23話 四大獣討伐隊
「チッ、外したか」
魔法で作り出した漆黒の拳銃を片手に持ち、標的に掠りもしなかったことに激しい苛立ちを覚える、長い髪の女性。
年齢は俺達よりかは上だろうが、二十代真ん中くらいであろうハインと一緒くらいだろうか。
周囲と似たような武装をしていて、パッと見女性とは気づかなかったが、武装をしてなお華奢に見えるその身体付きに、見れば見るほど綺麗な女性だと分かる。
時間的に外はまだ薄暗いが、明るい栗色の髪を風に靡かせ佇む雰囲気は、周囲の人間とはなにか違うものを感じさせられる。
その直後、銃弾を外した女性銃使いを見て、少し後ろで待機していた重武装の中年男が突っかかってきた。
自信のあるハキハキした声だったが、言っていることとその佇まいとではどこか乖離していているように見える。
「おいお前、もっと正確に、狙って撃てよ。同じ護衛騎士の一人なんだろ? この距離なら俺でも当てれるぞ。ほれちょっと貸してみろよって」
「遠慮しとく。警告として一発目は敢えて外した。次はない」
「なーに調子こいちゃって。護衛騎士だかなんだかで強そうだったから雇ったけど、お前もしかして……無能ちゃん?」
斜め下の角度から煽るように女性銃使いを見上げた中年男だったが、徐々に機嫌が悪くなり眉間に皺を寄せ始めた銃使いにただならぬ殺気を感じ、慌てて数歩後退る。
「ザード。女性差別はやめろ、お前の悪い癖だ」
続いて、大名行列の先頭で剣を持つ青髪の好青年の大きく響く声が、二人の言い合いを完全に止めた。
飄々とした態度で二人の間まで入ってきた高身長の前髪センターパートの男は、両手で二人の怒りをなだめつつ、俺達にまで聞こえる声で叫んだ。
「──そんなことより、まずはあの連中だ。俺たちの目的の邪魔をする者は、誰であろうと排除する。ダリア、次は当てられるね」
「当たり前」
不服そうな顔でそう言った女性銃使い──ダリアは、恐らくこの部隊のリーダーであろう青髪センターパートの男を睨むように一瞥すると、手に持った銃を俺達へ向け、標準を合わせるように片目を瞑った。
「次は当てる」
×××××××
ダリアと呼ばれた女性銃使いは、品定めするように俺達を一人ずつ見つめ、最終的に標準はハインへと定まった。
引き金にゆっくりと手にかけるダリアだったが、先程避けられたのをよほど気にしているのか、固唾を呑んで様子を伺っている。
「……ハイン、どうする。このまま洞窟突っ切って、白虎のとこまで行くか」
俺の提案に、ハインは首を横に振った。
「いやダメだよ。アイツらはきっとどこまでも追ってくる。先に片付けないと、追い詰められるのは僕たちになる。僕はあの銃弾を撃った女を狙う。君たち三人は、ザードという男と、周りの取り巻きを監視していて欲しい」
あくまで落ち着いた様子で答えたハイン。
こう言われてしまっては、イエスと答える他ない。
二人も覚悟を決めたのか、慎重な面持ちで返答した。
「分かった」
「分かりました」
「分かったわ」
恐る恐る後退した俺達を一瞥したハインは、すぐに背中を向け、己に向けられている銃口をじっと見つめる。
「久しいね、ダリア。何ヶ月ぶりかな」
「兄貴も、相変わらず気持ち悪いね」
「君が僕に銃弾を向けるってことは、そういうこと、と捉えていいんだね?」
「悪魔に力を貸す人に、用はない。死ね」
親しいようで、しかしそれでいて赤の他人のような、絶妙な距離感の会話を繰り広げるハインとダリア。
会話の内容が正しいなら、二人は兄妹ということになるのだが。
しかしおかしい。そもそもハインは国に内緒で、休息と偽って俺達のところに来たと言っていた。
それがどうだ。“悪魔に力を貸す”……?
