8話 ルメリアの決意
ひとまず場所を変えるため、私たち二人は少し歩いたところにある商店街の路地裏へと足を運んだ。
賑わっている表通りとは違い、光がささず薄暗い雰囲気の路地裏。使わなくなった段ボールや生ゴミなどがそのままの状態で捨てられていたり、なにかと不衛生な場所だ。
裏通りだけあって道も狭く、何回か曲がった先に少しだけ開けた場所があるため、そこまでは一列になって歩く。
「それで? わざわざ場所を変えてまで話すってことは、さっきの提案を受けるってことで合ってるか?」
常に重そうな鎧を身につけているアンドレは、息を切らしながら汚いベンチへ腰掛け、溜息まじりにそう言った。
潔癖とまではいかないが、とても私には座ることのできない汚さだったため、アンドレの動向を警戒しつつ立って話を続ける。
「──いいけど、いくつか条件を出させて。一つ目は、今夜グレゴリーさん達が独断で朱雀討伐に乗り出る証拠が欲しいわ。なにもないんじゃあ、話にならないわ」
「それで、他には?」
アンドレは表情一つ変えず、話を続けるよう促した。
「え、ええ……。もう一つは、あなた達の戦力を知りたいの。いまの私一人の実力じゃあ、朱雀に勝てる未来は見えない。あなたから話を持ち出したんだから、あなたたち全員の戦力の開示を求めるわ」
当然の条件だ。一緒に戦う以上、初対面だろうがなんだろうが命を預けあう仲間になるのだ。
見たところ武装はしっかりしているが、冒険者として名が通っているわけでもないため、この人のどこに四大獣を倒す自信があるのかが量れない。
数秒の沈黙ののち、おもむろに立ち上がったアンドレは、気怠そうにこちらを見つめ、やれやれといった感じで言った。
「あのなぁ、条件ばっかりじゃねぇかよ。……まぁ、いいか。いいぜ、その条件で乗ってやることにする」
いちいち上から目線でものをいう言動に怒りを覚えるが、この場合、きっとツッコんだら負けだ。
両手をギュッと握りしめて我慢していると、アンドレがゆっくりと近づいてきて、目前で止まった。
「改めてアンドレだ。よろしくな、えーと、で、名前は?」
あからさまな態度に殴るのを抑え、私は名前を教える。
「はぁ……私はルメリアよ、よろし──」
言いかけた途端、強烈な風が吹き、同時に、アンドレの姿が目の前から忽然と消えた。
辺りを見回すが、アンドレの姿はどこにもなかった。しかしすぐに、どこからともなくアンドレの声が小さく響いた。
それは酒場の外で聞いた声と一緒で、恐ろしく冷え切っていた。
「──現地集合にしよう。俺達は輩を集めてから行く。ルメリアは、先に朱雀のいる洞窟で待ってろ」
その声は、決して風が通ることのないこの路地裏で一回だけ聞こえたあと、風と共に暗い路地へと消えていった。
私はなにか重大な違和感を感じながらも、朱雀の住まう洞窟へと足を走らせた。
×××××××
ひんやりした夜風が、私の心の奥底の不安を煽るように冷たく吹きつける。
一度家に帰って支度をした私は、見えない力に吸い寄せられるようにして、朱雀が住んでいるとされる洞窟へ辿り着いた。
しかし、着いたはいいものの、本当に来てよかったのか。行きの道中に幾度となく考えては諦め考えては諦めを繰り返してきたが、とうとう後戻りできないところまで来てしまった。
結局のところ、ママの仇を討ち、私の手でこの世界を平和に導く。それだけが、今の私のモチベーションの全てなのだ。そのためだったら私は、なんだってやってやる。
「──待たせたな、ルメリアよぉ」
後ろに大勢の軍勢を引き連れてやって来た先頭の兜男は、顔こそ隠れてはいるが間違いない、アンドレだ。
左手にはその巨躯に匹敵するほどの大きさの盾を構え、右手には、暗い中でも綺麗な銀色に輝く剣を持っていた。
「なんなの、こんな大名行列……。信じられない、一体どうやって集めたのよ」
「俺のカリスマ性、なめんじゃねぇぞ。全員俺の大切な仲間だ。──なぁ、お前達!!」
「「はい!!」」
到底信じられないが、息がピッタリなのだけは見ていてすぐ分かった。
ざっと数えて、三十人はくだらない。全員が違った鎧を纏い、各々個性的な兜を被っている。
異様な光景に目を疑うが、このレベルの人員を集め、従えるアンドレ。これを見てしまっては、戦力に於いては疑う余地はない。
若干シュールともいえる雰囲気に呑まれながら、心の内で『これ全員の名前覚えなきゃいけないのかな……』なんて考えたくもないことを思っていると、アンドレはキッパリと断った。
「早く行くぞ。もたもたしてると連中がきちまう」
「分かったわよ」
次いで、静かな夜中の空気を掻っ切るように、後続の兵士達の雄叫びの声が続々と響いた。
