3話 お願い
年季の入った木製の両扉を豪快に開けた赤髪の剣士は、”酒場“と外の看板に書いてあったお店へと入っていった。俺達も、恐る恐る後を追う。
あの洞窟での一件の後、俺達は赤髪の剣士──ルメリアの案内で洞窟から抜けることができ、外に出ることに成功した。
しかし恐れていた通り、俺達は異世界に転移していたようだった。家路には着ける訳もなく、外にあったのは枯れ果てた荒野と、空に浮かんだ満月だけだった。
その後、ルメリアとこの世界について色々と聞きながら数十分かけて荒野を抜け、森を抜け、やっとの思いで街へ辿り着いたのだ。
「へー、外観にしては案外綺麗なんだな。こんなとこ初めて来たな、叶多」
「そうだね、お酒の匂いがすごくてクラクラしちゃうよ」
鼻を押さえながら入店した俺達は、急に目の前で止まったルメリアを疑問に思い、同じく立ち止まった。
「慣れればどうってことないわ。私もまだ飲めないけどね」
そう言い、その場で右手を大きく上げ、「いつもの! 三つ!」と大声で叫んだルメリアは、先客の男連中の隙間という隙間をあっという間に通り抜け、一番奥の空いている席へ座った。
「早くこっち来なよー!」
ルメリアは、隣にある背もたれのない椅子二つを両手で軽く叩くと、雰囲気に呑まれてしまった俺達を誘導した。
しかし多種多様な武装をしている男連中の中に飛び込んでいく勇気など持ち合わせていなく、あちこちに目線を泳がせていると。
「俺たちゃ怖くなんかないぜ。早くルメリアのとこ行ってやらんかい。男が廃るぜ、本当によ」
この中では一番ガタイの良いパンチパーマの男が、酒のジョッキを持ちながら親指でルメリアの方を指差し、そう言った。
恐らくこの連中のドンであろう男は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべると、重そうな椅子を軽々持ち上げと少しだけ間を空けてくれた。
「通りな。お前らも、少しずれてやってくれねえか」
「「はい、喜んで!!」」
と、すぐさま答える男連中。
まるで宗教でも見ているかのような一体感にドン引きするが、通してくれたのだから今のうちに行くしかない。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げながら進み、なんとか椅子に腰掛けることができた。
俺達は久々の休息を噛み締めつつ、大きく深呼吸をした。
それを見たルメリアが、口を開く。
「アイツらのことは気にしなくていいわ。ちょっと、色々あってね。関わるとろくなことにならないわよ」
「別に気にしてないよ。常連さんなんだろ?」
「うん、まぁ。そんな感じ」
思ったよりそんな感じじゃない反応をされてしまったが、深掘りするような話でもあるまい。
俺は本題に入ろうと口を開きかける。
しかしすぐに、横から、オレンジ色のエプロンを着た小学生くらいの女の子が声を掛けてきた。
三つ編みで眼鏡をかけた、可愛らしい子だった。
「お待たせ、しました。いつものやつ、です」
小さいウェイトレスは、大きなお盆を小さな両手でしっかりと持ち、その上に乗っているジョッキを中身が溢れないようにゆっくりと差し出してきた。
一人づつ受け取り、ようやく本題に突入する。
「──単刀直入にお願いするわ。カナタさん、あなたに、助けてほしい人がいるの」
呆気に取られる俺達。
俺でも俺達でもなく、叶多なのか。
「も、もちろんお礼はするわよ。ここの代金は私持ちだし、もし、もし本当に助けてくれたら、あなたたちの言うことをなんでも聞く。二言はないわ」
と、勝手にボロを出していくルメリア。言ったことを若干後悔しているのか、少し複雑な表情をしている。
しかし、本当にいいのだろうか。受けるかどうかも分からないし、大前提、見ず知らずの男二人──実際にお願いされているのは叶多だけだが──になんでも言うことを聞くからとお願いする人がどこにいるだろうか。
胡散臭さしかないお願いに、流石の俺も突っ込まずにはいられなかった。
「っておい。なんで俺は除け者扱いなんだよ。そもそも、助けたい人がいるならルメリア一人で助けられるだろ、あんなに強かったんだからさ。それに、見ず知らずの俺達にそんな対価を払ってまでの価値はないよ。ついさっき、この世界のことを少しだけ知ったばかりだからな」
叶多も同意なのか、首を縦に振った。
しかし納得いかないといった表情で、再び応戦してくる。
「これは、カナタさんにしか出来ないことなの! 私の力なんて、遠く及ばないわ。カナタさんのその力で、私の……私の、大好きな、大切なお父様を、助けてほしいの!」
言うや否や、すり切りまで入っていたジョッキを飲み干し机に置くと、両手をつき、頭を下げた。
「お願いします、カナタさん。あなただけが頼りなの」
俺も叶多も絶句してしまい、しばらく無言の空気が流れる。
俺は叶多の様子を伺いつつ無言を貫いていたが、少しして、叶多が口を開いた。
「分かりました、ルメリアさん。って、早く顔を上げてください!」
ゆっくりと頭を上げたルメリアは、「じゃあ……」と言うと、叶多は一回だけ首を縦に振り、すぐに顔を俺の方に向けて小声で言った。
「ルメリアさん、多分悪い人じゃなさそうだし、僕たち、帰るお家も食べ物を買うお金も持ってないから、しばらくはお世話になった方がいいのかなと思って」
完全にそこの視点が抜けていた俺は、それもそうかと納得。
しかし、こうもあっさりと受け入れてしまっていいのだろうか。
どんな事情であれ、父親を助けたいと思うのは素晴らしいことだ。俺の出来なかったことをしようとしているのだ。そこに疑問点はない。
しかしだ。なぜ俺達なのだろうか。強い人はもっと他にいるだろうし、話によると、この世界の人間は体内に宿る《魔素》を使えるらしく、それを放出する《魔法》を操り仕事や私生活に活かすことができるそうなのだ。
