17話 遭遇
「やっぱりユウ、あなた才能ないわ」
イノシシ退治の翌日、お昼過ぎ。
広大な原っぱのど真ん中で、才能無しの烙印を押された俺は、ショックを受けながらも新米師匠に反抗した。
「Zランクなんだから仕方ないだろ! 体内に流れてる魔素を感じ取るっていったって、俺の体内には血液しか流れてないわ! 多分!」
「まったく……文句が多いわね。あなたが教えてって言ったから教えてあげてるのよ。もうちょっと愚直に頑張ってみなさいよ」
片手に石ころを持ったルメリアは、先日叶多にも教えていた魔素コントロールの練習風景を俺にも見せてくれていた。
「ほら、もう一回」
手渡しされた野球ボールくらいの大きさの石ころを魔素の力で握り潰そうとするが、そう簡単にいくわけがない。
なにせ俺は、最弱Zランクのユウだからだ。
これは決して開き直っているのではなく、ただの事実だ。
しかし、諦めるとは言っていない。Zランクだろうがなんだろうが、できるところまで頑張ってみる。それが、最強の親友である叶多と肩を並べて歩いていく唯一の方法だと俺は信じる──。
「あぁぁああああ……全っ然、できる気がしない! もう一回だもう一回! 何度だってやってやるよ! 見とけよルメリア、すぐにこの石壊せるようになって、魔法も扱えるようになるんだ俺は」
「やれるもんならやってみなさいよ」
そう言ったルメリアの顔は、いままで俺に見せてきたどの顔よりも緩く綻んでいて、可愛い笑顔だった。
×××××××
「今日の依頼はこれを受けるわ」
ルメリアは、複数ある中から一枚の依頼書を手に取った。
俺と叶多は横からまじまじと依頼書を見つめながら、内容を確認する。
「迷子になった猫を探してください……? って、捜索依頼っていうより雑用依頼じゃないのか? ルメリアが選んだならそれでも良いけどさ」
依頼内容は【迷子になった猫を探してください】という捜索依頼で、少し太やかな黒猫の写真がでかでかと貼ってある。
いなくなった場所は南の国の東側にある古民家で、ここから歩いて少し時間がかかる。しかし報酬金が捜索依頼の割に低く、二万Gと割に合わない仕事に思える。
今までの傾向でいくと、推奨ランクにもよるが討伐系は十万〜、捜索系は五万〜、雑用やその他諸々は数千〜といった感じに分かれており、三人で山分けとなると余計に渋いだろう。
「たまにはこういうのも良いじゃない。それに、ここの近くに美味しいご飯屋さんがあったと思うのよ。私の昔の記憶が正しければ、だけどね。どう? 行ってみない?」
「僕は良いと思うよ!」
叶多の答えにニコッと笑ったルメリアは、両手を合わせて嬉しそうに言う。
「じゃあ決まりね。──お姉さん、この依頼でお願いします」
受け取った受付のお姉さんは、「受理しますので少々お待ち下さい」といつものテンプレートを言い、裏にいきすぐに戻ってくる。
「……ではチームカナタさんですね、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
近いうちにチーム名だけは絶対変えよう、と決心して、俺達は総合案内所の扉を大きく開けた。
×××××××
小休憩をはさみながらの移動になったこの依頼は、ルメリアの特製弁当の存在で大いに楽しい時間となった。
「ルメリアさんの作る料理はほんっとに全部美味しいよ! ね、悠君!」
野菜たっぷりのサンドウィッチを口いっぱいに頬張った叶多は、飲み込んだあと身体を前のめりにして元気に言った。
「そうだな、最初にご馳走になったご飯もクオリティ高かったからな。あれは相当慣れてないと出せない味だった」
「なによ急に。褒めてもなにも出ないわよ。私はただ、家族が家にいなかった期間が他の人より長いから、その分自分で料理するしかなかっただけ」
表情は変わらないが、どこかもの悲しそうな雰囲気で言うルメリア。
出会った当初にルメリアの家に行くことがあったが、家には誰もおらず、だだっ広い空間がいっぱいに広がっていた記憶がある。
あのとき食べたご飯は、美味しすぎていまでもたまに思い返すほどだ。
ただルメリアの発言と家に誰もいなかったことを考えると、もしや父親だけではなく、母親もなにかしらの形でいなくなってしまったのかもしれない。
だとしたら、ルメリアは俺と似たような境遇を生きてきたのか──?
