4話 魔素鑑定
「本日鑑定の担当を致します、ベロニカと申します。それでは、こちらに手を置いて少しじっとしていてください」
部屋は人が数百人は入りそうなそこそこ大きい空間で、壁は真っ白だ。グローリアと同じ服を来た青い髪のお姉さん──ベロニカが立っているのと、小さな台の上に半透明の水晶玉が置いてあるだけの、無駄に大きいだけの簡素な部屋だった。
俺は言われるがまま水晶玉に手を置き、少し待った。
「……なにも起きないけど」
「もうちょっと待つのよ! ちょっとくらい我慢しなさい」
子供を叱る親のようなことを言うルメリア。
しかし数分待ってもなにか反応が起きるわけでもなく、痺れを切らした俺は一旦手を離そうとした、その時だった。
今まで黙って水晶玉を見つめていたベロニカが、手に持っていた紙にペンを走らせ、言った。
「終わりました、手を離して頂いて結構です。続いてお次の方、どうぞ」
交代を促され、なにがなんだか分からないまま俺達は場所を代わった。
叶多もなにも分かっていないようで、「怖いよぉ」と言いながら恐る恐る手を乗っける。
瞬間。
──パァァァァァァン!!
という破裂音と共に水晶玉が割れ、破片が部屋中のあちこちに飛び散った。
ベロニカは、想定外の事態なのか口をポカンと開けていて、ルメリアは、まるで予期していたかのようにニヤニヤしていて、俺と叶多は、なにかやらかしてしまったのかと怖くなり、お姉さんとルメリアの顔を交互に見ながら助けを求めた。
「こ、これは……」
俺は固唾を呑んで、メリアの言葉を待った。
数秒後。ベロニカは、先程までとはうってかわって厳しい表情をして、力いっぱい声を出した。
「由々しき事態です! お二人はすぐにここから逃げて。私は上長に報告して、その悪魔をすぐに捕らえます」
言うや否や、部屋全体が赤く点滅し始め、サイレンのような警告音が鳴り始める。
入り口のドアの上からは鋼鉄のシャッターが降ってきて、内部からの脱出は完全に不可能になった。
鳴り響く警告音の中、話についていけず完全に置いてけぼりな俺達は、ただ漠然と見ていることしかできなかった。
そんな俺達を見てなのか、ルメリアはすぐに誤解を訂正しようとした。
「ど、どうなってるの!? 何かの勘違いよ! カナタさんはただ強すぎるだけで──」
「貴方は黙っていて下さい。すぐに終わらせますから、女性と黒髪の方は部屋の端まで下がっていてください」
ベロニカはルメリアの言葉を遮り、強い口調で言い返した。
そして次に起きたことは、俺達の常識を覆す異常な出来事だった。
叶多と二メートル以上離れているベロニカは、その距離間のまま両手を叶多の方向へグッと伸ばすと、パーになっていた手を思い切り握りしめる。
「拘束魔法」
そう言った数秒後、離れているはずの叶多が急に苦しみ始めた。
それを見たベロニカは、「捕らえました」と短く一言だけ言い放つと、手の形はそのままに慎重に叶多の方へ近づいていく。
まるで見えない手にでも握りつぶされているかのような姿の叶多は、その場で声にならない声をあげ、必死に振りほどこうと身体を捩らせ足掻いている。
叶多を苦しめるものがどんな原理で動いているのかは分からないが、この世界にある魔法を使っていることだけは確かだ。
しかし、このまま冤罪を証明できなければ、叶多は未知の世界で水晶玉を割っただけで悪魔呼ばわりされ、未知の力──魔法によって殺されてしまう。
ただでさえ一度は助けるのを諦めてしまったのだ。
もうこれ以上、諦めるわけにはいかない。
俺は強い意志で地面を強く蹴り、走り出した。
昨日の一件が脳裏を駆け巡るが、そんなことはどうだっていい。今の俺に必要なのは、叶多を守る強い意志だ。この先なにがあろうと、俺がもっともっと強くなって、叶多を守る。魔法かなにか知らないが、その力すらも俺のものにしてやる。
待ってろ、叶多。俺が今、助けるからな──。
