19話 帰宅
「これはまた……突拍子もないことを言うね君は」
俺の爆弾発言に困惑する護衛騎士のリーダー。しかしそれは、仲間の二人も一緒の反応だった。
ひとまずは資金集めと仲間集めを目的としているこの旅に於いて、こと資金に関してはいまのルメリア(Fランク)と俺(Zランク)の実力なら三人が十分に暮らしていけるレベルの稼ぎは得られる。
懸念していたのはもう一つの仲間集めだ。
現地の人間のくせに一緒に旅をする仲間を一人も集められないポンコツ赤髪剣士と、異世界人であり最強の魔素力を誇る最強の叶多と、努力しても未だ報われない最強の異世界人の付き添い、俺。
そんな異端児揃いのパーティに誰が入りたいと思うだろうか……と考えていたところ、この前髪かき上げ金髪剣士が頭に浮かんだのだ。
ナルシスト感が否めない見た目と言動のあるハインは、俺達のパーティに入っても違和感はなく、むしろ馴染む、そう判断した。
ただ一点、国を守る護衛騎士という役職に就ている以上、そう易々といいよとなるわけがないのは重々承知だ。
しかし、ハインの方からこちらにお願いをしてきたのだから、条件として提示する分にはさして問題はないだろう。
「ちょ……なに言ってるのよユウ! こいつはあなたたちを一回殺してるのよ! それを一緒に連れてくって……どういう神経してるのよ!」
「流石に無理だと思うよ、悠君。第一、僕たちが良くてもハインさんがいいって言うはず──」
「いいよ」
「「「いいの!?!?」」」
一同驚愕。提案したのは俺だが、こうも即答されると逆に反応に困る。
「ただ生憎、これは僕の一存で決められることじゃない。一度持ち帰らせてもらうよ」
テンポよく進んだ会話劇だったが、最後はやはり分かりきっていたオチになった。
俺はハインの回答に頷いたが、ふと気になったことが頭に浮かんだため、そのまま言葉にする。
「エニグマって、もしかして持ってるもの同士で場所が分かったりするのか? ハインからカナタの居場所が分かったように、こっちからもハインの居場所が分かったりして……って思ったんだけど」
「妙に察しがいいよね、君」
髪をかき上げたハインは、エニグマを顔の位置まで持ち上げ、まじまじと見ながら言った。
「結論としては、できるっていうのが正しいかな。前提として、青龍、白虎、朱雀、玄武のどの四大獣の一部を素材としているかによるけど、そこさえ一致していれば、あとはエニグマが居場所を教えてくれる」
そういうものなのか、と納得しつつ、叶多からエニグマを渡してもらい、ハインと同じように眺めてみる。
しかしなにも起きないし、他の場所にあるエニグマの位置など分からない。
「ちなみに、エニグマは触れた者の魔素を消費してようやく機能する」
「それを先に言えよ!」
地面に叩きつけてやろうかと思ったが、一歩手前で踏みとどまる。
そうなったら使えるのは俺以外──つまり叶多とルメリアいうことになる。基本的には叶多に預けていた方が安全だろう。
俺にとってはただのガラクタに他ならないため、すぐに叶多に返却した。
「それで、叶多とハインのエニグマはどいつの一部なんだ?」
「西の国、スワイトの四大獣──白虎だよ」
「……白虎。そう、なのね」
その名を聞いた途端、その場で俯いてしまったルメリア。
──西の白虎。その名の通り、白い毛並みの猛虎だ。
ルメリア曰く、四大獣の中で唯一の物理攻撃が主な攻撃手段で、強化魔法から繰り出される純粋な攻撃力の高さに、圧倒的な戦闘スピードが重なり、行く手を阻む者を全員蹴散らすという。
最も特徴的なのは、こちらの魔法が全く効かないことだ。それが魔法による効果なのか、白虎の持つ特有の能力なのかは定かではない。
いままでで数々の先人達が挑んでは敗北してきたことを考えると、一朝一夕で通用するような敵ではないことは確かだ。
「──それじゃあ、僕は一旦帰らせてもらうよ。それまでに、是非とも良い報告を待ってるよ」
別れの挨拶をしたハインは、俺達を一瞥すると、踵を返して来た方向にゆっくりと歩いて行く。
はっきりと声は聞こえなかったが、恐らく転移魔法を使ったであろうハインは、突如として現れた空間の歪みと一緒に、どこか遠くへ去っていった。
「──あっ! もうこんな時間! 悠君、ルメリアさん、早く行かないと依頼達成できないよ!」
日暮れ前の少し涼しい風が肌に優しく触れ、俺達に日没を予感させる。
ルメリアの腕時計を見た叶多は、時間を知って焦ったのかその場で足踏みだけしている。
「ユウが変なこと言うから長引いちゃったのよ。早く行くわよ」
「どの道俺達だけじゃあ、この先どん詰まってたかもしれないだろ。戦力が増えて良かったじゃんかよ。それに、これで叶多がもっと強くなるぞ」
この感覚は、昔どこかで味わったことがある気がする……そうだ。
──ゲームだ。俺はゲームのキャラクターを操作するプレイヤーで、叶多はゲームの中で強くなっていくキャラクター。
俺の腕次第でいくらでも強くなる可能性を秘めた叶多というキャラクターは、異世界で活躍する才能を持たない俺にとって、うってつけの腕の見せ所といえる。
「……燃えてきた!!」