魔素もなにも持っていない俺達地球人など、お荷物以外のなにものでもないだろう。
「ま、とりあえずだ。この話に協力するとして、俺達はまず何をすればいいんだ? 土地勘が全くないから、途方に暮れてるんだよ俺達」
「あなたには聞いてないけど……まあいいわ」
会話の節々から感じる疎外感にイラつきを抑えられず、俺もジョッキを一気飲みし、机に力強く叩き置く。
「悠君、怒りすぎだよ。ルメリアさんにも、なにか訳があるんだよ。こんな僕を頼ってくれるなんて、悠君以外いないもん。僕も、ルメリアさんに助けてもらった恩返しをしなきゃだし」
と聖人のような返しをする叶多。
俺は一度大きな溜息をつき、言いたい言葉を呑み込んだ。
「ありがとう。それじゃあ、協力関係成立ということで。話はまた明日するから、今日は私の家でゆっくりしていってね」
サラッと問題発言をした気もするが、まあいい。
ルメリアは「はい」と短かく言うと、右手を叶多の前まで差し出した。
それに対し、元気よく応える叶多。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして俺達は、どういう訳か、異世界で美少女のお願いを聞くことになったのだった。
×××××××
なんの違和感もなく食卓に出された朝食を前に、俺達は不思議な感覚に陥っていた。
というのも、昨晩ルメリアのお願いに協力することが決まり、対価として衣食住を頂いたわけだが。
それにしても手厚い対応すぎるのではないか、と。
二、三十人は暮らせるであろう巨大な敷地に、まるでプールのようなお風呂。寝室は巨大なベッド、その天井にはさらに巨大なシャンデリアも飾ってあり、絵に描いたような豪邸だ。
服装は、制服のままでいこうとしたが、あちこちが汚れて破れていたため泣く泣く捨て、新たに客人用のTシャツとズボン、靴に履き替えた。
食事は野菜のいっぱい入ったミネストローネ風のスープに、焼きたてほやほやのパン。更にベーコンと目玉焼きのおまけ付きだ。
それらが、無駄に大きい長机にポツンと座る俺達三人の前に人数分置いてある。
ちなみに、作ったのはルメリアだ。
「どういう風の吹き回しなんだよ、ルメリア。嬉しいけど、流石に怖いって。裏があるだろ絶対」
「そんなものないわよ、失礼ね。ただの気まぐれよ。それに、私はあくまでもカナタさんに作ってるつもりなの。副産物だと思って喜んでおくのね、ユウ」
嫌味ったらしい口調に相変わらずの苛立ちをおぼえるが、ここまでしてもらっているのだから、文句までは言えない。
「それにしてもこのお家、本当に広いですよね。誰か、他に住んでる人いないんですか?」
食事をしながら、純粋な疑問を投げかける叶多に、ルメリアは少々戸惑った顔をした。
「昔はいっぱいいたんだけどね……。今はもう、私以外、誰もいなくなっちゃったわ」
「そう、なんですね」
予想以上の気まずい展開に、俺と叶多はそれ以上話を広げることができず、無言のまま食事を終える。
「ごちそうさまでした。美味かったよ」
「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」
少し先に食べ終わっていたルメリアは、自身の洗い物を済ませ、すぐに俺達の分も持って行き、洗ってくれた。
そして赤いエプロンを脱ぐと、言った。
「次は私のお願いを聞く番だからね!」
×××××××
夢のような豪邸生活を一晩だけ満喫した俺達は、ルメリアに連れられ外に出ると、十分ほど歩き目的地へと着いた。
看板には《総合案内所》と書いてあり、先程の豪邸周囲とは違い人の行き来がかなり多い。
建物の敷地も、ルメリアの家ほどではないがかなり広く、向こうの世界で言うところの市役所みたいな場所なのだろうか。
俺達は揃って中に入り、突き当たりの受付窓口へ進む。
「こんにちは、本日はどういった内容で?」
受付の赤い眼鏡をかけた金髪お姉さんは、思いの外淡白な口調で質問した。
対するルメリアは、このお姉さんと面識があるのか、かなりフレンドリーなノリで言った。
「この二人の魔素鑑定がしたいの! それもとびっきりの、精密なやつ!」
「かしこまりました。ですが、魔素鑑定に精密も不精密もございませんのでご了承下さい」
「そんなこと分かってるわよ、まったく。つれないんだから、グローリアってば」
カウンターごしに軽く肩を叩くルメリア。
残念ながら全く相手にされていないが、まるでこれが通常運転かのようにへっちゃらそうな様子のルメリア。
俺と叶多は顔を見合わせ、助けを求めるように受付のお姉さん──グローリアを見る。
しかし目が合ったのは一瞬だけで、すぐに逸らされてしまった。
「それではご案内しますので、後ろについてきてください」
仕事にストイックな人なんだな、と内心で思いながら、俺達三人はグローリアの後を追った。
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「こちらになります。それでは、ご検討を」
ある扉の前まで来て、案内人のグローリアはそう言うとすぐに去っていってしまった。
五分は歩いただろうか。外観が大きかっただけに、中身もしっかり広く作られており、辿り着くまでに何十個扉があったかわからないレベルだ。
「さあ、いくわよ。まずはここで、あなたたちの魔素量を測定するわ」
「いや、俺達にそんなものないって。そんなことできてたら、今頃世界は俺達のものになってたよ」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない。もっとも、ユウにはないかもしれないけどね」
「一言余計だろ、それ」
茶番のような会話を済ませると、ルメリアを先頭に一人づつ部屋へ入った。




