22話 出発
「なあグレゴリー。聞いたかよ、朱雀が倒されたって話」
「──はあぁ!? 朱雀が倒された……? 流石に、なにかの間違いだろ。あんな怪物、この世界のどこの誰が、たった数人で倒す力を持ってるっていうんだよ」
酒場で他愛もない話を交わしていたグレゴリー率いる四大獣討伐隊の面々は、一人の重装備の眼帯男の発言によって、一同静まり返ってしまった。
それを聞いたグレゴリーは、驚きこそすれどまるで信じる様子もなくそう返答した。
スキンヘッドの眼帯男は、その返答を予期していたかのようにニヤッと笑ってみせると、「それがよ……」とまるで怪談話の冒頭を話すような口調で話し始める。
「なんでも、ぽっと出の無名チーム三人組がやったって噂だぜ。それに、聞いて驚けよ。この三人組……酒の味もしらねぇ青クセェガキの集まりらしいんだよ。とんだ馬鹿話だよだよな。俺たち、子供ですら勝てる相手にこんな大群率いていくんだぜ、恥ずかしいったらありゃしねぇよな」
更に驚いた表情をするグレゴリーだったが、見開いた目を何度か瞬きさせ、酒の置かれた丸い机を思い切り叩いた。
「そう簡単に鵜呑みにしちゃいけない。朱雀は四大獣の一角……俺たちが一世一代で挑む人生をかけたこの世界の邪悪そのものだ。どこぞの馬の骨とも知れない子供に、みすみす名誉ある四大獣討伐の座を奪われたらたまったもんじゃない」
「そんなこと言ったってよお。見たってやつがいるんだよ、朱雀の死体をよ」
「いや、俺が確認してくる。信じるのはそれからだ」
そう言ってすぐに立ち上がったグレゴリーは、飛び交う周りの反対を押し切り、ハンガーに掛けた黒基調の分厚いコートを羽織ると、急いで出て行った。
──数時間後。
勢いよく酒場の扉を再び開けたグレゴリーは、必死の形相で眼帯男たちに視線を向ける。
「な、なんだよいきなり……ってまさか、マジで朱雀の巣まで行ってきたのかよ!? ったく……用心深いな、お前は。ちっとは俺たちのこと信用したらどうだよ」
「いいか……よく聞け。俺たち四大獣討伐隊は、これから白虎進軍を開始する。決行は明日の明朝。来れるヤツは全員来てもらう、いいな」
有無を言わせぬ口調でそう言ったグレゴリーは、唐突の決行に慌てふためくメンバーたちを差し置いて、「準備してくる」とだけ言い残して酒場を去っていってしまった。
しばらく酒場中の空気は静まり返ってしまうが、しばらくして、討伐隊の中に一人、坊主で半裸の血管の浮き出た血の気の多そうな男が椅子を蹴飛ばし立ち上がると、その場の沈黙を突き破った。
「──やってやろうじゃねぇか!! お前らも、準備はできてんだろうなぁ!!」
次いで、いたる所から「うぉおおお!」、「ったりめぇよ!」、「日和ってる奴いる? いねぇよなぁ!?」と明日の白虎討伐を鼓舞する声が相次いで巻き起こった。
×××××××
「なんで私の家になるのよ」
「仕方ないだろ、こんな作戦会議にもってこいな場所そうないぞ。ルメリアも、家が賑わって嬉しいだろ」
「そういう問題じゃないのよ……まったく」
「ごめんなさい……ルメリアさん。僕も悠君に賛成しちゃったから、殴っても、いいよ……!」
「カナタにそんなことしないわよ。代わりにそこの男二人の腹パンで許してあげる」
「みんなの総意なんだから仕方ないだろ! ごめんってば」
「僕も軽率な行動だったと反省するよ、すまない」
「……はあ、まあいいわ。明日は日の出と同時に出発するんでしょ? 早く作戦会議を始めましょ」
そう言い、全員が囲って座れる大きい机に温かいココアを人数分置いたルメリア。
作戦会議といっても、俺達のできること、できないことは、一緒に過ごしている中で分かっていることだ。この作戦会議に於ける一番の問題点は、ハインの処遇についてだ。
俺の方から期間限定で仲間に引き抜いたのまではいいのだが、いかんせん扱いが難しいのだ。
敵か味方か中途半端な役回りだし、かといって自由にさせて利敵行為をされるのも怖い。そうなるくらいだったら、その強さを活かして前線を任せるのが無難か。
