10話 動き出した影
「……ルメリアの奴、とんでもねぇ化け物連れて来やがったな、おい……」
潜伏してルメリアの死に様を見ようと思っていた矢先、アンドレは思わぬ収穫を得てしまった。
それはアンドレにとって、なにを差し置いても欲しいものだった。
『──こんなとこで出会うとはなぁ』
「ボスの、なんでも欲しくなっちゃうその癖、隠しきれてないッスよ。まあ、そこに見惚れてるのも事実なんスけどね」
兜を深々に被った兵士の内の一人が、アンドレの横で笑いながら言った。
「──俺に手に入れれねぇもんは存在しねぇよ。このアンドレ様が、世界を支配する王になる。お前らもせいぜい、蹴り落とされないように着いてくるんだな」
朱雀の亡骸を一瞥し、アンドレとその兵士達は静かに洞窟を去った。
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これは昔昔の話。突然この世界に降り立った四匹の獣、青龍、白虎、朱雀、玄武は、その強大な力で世界中を圧倒し、乱世を治め、東西南北の守り神として各地へ祀られた。
その時に与えられた力を人々は魔素と呼び、現在に至るまであらゆる場面で使われている。
しかし時が流れ、数十年前のある時。守り神である四大獣が各地で暴れる騒動が起き、それは何千人もの犠牲者を出し、ようやく鎮静化には成功した。
ただ、その数週間後くらいからだった。魔物という魔素を使った生き物が現れ始め、それは今も続く、人類と魔物の長い殺し合いの歴史の始まりだった。
冒険者という仕事ができたのも、この頃からだった。
東の国──ルジドル。
西の国──スワイト。
南の国─サウリオン。
北の国──ブラストク。
その後すぐに、この四大国間は協力関係を結び、冒険者は魔物の元凶である四大獣を討伐するという、人類史上最も恐ろしい神殺しを達成するため、今日まで日々研鑽を重ねることになる。
──というのが、ルメリアから聞いた、この世界の歴史の全てだ。
俺達はこれから、ルメリアのお父さんを探す旅をしながら、四大獣──朱雀はなんか既に討伐済みだが──を討伐する。
ルメリア曰く、「朱雀を一瞬で倒しちゃったんだからいけるわよ」という理論らしく。
あれはどう考えてもまぐれだと思うのだが、まずは旅をしながら魔素のコントロールの特訓から始め、確実に四大獣に勝てるレベルにまで強くなる。
それが当面の目標であり、異世界にきた意味──なのかもしれない。
「カナタさんー! 予約取れたので、こっち来てくださーい!」
夜なのに元気のいいルメリアは、《INN》と書いてある建物の前で両手を振り、俺達を呼んだ。もっとも、厳密には俺は呼ばれてはないのだが。
「今行きまーす!」
同じく元気よく返した叶多は、俺の手を引っ張り、ルメリアのもとまで走った。
ルメリアを先頭に押しドアを開け、中へ入る。
「こんばんは! ようこそいらっしゃいました!」
受付カウンター越しに挨拶する、二人のお姉さん。
全身白に少し赤の刺繍が入った仕事着に、白い帽子を被った可愛らしい服装だ。
「一晩、三人泊まりたいんだけど……二部屋、空いてるかしら」
「もちろんでございますよ、お客様。お疲れでしょう、ささ、早速ご案内致します。こちらへ。お代は翌朝で結構ですので」
流れるままに案内された俺達は、右奥の階段を登り二階へ行き、左へ一回、右へ一回、左へ一回行ったところにある部屋に入った。
ルメリアはその隣の部屋を案内されたが、明日の作戦会議のため一度俺達の部屋に一緒に入った。
セミダブルのベッドに、部屋の隅には机と椅子が一つずつ設置されており、机に上には鍵が二つ置いてある。
「簡素な部屋だなぁ。まあ、それが案外落ち着いたりするんだけどな」