×××××××
洞窟の入り口は、草木の乾き果てた荒野の端に位置する、巨大な岩肌の影から入れる形になっていた。
私ですら頭を少し下げないと入れないほどの思っていたよりもかなり小さな穴で、全員が洞窟へ入れたのは、先頭の私が入ってからおよそ十分後くらいだった。
「これは帰りも一苦労だなぁ」
鎧が足枷になり入るのに一苦労している有象無象を見て、ふと口から本音が溢れてしまう。
それを聞いたアンドレは、頭を抱えて呆れたように言った。
「この国の平和を守るためだったら安いもんだろぉよ。小せぇ女だなぁルメリア。……ったく、女が廃るぜ、本当によ」
どこかで聞いたフレーズを乱用するアンドレだったが、引き連れた仲間達が無事入り終えたのを確認すると、私に聞こえないようになにかをぶつぶつ話し始め、終わったと思った直後、すぐに「出発するぞ」と合図を出した。
×××××××
先頭に私、アンドレが立ち、後ろを有象無象の兵士たちがカバーする。そのような陣形で洞窟の中を歩き、早数十分が経とうとしている。
この手の洞窟にしては珍しく、特に魔物が出てくるような様子はなく、ただひたすらに道なりに進むだけだった。
道幅はとても広く、数人で横で並んで歩いても問題ないくらいには無駄に広い空間だ。
足元は道が整備されていないため、ゴツゴツした感覚が足の裏を時々刺激して、たまに躓きそうになる。
「ところで私、グレゴリーさんのこと、まだ信用できてないんだけど。結局、どこにそんな証拠があるっていうの?」
共闘を承諾する条件として挙げた、一つ目の要項。忘れたとは言わせない。
アンドレは「ったく、分かってるよ」と明らかに面倒臭そうな態度で言うと、有象無象の兵士の中の一人に声をかける。
「おいハチ! あれ、持って来ただろ、ちょっと貸してくれねぇか」
ハチと名乗る兵士は、胸の辺りから一枚の写真と、頑丈そうな片手サイズの小さな箱を取り出し、アンドレへ渡す。
手渡しで受け取ったアンドレは、人差し指と中指で写真を挟み、今度は私に差し出してきた。
「これが証拠だ。見てみな」
受け取り、恐る恐る確認してみる。
写真には、遠目に撮影された二人の人物が写っており、一人は前髪をセンターで分けている、青髪の二十代後半くらいの好青年。もう一人は、黒いフードを深々と被った、なんの特徴もない不気味な人。
「右っ側に写ってる奴がグレゴリー。そんで左側のいけすかねぇ野郎は、ここ最近、巷で流行してる闇の行商人だよ。他にもこいつの目撃証言が多数出てるがな、決まって犯罪や良くねぇことを引き起こす前に現れるんだよ」
噂こそ知っていれど、グレゴリーさんの顔を見るのは初めてだった。
しかしこれだけでは、単にグレゴリーさんが悪に手を染めている可能性があるということが分かっただけで、朱雀との関連は無いように感じる。
「これのどこが朱雀と結びつくっていうのよ」
「ここからが重要なんだよ、いいか」
ハチが用意していた小さな箱を手のひらに置いたアンドレは、真ん中から両開きになっているフタをゆっくり開けた。
すると、驚いたことに中から人の声が飛び出てきた。
──俺が“これ”で朱雀を討伐できたら、本当に例のアレは約束してくれるんですよね……! こっちはみんなの信頼を裏切ってまでやるんだ。ちゃんと言ったことは守ってもらいますからね──。
──ああ、分かってる。まずは朱雀を討伐してからの話だがな。くれぐれも検討を祈るよ、みんなの英雄グレゴリー──。
「──なに、これ……」
内容にも驚いたが、人の声をこうして聞くことができるだなんて、聞いたことがない。
アンドレは私の反応に低い声で笑うと、自慢げに説明してきた。
「ハッハッハッ、驚くのも無理ないな。これは、魔素B判定のハチだからできる特技なんだぜ。魔素の巧みなコントロール力で、空気中の振動をキャッチして、分散する前に魔素で包み込むことで取り出した時にまるでその場で喋ってるみてぇに再生できるのさ」
ここまでの根拠を突きつけられれば、いくら私といえども納得せざるを得ない。
新たに出てきた闇の行商人のことが気になってしまうが、今はそんなことを詮索している余裕はない。
ただ、アンドレ一行の実力が一部垣間見えたことは収穫といえよう。
少ししか行動を共にしていないため、底が知れぬのも当然だとは思うが、アンドレの独特の雰囲気といい、謎のカリスマ性といい、腑に落ちない部分が多すぎる。
「分かったわ。ひとまずはあなたたちを認めることにする。でも、少しでも怪しい動きをしてみなさい、すぐに共闘は破棄するわ」
「わーってるよ──っと。どうやら、着いたみたいだぜ」