この先のことを想像するだけで、胸が高鳴り、鼓動が早くなる。
俺は一人でニヤニヤしながら、叶多とルメリアの後ろを歩いた。
×××××××
街中を駆け回り、ありとあらゆる建物やゴミ箱を漁り夜中までかかってしまった猫探しは、叶多が路地裏の塀の上でくつろぐ猫を見つける形で幕を閉じた。
もう一つの目的である美味しいご飯屋さんは、猫探しの奮闘で営業時間を過ぎてしまい、泣く泣く延期となった。
ルメリアのかってのお願いで、転移魔法を使って彼女の自宅に帰ることになった俺達は、お風呂に入って就寝する前に今後の作戦会議をすることにした。
部屋着姿のルメリアは、同年代の俺には刺激が強く直視できないものがあるが、一方叶多は、ルメリアがすぐ隣にいるのに目を合わせて普通に話せている。
このコミュ力お化けが……などと念を飛ばしていると、その当人から話を振られ、慌てて邪念を振り払う。
「──悠君はどう思う?」
「ん? ごめん聞いてなかった。なんだっけ」
「もう……疲れたのは分かるけど、もう少しだけ頑張ってよね。もう一回だけ言うわよ。次からは置いていくわ」
今度こそ無駄な思考を削ぎ落とした俺は、「ごめんごめん」と平謝りし、ルメリアの着ている白いワンピースの真ん中にある、繋ぎ目の赤いリボンを見ながら話を聞くことにした。
「今後の方針のことよ。ハインの言われた通りエニグマの調査に注力するのか、今まで通り私たちのペースでパパ探しを続けるのか」
ルメリアの言うパパ探しというと、いままでの認識だとただ漠然と捜索することになると思っていたが、ハインとの一件で四大獣が絡んでいることが判明した。
それはルメリアにも知り得ぬ情報だったらしく、母親のこともあってさぞ複雑な心境だろう。
なぜ俺達に母親のことを隠していたのかと先程問うたところ、「余計な心配をかけたくなかった」と言われてしまい、俺と叶多もそれ以上言及はできなかった。
しかし母親は四大獣に殺され、父親も四大獣絡みで行方不明となると、ルメリアの気持ちとしては一刻も早く四大獣を倒したいはずだ。
それを汲み取れない俺ではない。
「エニグマの件は、ハインと合流してからでも遅くないだろ。もちろん裏で糸を引いてるのがどんなヤツなのか気にはなるし、放っておいたら色んなところで魔物達が暴走するかもしれない……けどさ」
「けどさ?」
語尾を復唱して、前のめりになるルメリア。
動いたことによって胸元の赤いリボンが少しだけほつれてしまい、慌てて視線を斜め上にずらして言った。
「ま、まあ、大元の白虎達を討伐しないとエニグマは消えないだろ。だから俺達が今優先すべきは、大元の四大獣の討伐ってことだ。そんでもって最初のターゲットは白虎だ」
白虎にした理由は特にないが、叶多が持っているエニグマが白虎から取られたものらしいので、先に処理しておいた方がいいと判断した。
「本当にそれでいいの? てっきり、ユウのことだから、“は? なに言ってるんだよ。エニグマの調査からに決まってるだろ”、って言うと思ってたわ」
身振り手振りで下手くそな声真似を披露して見せたルメリアは、俺の冷笑を確認すると、まるで分かっていた反応だったのかクスッと笑った。
「全然似てないけど、僕は面白くて好きだな、その声真似」
「叶多までなに言ってるんだよ」
同時に、三人の笑いがリビングに響いた。
少しの沈黙のあと、ルメリアが口を開く。
「……ありがとう。二人がそれで良いって言ってくれるなら、私としては嬉しいわ。二人を巻き込む形にはなっちゃったけど、改めて、一緒についてきてくれてありがとう。どのくらい長い旅になるか分からなくなっちゃったけど、これからもよろしくお願いするわ」
「おう!」
「こちらこそ!」
ひとまずはこれで、第一目標の資金集めと仲間集めは完了した。
次の目標は、白虎を討伐するために魔法以外の部分を鍛えること。魔素のコントロールは必須技術ではあるが、その他の単純な身体能力や武具の強化など、やることは山ほどある。
明日はなにやらルメリアが用事があるらしく、俺と叶多は、何気にこの世界に来てから初めての休日ということになる。
特にやることは決まっていないが、なにせ土地勘もなにもない異世界だ。明日は叶多とゆっくり過ごしながら、依頼で貯まったお金で美味しいものを食べたりどこかで情報収集をしたりする予定だ。
なにやら浮き足だった雰囲気のルメリアは、先にお風呂に入るため、ゆっくりと立ち上がろうとした、次の瞬間──。
ついにルメリアの胸元のリボンが解けてしまい、二本の線になった赤い紐は、先程まで繋ぎ止めていた左右の布を完全に解き放ってしまった。
なんとかすぐに気がついた赤髪の女剣士は、間一髪のところで両手を持ってくることに成功し、俺達を睨みつける。
「……見てないわよね」
「「見てないです」」
俺と叶多は冷や汗をかきながらも言葉を被せるように即答した。
少しだけ顔を赤らめた女剣士は、白いワンピースに覆われた背中を見せ、再びリボンを結び直すと、こちらをもう一度睨むように一瞥してそそくさと風呂場の方へと向かっていった。
その日の夜、俺の心臓は異常な心拍数を記録し、しばらく寝つくことができなかった。