「白虎討伐で一番重要になってくるのは、叶多とハインの物理攻撃だ。そこを軸に戦わないと、恐らく白虎には勝てない」
「そこを支援するために、私たちが二人のサポートをするんでしょ?」
「その通りだよ。だから俺が考えるのは、前衛にはハインを置いてメインの攻撃をしてもらう。後衛は俺とルメリアで、攻撃の二人のサポート要員。そして後衛を攻撃から守るのとハインの補助の役割として叶多を置きたい」
人数が少ない故に、大部隊のような陣形を組むことはできないが、その中でも各々の特徴を活かした最良の選択といえるだろう。
俺はそう自信満々に提案すると、無言で聞いていた三人の反応を窺う。
「ま、私もそれしかないと思うわ」
「ただでさえ人数少ないしね。僕が悠君を守るよ!」
「君に任せるよ。ただ、他にも四大獣を討伐して名誉を欲しがる連中も最近増えてきてるんだ。時は急げだよ」
みんなで同時に頷く中、ルメリアだけが表情を曇らせていることに、俺はそのとき気が付かつくことができなかった。
×××××××
翌朝、四時過ぎ。
きっちりと睡眠をとった俺達は、ルメリアの家で前日の夜を過ごし、たった今、西の国の洞窟まで辿り着くことができた。
周囲は視界の開けた砂漠地帯で、地面は不純物の一切存在しないサラサラな砂が辺り一帯に広がっている。
「ここに……あの白虎がいるのね」
「ああそうだよ。何人もの先人達が、ここで犠牲になったんだ」
ハインの一言で場の空気が一瞬凍ってしまったが、俺は「なに言ってんだよ」と一蹴し、強いくせに不安がるハインに喝を入れた。
「ここで俺達が、その歴史に終止符を打つんだよ。なにを怖がってやがる、ハイン。お前がひよってたら俺達どうなるんだよ」
「そうよハインさん、あなたは十分強い。私たちがサポートするから思う存分戦って、勝つわよ」
短く「ああ」とだけ返したハイン。
俺達は意を決して中に入ろうとするが、足を動かそうとしたときに叶多が恐る恐る口を開いた。
「でもやっぱり、いざこんなところまで来ちゃうと、朱雀のこと思い出して……ちょっと、怖くなっちゃうよね」
その気持ちは、痛いほど分かる。
異世界に飛ばされて間もないときに、訳もわからないまま殺されそうになった相手だ。いまでこそ努力して力を制御できるようになってきたわけだが、あのスケールの強さの敵とまた戦うことになるのだ。
その不安は推し量れるものではないし、かくいう俺も怖いものは怖い。力がない分、なんなら俺の方が怖いまである。
しかし、この世界に来てしまった以上、やるしかないのだ。
叶多を守るためにも、ルメリアとの約束を果たすためにも、いまここで退場するわけにはいかない。
「アイツは叶多が倒したんだろ。自信持てよ、絶対大丈夫だ」
「この中で一番強いのはカナタよ、あなたが一番自信を持つべきだわ」
二人の言葉に励まされ、迷いが薄れたのか、俺とルメリアの顔を見て「うん!」と言った叶多。
いよいよ洞窟に足が動き始めた、その刹那。
「───危ない!!」
ハインの叫び声と共に、俺の視界は百八十度回転した。
直後、俺の眼前を朝焼け色の巨大な弾丸が通り抜け、遅れて大きな風が俺達を襲った。
「大丈夫かい三人とも!」
地面に倒れたハイン以外の三人は、同時に大丈夫と返答し、ゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございます、ハインさん……! ハインさんが僕たちを守って地面に倒してくれなかったら、今頃……死んでました」
「そんなことはいい。今は、あれをなんとかしないとね」
少し弾道がズレていたら、と考えるだけでも戦慄するが、俺は無意識に巨大弾丸の弾道を辿った。
するとそこには、数十人規模で俺達に敵意を向ける、超大部隊が存在していた。
「…………グレゴリーさん」
ルメリアの呟いた言葉は、頭が真っ白になった俺の耳には届かなかった。




