20話 ハイン、参上
「──うぉぉおおおおお!!」
俺の愛刀シャープソードは、すばしっこく逃げようとする小さな魔物に向かって、的確に“赤い核”を捉えると、まずはその鋭利な刀身で粘着性の皮膚を勢い任せで斬りつける。
そのままの勢いで中央にある真ん丸の核までもっていき、まるで野球のバットを振り切るような綺麗なフォームで、魔物を一刀両断した。
魔物名はスライム。人間に対して脅威こそないが、粘着性のある成分でできた体は思いの外すばしっこく、半透明の体から見える核まで辿り着くのにはただ剣を振るうだけでは弾かれてしまうため、ある程度の力が必要になってくる。
蒸発するようにしてすぐに見る影もなくなったスライム。
俺は自分の成長をひしひしと感じながら、シャープソードを鞘に納めてから心の中でガッツポーズをした。
「すごいよ悠君! 練習の成果がでたね!」
「そうだな。ハインが報告しに来るまでは、俺も 戦 力 外 通 告 を受けないように修行しないとだからな」
俺はルメリアの方をニヤニヤして見ながら言った。
まだ以前言われたことを根に持っているというわけでは全くないが、二人が強い魔物をバッコバッコと倒していく中、たかだかスライム如きに苦戦して、挑戦してから倒すのに数週間かかるとは思ってもみなかったのだ。
額に分かりやすい怒マークを浮かべたルメリアは、腰に手を当てて前のめりで俺に嫌味を垂れた。
「あーそう。まだそんな前に言ったこと気にしてるんだ。女々しい男は嫌われるわよ」
「へっ、余計なお世話だよ。俺は俺なりに努力してくって決めたんだ。スライム一匹倒す実力もなしに、叶多のプレイヤー語れるかってんだよ」
「プレイヤー? カナタのプレイヤーってどういう意味よ」
「別に。ただ、操作する側の技術がないとキャラクターも苦労するよなって話だよ」
今度はクエスチョンマークを額に登場させたルメリアは、お手上げといった表情で両手をあげると、昼下がりの晴れた天気を全身に浴びる。
「……はぁぁぁぁあ。とっても気持ちいい風ね」
無理やり話題を切り替えた女剣士は、俺の傍に立っていたカナタを手招きして、日光浴のお供に加えた。
「とりあえず、この辺で気の済むまでスライム狩りをしているといいわ。安定して倒せるようになったら、次は場所を変えてみるわよ。それまで私とカナタはひなたぼっ……いや、魔法の練習をしておくわ」
「今ひなたぼっこって言いかけたよな。まあ別にいいけどさ」
相変わらずの叶多愛にもそろそろ慣れてきたが、ここまであからさまだと一周回ってイライラしてくる。
俺は手の代わりにシャープソードを上に掲げ、「また後で」と言いながらその場から立ち去り、再びスライム探しのため草原を歩き回ることにした。
スライムは臆病な性格で、走って追いかけようとすると逃げてしまうため、足音や草を踏む音も最小限にして近づかなければならない。
十匹倒したら次の魔物へ行こう、と決意して、まず最初に見つけた一匹目。
恐る恐る背後から近づき、気づかれないよう右手に持ったシャープソードを赤い核目掛けて突き刺す──がそう上手くはいかず、ぴょん、と跳ねる音を立てながら後方にジャンプしたスライムは、俺の顔を一瞥してから一目散に逃げ始めた。
「待てこらああぁぁぁあああ!!」
特に鳴き声を持たないスライムは、持ち前の粘着性のある体からぺとぺとと音を立てて走っている。
ただ、すばしっこいとはいえ全長は俺の頭より少し大きいくらいのサイズ感で、本気で走ったらギリ追いつきそうなレベルだ。
何度か剣を振るってみるが、あと少しのところで空気を斬ってしまうためその度に速度が低下してしまう。
どうしたものかと考えた俺は、一旦剣を鞘に戻す。
呼吸を整え、タイミングの良いところで一気に走り出す。
しばらくはその差を埋められずにいたが、ジリジリとスライムとの距離が縮んでいく。
「……はぁ。はぁ。やっと追いついた。もう逃さないぞ……!」
形勢逆転。