「遊びに来たんじゃないのよ、まったく。ひとまずはお風呂に入ってから、明日の作戦を立てましょう」
「そうだな、そうしよう。叶多も、それでいいか?」
「うん! 一緒に行こ、悠君」
手を合わせ、パンッと音を立てたルメリアは、「じゃあ、一旦解散!」と笑顔で言うと、ルンルン姿で部屋を出た。
「ルメリアって、めちゃくちゃお風呂大好きだよな」
ニヤニヤしながらそう言うと、珍しく察しがいい叶多は、手を横に激しく振った。
「だ、ダメだよ! 覗きとかしようとしようとしてるんじゃないよね! たしかにルメリアさんは可愛いけど、犯罪はやっちゃダメなんだよ!」
「のんのん。ここは日本じゃなくて、異世界だよ叶多君。犯罪にはならないから、大丈夫」
「そういう問題じゃないよ! 流石に人として──」
「まあまあ、とりあえず俺達も風呂に行こうか!」
笑顔で言った俺は、叶多の背後に回り、背中を押しながらお風呂場へと向かった。
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脱衣所で衣服を脱ぎ、スライド式のドアを進むと、お風呂場があった。
どこにでもある銭湯といった感じで、まずはシャワーで汚れを落とし、身体を洗い、浴槽に入る。
疲れた身体に深くまで沁みる、熱くて良いお湯だ。
今のところ客は俺達以外にいないにはみたいで、ゆっくり入れるのもまた良い所だ。
「悠君、あそこ露天風呂じゃない? 行ってみようよ」
「ここ、露天風呂もあるのか! そりゃ行くしかない」
ここで目を瞑って瞑想しながらお風呂を終えようとしていた俺は、叶多の功績によってワンチャン覗きができるかもしれないと期待を抱き、心舞い踊った。
──ナイス叶多!
心の中でガッツポーズをし、一緒に露天風呂へと向かう。
「わあ、大きい露天風呂だね! 景色もすごく綺麗」
この建物自体が妙に縦に長かったのは、露天風呂でこの景色を見る為か! と納得がいった。
俺はそそくさとお湯に入り、叶多もすぐに俺の横に入った。
「覗きはダメだからね」
「分かってるよ」
そうは言ったものの、隣から聞こえるルメリアの鼻歌が煩わしいことこの上ないのだ。
竹かなにかでできた女湯との壁は、思っていたより簡単に壊せそうで、探せば隙間くらい見つかるかもしれない。
と色々と考えていたとき、叶多は、外の景色を見ながら少し寂しそうに口を開いた。
「僕たち、もう元の世界には戻れないのかな……」
ふと口にした内容にしては、とても答えずらい問題だった。
別にこの世界が嫌いというわけでは全くないし、勉強やバイト、色々なしがらみがある向こうの世界より、こっちの方が俺の性分に合ってるのかもしれない。そう思う時が、ここ最近たまにある。
しかし、戻りたいかどうかではなく、戻れるかどうか、という質問に対しては、明確な答えが出せないのが現状だ。
その方法を探すためにも、ひとまずはルメリアと行動を共にし、この世界に慣れる必要がある。
「叶多は、戻りたいか? 元の世界に」
少し考えた叶多は、外の景色を見ながら俺の質問に答える。
「うーん、戻れるなら戻りたいとは思うけど……でも、この世界も僕、結構好きなんだ。まあ、四大獣と戦ったり、同じ人に殺されそうになったりとか、酷いことも色々あったけどね。それになにより、悠君が生き生きしてるように見えるんだ。それが僕にとっては、一番嬉しいことだから」
「……そうか」
どうやら俺は、なにか勘違いしていたみたいだ。
叶多と一緒なら、それがどんな世界だっていいじゃないか。叶多を幸せにするのが、俺の生きる意味なのだから。
しばらくしてルメリアの鼻歌が終わったことを確認すると、『覗きはまた今度だな』なんてことを思いながら、のぼせそうな身体をゆっくりと起き上がらせ、部屋へと戻った。