などと思考を巡らせていると、
「──さ、食べ終わったことだし、そろそろ出発しましょうか。まだまだ先は長いわよ」
食べ終わり全員分の弁当箱を片付けたルメリアは、身体についた虫を払い、おもむろに立ち上がった。
「もうちょっと休憩していこうよールメリアさん」
「今のペースで考えるとあと二回は休憩できるわ。そこまでは我慢よ」
「せめてお水だけ飲ませてほしいよー。飲んだら行くから! ね?」
ルメリアは小さいバッグから水筒を取り出して、「はい」と投げると叶多は慌てた様子で受け止める。
口をつけて飲むタイプだったため、一瞬迷った叶多は、上から口に注ぐ形で飲んだ。
「──ぷはあぁぁ。生き返ったよ、ありがとう」
「気持ちよさそうに飲むなぁ。俺も喉渇いてきた」
飲み終わった水筒を渡してもらい、叶多と同じく上から注ぐように飲む。
「──くはぁぁ。渇いた喉に沁みるな、これは。キンキンに冷えてて美味いよ」
あんたにあげるとは言ってないけど、みたいな顔をしながらこちらを一瞥したルメリアだったが、すぐに元の表情に戻り、水筒をバッグにしまった。
「それじゃあ改めて、お腹も喉も潤ったことだし、しゅっぱー……つ……しんこ……う?」
出発の掛け声を言おうとした叶多は、右手を上げたまま静止した。
「ど、どうしたんだよ」
「カナタ……?」
目を凝らして遠くを見つめる叶多に違和感を覚えながらも、俺とルメリアも同じ方向を見る。
「……誰かが……歩いてきてるのか? よく見えないけど」
「うーん……私もそこまで目は良くないからなあ。……人……? 魔物……? いや、この辺りに魔物が出るなんて聞いたことがないわ。……じゃああれは一体……ていうか、段々近づいてきてない? それも物凄いスピードで」
今のところ周囲はただの草原が広がっているだけで、遠くになにか建物があるわけでもない。この先には大きな森があり、そこを越えると川があり、その先にようやく目的地へと着くらしい。
わざわざこの辺りを彷徨く理由があるとすれば、俺達のように依頼のために街を行き来する人か、仕事で色んな街を転々とする行商人くらいか。
どっちにしても、俺達目掛けて一直線で来ている時点で、友好的でないことだけは確かだ。
なぜならこの世界で味方と呼べる人は、俺の中で叶多とルメリアの二人くらいしかいないからだ。
「──防御魔法!」
唐突な叶多の叫び声と同時に、無風だった草原は、一瞬にして巨大な竜巻のような突風に包まれ、周囲一帯の雑草はまるでかまいたちでも起きたかのように切り刻まれた。
「……間に合って良かったよ……! 二人とも怪我はない?」
「お、おう……。なんとかな」
「私もカナタのおかげで助かったわ、ありがとう」
叶多の防御魔法のおかげで、俺達三人がいる場所だけは被害を防ぐことができたみたいだ。
もし防御魔法が間に合わなかったら、今頃粉々になって地面の肥料にでもなっていたかもしれない。
「──ほう。まだ一週間そこそこしか経ってないのに随分成長したみたいだね、悪魔と呼ばれるだけはあるようだ。まあ、僕の敵ではないんだけど」
叶多の眼前に突如として現れた男は、久々の再会を喜ぶように不気味な笑みを浮かべる。
なんの武具も身につけず、自信に満ち溢れた立ち振る舞い。
高身長で飄々とした雰囲気に、長い金髪を頻繁にかき上げる特徴的な仕草。
忘れるはずもない。ルメリアが恐れて戦意喪失するほどの実力の持ち主。南の国の護衛騎士リーダー、ハイン。
「──もう逃さないよ、カナタ」