勝ちを確信した俺は、勢いよくシャープソードを引き抜き、眼前に迫る半透明の魔物──スライムの体を見事貫通させた。
刀身からこぼれ落ちたスライムの体は、地面に小さい音を立てて落ちると、すぐに消えてなくなった。
「──ふぅ。次、二体目」
荒い呼吸を深呼吸で落ち着かせて、二体目、三体目と、同じやり方で着実に倒していく。
ついに最後の十匹目を見つけたときには、疲労の度合いは最高潮に達していた。
散々スライムを追いかけ回していたのだ。無理はない。
俺は、背後を向くスライムを前に、動かなくなった身体を仰向けにして地面につけた。
「……ったく……もう身体、動かないって……。ちょっと、休憩……」
昼下がりの晴れた空を見上げながら、俺は限界まで疲労の溜まった身体を休ませた。
ルメリアならその自慢の足や強化魔法で、叶多なら錬成魔法やなにかしらの手段でこんなスライム一匹簡単に蹴散らしてしまえるだろうが、俺にはそんな芸当持ち合わせているわけもなく。
愚直に走って倒すしか、方法はないのか……と、上の空で色々と策を考えていると。
どこからともなく吹いてきた風が、俺の髪の毛を激しく揺らした。そして同時に、俺の上空を、金色の姿をしたなにかが超スピードで通った……気がした。
それが気のせいではないと分かったのは、なにかが通った直後に、スライムのいた場所辺りで大きな地響きがあってからだ。
あまりの衝撃に身体を浮かせられた俺は、叫び声を上げて途端に立ち上がった。
「……なんだよ、派手なご登場しやがって。相変わらずやることがオーバー過ぎるんだよ。もうちょっと抑えろよな」
「君がたかだかスライムに追いかけ回されてたのを見てね。ほら、倒しておいたよ。感謝してほしいくらいだね」
そう言われ、十匹目に倒す予定だったスライムを見てると、頭上から剣で一刺しされ、核まで見事に貫かれている魔物の姿があった。
「そのたかがスライム一匹を倒すのに、地面をこんなにする必要あったのか……? もはや巨人が通った足跡みたいだぞ。なにごとにも限度があるんだよ限度が」
剣が地面に突き刺さっているところを中心に、半径三メートルほど地面が抉られている。
どんな力で剣を振るったらこんな馬鹿力が出せるんだ、と一周回って引いていると、澄ました顔をした金髪の護衛騎士──もとい、チームカナタの新メンバーハインは、いつもと変わらない少し低い声で言った。
「まあ、君がいつもの調子で良かったよ」
素早い手つきで剣を鞘に納めたハインは、俺の傍まで歩いてくると、すらっとした体型に似合わない筋肉質な右手を差し出した。
「待たせたね、ユウ。これで僕も、晴れて君たちのパーティに仲間入りってわけだ。もっとも、国王様には短期間の休息を頂戴しただけなんだけど」
「って、もっとマシな嘘はないのかよ。バレたらハイン、お前の首が飛んだりするんじゃないのか? 限定的とはいえ、一応俺達のパーティメンバーだから今死なれたら困るぞ。もっと綿密にだな……」
ブツブツ言いつつも俺は裏切り護衛騎士の手を取り、小鹿のように震える足をなんとか自立させて立ち上がった。
いつもの髪をかき上げる動作をしたハインは、俺と視線を合わせると、少し真面目な表情をし、言った。
「協力関係とは言ったけど、これはあくまで騎士としての務めを果たす上での利害関係の一致でしかない。君がどこまで僕を連れ回すか知らないけど、エニグマの件もカナタにはしっかり動いてもらうよ」
「……分かってるよ」
ハインの言うことは正しい。俺一人であれば、この化け物級の強さの護衛騎士相手に駆け引きなど通用しない……というか、同じ土俵にすら立てていない。
叶多ありきで成り立っている不安定な協力関係だと念頭に置きつつ、俺はコイツをダシにして叶多、ルメリアと三人でこの世界をのし上がっていってやる。
「二人にも会わせるから、転移魔法、使えるよな」
少し嫌そうな顔をしたが、しばらくして「仕方ない」と折れてくれたハイン。
俺は二人のいる場所を伝え、金髪剣士がつくった空間の歪みに一緒に入っていった。