ハインは、何と言って国を出てきたのか。ダリアの言っていることが真実なのだとすれば、そもそもハインは、はなから俺達に協力する目的で近づいてきたことにならないか。
護衛騎士という名誉ある地位を捨ててまで俺達に協力する意味が、どこにあるというのだろうか。
妹を、国を、嘘をついてまで俺達に寝返ったのにはなにか理由があるはずだ。
もしくは、こんなことをしておいて、俺達の味方でもなんでもない、ただの狂人か──。
「──ダリア、もしかして、僕を倒せるだなんて思ってるんじゃないだろうね」
お得意の髪をかき上げる動作と共に、嘲笑うように上から目線で言い放つハイン。
それに負けず劣らずの皮肉さを込めて、妹のダリアはこの場の全員に聞こえるほどの声量で言い放った。
「当たり前……悪の手先に染まったヤツに負けるほど、私は弱くない!」
直後。右手で引き金を引いたダリアは、銃弾が発射されたのと同時に、銃を空中に捨てた。
そして「錬成魔法」と小さく呟くと、なにも持っていなかった左手に、朝日に輝く金色の剣を錬成してみせた。
銃弾がハイン目掛けて目に見えない速度で飛ぶ中、後から走り出したはずのダリアが、銃弾とまるで一体化したかのように高速で距離を詰めてくる。
俺にはなにがなんだか分らなかったが、どうやらハインには見えていたようだ。
いつの間にか錬成していたハインの剣は、迫り来る銃弾を意図も簡単に真っ二つに斬ってみせる。しかし勢いまでは殺せなかったため、左右に散った銃弾の欠片はハインの両頬を掠め、そのまま一直線に飛んでいってしまう。
「ここ──!!」
恐ろしい速さで駆け抜けてきたダリアは、銃弾で作った一瞬の隙を逃さず、ハインの懐に入ることに成功する。
その後息をつく暇もなく、左手に持った金色の剣を横一文字に振る。
誰もが、ハインが真っ二つになる未来を想像した。
──しかし次の瞬間。聞こえたのは、身体が斬られた音でも、ハインの叫び声でもなく。コツン、という小さな音だけだった。
大きく後ろに吹き飛ばされたダリアは、無言を貫く青髪ナルシストに直撃する。しかし流石は討伐隊のリーダーとでもいおうか、転倒は免れ、倒れ込もうとしたダリアを持ち上げ、「大丈夫か」と声をかける。
ただの気遣いで言ったことなのだろうが、兄に敗北したダリアには、それは気休めにもならなかった。
「……クソ、調子に乗るな……! いつまでも子供扱いして……。絶対! 後悔させる!」
青髪ナルシストに半ば抱えられる状態でハインを睨みつけるダリアに、ハインは前髪を心なしかいつも以上に大袈裟にかき上げて応戦する。
なんだか微笑ましい兄妹喧嘩のようにも聞こえてくるような気もするが、実際やっていることはただの殺し合いだ。
しかし俺には、残念ながら先刻のバトルで何が起こったのか理解できなかった。
俺の目では、ダリアが振った剣は確かにハインの脇腹辺りを捉えたが、次の瞬間、前触れもなくダリアが吹っ飛んだように見えた。
「……ハインはなにをしたんだ?」
叶多かルメリア、どちらかが分かればいいなとは思ってはいたが、少し意外にもすぐに答えたのは叶多だった。
「デコピンだよ。ハインさん、攻撃をわざと防御魔法で受けて、デコピンでダリアさんを吹っ飛ばしたんだ」
「あなたあれ、見えてなかったの? ユウ。あなたの動体視力ナマケモノレベルなのかしらね」
プライドを押し殺して聞いたつもりだったが、やはりルメリアの言葉はいつも心にくる。そして叶多には救われっぱなしだ。
納得した俺は、「わ、分かってたけど? 一応状況整理的な?」とその場をはぐらかしたが、誰一人として触れてくれる人はいなかった。
「ダリア。君も強くはなった。けどね、そんな剣捌きで僕に勝つなんてのは、十年……いや、一生かけても不可能だよ」
「大口叩けるのも今のうち。私は四大獣を討伐して、兄貴を超えてみせる。絶対に。そのために、今、アンタを倒さなきゃいけない」
青髪ナルシストの手を振り払い、一人で立ち上がったダリア。
再び剣を構える姿勢をとり、互いに様子を伺う。
「そうか。じゃあこの辺で、僕たちの力の差ってやつを分らせないといけないみたいだね。ダリア、君は、僕には勝てないよ。それとユウ、カナタ、ルメリア、これは僕の家族の問題なんだ、くれぐれも余計なマネはしないでほしい」
「そんなこと言ったって、相手はあんたの妹だけじゃないんだぞ。他にも手練れがうじゃうじゃ揃ってる。一対複数じゃ流石に部が悪いだろ」
当然だ。青髪ナルシスト然り、ザードとかいう強面の中年男性も然り、ただ仲間の戦闘を傍観するだけとはならないだろう。
少し考えたハインだったが、今度はすぐに聞き馴染みのある俺の親友の声が、仲間内に聞こえるくらいの大きさで話した。
「そこは、僕たちがなんとかする。ルメリアさんも、いいよね?」
なにやら意味のある目配せをした叶多とルメリアは、途端に口角をあげ、同時に頷く。
「もちろんよ。白虎と戦う前に準備運動しなきゃなって、思ってたところなの。やるわよ、ユウ、カナタ」
「そういうことで、他は三人によろしく頼んだ。僕はダリアに専念させてもらうよ」
そういうことか、と思ったときには時既に遅く、残念ながら“実行する”流れになってしまっていた。
「しょうがない奴だな……ほんとに。分かったよ、分かった。叶多はそこの青髪ナルシストを、ルメリアと俺は他の有象無象を一斉に相手する。いいな」
「分かった、頑張るよ」
「ええ、いいわ。やってやりましょ」
「ありがとう、三人とも。それじゃあ、行くよ」
覚悟を決めた俺達──チームカナタは、白虎討伐を目前にしてイレギュラーに発生した乱闘イベントを開始するのであった。




