしたのは、なにか他の理由もあるのではないか、と。
人はそう簡単には本気になんてなれないと、俺はそう思っている。
誰かのため、何かを成し得るため。理由は人それぞれだろうが、まだ俺達より年齢も少し下だろうに、あれほどまでの速さと力強さをモノにするのに、一体どれだけの時間がかかったのだろうか。
ルメリアのことは、顔は可愛いが生意気なツンデレ剣士としか思っていないが、こと彼女の積み重ねてきた努力に関していえば、尊敬に値する。
この世界に来てからの俺は、叶多やルメリアに守られてばかりの、いわばただのお荷物。
そこから脱却して、叶多を守れるくらい強くなってやる。
そのために、ルメリアの力の根源がどこからきているのか、それを知りたいのだ。
「いえ、あれは違うわ。パパは、私の小さい頃に突然行方不明になったって聞いてる。朱雀を倒そうとしたのは、私個人の判断。冒険者として当然のことをしたまでよ」
しかしルメリアの返答は、思っていたよりあっさりしていた。心なしか、普段の会話にはない冷たさを感じた。
「それじゃあ、最初に言ってた通り、行方不明になったお父さんを探すことだけが、この旅の目的だってことか?」
「そうよ、悪い?」
「それは……途方もない話だな……。まあ、俺達には帰る家がないから、ここまできたらとことん付き合うよ。な、叶多」
「うん! せっかくルメリアさんとも出会えたんだし、僕たちにも一緒に探させてほしいな!」
叶多のおかげで場の雰囲気が和み、少しだけご機嫌を取り戻したルメリア。
「──さあ、早くしないと日が沈んじゃいそうだわ。次の街まで急ぐわよ、カナタさん、ユウ」
俺と叶多は、同時に隣を向き、目を合わせる。
そして駆け足になったルメリアの背中を追いかけるように、同時に地面を蹴った。
次回からは、第2章 白虎編 が始まります!