叶多に手が届くまで、あと少しのところだった。
突然、地面が激しく揺れ動き、バランスを崩した俺は横向きに転倒してしまった。
同じく予期していなかったのか、ベロニカは手の形はそのままに後ろに倒れた。
「本性を現しましたね。カナタさん、と言うのでしたか。私の魔法を解くには、この程度の力では不可能ですよ。大人しく、捕まって下さい」
相変わらず手は固定されたままの状態だが、声色は語尾に近づくにつれて強張っていくベロニカ。
少しして地面の揺れは収まり、俺とベロニカは同時に立ち上がった。
「──ちょっと待ってってば! ベロニカさん、これ以上カナタさんを苦しめるなら、私が容赦しないわ」
壁にもたれ掛かり転倒を免れていたルメリアが、腰に携えた剣の柄を少し触り、ベロニカを牽制する。
しかし至って冷静な様子のベロニカは、諭すような口調で言った。
「ルメリアさん。貴方はこの者の正体を知らないから、そんなことを言えるのよ」
「たかだか水晶玉が割れたくらいで、大騒ぎし過ぎなのよ。カナタさんの力は水晶玉では測れなかった、それだけでしょ」
「いいえ、違います」
キッパリと言い切ったベロニカ。
「ベロニカさんには申し訳ないけど、私は、カナタさんにやってもらわなきゃいけないことがあるの。カナタさんに魔素の才能があることはいまので分かったわ。だから、もう行くわ。お願いだから、拘束を解いてあげて」
ルメリアの必死の頼みに、ベロニカは大きい溜息を一回だけ吐き一蹴した。
「拘束を解くことはできません。……ですが」
少しだけ考える素振りを見せると、続けて言った。
「本来、悪魔に関する情報は一般には周知されない、秘匿情報の一つなのですが……。あなた方には、知っていてもらわねばいけませんね。でないと、この悪魔を諦めはしないでしょうから」
そう言い、ベロニカは淡々と語り始めた。
「人間の魔素は、本来生まれながらに体内に宿り、成長と共にその力も次第に大きくなっていくもの。ですが極稀に、魔素の成長に身体の成長がついて行けず、次第に身体の内側から魔素に蝕まれ、自我を喪失──悪魔になることがあるのです。それを未然に防ぐ為に考案されたのが、この水晶玉なのです」
ベロニカは地面に落ちた水晶玉の欠片を一つ持ってみせると、話を続ける。
「水晶玉は、触った者の心と身体の内を映し出すことができます。私たちがそれを数値化し管理することで、カナタさんのような悪魔になってしまった者をあぶり出せるようにしたのです」
「そんな……! でも、カナタさんは悪魔なんかじゃないわ! だってあのとき、私を助けてくれたもの!」
衝撃の事実に驚愕しつつも、引き下がらないルメリア。
昨日の朱雀を倒したのは紛れもなく叶多だと、ルメリアは街に来る道中に何度も言っていた。
それはとてもじゃないが信じられる話ではないし、あのときの俺は話半分でルメリアの話を聞いていた。
しかし確かに、叶多は水晶玉を割った。
ベロニカの言うことが本当に正しいのであれば、叶多は自分のキャパシティをオーバーするほどの量の魔素を身体に取り込んでいることになる。
しかしよくよく考えてみれば、俺達は今、異世界にいるのだ。朱雀のような化け物がいるこの世界で、今更なにが起きても違和感などないではないか。
ただ一つ、叶多の魔素量が多いのは合っていると仮定しても、俺の魔素量が皆無なのはなぜだろうか。
ぶっちゃけ、納得がいかない。
先刻、ベロニカが書いた俺の鑑定結果をチラ見したときに、アルファベットで上のAから下のZまであり、“Z“に丸が付けてあった。
このままでは叶多を守るどころか、俺の方が先に死んでしまう。
なにかいいアイデアはないか──と、考えを巡らせた、数秒後。
「あ、これならいけるかも」
我ながら天才的な案を思い浮かんだ俺は、未だに睨み合う両者の間に堂々と入り、叶多救出作戦を実行した。