アンドレの警戒した小さな掛け声で、全員が動かしていた足を一斉に止めた。私は五感を集中させ、辺りを見回した。
先刻まで歩いていたのはあくまで広い道でしかなかったが、どうやら大きなドーム状の部屋に辿り着いたみたいだった。
長年人間が立ち入っていないのか、空間全体が苔むした匂いがするのと、なにやら、どこからかともなくいびきのような音が聞こえる。そして、洞窟へ入ってからは日が当たらないため、魔法を使って辺りを照らしながら進んだわけだが。
「この部屋だけ明るい……? それに、なんか暑い気がしない……?」
「──上だ!! 避けろ!!」
アンドレの叫び声に呼応するように、私を含む全員が進行方向とは逆方向に瞬時に飛び退る。
次の瞬間。天井から放たれた巨大な火の玉が、私が一瞬前までいたところ目掛けて落ち、地面を抉った。
まるで空から太陽でも降ってきたような衝撃に、側にいるだけで身が焦げてしまいそうな途轍もない熱気。
一瞬でも判断が遅れていたら、今頃はドロドロに溶けて無くなっていただろう。
「まだ来るぞ! 気を抜くなよ!」
「分かってる!」
そう言い頭上を見ると、そこには、大きく綺麗な翼を持ち、全身が炎に包まれた伝説の四大獣──朱雀の姿があった。
そこら辺に出てくる魔物なんて、比べるのもおこがましい。そう思ってしまうほどの圧倒的なオーラ。
神々しい、という表現が正しいのかは分からないが、あまりに次元の違う生物との邂逅に、言葉では表せない感情──畏怖の念とでもいうのだろうか──を覚える。
──私の力なんかじゃ、到底敵わない。
そう思った瞬間、足が無意識に震え始めてしまい、剣を持つのもやっとの状態になってしまった。
ゆっくり高度を下げ低空飛行に切り替えた朱雀は、鼓膜を嫌に刺激する音で大きく叫び、持ち前の巨大な翼を思い切り上に掲げると、熱を帯びた強風を発生させながら、炎を纏った細かい羽を大量に飛ばす。
「遠距離得意なやつは後ろに回って攻撃しろ! 剣持ちはここに残って俺と遊ぶぞ!」
アンドレの的確な指示のもと、指揮が上がった有象無象は、遠距離タイプと近距離タイプに分かれた。
遠距離タイプは、弓矢や杖を使い、魔法名をぶつぶつと言いながら攻撃を開始する。
近距離タイプは、飛んでくる大量の羽攻撃をいなしながら、後方部隊の援護をする。
「──ったく、笑いもんだよなぁルメリア。これじゃあ、どんだけ強かったパパも浮かばれないわけだぜ。あれだけ念願だった四大獣を前に、手も足も出ないんだからなぁ」
アンドレは、無数に飛んでくる攻撃を的確にいなしながら、何度かこちらを見ながらそう言った。
『──パパ……? パパって、私の……パパ……?』
突然の言葉に、言葉を失う。
パパは私が物心つく前に行方不明になったと、ママから聞かされている。何度も探ろうとしたが、その度になにかとはぐらかされ、いまでは話にすら上がらない。
強くて立派な冒険者だった、という情報だけしか、私のパパに対する情報はなく、私自身も半ば諦めかけていた。
「……パパを、知ってるの」
なんとか声を絞り出し、震えた口調で問う。
アンドレは、私の質問を聞くや否や、大きな大爆笑をし、嘲笑うように言った。
「ああ、それはもう、嫌ってほど知ってるぜ。なぜなら俺は、あんたのパパと行動を共にしてたメンバーだったからなぁ。パパの居場所も、パパが帰ってこない理由も、全部知ってるぜ」
「──っ!!」
「まぁ、知りたきゃ、まずはこの場をどうにかしないとだよなぁ。そうだよなぁ、ルメリア」
飛んでくる最後の羽を撃ち返したアンドレは、胸元からおもむろにお手玉のような小さい玉を取り出した。
「──お前ら、撤収だ」
冷静な声で一言そう言うと、取り出した小さな玉を空中に投げ、地面に落とす。
途端、パカンという音と共に、大量の煙が発生した。すぐに辺り一帯はなにも見えなくなり、朱雀の場所もアンドレの場所も分からなくなった。
次いで、入り口付近で爆音が発生し、瓦礫が崩れる音がした。
『──騙された』
瞬時にそう悟り、私は頭が真っ白になった。
数秒後、煙が分散すると、朱雀が私の眼前まで近づいていたことに気づく。
──と、ここから先は、あまり記憶がない。
ただ必死に生にしがみついて、私は戦い続けた。パパのためとか、ママのためとか、そういうことは頭になかったと思う。
そして、そんな時に私を救ったのがカナタさんだった。
どこからともなく現れた私の救世主は、とても優しくて、謙虚な人だ。もう一人の、生意気なモブのユウとは大違いだ。
──私は、私の命を救ってくれたカナタさんを守れる存在になりたい。
そのために、いっぱい努力して、いっぱい強くなるんだ。いつか、私に振り向いてもらえるその日まで──。




